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第13話 素晴らしい一日、そして僕に起こった最悪の出来事

 僕がパトリシア・ワードナスに勝ったあとの一週間は、少し異様だった。


 昨日、魔法剣術の指導後の帰り道、奇妙な視線を感じた。


「誰だ?」


 僕が振り返ると、大柄の黒服の男が2人いたのだ。そして僕と目が合うと、サッと逃げてしまった。


「な、なんなんだよ、一体」


 まさか……。ドルガーの手下たちか? あいつ、まだ何か(たくら)んでいるんだろうか。


 黒服につけ狙われることが、今週は3回もあった。




 その月末。

 

 ランゼルフ中央公園では、青空の下、「地区ギルド祭」が開かれていた。僕も道場生を連れて、お祭りに参加した。


 ランゼルフ、ルードロック、マルスタ、ラインゾート、プラッカ地区のギルド連盟が(もよお)したお祭りだ。


 ギルド長たちが集まっているが、我がランゼルフ・ギルドのギルド長、ドルガーだけは欠席だ。代わりに、事務員のポルーナさんが開会式に出席している。


 ポルーナさんに迷惑かけて、なにやってんだよ、ドルガー!


「ドルガーのやつ、今、どうしてるんだ?」


 僕は一緒にお祭りにきた道場生のモニカに聞くと、彼女は答えた。


「魔物討伐(とうばつ)がいそがしい、と言っていたそうですよ。そもそも、ギルド長の仕事を、全然やってないらしいです。最悪ですよね!」


 ドルガーのやつ……!


 どうもポルーナさんは、ギルド長の仕事も代わりにしているらしい。


「ドルガーは仕事を放っておいて、どういうつもりなんだ?」

「さあ? 何も考えてないんじゃないですか?」


 モニカも怒りながら言った。


 ちなみに、パトリシア・ワードナスもお祭りに来ている。


「直弟子にしてくれ」


 彼女は最近までそう言っていたが、やがて僕の道場の道場生になることで落ち着いた。


「おっと、話し込んでいる場合じゃない」


 僕はお祭りの総責任者、マルスタ・ギルドのブーリン氏から、公開魔法剣術指導を依頼されていたのだ。


 大勢の観客の前で、道場生相手に公開指導する。うわ~……大役(たいやく)だぞ……。




「さて、これから皆さんに、僕の剣術を見ていただきます」


 僕は公開指導を始めた。200人以上の人が、僕を見ている。こ、これは緊張する……。


 僕が片松葉(かたまつば)……つまり、一本の松葉杖をつきながら剣術を披露(ひろう)するので、皆、珍しそうに見ている。


 僕はモニカを相手に、演武を見せることにした。


「相手のスキをついて、胴を狙う技です」


 僕は上段斬りを軽く打ち、モニカの木剣(ぼっけん)を上に上げさせた。


 そこで素早く──。

 

 ヒュオッ

 

 モニカの左わき腹に、素早く木剣(ぼっけん)を入れた。もちろん、当たる寸前で止めたが。


 観客が、「うおおっ」と騒ぐ。


「はやい!」

「み、見えなかった」


 これは東洋の剣術の、「逆胴(ぎゃくどう)」に似た技だ。


 今度は木剣(ぼっけん)を左に上げた。


 シュ


 そのまま、木剣(ぼっけん)を右から胴に入れる。


 おおおっ……。


「これまた速い!」

太刀筋(たちすじ)がスムーズだ!」


 観客がまたも声を上げる。


 それを途中で止め、ひらりと木剣(ぼっけん)を回転させた。


 木剣(ぼっけん)逆手(さかて)に持ち……。


 モニカの足の甲に突きつけた。


 ピタアッ


 突き刺す寸前で、止めた。ふうっ……。


「は、はやすぎる!」

「胴二連発と、足への攻撃か!」

「た、達人だぞ、あの少年?」


 観客は目を丸くして、拍手してくれた。


 まだまだあるぞ。


 僕は構え、空中から魔力を体に取り込んだ。


「では、次は魔法剣です」


 すると僕の愛用の剣、グラディウスは火をまとった。


 そして用意してあった、練習用人形を──。


 ズバアッ


 斬り裂いた。すると練習用人形の断面から出火した。


「うわあっ」

「魔法剣だ!」

「初めて見た! カッコイイ」


 観客から歓声が上がる。


 だが、早く消火しないと。


「パトリシア!」

「任せよ」


 すぐに、パトリシアが氷結魔法を放ち、消火してくれた。


 観客のほとんどは、一般市民や農民だ。魔法剣を見ることは、一般生活ではないだろう。そもそも、魔法そのものを見た人がほとんどだ。


 だから、こんなに驚いているのだ。

 

 10歳の道場生、マイラ・ルバルアナが、焼け焦げた練習用人形を片付けてくれた。


「あの子、かわいい!」


 観客からそんな声が上がった。公開指導は、雰囲気よく()めることができた。良かった……。




 お昼になった。これから、ギルド関係者に向けての授賞式があるらしい。


 だけど、僕には関係ない話だろう。


「マイラ、パトリシア、モニカ。協力、ご苦労様。お昼をご馳走するよ」


 3人に、出店の食事をおごることにした。


 出店の前にたくさんのテーブルが出ていて、皆、そこでお昼を食べている。


 僕らが頼んだのは、ベーコンとカブの塩味のスープ、ハーブ類とチーズを練り込んだ柔らかいパンだ。


 普段は酸っぱくて硬い黒パン、(かゆ)、安いハムなどを食べているので、とても豪勢な昼食となった。


「うむ……美味だ」


 パトリシアが、上品にパンをちぎりながら言った。


「パンに練り込んでいるハーブは、バジルだな。チーズとあわさって、程よい塩味のパンとなっている」

「このベーコン……! 甘味があって、塩味も程よくて、美味しいです!」


 モニカも納得の食事だ。さて、マイラが叫んだ。


「甘いデザートが食べたーい!」


 食後のデザートはアイスクリームとウエハース。甘いのが好きな女子3人は、笑顔になっていた。



『ギルド長連盟より、授賞式を行います!』

 

 デザートを食べていると、舞台から魔導(まどう)拡声器によって、祭りの責任者、ブーリン氏の声が聞こえた。どうやら、今年活躍したギルド関係者の、功績をたたえようというわけだ。


『最初は、ギルド併設(へいせつ)道場師範(しはん)賞です。この賞の受賞者は、今日、公開指導をしてくれた……』


 ん?


『ランゼルフ・ギルドのダナン・アンテルド!』

 

 おおおっ


 僕に向かって、拍手と歓声がわき起こる。


 え? 僕?


 パトリシアはうなずいた。


「うむ。君の指導は実に分かりやすいからな。賞をもらってもおかしくないだろう。さあ、舞台に上がって」

「い、いや、しかし……」


 僕は困惑しながら、舞台に上がり、ブーリン氏から表彰状を受け取った。


 ブーリン氏は言った。


「おめでとう、ダナン君。松葉杖のことといい、色々、大変だったね。だが、君の指導のおかげで、ランゼルフ・ギルドもいまや、70名の道場生がいると聞いている」

「は、はい」

「君が賞をもらえるように推薦(すいせん)したのは、私だ」

「ええ? ありがとうございます」


 おや? ブーリン氏の後ろに、2名の兵士がついている。


 その兵士たちは、ブーリン氏に小声で言った。


「ブーリン殿、そろそろ業務の時間です」

「本業に戻りませんと」


 ん? 何だ? ブーリン氏は偉い貴族なのだろうか?




 お祭りが終わり、僕はモニカたちと別れて、家に帰ることにした。表彰状を持って、胸を張って歩いた。


 僕の両親はすでに死んでいる。だから、家に帰っても一人ぼっちだ。


 僕は交差点を渡ろうとした。左腕で松葉杖をついているし、ゆっくりとしか渡れない。いつものことだ。


「ん? なんだ?」

 

 そのとき、道からすごい勢いで、馬車が走ってきた。


 御者がものすごい顔をしている。……まるで、僕をにらみつけるような顔だ。……御者は……く、黒服の男だ!


(え?)


 ドシャッ


 そんな音がした。


 僕は……ふっとばされた。




 そして、僕は……とある女の子に、命を救われることになるのだった。その女の子は、僕がよく知っている女の子だった……。

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