学部、部活、バイトが同じ、後輩君
種類の違うヤンデレ男子3人に愛される、女子大学生の恋物語。
自分がロミオであり、ヒロインをジュリエットと疑わないイギリス人の留学生。
ヒロインにぶっきらぼうだが、やや過保護な兄。
ヒロインと同じ学部、同じ弓道部、同じバイト先に通う後輩。
今回は、ジュリエットの婚約者の【パリス】がモデルの後輩君、針ケ谷晴樹の話。
3話まで、それぞれの自己紹介的に話しが進みます。4話からは、基本ヒロイン視点となる予定。
最後にイメージビジュアル(AI生成)があります。
『会いたかった。──ジュリエット』
いきなり抱きつかれた。驚いたのと同時に、とても懐かしい匂いがして、戸惑った。前もこうして、抱きしめられた事があるような気がした。
だけれど、いつ、どこで。
何も、思い出せずに、胸の中にぽっかりと穴が開く。
私を、抱きしめるあなたは、誰?
学部、部活、バイトが同じ、後輩君
針ケ谷晴樹が4歳の頃の話だ。母親に丸の書かれた紙を差し出され、それをハサミで切れ、と言われた。ハサミなどあまり使った事のない晴樹にとっては、綺麗に丸など切れるはずもなく、それはひどく歪な楕円となった。
──この子はダメね。
母は、それを手に取ると、ぐしゃりと握り潰した。その後ろで、4歳上の兄が、ほくそ笑んでいた。
それが晴樹にとって、思い出せる限り1番古い記憶だ。
明修大学の弓道部。晴樹は、弓を射る栄藤朱里の後ろに座していた。もうすでにニ射放ち、どちらも的中。彼は文字通り、彼女の一挙手一投足を見つけていた。
彼女は高く掲げた弓をゆっくりと引く。晴樹は斜面打ち起こしで射るが、対して朱里は正面打ち起こしで射る。
弓を引き切った時の状態である、“会”を保つ時間も2人は違う。晴樹はやや“早気”で射る。これは射形的にはあまりよろしくない。だけど、彼はわざとやっている。要は中ればいい。インターハイ個人戦で3連覇の偉業を成し遂げた晴樹だが、段位は初段しか持っていない。
朱里はと言うと、会をきっちり保ってから放つ。的中率はやや晴樹に劣るが、朱里の段位は四段だ。
手が離れる。彼女の横髪が靡く。放たれた矢は、先ほどと同様、真っ直ぐに的を射った。
「……よっしゃー」
掛け声をかける。朱里は弓を離し切り、しばらく静止している。晴樹はこの“残心”の瞬間の彼女の横顔が、何よりも好きだ。的を見つめる澄んだ瞳が、とても美しい。この場にいられて、朱里を間近で見れて、心の底から幸せだと、晴樹は思う。
彼女は再び矢を構え、弓を引く。会の瞬間、その顔が少し陰って見えた。何か考え事をしている。矢が放たれる。
その矢は的を射る事なく、安土に突き刺さった。
朱里は晴樹の1つ上の先輩だ。晴樹は彼女と同じく明修大学の国際日本学部の1年生であり、同じく弓道部に所属し、同じく大学内の図書館でアルバイトをしている。彼は偶然を装っているが、全て意図的だった。
無論それは朱里の、先輩の側にいるためである。
晴樹が初めて栄藤朱里に出会ったのは、中学生の時だ。
晴樹は勉強も運動も、平均だった。勝っても劣ってもいない、普通の子。だけれど、秀才の兄がいる事で、彼への両親の評価というのは、実に冷たいものだった。特に、母親の態度が顕著だった。
小学生の頃、晴樹と母が連れ立って歩いていると、兄の同級生の母親に遭遇する事があった。時に、所謂そのママ友が、晴樹の兄の秀才さを褒めることがあった。
母は、そんなことありませんよ、などと、謙虚さを装って嘘でも兄を貶めるような発言はしなかった。
代わりに誰を貶めたのか。晴樹を、だ。
「兄が出来がいい分、ほんと弟の方は、愛想がいいだけで」
これは母の口癖。そう言って母はため息混じりに晴樹を見やる。大抵、そんな時は晴樹は暇をして、地面を弄っていることが多かった。母が顔を向けると、合図されたように晴樹は振り返り、顔を傾けて笑う。どちらかというと、母ではなく、そのママ友に対して。すると相手は大抵、手を振りながら、そんなことないですよ、とか、晴樹君かわいいもの、などと言ってくる。
そう、勉強も運動も至って普通の晴樹だが、見目はよかった。栗色の柔らかい髪に、目は大きくまつ毛も長い。小さい頃はよく女の子に間違われていた。
ママ友の発言を聞いた母は、その事を否定しつつ、口元は吊り上がっていた。晴樹はそんな母の顔を笑顔のまま見上げていた。一方で、摘んでいたダンゴムシやら蟻やらを、ぷちりと捻り潰すのだった。
普通の晴樹が、普通でなくなったのは中学生になってからだ。私立中学校に入った兄とは違い、晴樹は学区内の公立中学校に入学した。そこで彼が弓道部に入ったのは、“ゲームでいつも弓使いを使っていたから”という、実に少年らしい理由だった。晴樹の場合、弓道の才能が開花したのは、指導者との相性が良かったからだ。社会科を担当する若い男性顧問は、弓道を武道である、と重々承知の上、スポーツとしてより的に中てさせる事に重きを置いていた。晴樹の場合、“会”の間が短い。他の指導者であったなら、正射必中──正しい射は必ず中る、という言葉の元、これを矯正しようとしただろう。だが、彼の顧問はそれをしなかった。
それを矯正すると、的中率が極端に下がってしまう事を、分かっていたからだ。大会において他の指導者から眉を顰められながらも、中学2年生ともなると、晴樹はその的中率で名を馳せるようになった。
そして8月に迎えた、全国大会。これまで県大会などでの優勝を報告しても、母は“良かったわね”と素っ気なく言った後、猫撫で声で兄の名を呼ぶのだった。父も、“そうか“としか言わなかった。だけれど流石に全国大会は見に来てくれるだろう、と思っていた。
大会の当日、母に弁当を持たされ、父に一言”よくやれよ“と言われ、送り出された。愛想笑いを浮かべて、行ってきます、と玄関を出た瞬間、晴樹は無表情になった。
両親が来てくれる気配はなかった。大学受験を控えた勉強漬けの兄は、顔も見せもしなかった。
心に空いていた穴がより大きく、深くなった。
その日の晴樹は冴えていた。個人戦の予選では八射中五射以上、的に中れば決勝戦に出れる。その中で晴樹のみが八射皆中で決勝に進んだ。中学生にしてその驚異的な的中率に、会場の皆が目を見張っていた。何より、彼の“会”が極端に短かった。それは普段指彼を導している顧問も驚いた顔をしていたので、明らかにいつもと違っていた。晴樹自身はどういう心境だったか。ただ、ひたすらに“無”だった。ある意味ゾーンに入っていた。
決勝の射詰競射では三射目で彼以外皆外したので、晴樹は予選から一射も外すことなく、全国1位となった。
その実感が湧いたのは、表彰されてた時だ。名前を呼ばれてメダルをかけられると、拍手が波のように押し寄せて耳に届いた。晴樹は、笑った。でも、空いた穴は少し埋まる程度で、決して満たされはしなかった。
大会が終わり団体バスに乗るのに、外で少し待ち時間があった。晴樹は色んな人に話しかけられて、流石に辟易していた。部員も気を遣ってか、眠そうに佇む彼に声はかけず、皆やや離れたところで立ち話をしていた。しゃがみ込んでしまおうか、と思ったところで、声をかけられた。
「針ケ谷晴樹君、だよね」
それは別の中学校の女子生徒だった。彼女の運動靴を見たまま、はい、と返事をした。
眠いのに──。愛想の良い晴樹には珍しく胡乱そうに、顔を上げる。
彼女と目が合った瞬間、誰も放っていないのに、矢音が響いた。
ショートヘアの黒髪に、小さな色白の顔。薄桃色の唇に、三白眼気味の灰色がかった大きな瞳が印象的だった。
晴樹が実際出会った中で、1番美しいと感じる顔を、彼女はしていた。
「晴樹君、見てて本当に凄かった!優勝、おめでとう」
彼女は、はにかんだ。
そう言われて晴樹は、無表情になった。
無感情になったわけではない。むしろその逆だった。色んな感情が押し寄せて、処理が出来ずに完全に固まっていた。心臓の音がやたらにうるさい。体の奥から、熱が湧き上がるようで完全にのぼせていた。
「朱里ー!いくよー!」
「あ、はーい!ごめんね、いきなり話しかけて。……それじゃ」
「いえ……はい」
朱里、と呼ばれた彼女は、申し訳なさそうに頭を下げると、手を振って行ってしまった。その姿を晴樹は追うばかりで、愛想なんて微塵も振れなかった。
じゅり、どんな漢字だろう──。
寿里、樹里、珠理、朱里。彼女の名前が1つ1つ石のように転がって、空いていた穴が急激に埋まっていく。
その後のバスの中でも、晴樹は始終無表情だった。眠気は、吹き飛んでいた。
はにかみ屋の晴樹も、流石に疲れたのだろう──。顧問も部員も、そう思っていた。晴樹は頭の中で、先程の出来事ばかりを反芻していた。
明修大学附属中学3年生、栄藤朱里──。後で晴樹は知ることになるが、彼女は界隈ではちょっとした有名人だった。主な理由は、挙げれば3つある。
1つ目は、その実力。翌日行われた女子の部の個人戦、彼女は優勝はしなかったものの、3位だった。去年の大会では2位だったらしい。
2つ目は、その美しさ。見目の抜群に良い朱里が弓を構えると、彼女の関係者でない者まで携帯を掲げる。晴樹もその1人になっていた。射形の美しさが、際立っていた。彼女は昨年と同じく、技能優秀賞も受賞していた。
3つ目は、その家柄。彼女は400年以上続く香道の家元の娘だった。それだけではなく、彼女の母親は線香の製造メーカーである紀平香堂の社長だ。
惚れた相手ではあるが、朱里のスペックの高さを知った時、恵まれすぎではないか、と思った。神は二物を与えないと聞いたことはあったけれど、彼女は二物どころか三物以上与えられてる。
自宅に着くと、珍しく母親が玄関で出迎えてくれた。”どうだった?“と聞かれて、晴樹はぼやっとした顔のまま、丸めて持っていた表彰状を渡した。それを受け取って、広げた瞬間、今まで冷めた色しか映していなかった母の目が変わった。ギラギラしていた。肩をぐっと、両手で掴まれその目が近づく。
「凄いじゃない、晴樹!日本一よ!」
初めてまともに母に褒められた。耳の奥で、紙を潰す音が響く。ずっと、褒められたかったはずの晴樹は、まったく笑えなかった。
気持ちわる──。
自分の母親の事を、この女のことを、心底、そう思った。
彼女と比べて、なんて汚いんだろ。
「お父さーん!晴樹ったら凄いのよー!」
母は猫撫で声で父を呼んだ。
そこで晴樹は、顔を傾けて笑った。
母に向けてではない。何事かと階段から顔を覗かせた、兄に対してだ。兄は苦い顔をしていた。その顔が、晴樹にとっては、とても笑えた。
「先輩、何かありました?」
普段着に着替え終えて、靴を履く朱里に、晴樹は先に出てそう声をかけた。結局その後も、朱里は四射射ったが、三射落とした。
「ううん?ちょっと今日は調子悪かったかな」
その問いに、つま先を突きながら朱里は答えた。先程まで1本に縛られていた髪は、解かれていた。
2月の終わり。大学は春休みだが、晴樹も朱里も、平日はほぼ毎日部活に来ていた。駅までの道を、朱里と連れ立って歩く。
「……それで結局田中先輩が怒っちゃって。俺、どっちにつけばいいかオロオロしちゃって」
「それは災難だったね。あの2人は、まぁ高校から喧嘩カップルだから」
「そうなんですか?」
「うん、だからほっといても仲直りするよ」
「えー。俺の苦労なんだったんですか」
「あはは。はるき君、人がいいから」
他愛のない話を、朱里とこうしてできていることに、毎度晴樹は心が締め付けられる思いでいた。
あぁ、今日も先輩がかわいい──。今日の朱里の服装は、茶色いロングニットに、レギンス、黒のダウンだった。背中までの伸びた黒髪が風で靡く度、耳の赤いピアスが覗いた。
「あ、そうだはるき君。明日のバイトなんだけど、私休むね」
「え、何か用事ですか?」
晴樹と朱里は大学内の図書館でアルバイトをしている。講義がなく利用する学生が少ないとはいえ、登録さえすれば外部の人間も利用できるので、春休み期間中もシフトが入っていた。明日は2人一緒のシフトだったから、晴樹は楽しみにしていた。
「そう、でも大したことではないんだけど。久しぶりに家族で食事するから。お母さんとも、兄さんとも」
「そう、なんですね」
恵まれている、と思っていた朱里の家庭環境だが、そうでもないらしい、という事を、実際彼女と会話するようになってから知った。
彼女の、兄さん、という言葉に晴樹は舌がざらつくのを感じた。朱里には、4歳年上の兄がいる。弓道大会に何度か朱里の父親と共に来ているのを見かけたので、知っている。容姿端麗な朱里の兄だけあって、とても男前だ。彼女よりやや癖のある黒髪に、はっきりとした三白眼の黒い目。気怠げな雰囲気を纏って佇む彼に、女子部員たちからは密かに黄色い声が上がっていた。競技中、朱里の姿を見守る彼は、いつも仏頂面でいるような印象があった。ただ競技が終わり、朱里が父や彼の元に駆け寄った際は、違っていた。遠巻きで見ていたから、どんな会話をしているのかは聞こえなかった。しかし、兄妹が言葉を交わすと、からかわれたのか朱里がむくれている時があった。その頭を撫でながら、本当に彼女の事が愛おしそうに、笑っていた。
晴樹はそんな2人を見て、むくれる先輩もかわいい、と思うのと同時に、ただ血が繋がっているってだけで、と嫉妬心をたぎらせていた。見過ぎていたのか、その兄と視線が合ってしまった事があった。妹に向けていた表情とは一変、鋭く睨みつけられた。その眼光に気押されて、思わず視線を逸らしてしまった。晴樹は、”兄“という存在が、ますます嫌いになった。
朱里が明修大学に入学するという事は、中学生の時から分かっていた。彼女はその中高一貫校に在学していたからだ。文字通り、晴樹は朱里と同じ大学に入るために勉強も、運動も、時に人間関係でさえも、血の滲むような努力をした。明修大学は私立の難関大学で人気学部は偏差値65を超える。彼女の後輩と連絡先を交換した晴樹は、その後輩経由で朱里の情報を得ていた。彼女がどんな学部に入ってもいいように、彼は猛勉強した。
運動面では、弓道で彼女に一目置いてもらいたくて必死だった。高校は弓道部の強豪校ではなく、顧問の薦めで中堅校に入った。顧問の指導によっては、弓道の正統さを求められると、晴樹は途端勝てなくなるという危惧があったからだ。高校の顧問も、中学の顧問と同様の考え方をしていたので、非常に馬があった。おかげで、晴樹はインターハイを3連覇することができた。
人間関係においては、とにかくいい子を演じた。一人暮らしを両親から支援してもらう必要性があった。当時実家から茨城県内の国立大学の法学部に通っていた兄に対しても、内心反吐を吐きながら、愛想をよくした。兄は母のお気に入りだからだ。
高校2年の冬、朱里の後輩に近況を聞くふりをしてメッセを送った。やり取りの中で、朱里がどの学部に入るのかさり気なく尋ねた。後輩は国際日本語学部だと答えた後に、こう続けた。
『なんでもさ、ジュリ先輩、子供の頃イギリス人の男の子が1ヶ月実家にホームステイしたんだって。その子お父さんは日本人だから、日本語は聞けば分かるんだけど、あんま喋れなかったらしくってさ。彼の言ってることもっと理解したくて今の学部希望したんだって。めっちゃロマンチックじゃない?』
兄の他に、そんなに長く彼女と過ごした奴がいるのか。しかもそいつの為に学部を選んだのか、と思うと、携帯を握る手に力が入ってしまった。そうなんだ、と一言打つだけでも、時間がかかった。
そんな努力を経て、晴れて晴樹は朱里と同じ学部に入学することができた。入学式を終えたその足で弓道部を訪れると、その時、偶々朱里が出てきた。
「え……、針ケ谷晴樹君、だよね?すごい。あ、そっか。入学おめでとう」
朱里は目を見開くと、嬉しそうに微笑んだ。
「はい、入部希望できました。よろしくお願いします。……栄藤先輩」
それが涙が滲んでしまいそうなほど嬉しくて。
晴樹は顔を傾けて、心の底から笑った。
「あー、そうだ。朱里先輩、お願いがあるんですけど」
「ん?何?」
駅にもうすぐ着くというタイミングで話を切り出してみた。
「実は俺、今度竹弓買おうかと思いまして」
「え、そうなんだ。はるき君、アルバイト頑張ってるもんね」
晴樹は図書館でのアルバイトの他に、コンビニでのアルバイトもしている。今使っているのは5万円のカーボン製の弓だ。竹弓は10万円を軽く超える。今の弓が1番しっくりくるし、竹弓に変えるとそのぶんメンテナンスも大変なのだが、それを買う理由は他にある。
「はい。でもやっぱ高いから、自分で買うのちょっと不安で。朱里先輩、高校の時から竹弓使ってますよね?一緒に付いてきてもらってもいいですか?」
晴樹は心底困った表情で、朱里を覗き込むようにして顔を傾けた。
下心なんてない。ただ純粋に、弓を一緒に買いに行ってほしいという同じ部の後輩──、そんな男を晴樹は演じた。
朱里は恋愛事は苦手であるようだった。彼女の後輩からの情報だと、今まで彼氏がいた事はない。告白されることは無論多かったが、全て断っていたらしい。なので後輩も、例のイギリス人以外、彼女の口から男の話題を聞いたことはない、と言っていた。晴樹はそれが、とても嬉しかった。
一方で晴樹は、というと、彼女はいた。だけれど、それも彼のやや歪んだ理論で言えば、朱里のためである。
中学もそこそこだったが、高校になると晴樹はよりもてた。身長こそ平均だったが、勉強も運動もできて、見目もいい。ついでに愛想もいいので、女子が放ってはおかなかった。最初は、好きな人いるから、と断っていたが、それも憶測を呼んでしまい、返って諦めない人物まで現れ出して、辟易としていた。高嶺の華の朱里だけしか追っていない晴樹にとって、他は道端のたんぽぽと同様だった。とはいえ、晴樹も思春期の男子だ。そういう事に全く興味がないかというと、そうではなかった。それに、朱里と付き合う事になったとして、全く経験のない男なんて嫌なのではないか、と変な方向に考えていた。
そこで偶々知り合ったのが、レンタルショップの店員だった。高校の最寄駅近くの店舗に、晴樹はよく漫画を借りに行っていた。部活終わりに寄ると、大抵その女性がレジを打った。喋った時に舌につけられたピアスが覗くような人だったが、その顔は桔梗のような妖艶さがあった。
彼女は所謂ビッチだった。連絡先を渡してきたのも、彼女の方からだ。ただ単純に、相手は晴樹の見た目が好みだったのだろう。晴樹も直感的に、彼女に惹かれた。好きになったとかでは決してない。後ぐされなく付き合える女を見つけた、という、ほぼ最低な理由でだ。実際、デートをしたその日に関係を持った。
彼氏彼女、というよりかは、晴樹と彼女はほぼセフレに近かった。同じ学校の他の生徒もこうして食われてるんじゃないかと思って、彼女に聞いたことがある。
「高校生で声かけたの、晴樹君だけだよ」
で、という事は、高校生以外ではかけている事になる。彼女はそういう女だった。なので別れも非常にあっさりしていた。メッセで晴樹は東京で1人暮らしを始める事を告げると、彼女の方からは、“頑張れー私みたいになるなよ”と返信が届いた。晴樹は、ありがとう、という猫のスタンプを送った後、彼女のアカウントをブロックした。彼女と付き合う事で、朱里に対して少なからず感じていた罪悪感が、同時に消えたようでスッキリした。ただ、彼女に教えられた煙草だけは、辞められないでいた。
晴樹はまだ20歳になっていなかったので、当たり前な話、大学内で吸う事はなかった。あと、なんとなく朱里は煙草が嫌いそうだと思ったから、家を出る前の消臭には気を使った。だけれど、大学に入って2週間した頃だ。
「はるき君、タバコ吸うんだね。なんか意外」
朱里がふいにそう言ってきたので、青ざめた。臭いが残っていたのだろうか。晴樹が色々言い訳した後で、煙草を吸うような男は嫌か尋ねると、彼女は首を横に振った。なので、今も自宅では吸っている。ちなみに、彼女が嫌がればその場で煙草もライターも捨てていた。
晴樹のお願いに、朱里は少し困った顔をした。
「えーと、竹弓だったら主将の方が適任じゃない?」
「……あの人延々と彼女との惚気話聞かせるんですもん」
「あーそっか」
「嫌だったら、無理には。ごめんなさい、迷惑、かけちゃいますよね」
押してだめそうだったので、晴樹は引く事にした。
「え?あ、嫌とかじゃないよ?本当。ただ私がアドバイスしてはるき君の力になるかは……実力も上だし。そもそも女だと男とは弓の引き感も違うし。やっぱり男同士の方が」
朱里は顎に手を当てながらぶつぶつ言い始めた。その様子に、晴樹は思わず微笑んだ。朱里は真面目なのだ。
「朱里先輩と、選びたいんです。だめ……ですか?」
本心を、言ってみた。朱里は目を見開いた後、恥ずかしそうにうなづいた。
「うん、わかった。私に力になれれば」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「わっ!」
感極まった振りをして、その手を両手で握って振った。朱里はぎこちなく笑った。そこに他意はないと彼女は思っていたからだ。
だって、これは誰にでも人懐っこくて、愛想のいい、針ケ谷晴樹がやっている行動だから──。
晴樹的には勿論全て意図的だ。計算してやっている。いつもと違うことがあるとすれば、口にしている事は、全て本当で、心の底から嬉しく思ってやっている。
晴樹の全ては、栄藤朱里を中心に回っている。
針ケ谷晴樹は、こういう男だ。
以下は、登場人物のイメージビジュアル(AI生成のためあくまでもイメージ)。
ヒロインに対して愛が重くて、ドロドロに甘やかすけれど、嫌がる事は絶対しない。けれどヒロイン以外に殺気高めなヤンデレ男子、いないかなって。理想がないならもう自分で書くしかない、と思った次第。
私的に、晴樹君が無害そうで1番思考的にはヤベェ男子だと思ってます。
こんなハイスペックで重い男子たちに思いを寄せられる女子なので、ヒロインははっきり美少女として書いてます。
2話は、兄の栄藤琉斗の視点予定。
その時、全体の相互関係図もあげる予定ですが、色々、ドロドロです。