第三十話 第一章 第十二節:黒羽根の女の試練
昭和の戦時下――戦況が激化する中、冥府機関は政府の意向を受けつつも、黒羽根の女の動向を追い続けていた。横須賀での一件以降、彼女の足取りは掴めず、妖怪による異常現象が各地で発生していた。そんな中、黒羽根の女の姿が再び目撃されたという報告が届く。それは、東京郊外にある廃村だった。
冥府機関の特別チームは、北条誠一郎の指揮の下で廃村へと向かった。現場に到着すると、村全体が奇妙な静寂に包まれていた。木々のざわめきも聞こえず、空気は重く、胸を締め付けるような圧迫感が漂っていた。
「ここが奴の巣か……」
剣士の三浦剛士が刀を握り締める。彼の鋭い眼差しが周囲の影を捉えようとするが、霧のような妖気が視界を遮っていた。
「この空気……ただの妖怪じゃないわ。黒羽根の女の気配が濃すぎる」
霊術師の花井琴音が呪符を手にし、辺りを探る。彼女の目には妖気が絡み合う様子が見えていた。
「準備を怠るな。これは罠だ」
北条が冷静に声を発し、特別チーム全員が戦闘態勢を整える。技術者の遠藤凛太郎は封印装置を起動し、霧の中の敵を探るためのセンサーを調整していた。
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突如として霧の中から影が現れた。それは「黒羽の影兵」と呼ばれる、黒羽根の女が作り出した妖怪だった。全身が黒い羽で覆われ、人間の形をしているが、目の位置には暗闇しかない。
「来たぞ!」
三浦が叫び、刀を振り抜いた。一撃で影兵を斬り裂いたが、斬られた影は霧となり、再び形を整えて立ち上がった。
「倒しても再生する……!?」
琴音が驚きの声を上げる。彼女は呪符を投げ、影兵の動きを封じようとするが、影兵の数が多すぎて押し切られる。
「凛太郎、封印装置を展開しろ!」
北条の指示で、凛太郎が封印装置を地面に設置する。装置が作動し、霧の一部が晴れていくが、その分だけ新たな影兵が出現する。
「これじゃキリがない!」
三浦が刀を振り続けながら叫ぶ。影兵は次々と再生し、執拗に彼らを攻撃してくる。その動きは人間のように知性を持ち、連携してチームを追い詰めていた。
戦況の激化
「影兵の核を探すしかない……!」
琴音が呪符を広げ、妖気の流れを追い始める。彼女は影兵の動きに隠された一つの規則性に気づいた。
「この霧の中心……そこに核があるはずよ!」
琴音の声に応じ、三浦がその方向へ突進する。しかし、影兵たちが壁のように立ち塞がり、彼の行く手を阻む。
「俺が囮になる。琴音、核を破壊するんだ!」
三浦が影兵を引きつけるように動き始める。彼の刀が黒い羽を次々と切り裂き、その背後で琴音が核の位置を特定しようと奔走する。
琴音が霧の中心部に辿り着くと、そこには巨大な黒い羽根が立ち上がっていた。それは黒羽根の女の力そのものが結晶化したものだった。
「これが核……!」
琴音が呪符を掲げ、破壊の準備を進める。しかし、羽根が突然揺れ始め、その中から黒羽根の女の幻影が現れた。
「お前たちの努力は無駄だ……闇に飲み込まれるがいい」
低い声が響き渡り、霧が一気に濃くなる。影兵たちがさらに激しく襲いかかり、チーム全体が窮地に追い込まれた。
「ここで引くわけにはいかない……!」
北条は影喰いを抜き、黒羽根の女の力に直接挑む覚悟を決めた。
「影喰いの力で核を破壊する。全員、私を援護しろ!」
その声に応じ、三浦が影兵を引きつけ、琴音が結界を張り、凛太郎が装置で霧を抑え込む。
「行くぞ!」
北条が影喰いを振り下ろし、黒羽の核へと突進する。刀が核に触れると、漆黒の光が爆発し、霧が一瞬で吹き飛んだ。
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黒羽の核が砕けると同時に、影兵たちが霧と共に消え去った。しかし、影喰いの力を使った北条の身体には、深刻な負担がかかっていた。
「北条さん!」
琴音が駆け寄るが、北条は刀を地面に突き刺し、苦しげに息を整えた。
「まだだ……奴はまだ終わっていない」
北条の言葉に、全員が息を呑む。黒羽根の女の幻影が再び現れ、不気味な笑みを浮かべた。
「影喰いを使っても、この程度か……次はお前たち全員が闇に沈む番だ」
幻影は霧と共に消え去り、廃村には静寂だけが戻った。
「今回の戦いは勝利ではない。これは警告だ」
北条が静かに語り、影喰いを鞘に収める。冥府機関のメンバーたちは、それぞれの傷を抱えながら新たな戦いへの準備を始めた。
「奴の目的を暴き、この闇を断ち切る。それが我々の使命だ」
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廃村での戦いから数日が経過した。影喰いを用いた代償で体を蝕まれた北条誠一郎は、しばらく療養を余儀なくされた。冥府機関の特別チームもまた、それぞれが今回の戦闘を振り返り、次の戦いに備えていた。
「黒羽根の女は私たちを本気で試してきている。次は、さらに強力な手を打ってくるだろう」
琴音が呟きながら、術式を強化するための修行に打ち込む。三浦剛士は、影兵の再生能力に対応するため、新たな剣技の訓練を始めていた。凛太郎は装置の改良に没頭し、霧や妖気をより正確に検知できるセンサーの開発に取り組んでいた。
だが、北条は静かに思案を巡らせていた。黒羽根の女の次なる動きが、これまで以上に危険であることを確信していたからだ。
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そんな中、冥府機関に新たな報告が入る。それは、関東平野に位置するある村で発生した異常現象だった。夜になると、村全体が赤い光に包まれ、村人たちが次々と姿を消しているという。
「赤い光……また黒羽根の女か」
北条は報告書を読みながら眉をひそめる。これまでの事例と同様、異常現象には黒羽根の女の痕跡が濃厚だった。
「私たち全員で向かうべきです」
琴音が提案する。廃村での戦いの経験から、彼女は黒羽根の女に対抗するためには全力で挑む必要があると考えていた。
北条もそれに同意し、チーム全員で村に向かうことを決定する。今回の作戦には、さらに補佐役として新たな術士「篠原瑞樹」が加わることになった。
「私は、術式の補強と封印を担当します。皆さんの足を引っ張らないように全力を尽くします」
瑞樹はそう語り、穏やかだが力強い決意を見せた。
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現地に到着したチームを待っていたのは、まるで血のような赤い光に包まれた村だった。建物の壁や地面には、不気味な紋様が浮かび上がり、そこから妖気が漂っていた。
「この村、まるで生きているみたいだ……」
三浦が刀を構えながら周囲を見回す。その表情には警戒心が滲んでいた。
「妖気の密度が尋常じゃない。まるでこの村そのものが黒羽根の女に支配されているようだわ」
琴音が霊力で紋様を解析しようとするが、そのたびに紋様が歪み、霊術を妨害してくる。
「瑞樹、これを封じる術式を試せるか?」
北条が指示を出すと、瑞樹は即座に呪符を取り出し、地面に配置し始めた。
「試してみます!皆さん、時間を稼いでください!」
突如、村の中央にある広場から大きな轟音が響き、赤い光が爆発するように広がった。その中から現れたのは、「紅影」と呼ばれる巨大な妖怪だった。赤い霧をまとったその姿は、人型のようでありながら異形の特性を持ち、体の各部から刃のような突起が生えていた。
「来るぞ!全員、位置につけ!」
北条の号令でチームは陣形を整える。
紅影は鋭い突起を振り回しながら突進してくる。その一撃で地面が抉れ、建物が吹き飛んだ。
「速すぎる……!」
三浦が剣で応戦するが、紅影の動きが予想以上に速く、剣が空を切る。
「篠原、結界を強化してくれ!」
琴音が叫び、瑞樹が呪符を追加して結界を張る。結界は一瞬、紅影の動きを抑えたが、その圧倒的な力で結界を突き破ってきた。
「くそっ、こいつどうやって倒すんだ!」
凛太郎が封印装置を起動しようとするが、紅影の妖気が装置を狂わせ、作動しない。
「これでは勝てない……影喰いを使うしかない!」
北条が影喰いを抜き放ち、紅影に向かって突進する。その漆黒の刃が紅影の体を捉えると、刃の光が妖怪の霧を裂き、部分的に体を消滅させた。
しかし、紅影はすぐに形を再生させ、さらに激しい攻撃を繰り出してきた。そのたびに北条の体には影喰いの負担がのしかかり、徐々に動きが鈍くなっていく。
「このままでは隊長が……!」
琴音が叫び、再び結界を張ろうとするが、妖怪の動きが速すぎて間に合わない。
「全員でやるしかない!」
北条の指示で、チーム全員が一斉に動き始めた。
三浦が紅影の足元を斬りつけ、動きを鈍らせる。琴音が術式で紅影の霧を抑え込み、瑞樹が封印呪符を核に向けて放つ。凛太郎は装置を再起動させ、妖気を弱める波動を放つ。
「これで終わらせる!」
北条が影喰いを高く掲げ、紅影の核に向かって渾身の一撃を放つ。その刃が核を貫いた瞬間、紅影は断末魔の叫びを上げながら霧と共に消滅した。
紅影の消滅により、村は静寂を取り戻した。赤い光も霧もすべて消え去り、残されたのは廃墟だけだった。
北条は影喰いを鞘に収め、静かに息を整えた。その体は疲弊しきっており、一歩も動けない状態だった。
「隊長……!」
琴音が駆け寄り、北条を支える。
「大丈夫だ。だが、これが終わりではない……黒羽根の女の本体はまだ姿を現していない」
北条の言葉に、全員が静かに頷いた。
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冥府機関はこの戦いを教訓に、新たな装備の開発と戦術の強化に乗り出すことを決定した。黒羽根の女との本格的な戦いはこれからだと、全員が認識していた。
「次は、私たちが攻める番だ」
北条の言葉が静かに響き、チームは再び立ち上がった。




