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東京幻怪録  作者: めくりの
三章

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第四十二話 「闇の病院で」

 真夜中の病院は、異様な静けさに包まれていた。

大きな窓から差し込む月明かりは薄暗く、長い廊下の奥に影を落としている。誰もいないはずの空間なのに、どこか遠くで足音が響いたような気がする。空気はひんやりとしており、どこか湿った匂いが漂っている。灰島凛はその廊下に立ち、無言のまま周囲を見渡した。


「ねえ、凛。やっぱりここ、変な感じしない?」


相馬葵が少し不安げに声をかける。彼女の手には特殊なタブレット装置が握られており、画面には不規則な波形が表示されている。それはこの病院全体を覆う異常な妖気を示していた。


「気を抜くな、葵。ここには何かが潜んでいるのは確実だ」


凛は冷静に答えるが、その切れ長の目は廊下の奥に向けられている。彼の手には日本刀「影喰い」が握られ、刀身がわずかに妖気を吸い込むように黒く光っている。


_____________________________________________


二人がこの病院に派遣されたのは、深夜に不可解な失踪事件が続発しているという通報がきっかけだった。誰もいないはずの病院で、突然人影が消える。そして、廊下を徘徊する看護師の姿が目撃されているという。その看護師は白い制服に血のような赤いシミがあり、目が合うと不気味な笑みを浮かべているという噂だった。


「ここって本当に廃院になった病院なんだよね?」


葵がタブレットを操作しながら、辺りを見渡す。壁には古びたポスターが貼られており、「健康診断のお知らせ」と書かれた文字がかすれて読みにくくなっている。廊下の電灯はところどころ切れており、時折チカチカと不規則に点滅している。


「廃院と言っても、まだ何かが残っているようだな。それも……普通じゃない」


凛の言葉に、葵はタブレットの画面をじっと見つめる。波形はますます激しく乱れており、特定の部屋を指し示すように光っていた。


「凛、こっちだよ。この奥に何かがあるみたい」


葵が指差す先には、薄暗い階段が続いていた。まるで底の見えない井戸のように、そこから冷たい空気が漂っている。


階段を降りると、そこはさらに不気味な空間だった。薄暗い蛍光灯がかすかに明るさを保っているものの、壁や床には不気味な赤いシミがこびりついている。葵がタブレットを操作しながら呟いた。


「この血みたいな跡、本当に気味が悪い……でも、妖気の波動が強くなってきてる」


その時、遠くからかすかな声が聞こえた。「……お名前を……教えてください……」

それは低く、囁くような声だったが、どこか冷たく耳にこびりつくような響きだった。葵が顔を上げ、凛に目配せする。


「今の聞こえた? 誰かいるの……?」


「慎重に行くぞ。何かが近い」


凛は刀を握り直し、声のする方向にゆっくりと進む。葵は凛の背後にぴったりとついて行きながら、タブレットを構える。


______________________________________________


彼らが進む先にある古びた扉が、ギィッと音を立てて開いた。その奥に立っていたのは、血まみれの白衣を着た看護師の姿だった。顔は異常に白く、目の下には黒いクマが広がっている。その唇が不気味に歪み、にやりと笑った。


「ようこそ……診察室へ」


その言葉と同時に、看護師の姿が消えた。次の瞬間、彼らの背後から突然鋭い風切り音が響く。凛が咄嗟に刀を振るい、背後に現れた看護師の腕を斬り払った。しかし、看護師の腕は斬られた瞬間に霧のように溶け、再び元に戻った。


「こいつ、物理攻撃が効かないのか?」


凛が眉をひそめながら言うと、葵が急いでタブレットを確認する。


「違う、これ妖気が濃すぎるんだ! 妖気を完全に浄化しないと倒せない!」


看護師の動きは異常に速く、まるで空間を歪ませるかのように次々と姿を変える。そのたびに不気味な笑い声が響き渡り、彼らを嘲笑うように耳に残る。


看護師の妖気は、二人の意識にじわじわと入り込むようだった。周囲の光が歪み、壁の時計は針を逆回転させている。葵はタブレットを必死に操作しながら、自分の心が侵されていくのを感じていた。


「これ……やばいかも……凛、このままだと意識が……」


「気を強く持て! 俺が時間を稼ぐ」


凛は影喰いをさらに妖気で満たし、看護師に向かって一閃を放つ。刀は確かに看護師の体を捉えたが、そのたびに看護師の姿は霧となり、再び別の場所に現れる。


「凛、この空間そのものが奴の本体みたい。看護師は囮かも!」


葵の言葉に凛は素早く周囲を見渡し、この病院全体が妖気によって異常空間化していることに気づいた。


「奴を引きずり出す方法があるはずだ」


葵は画面に集中し、妖気の波動を解析する。やがて、一つの部屋が異常に強い波動を発していることに気づいた。


「凛、あの部屋! 中心はそこだよ!」


二人は看護師の攻撃をかわしながら診察室へと突入した。部屋の中には、奇妙な儀式が行われた形跡が残されており、中央には赤黒い光を放つ奇怪な物体が浮かんでいた。


「これが奴の核か……!」


凛は影喰いを握りしめ、葵が背後から援護する中で核に向かって斬り込む。その一撃が核を捉えると、病院全体が激しく揺れ、不気味な看護師の姿が悲鳴を上げながら霧散していった。


「終わった……?」


息をつく二人の背後で、静寂が戻った病院には、再び冷たい月明かりだけが降り注いでいた。


病院全体が静けさを取り戻したように思えたが、空間にはまだ薄い不安の残り香が漂っていた。凛は刀「影喰い」をゆっくりと鞘に収め、振り返って葵の無事を確認する。


「葵、怪我はないか?」


葵はタブレットを握りしめたまま肩で息をし、薄く笑みを浮かべて答えた。「うん、大丈夫。ちょっと怖かったけど、なんとかなった……って思いたいんだけど、まだ何か変な感じがする」


凛は鋭い目で周囲を見渡した。診察室の中央にあった核の残骸は消滅していたものの、部屋全体に染み付いた妖気は完全に消えていないようだった。壁に浮かび上がる黒いシミが、かすかに動いているように見える。


「核を斬っただけじゃ、この空間そのものが浄化されたわけじゃないらしいな。ここは……もっと深い何かに囚われているかもしれない」


その言葉に葵が画面を確認しながら顔をしかめた。「まだ強い妖気反応が残ってる。核を通して広がった力の余波なのか、それとも……」


彼女の言葉が途切れる。その時、不意に背後からかすかな笑い声が響いた。


「……診察はまだ終わっていませんよ」


二人が振り向くと、診察室の奥の壁がひび割れ、その隙間から不気味な光が漏れ出してきた。その裂け目から現れたのは、先ほどの看護師とは異なる姿をした存在だった。白衣はどす黒く染まり、顔は人間の形をしているものの、その表情は感情が読み取れない異形の笑みを浮かべていた。


「この場所で多くの命が失われました。その痛みと苦しみが、私をここに縛り付けたのです……」


その声には冷たさと悲しみが混じり、不気味な説得力を持っていた。葵がタブレットを操作しながら声を張り上げる。


「凛! この妖気は前の看護師よりももっと強い! これが……この空間全体を支配している本体だよ!」


凛は刀を握り直し、その異形の存在に向かって静かに言葉を発した。「貴様がここで人を惑わせ、命を奪ってきた元凶か」


異形の看護師は首をかしげ、不気味な笑みをさらに広げた。「私が望んだわけではありません。ただ……ここにいるだけなのです。この場所に囚われた命の記憶と共に……」


その言葉の後、異形は突如として凛に向かって鋭い一撃を放った。白衣の袖から無数の黒い触手のようなものが伸び、刃のように鋭い先端で斬りつけてくる。


凛は素早く影喰いを振るい、その触手を斬り払った。だが、斬られた触手はすぐに再生し、さらに激しく襲いかかってくる。凛の目は冷静にその動きを追いながら、一撃一撃を正確に返していく。


「こいつ……倒してもすぐに再生する。完全に妖気の影響下にある」


葵が焦りながらタブレットを操作する。「凛、妖気の発生源がこの存在そのものじゃない! 部屋全体に浸透してる妖気を止めないと!」


「つまり、この空間そのものが敵だということか」


凛は一瞬考えを巡らせ、周囲を見渡した。壁や床、天井までもが異形と繋がっているかのように不気味に脈動していた。


「葵、この部屋全体の妖気の中心を特定できるか?」


「待って……やってみる!」


葵はタブレットを素早く操作し、画面上に浮かび上がるデータを必死に解析する。彼女の額には冷や汗が滲み、その指先は微かに震えていた。


「分かった! この部屋の奥、あの裂け目の奥にある柱みたいなものが核になってる!」


凛は葵の指示を受け、異形の看護師をかわしながら裂け目に向かって突進した。異形は凛を追いかけようとするが、その背後から葵が叫ぶ。


「させるもんか!」


彼女はタブレットを操作し、周囲の妖気を逆転させる特殊な波動を発生させた。その波動が異形の動きを一瞬だけ止める。


「今だよ、凛!」


凛は全身の力を込め、影喰いに妖気を注ぎ込んだ。刀は闇のように黒く輝き、部屋全体に響く斬撃音と共に裂け目の奥の柱を叩き斬った。


柱が破壊された瞬間、病院全体が激しく揺れ、異形の看護師が苦しげな叫び声を上げながら消え去っていく。その姿は霧となり、やがて静かに消滅した。


病院に再び静けさが戻る。凛と葵は互いに顔を見合わせ、無事を確認した。


「……終わった?」


葵が慎重に尋ねると、凛は刀を鞘に収めながら短く頷いた。「ああ、終わった。だが、ここに残る痕跡は完全に消えたわけじゃない」


葵は微笑みながらタブレットを操作し、妖気の波動が完全に消えたことを確認する。「でも、少なくともこの場所はもう安全だよ」


凛は少しだけ口元を緩め、静かに病院の出口へと歩き出した。その背中を見つめながら、葵は「やっぱり頼れるな」と心の中で呟き、後を追った。


夜明けが近づき、冷たい空気の中に微かに朝の気配が漂い始めていた。

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