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第8話 友と記憶と…

毎日暑いですね。

★前回までのあらすじ

 〇ックスしないと出られない部屋からノー〇ックスで脱出を果たした茨だったが、脱出までに無駄に時間を食ったために通学路では遅刻寸前、思考回路はショート寸前だった。

 そんな中、急ぐ茨はクラスメートの桐山桐花(きりやまきりか)に声をかけられる。行き掛かり上、一緒に登校することになった二人だったが、全くタイプが異なる上に今まで一度も会話したことすらなかったため、やり取りはどこかぎこちなかった。

 しかし桐花が自分と同じ経験と悩みを抱えていることを知った茨は、自らの想いを吐露する。そうして二人は受験落ち友達(オチトモ)となった。あいさつするたびともだちふえるね。結局、遅刻をしてしまった茨だったが、何故だが心は軽かった。

 そんな軽くなった心に冷や水を浴びせるが如く、教室にはさも当然のようにユーフラテスがいたのだった。


~本編~

「なんでお前がここにいるんだよっ!!!!」

 茨の絶叫が木霊する。教室の片隅で疑問を叫ぶ。

「それは『何故、私がこの世界に存在しているのか?』という哲学的な意味でですかー?」

「違ぇよ! 『何で部外者のお前がここにいるんだ』っていうそのままの意味だよッ!」

 相変わらず間延びした口調でズレた返答をするユーフラテスに、茨はなおも叫ぶ。

「ど、どうした神崎? そんなに声を荒げて……どうかしたのか……?」

 茨の叫びに教師は驚き、目を白黒させている。生徒たちも突然のことに怪訝な顔をして、同じく怪訝な視線を向けている。だが、彼らの視線は茨にのみ向けられており、昨日まで存在していなかったユーフラテスを見ている者は皆無だ。誰一人としてこの教室に部外者がいることを疑問に抱いていないように思える。その光景は昨日の家族の様子と酷似していた。

「お前……またやったな。これで三度目だぞ」

 茨はユーフラテスをぎろりと睨み、低く唸るような声で言う。

「いやー、これだけの人数の意識を一斉に弄るのは初めてのことだったので失敗するかもと思いましたが、何とかなりましたー」

「んなこと、聞いとらんわッ!」

「えっ……誰……?」

 茨とユーフラテスがお決まりのやり取りをする中、一人だけ部外者(ユーフラテス)の存在に疑問を抱く者がいた。

「その人、神崎さんの知り合い……? もしかして……転校生? でも転校生が来るなんて話、全然聞いていないし。……っていうか、その帽子は……何? 魔女のコスプレ?」

 桐花は状況が呑み込めないといった様子で茨に尋ねる。ユーフラテスの存在に疑問を抱いた唯一の人物。それは桐花だった。

 この教室にいる生徒たちは皆、魔法によって意識を改変されている。故に部外者であるはずのユーフラテスが教室にいることに、何の違和感も疑問も抱いていないのだ。しかし遅刻常習者である桐花は、今日もまたいつものように教室に遅れて入って来た。そのおかげでユーフラテスの魔の手から逃れることができたのだ。

「……!」

 クラス中の視線が集まり、いたたまれなくなった茨は小声でユーフラテスに言う。

「……あんたのせいで大騒ぎになっちゃったじゃん! とにかく今はこの場をどうにかしてよ!」

「騒いでいるのは茨さんだけではないでしょうかー?」

「……なるほどね。言われてみれば確かにその通りだわ。これは一本取られたね……ってバカ! いいから早くどうにかしろ!」

「やれやれ、仕方ありませんねー。茨さんのワガママには困ったものですねー」

「……なんで私が悪いみたいになってんだ!」

 呆れたような口調で言い捨てるユーフラテスに対し、茨は自らの正当性を抗議する。ユーフラテスはそんな茨を無視し、机のサイドにかけていたスクールバッグから例の杖を取り出した。その様はまるで袋の中から長い棒を取り出すマジシャンのようだった。

(ま、マジシャン……?)

 同様の感想を抱いた桐花がユーフラテスの行動を注目する中、ユーフラテスは杖を振った。すると突然、教壇に立っていた教師が机の上に突っ伏した。それだけではない。茨と桐花を除く教室内の全生徒が、同じように机の上に突っ伏してしまった。茨は驚き、ユーフラテスに尋ねる。

「なっ……! あんた一体、何を!?」

「皆さんにはひとまず眠ってもらいましたー。安心してください。目が覚めた時には茨さんの痴態は綺麗さっぱり忘れていますからー」

(眠ってもらった……?)

「おやー? まだ眠っていない人がいるみたいですねー」

 教室中の人間が魔法によって意識を失う中、桐花だけは眠りに落ちていなかった。その存在に気が付いたユーフラテスはゆっくりと桐花の方に顔を向ける。その様はまるでホラー映画のようだった。

「ひっ……!?」

 桐花は思わず恐怖の声を上げる。そんな桐花にユーフラテスはゆっくりと近付いていく。

「だ、誰……? 誰なの……!? 怖いよおッ!」

「大丈夫ですよー。大丈夫、大丈夫ですからー」

「ひぃっ! 全然質問に答えてくれない上に何が大丈夫なのかさっぱり分からないところがますます怖い……!」

「ま、待った! 桐山さんに何するつもり!?」

「何って、同じように眠らせている間に記憶を消すんですよー」

「えっ……? 記憶を消す? ど、どういうこと……? 神崎さん! この人誰なの!? 知り合いなんでしょ? みんなは一体、どうしちゃったの!?」

 桐花は茨に向かって金切り声を上げる。

「……」

 しかし茨は答えない。

 彼女の名前はユーフラテス。異世界からやって来た魔法使いで、この場にいる全員は魔法によって意識を失っている。

 そんな話をしたところで、誰が信じるというのか? きっと「おかしくなった」と引かれるだけだ。ましてやこんなおかしなことに巻き込まれたのだ。きっと気味悪がって距離を置かれるに違いない。それはすなわち、高校に入学して初めてできた友達を失うということに他ならない。

(それならいっそ、今起きた出来事を全て忘れてもらった方が……)

 そう決めかけた時、茨の中である考えが頭を(もた)げた。


 本当にそれでいいのだろうか?


 この状況を丸く収めるには、記憶を消すのが一番手っ取り早いだろう。だが、桐花は初めてできた友達だ。そんな相手の記憶を消してしまっていいのだろうか?

 そもそも記憶を消すことに危険性はないのか? よくよく考えてみると問題はそこにある。そう都合よくこの教室で起きたことに関する記憶だけを消すなんてことができるのだろうか? 下手をすれば他の大事な記憶まで消してしまうのでは?

「……ちょっと待った!」

 逡巡の結果、茨は大声でユーフラテスを止めた。桐花の記憶を消すことに異を唱えたのだ。今まさにユーフラテスが杖を振ろうとしたその矢先のことだった。

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