補遺 6-1
ミサ・スカーレット。
25歳。北陣営、寅の代理者。
能力、暗闇。
彼女は人生を縛られ続けた。
親が能力者だと、子も能力者になり易いと言う定説は、ある1つの概念を能力者社会に持ち込んでいた。
名門。名家。
ミサの家、スカーレット家は、代々多くの代理者を輩出した名家である。
ミサが能力を発現したのは、彼女が13歳の時、つまりは、12年前のことである。
大半が10歳未満で能力を発現していたスカーレット家では、13歳での発現は遅い方である。
ともあれ、能力は発現した。
スカーレット家の面々はそのことに胸を撫で下ろした。
ミサには、3人の兄と2人の弟がいる。
それは、当代のスカーレット家において、代理者となれるのはミサだけだったと言うことを意味する。
だから、10歳になっても能力が発現しないミサを見て、周囲の大人達は狼狽えていた。
ミサが能力を発現しないと言うことは、第27回ウァルスにスカーレット家の人間が参加できないことと同義だったからだ。
それだけじゃない。
親が能力者であれば、子は能力者になりやすい、裏を返せば、親が能力者でなければ、子は能力者になりにくいわけだ。
ミサの能力発現は、スカーレット家の行く末さえも左右しかねない状況だった。
ウァルスまで、残り5年、4年、3年と時間ばかりが減り続ける。
段々と増していく、家からの圧力。
そんな圧力ばかりが伸し掛かった環境で、ミサはやっと能力を発現させたのだった。
故に、スカーレット家の面々はやっと胸を撫で下ろせた。
しかし、そんな喜びも束の間、次の問題がスカーレット家を襲う。
それは、ミサの能力が弱過ぎると言うことだ。
相手から五感を奪う能力は強い。
しかし、デメリットとして自らも五感を失ってしまう点は、弱いとしか言いようがなかった。
発現から第27回ウァルスまでの時間は2年しかなく、そんな短時間では能力を極めることすらできない。
だから、ミサは第27回ウァルスに参加できなかった。
そこから始まる家族や周囲の掌返し。
金のたまごは、只のたまごになった。
ウァルスへの参加を期待していた両親は、ミサを見限り、次世代の育成にシフトした。
両親から差別されていた兄弟達は、これまで溜めていたミサへの鬱憤を晴らすようになる。
周囲の者からの陰口が、ミサの心の傷に塩を塗った。
自分への期待がなくなった、自分の価値を失った絶望感は、ミサの心を黒く染めた。
そんなミサに残った唯一の希望。
第28回ウァルスへの参加。
この未熟で使い勝手の悪い能力を極めれば、参加することができるかも知れない。
そんなごく僅かな可能性の1つに過ぎない小さな希望。
ミサの辛い10年が始まった。
味方はいない。
努力が身を結ぶ保証もない。
それでもたった1つの希望だけが、ミサの背中を強く押し続けた。
そうして掴み取った第28回ウァルスへの参加権。
10年を掛けて漸く辿り着いたスタートライン。
倒そう。破ろう。殺そう。
もう1度、みんなからの期待を得るために。
もう1度、自分の価値を取り戻すために。
その願いが叶うのなら、命なんてもういらない。