私をジュリエットと呼ぶ、自称ロミオの留学生。(2)
今回は【ロミオ】がモデルのミオ・須藤・ロッソの話。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
・20歳以下の喫煙を匂わせる描写があります。
・弓道、香道、フレグランスの知識はふわふわです。
・作中出てくる商品の名前は架空のものとなっており、
こちらに出てくるロミジュリの映画も、年代を変えております。
ミオはプロのピアニストではない。去年7月に卒業した大学も、音楽大学ではなかった。彼が学士を取得したのは王立農業大学で専攻した食香粧学だ。その名の通り、大学では香料や化粧品の製造に関しての研究を行っていた。今年の4月からは、東京の農業大学院に半年間留学予定である。
ピアノに関しては、その腕前は母の音楽の才能を受け継いでか、幼い頃から達者だった。家でピアノを弾いていると、母がその傍らで細い煙草を吸いながら楽しそうに歌ってくれた。ミオはその瞬間がなによりも好きだった。大好きな母を、独り占めできるから。ただ、彼女が愛用のライターで火を付ける時は、心が陰った。その銀色のライターに施された、蔦の絡まる唐草文様。それを見ると、美しい母があんなにも醜く思えた日のことを、遠く思い出すからだ。
ミオは大学生時代、学業に集中すべきという父の意向から、大学費も、生活費も、十分に与えられてはいた。学業もそれなりに忙しかったが、かといって仕事をしないで過ごすのもどうか、と思う節があった。そこでたまたま、バーでのピアノ演奏者を募集する張り紙を見た。見た足で、ラフな格好のまま開店前のバーを訪れ張り紙のことを尋ねると、それがバーのマスターだった。マスターは彼の容姿を見た瞬間に、腕前などを聞かず、採用を決めた。もし演奏がだめであったなら、ウェイターとして雇うつもりでいた。試しに、今弾いてみろ、と言われ、ショパンの幻想即興曲を弾いた。その3時間後、彼は借りたスーツで演奏者デビューを果たした。
バーで弾く曲は基本クラシックか、往年の映画音楽だった。マスターから特に曲目に関する指定は受けていないので、ミオはその日の気分で自由に弾いていた。
手元から目を離すと、不意に、目が合った。それは、深紅のイブニングドレスを着た、髪も同じような赤で染め上げている、女だった。ミオを見る目が、炯々としていた。その視線を受けて、彼は微笑んだ。それはひどく甘く、妖艶な微笑みだった。
月の光を弾き終えたところで、1965年の映画、ロミオとジュリエットのテーマ曲を弾く。こちらに視線を向けている女が、一層うっとりと息を付いたのが分かった。その様子を目の端で捉えて、息をもらすと、ミオは切なそうな顔をした。この曲を弾く時、彼の脳裏には必ず浮かぶ人物がいた。
僕のジュリエット──。それは映画のジュリエットではない。それは、栄藤朱里のことだ。
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