第三十九話 「かぼちゃに潜む牙」
東京の街が鮮やかなオレンジと黒の装飾に彩られ、通りには仮装をした人々が行き交う夜。子どもたちの笑い声が響き、大人たちも普段とは違う浮かれた様子でハロウィンを楽しんでいた。そんな中、とある商店街では毎年恒例の「かぼちゃランタンコンテスト」が開催されていた。
商店街の中央広場には、無数のジャック・オー・ランタンが並べられ、どれも美しく彫られた表情で通行人を楽しませている。その中に、一際目を引く巨大なかぼちゃが置かれていた。艶やかなオレンジ色の皮に鋭い牙のような模様が彫られたそのかぼちゃは、他のものとは一線を画す存在感を放っていた。
「ねえ、夏菜さん、これ見て!あのかぼちゃ、すごい迫力じゃない?」
相馬葵はタブレットを抱え、楽しげな声で深見夏菜に話しかけた。彼女はボーイッシュなショートヘアをアレンジし、黒猫をモチーフにしたコスプレをしている。猫耳のヘアバンドに黒い尻尾、そして動きやすそうなショートパンツ姿が、いつも以上に明るく活発な雰囲気を醸し出していた。
その横で、深見夏菜は冷静な目つきでかぼちゃを見つめている。彼女は吸血鬼をテーマにした衣装に身を包み、肩まで伸ばした黒髪に赤いリボンが映える姿だった。ワインレッドのマントと黒のドレスが彼女の細身の体を引き立て、静かながらも目を引く美しさを放っていた。
「見た目は迫力があるけど、それだけじゃない気がするわね。少し待って……妖気が漂ってる」
夏菜は短剣を手にする仕草を見せるが、葵が手を振って制止した。
「まだ早いよ!まずはみんなが楽しんでる間に、こっそり確認しようよ。ほら、これがハロウィンの醍醐味ってやつ!」
葵の明るい調子に、夏菜は小さくため息をつきながらも頷いた。彼女は仲間の言葉に従うのが賢明だと判断し、その場での戦闘を避けるため、注意深く周囲を見渡した。
葵はタブレットを操作し、周囲の妖気反応を確認している。その画面には、商店街の広場全体を覆うように微弱な妖気が検出されていたが、特に異常な反応を示していたのは、例の巨大かぼちゃだった。
「夏菜さん、このかぼちゃだけ反応が強い。どうする?」
「観察する時間はもう十分。気づかれる前に仕留めるわ」
夏菜は静かに双短剣を手にし、商店街の喧騒の中で自然にかぼちゃに近づいていく。彼女の動きは軽やかで、誰にも気づかれることなく巨大なかぼちゃの側にたどり着いた。
しかし、その瞬間――。
「気づかれてる!」
葵が叫んだ次の瞬間、巨大かぼちゃが突然蠢き出し、裂けるように大きな口を開けた。中には鋭い牙のような種子がびっしりと並び、その牙が近くにいた人々を呑み込もうと迫る。夏菜は即座に双短剣を振りかざし、かぼちゃの触手のような蔓を切り裂いた。
広場は一瞬で阿鼻叫喚の場と化した。かぼちゃは自らの体を大きく膨らませ、次々と小さなかぼちゃを吐き出し、それらが周囲に飛び散って人々に襲いかかる。
「葵、広場の封鎖をお願い!私はこいつを止める!」
夏菜は冷静に指示を出し、巨大かぼちゃに向かって一気に突進した。麻痺毒を込めた短剣で次々と触手を斬り落とし、かぼちゃの動きを封じようとする。一方、葵はタブレットを駆使して商店街全体に結界を張り、妖気の拡散を抑える。
「結界、完成!これ以上は広がらないよ!」
葵の言葉に夏菜は短く頷き、再びかぼちゃの中心に向かって攻撃を仕掛けた。その刃は的確にかぼちゃの弱点を狙い、麻痺毒が徐々にかぼちゃの動きを鈍らせていく。
最終的に夏菜は双短剣を使い、巨大かぼちゃの中心部に深々と刃を突き立てた。麻痺毒が全身に回り、かぼちゃは一瞬のうちに崩れ落ち、元の静寂が広場に戻った。
夏菜と葵が広場から離れ、商店街の端へ歩みを進めていると、背後から微かな声が聞こえてきた。
「ありがとう……助けてくれて……」
振り返ると、そこには子どもを抱えた若い女性が立っていた。その目は涙で潤み、安堵と感謝が入り混じった表情を浮かべている。先ほどの騒ぎで広場に居合わせていたのだろう。葵が軽く手を振り、明るい笑顔で応じた。
「無事でよかった!怖かったでしょ?」
女性は何度も頭を下げた後、子どもを抱きしめながら去っていった。その背中を見送りながら、葵は夏菜に顔を向けた。
「こういうのを見ると、やっぱり私たちの仕事っていいよね。」
夏菜は何も言わず、目を閉じて小さく息を吐いた。だが、その胸の中には確かに達成感があった。誰かを守れたという事実が、彼女の冷静な表情の裏で小さな温もりを灯していた。
その時、葵のタブレットが再び妖気反応を示した。画面には、かぼちゃが崩れ落ちたはずの広場から再び微弱な反応が現れていることが映し出されていた。
「ちょっと待って……夏菜さん、これ見て!」
夏菜はすぐに足を止め、タブレットの画面を覗き込んだ。崩れた巨大かぼちゃの残骸から、再び妖気が漏れ出している。それだけでなく、商店街の隅にある装飾用のかぼちゃにも同じような反応が見られた。
「まだ終わっていない……?」
夏菜は再び短剣を手に取り、素早く商店街の広場へと戻った。葵もその後を追いながら、タブレットを操作して状況を解析している。
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広場に戻ると、崩れた巨大かぼちゃの残骸から、小さなかぼちゃが次々と蠢き出していた。それらはまるで生き物のように跳ね回り、商店街に散らばっていく。通りの装飾用かぼちゃも徐々に動き出し、人々に牙を剥き始めていた。
「やっぱり簡単には終わらないってことね。」
夏菜は短剣を逆手に持ち替え、素早く動く小さなかぼちゃを的確に仕留めていく。その一方で、葵は結界を張り直し、周囲の被害を最小限に抑えようと動き回る。
「ちょっと、これ数が多すぎるよ!」
葵が困惑しながら叫ぶ。広場全体に散らばった小さなかぼちゃは次々と動き回り、まるで群れをなして攻撃を仕掛けてくるようだった。
夏菜は冷静にそれらの動きを観察し、短剣を巧みに操って次々と切り裂いた。彼女の麻痺毒が効き、小さなかぼちゃたちは動きを止めて崩れていく。
戦いの最中、葵のタブレットが異常な反応を示した。画面には、商店街全体を覆うような巨大な妖気の存在が映し出されていた。それは単に小さなかぼちゃの反乱ではなく、もっと大きな何かが背後で操っているという証拠だった。
「夏菜さん、これ見て!まだ本当の元凶が隠れてる!」
夏菜はその言葉を聞くと、広場の中央に立ち止まり、目を閉じて集中した。そして一瞬の静寂の後、彼女はかぼちゃたちを動かしている妖気の核がどこにあるかを見抜いた。
「葵、あのビルの屋上だ。そこに何かいる。」
夏菜の言葉を受け、葵はすぐにタブレットを操作してその位置を確認した。屋上には、商店街全体を見渡すようにして、奇妙な人影が立っていた。その姿は遠目には人間のようだが、明らかに不気味な雰囲気を漂わせている。
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夏菜と葵はその屋上を目指し、ビルの階段を駆け上がった。屋上にたどり着くと、そこにはかぼちゃの形をした異形の妖怪が立っていた。その体からは無数の蔓が伸び、周囲に散らばるかぼちゃたちを操っているのが明らかだった。
「ようやく姿を現したわね……これで終わりよ。」
夏菜は短剣を構え、葵はタブレットで弱点を探りながら支援を行う。異形の妖怪はその巨大な蔓を振り回し、二人に襲いかかる。夏菜はそれを素早くかわし、短剣で蔓を切り落としていく。
葵が叫ぶように声を上げた。
「夏菜さん、弱点は体の中央部!そこを狙って!」
夏菜はその指示を受け、屋上の端を駆けるように動きながらタイミングを計る。そして、異形の妖怪の動きが鈍った瞬間、彼女は一気に距離を詰め、短剣をその中心に突き刺した。
麻痺毒が妖怪の体に回り、その動きが次第に止まっていく。最後に、夏菜が短剣を一閃させると、妖怪は崩れ落ち、かぼちゃたちも次々と動きを止めた。
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異形の妖怪を討った後、商店街はようやく静けさを取り戻した。崩れたかぼちゃの残骸を見つめながら、葵が夏菜に笑いかける。
「夏菜さん、本当にかっこよかったよ!でも、こういうハロウィンは疲れるよね……次はもっと平和なハロウィンを楽しみたいな。」
夏菜は小さく息をつき、葵の軽口に応じるように微笑んだ。
「そうね。次はただのお祭りであってほしいわ。」
二人は商店街を後にしながら、再び人々の笑顔が戻った風景を見つめていた。ハロウィンの夜空には、かぼちゃランタンの柔らかな光が静かに揺れている。




