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東京幻怪録  作者: めくりの
三章

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第四十八話 「機械の侍:刃心解放」

 週末の夕方、商業施設は人であふれ、アパレルショップの店内も多くの客で賑わっていた。深見夏菜は目立たないように店内を歩き回り、陳列されたシャツやパンツを眺めていた。彼女の目は流行の派手な装飾には向かず、無駄を省いたシンプルなデザインに自然と留まる。


「これなら動きやすいし、戦闘にも支障はなさそうね」

試着室で鏡を見ながら呟き、小さく頷いた。


レジで会計を済ませた後、袋を手にして外に出ると、ヒーローショーの舞台が目に入った。子供たちの歓声が響き渡り、色とりどりの衣装を着たヒーローたちが派手な動きを見せていた。


夏菜はふと足を止め、ショーに夢中になっている子供たちを眺めた。その中の一人、小さな男の子がはしゃぎすぎてバランスを崩し、観客用の柵にもたれかかりそうになった。


「危ない!」

即座に反応した夏菜が片手で男の子を支える。驚いた男の子が顔を上げると、目を丸くして夏菜を見つめた。


「お姉ちゃん、速いね! すごい!」


「……気をつけなさい。ここで転ぶと痛い思いをするわよ」

そう言って軽く笑みを浮かべる夏菜。男の子はその言葉に嬉しそうに頷き、「お姉ちゃんはヒーローみたいだね!」と無邪気に叫んだ。


夏菜は一瞬戸惑ったが、何も言わずに立ち去ろうとした。その胸の奥に、小さな違和感を覚えながら。


___________________________________________


特設ステージではショーが最高潮に達し、ヒーローが悪役にとどめを刺そうとする場面が訪れていた。だが、悪役を演じていたキャストが突然動きを止め、不気味な音を立て始める。


「……何かおかしい」


夏菜の警戒心が一気に高まる。そのキャストの体が異様な形で膨らみ、鋼鉄のような光沢を帯びた異形へと変貌していく。その姿は人型でありながら完全な機械で、まるで侍のような佇まいを持つ。


観客たちは悲鳴を上げ、ステージから後退していく。だが、その鋼鉄の侍――機械生命体は観客に目もくれず、静かに刀を抜き、舞台の中央に立った。


「人間よ。我は武士道を学びし者。己が剣の意味を問うがよい」

その声は低く響き、金属的な音が混ざっていた。


夏菜は観客たちの間を抜け、ステージへと歩み出た。袋を地面に置き、短剣を手に取る。


「武士道を学んだ機械……随分と妙な趣味ね。その剣がどれほどのものか、確かめてあげるわ」


機械生命体はその言葉に微かな反応を見せ、刀を構えた。「人間よ、その刃に宿る心を見せてみよ」


___________________________________________


夏菜が間合いを詰めると同時に、機械生命体が刀を振り下ろす。その一撃は鋭く、地面に深い亀裂を走らせた。夏菜はそれを紙一重で避け、双短剣で素早い斬撃を繰り出す。彼女の一撃は機械生命体の装甲の隙間を狙い、的確に攻撃を当てるが、硬質な装甲がその威力を吸収してしまう。


「その速さ、見事だ。しかし、力不足だな」


機械生命体の言葉とともに、次々と斬撃が繰り出される。その攻撃は重く、速く、正確で、まるで長年鍛え上げられた剣士のようだった。夏菜はその攻撃を寸分の狂いもなく避け続けるが、相手のスピードが徐々に上がり始める。


特設ステージ全体が戦場となった。機械生命体の一撃が地面を砕き、舞台装置が次々と破壊されていく。夏菜は柱を蹴り上げ、空中で回転しながら攻撃をかわしつつ、隙を見て双短剣を振り下ろす。その身のこなしはまるで舞う蝶のように軽やかで、観客たちは息を飲みながらその動きを見つめていた。


「もっと動けるだろう、人間よ!」

機械生命体は刀を振り回し、衝撃波を放つ。夏菜はその波動をギリギリで回避するが、その衝撃で足場が崩れ、バランスを崩してしまう。


「……くっ」

地面に転がった夏菜を見下ろし、機械生命体が冷たく言い放つ。「貴様の剣には、心が欠けている」


「心……?」

夏菜はその言葉に僅かな動揺を見せる。効率を追求し、感情を切り離して戦うことを美徳としてきた彼女にとって、その言葉は重くのしかかった。


「武士道とは、剣に魂を宿すこと。お前の刃にはそれがない」


その言葉が彼女の中の何かを揺さぶった。効率を重視し、仲間たちとの距離を保ち続けた自分。感情を捨ててきた過去。それが本当に正しい道だったのか?


「……魂を込める剣……」


夏菜の双短剣が妖気で青白く輝き始める。体中に力が漲り、心の中に新たな決意が芽生えた。


「私は、この刃で守り、貫く。それが私の道よ!」


その声とともに、夏菜の全身から妖気が溢れ出し、双短剣がまるで生き物のように光を放つ。


「これが私の『刃心解放』……!」


覚醒した夏菜の動きは次元が違った。双短剣の軌跡が光となり、機械生命体の装甲を次々と切り裂いていく。空中を舞うように跳び上がり、回転しながら敵の胸部を深く突き刺す。その一撃が核心を貫き、機械生命体が崩れ落ちる。


「見事だ……人間よ……お前の刃に……武士道を見た……」


機械生命体は最後の言葉を残し、完全に沈黙した。


戦いを終えた夏菜は短剣を収め、息を整える。観客たちは静まり返り、その姿を見つめていた。先ほどの男の子が駆け寄り、無邪気な笑顔を浮かべる。


「お姉ちゃん、やっぱりヒーローだ!」


夏菜は少し驚きながらも、柔らかい笑みを返した。「ヒーローだなんて……ただ、私の刃を信じただけよ」


袋を拾い上げ、静かに歩き去る夏菜。その背中には新たな決意が宿っていた。


___________________________________________


戦いを終えた夏菜は、商業施設の一角にあるフードコートに足を運んでいた。先ほどの激しい戦闘で体力を消耗し、喉の渇きを癒そうとしている。


トレーに乗せたアイスコーヒーとサンドイッチを持ち、一番奥の窓際の席に腰を下ろした。外は夕焼けに染まり、賑やかな施設内と対照的にどこか穏やかな空気が漂っている。窓越しに見える景色を眺めながら、夏菜は一口アイスコーヒーを口に運ぶ。


「……これが本当の贅沢ってやつかしら」


冷たいコーヒーが喉を通り、ほっとした表情を浮かべる夏菜。戦闘中の鋭い目つきとは打って変わって、今は少しだけ柔らかさが戻っている。


フードコートには子供たちが笑い声を上げ、友人同士が食事を楽しむ姿があった。遠くのテーブルでは、先ほどのヒーローショーを観ていた子供たちが興奮気味に話している。


「さっきのお姉ちゃん、すごかったよね! 本物のヒーローみたいだった!」

「あの機械の怪物、めちゃくちゃ怖かったけど、お姉ちゃんがやっつけてくれたんだよ!」


それを耳にしながらも、夏菜は気にする様子もなくサンドイッチを一口かじる。ふわりとしたパンの食感に、ほんのり甘いソースが絶妙に絡む。


「たまにはこういうのも悪くないわね」


アイスコーヒーを飲み干し、最後の一口のサンドイッチを平らげた夏菜は、目を閉じてしばしの静寂を味わう。先ほどの戦いで感じた高揚感が、今は穏やかな安堵に変わっていた。


「……武士道を語る機械ね」


ふと、あの機械生命体の最後の言葉を思い出す。その声は金属的で無機質だったが、どこか心に響くものがあった。


「刃に心を込める、か……」


自分の戦い方を見つめ直す契機となった戦闘。効率だけを重視してきたこれまでの生き方に、新たな感覚が芽生えた瞬間だった。彼女の双短剣に宿るものは、ただの鋭さだけではなく、守りたいという思いへと変化し始めていた。


余韻を胸に夏菜は席を立ち、トレーを返却口に戻す。その一連の動作にも彼女らしい無駄のない動きがあり、どこか優雅さすら感じさせた。


「さて、そろそろ帰るとしましょうか」


店を出る際、ふと先ほどの少年と目が合った。彼は満面の笑みで手を振る。


「お姉ちゃん、バイバイ!」

夏菜は驚きつつも、小さく手を振り返した。その顔には、ほんの少しだけ温かみのある笑みが浮かんでいた。


商業施設を後にする夏菜の背中には、戦いを終えた静かな充足感と、刃に込められる新たな想いが滲んでいた。


「これからの戦いも、きっと悪くないわね」


夕陽に照らされながら、彼女は静かにその場を後にした。

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