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東京幻怪録  作者: めくりの
一章
3/71

第三話「不忍池に潜む影」

 黒い羽根が池の中央でゆらりと舞い始めた。それは、彼らが探し求めていた黒羽根の女の気配に他ならなかった。その場に冷たい緊張が走り、凛は再び影喰いを構え、無言の決意を固める。黒羽根の女は姿を現さないまま、池の水面を揺るがせ、さらなる異形たちを呼び起こそうとしていた。


「ここで全てを終わらせるぞ」


凛の決意に、全員が戦意を高め、異形との激闘が再び幕を開ける。


不忍池の周囲には、相変わらず冷たい霧が立ち込め、風間が風を操り霧を散らしても、まるでそれ自体が生き物であるかのように妖気が滲み出る。霧は何度も形を崩しては再生し、じわじわと凛たちに迫るように広がっていった。池の中央でうごめく黒い羽根の渦が、ひっそりとした夜の空気を一層重くし、全員に強烈な圧迫感を与える。それはじわじわと彼らの精神を侵し、まるで生気を吸い取るかのようだった。


「みんな、しっかりしろ!こんな妖気に飲まれるんじゃない!」


凛の強い声が一同の耳に響き、全員の気を引き締めた。彼の声に応え、隼人が戦斧を高く振り上げ、大地に力強く叩きつける。その衝撃で地面が微かに揺れ、霧が一瞬だけ後退する。そのわずかな隙間から、ほんの少しだけ視界が広がり、池の中央にぼんやりとした黒い影が見えた。


「このまま霧を押し返せば、奴らの正体が暴けるかもしれない」


真琴が冷静に言い、手に持っていた護符を掲げる。その護符が淡く輝き始めると、彼の周囲に結界が再び力強く展開されていく。結界の光が霧を押し返し、じりじりと霧が引いていくことで、異形たちの姿が次第に鮮明に浮かび上がった。


その時だった。池の中央で渦巻いていた黒い羽根が、まるで生き物のように形を変え始めた。羽根が一枚一枚集まり、形作られたのは骸骨のような巨大な顔だった。目の穴は空虚に彼らを見下ろし、無言でありながら、その視線には冷たい圧力が込められていた。その無言のまなざしはまるで、「ここに来たのはお前たちか」と言わんばかりで、ただそこにいるだけで凛たちの精神を凍えさせるような冷たさがあった。


「くそ……このままじゃ囲まれるぞ!」


隼人が唸り、戦斧を握り直すと、そのまま勢いよく巨大な影に向かって突進する。その攻撃は強烈で、戦斧が影の体を深々と斬り裂き、霧が薄く広がっていった。だが、影は微かに揺らめいただけで、すぐに形を取り戻し、不気味な姿で再び迫ってくる。


「しぶといわね……これが黒羽根の女の本体じゃないとしても、これだけの力を持つ影だなんて」


夏菜が短剣を構えながら、鋭い目で影の動きを追う。影の動きは不自然で、まるで遠くから操られているかのようだった。だがその不自然さには、まるで生き物の意志が入り混じっているような、異様な気配が感じられた。


その時、葵がタブレットに目を落とし、妖気の波動を解析していた。額に浮かぶ汗が、彼女の緊張を物語っている。彼女は震える指でタブレットを操作し、映し出されたデータを確認する。


「凛!この影は分身みたいなものだと思う。黒羽根の女が完全に力を発揮できるようになる前に、本体を探り出さないとまずいわ」


凛は葵の言葉に短く頷き、影喰いを手にしっかりと妖気を注ぎ込む。刀身が闇を吸い込み、妖気で黒く染まると、その刃がわずかに揺らめいた。凛は影の中心に向かい、呼吸を整えて一閃を放つ。影の体は鋭い一撃を受けて一瞬だけ裂け、薄い霧がその隙間から湧き出した。


「皆、今だ!全力で押し返せ!」


凛の声に応え、隼人が戦斧を力強く振りかざし、影の残像を次々と叩き割る。風間が再び風を操り、霧を激しく吹き飛ばす。その隙に斎藤がライフルを構え、影の中心に向かって妖気弾を発射する。弾丸が影の体を貫き、その一撃で霧と共に影が大きく崩れ始めた。


「このまま崩してやる!」


隼人が咆哮を上げ、戦斧を激しく振り回しながら影に突進する。その動きは荒々しくも力強く、まるで荒波のように影を削り取っていく。しかし、影が完全に消え去る前に、彼らの頭の中に響くような低く不気味な唸り声が響いた。


その声には言葉はなく、ただ恐怖を植え付けるような響きだった。彼らの意識を揺るがし、全身を蝕むような不安と絶望感が広がる。その時、麗奈が素早く数珠を握りしめ、仲間たちの心を守るための回復の呪文を唱え始める。


「全員、心を強く持って!これは幻聴か何かよ!」


麗奈の優しい声が、凛たちの耳に響き、ふっと重苦しい感覚が軽くなる。麗奈の回復の力により、皆が冷静さを取り戻し、再び戦う意志を奮い立たせた。影の残骸を完全に払うべく、最後の力を振り絞る凛たち。風間が指輪に妖気を込めて風の刃を送り出し、斎藤が再度ライフルの狙いを定め、葵がデータを解析し続ける。夏菜も短剣を握りしめ、援護に入る準備を整えていた。


影の残骸が崩れ始めたその時、不忍池の中央から黒い渦が再び大きく巻き上がり、まるで集団で息を吹き返したかのように、異形たちが再び現れ始めた。異形たちは一つに集まり、やがて巨大な体を形成しようとしていた。その姿はまさに黒羽根の女の意思が投影されたかのようで、無言で凛たちにじりじりと迫ってくる。


「ここが正念場だ……全員、覚悟を決めろ!」


凛の力強い指示が響き渡り、仲間たちは武器に妖気を込め、全員がそれぞれの役割を再確認する。そして、全員が一斉に巨大な異形に突撃を開始した。隼人が戦斧で敵を叩き割り、斎藤がライフルを発射し、風間が突風で異形の動きを封じ込め、真琴が結界を強化して仲間たちを守る。


異形の体は徐々に崩れ落ち、彼らの攻撃が着実に効果を上げていることがわかる。夏菜がその隙を見逃さず、毒の短剣を異形の核と思しき部分に突き刺す。その瞬間、異形は激しく揺れ、黒い霧が立ち上がって形が崩れかける。


「ここが最後の一撃だ、斎藤!」


凛が合図を送り、斎藤はライフルを構えて妖気弾を最大限にチャージし、渾身の力で発射する。妖気弾が異形の核を正確に捉え、一撃で貫いた。異形は叫ぶように揺らめき、やがて四散し、霧と共に消滅していく。


やがて、静寂が戻る。不忍池の周囲から霧も晴れ、冷たい夜の空気が凛たちの肩に重くのしかかるように感じられた。先ほどの異形も、黒羽根の女の気配も、もはや残ってはいない。だが、その余韻だけは、あまりにも不気味なほどに強烈に彼らの胸に刻まれていた。


「……終わったか」


凛が刀を収めると同時に、全員が息をつき、それぞれの武器を下ろす。お互いに確認の目を交わし、無言の中にも戦いを乗り越えた安堵が漂っていた。しかし、彼らの表情には同時に、また次の戦いが待っていることへの覚悟が浮かんでいた。


「また奴が来るかもしれないが、今日のところはこれで終わりだ。皆、よくやった」


凛が静かに言葉を締めくくり、全員が一歩ずつ池のほとりから引き上げていった。その背後で、不忍池は静かに波打ち、彼らの戦いの痕跡をわずかに残すのみだった。

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