第二十六話 第一章 第八節:江戸の静寂と潜む闇
戦国の混乱を乗り越え、江戸時代に入ると世の中は表向きには安定を迎えた。徳川幕府の治世の下、戦乱のない平穏が広がり、人々は久方ぶりの平和を謳歌していた。しかし、この平穏の中にも、妖怪や怪異の脅威は完全に消えたわけではなかった。むしろ、目立たない場所で静かに蠢くようになり、その存在は忘れ去られる寸前だった。
冥府機関もまた、表立った活動を減らし、幕府の陰で密かに役割を果たしていた。彼らの任務はもはや「戦い」ではなく、「隠蔽」へと変化していた。妖怪の存在が人々の生活を乱すことなく、平和の中で「無かったこと」にするため、彼らは陰で動き続けた。
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「この時代、私たちの敵は妖怪だけではない――人間の無関心もまた、脅威だ」
新たなリーダーである「吉川宗治」は、そう語った。彼は冷静沈着な性格で、幕府との折衝を任される一方、冥府機関の使命を次代へと繋ぐ役割を担っていた。
宗治のもとで冥府機関は、次のような方針で動いていた。
妖怪や怪異が発生した際は、速やかに封じるか追放する。
人々に恐怖を与えないよう、その存在を隠蔽する。
妖怪を利用しようとする人間には厳正な処罰を下す。
「この時代の平穏を守るためには、戦うだけでは不十分だ。人々が妖怪を恐れることなく生きられる環境を作ること――それが我々の新たな使命だ」
宗治の方針は実務的でありながらも、かつてのような力任せの戦いとは一線を画していた。その結果、冥府機関は次第に「戦う組織」から「隠す組織」へと変貌を遂げていった。
妖怪事件:江戸の路地裏に潜む影
江戸の町に静かな異変が起きたのは、夏の終わりの夜だった。下町の路地裏で、人が次々と行方不明になる事件が発生した。消えた者たちは皆、暗い路地に足を踏み入れた後、二度と戻ってこなかった。目撃者によれば、路地の奥からは不気味な音が聞こえ、まるで人を誘い込むような囁き声が響いていたという。
宗治は、この事件を解決するために選抜チームを派遣した。彼らは、剣士の「加藤新八」、霊術師の「村瀬悠」、そして情報収集を得意とする「松本栞」の三人だった。
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三人が路地裏に足を踏み入れたのは、夜の更けた時間だった。暗い空間には不自然な静けさが漂い、足音さえも吸い込まれるようだった。
「……この空気、普通じゃないな」
新八が手にした刀を抜き、周囲を警戒する。彼は直感的に何かが潜んでいることを察知していた。
「妖気の反応が強いわ。奥の方に何かいるみたい」
栞が霊術で強化された感覚を頼りに周囲を観察する。彼女は情報収集だけでなく、妖気の追跡にも長けていた。
「気をつけて。ここには普通の妖怪じゃない何かがいる……」
悠が呪符を手にしながら囁く。その声には緊張感が滲んでいた。
路地の奥へ進むと、突然、空気が一変した。暗闇の中から無数の手が伸び、三人を囲むように動き出した。それは「手長鬼」と呼ばれる妖怪だった。江戸の都市伝説に登場するこの妖怪は、長い手を使って人を誘い込み、捕食することで知られている。
「来たぞ!」
新八が叫び、刀を振り下ろす。鋭い斬撃が手長鬼の手を斬り落とすが、手はすぐに再生し、再び襲いかかってきた。
「普通の方法じゃ倒せない……!」
悠が呪符を投げつけ、結界を展開する。結界が手長鬼の動きを一時的に封じるが、その力が強大すぎて完全に抑え込むことはできなかった。
「悠、時間を稼いで!私が奴の核を探る!」
栞が路地の奥へと駆け出し、妖怪の中心にある核を探り始める。
栞が核を見つけた瞬間、新八が全力で駆け寄り、刀を振り下ろした。妖怪の核を斬り裂くと、手長鬼は断末魔の叫びを上げ、その体が霧のように消えていった。
「これで終わりか……?」
新八が刀を鞘に収めようとした瞬間、路地全体が揺れ、不気味な声が響いた。
「……まだだ……」
路地の闇そのものが動き出し、手長鬼の本体と思しき巨大な影が現れた。その姿は、江戸の平穏を食い尽くそうとするかのようだった。
「悠!最大の結界を張れ!」
栞が叫び、悠が呪符を地面に叩きつける。光の壁が路地を覆い、巨大な影を押し戻す。
「今だ、新八!」
栞が再び叫ぶと、新八が最後の力を振り絞り、刀を影の中心に突き刺した。その瞬間、闇が霧散し、路地に静寂が戻った。
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三人は、無事に路地を抜け出し、事件の報告を宗治に行った。彼らの迅速な対応により、被害が最小限に抑えられたことを宗治は評価したが、事件が示す問題の根深さを痛感していた。
「妖怪が目立たない形で人々に影響を与えるようになった今、我々の任務はますます重要になる。江戸の平穏を守るために、動き続けねばならない」
宗治の言葉を胸に、冥府機関のメンバーたちはそれぞれの任務へと戻っていった。
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この時代、冥府機関は目立たぬように動きながらも、人々の生活の影で妖怪や怪異を封じ続けた。戦いはかつてほど激しいものではなかったが、それでも彼らの役割は重要だった。
妖怪が人々の記憶から消える中で、冥府機関もまた「存在しない組織」として、その使命を全うしていく。やがて彼らの活動は次の時代へと受け継がれていくのだった。




