最後の日
識がそこへ座って話を始めようとしていると、ジョアンがたくさんの封筒が乗った、ワゴンを押して入って来て、識の隣りに立った。
その封筒には、番号が書かれてある。
識は、それに構わず言った。
「始めに、この実験に参加してくれたことを感謝する。皆には、ゲームに参加していた日数×五万円、それから、勝利陣営の村人達には本来、百万円を支給して皆で分けるという形になるはずだったが、皆が思ったより襲撃や追放を怖がっていて本当に死ぬと思っていたようだったので、その精神的負荷の代償としても、少し多めにしようという事になった。長い時間、勝利に貢献した人ほど多くの報酬が手にできるように、君達を観察していたチームで公平に投票し、得票数が高かった人から百万円、九十万円、八十万円と振り分けて行き、十万まで行くと残りは、五万、三万、一万となる。それで13人分になる。自分の封筒に入っていた報酬の額で、今回の評価を知ってもらえたらと思っている。ここでは、順位は公表しない。」
陽太は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
どちらにしろ、自分の頑張りがどこまで評価されたのか、あの封筒の中身で分かるということだ。
皆にこの中の順位を知られることが無いのは、何となく有難かった。
「では、№1のかたー。」
陽太は、弾かれたように立ち上がった。
そうして、そこそこの厚みがある、封筒を受け取って、椅子へと戻って来た。
「№2のかたー」ジョアンは、次々に番号を呼んでいる。「№3のかたー。」
そうやって、全員に封筒が渡った後、識は言った。
「ちなみに、敗者でも先ほどこちらへ来た彰が良いと判断した者には、彰の独断で決めた額が彼のポケットマネーで追加されている。私は額を知らないが、皆各々確認してもらえたらと思う。」皆が、ウンウンと先生の話を聞いているような感じで頷いて聞いていると、識は続けた。「では、もう夜も遅いので手短に。まず、今回の配役を話しておこう。占い師、陽太、菜々子、霊媒師、愛美、忠司、狩人、永人、共有者、丞、芙美子、猫又、健。狼、寛、悠斗、克己、保、狂信者、郷。妖狐、香織、背徳者、彩菜。その他は村人で村は構成されていた。完全ランダムで配布された役職で、集団で行動してもらうことによって、起こるいろいろな感情や状況を見ていたのだ。使った薬は合法で、危ない物ではないから、皆問題なく元に戻っている。検査もしたので、それは間違いない。安心してもらいたい。」
皆は、頷いた。
封筒の厚みは、結構あった。
思えば、一日五万の報酬だったので、特別な手当てがなくても最後まで生き残った三人は、0日から8日までの9日間で45万円はあるはずだった。
怖い想いをした分、文句の一つも言いたいところだったが、生憎襲撃を受けた者達は何も覚えておらず、追放された者達も真っ暗になって、下へと運ばれると思ったら気を失ったとかで、それ以外は何も覚えていなかった。
残った者は報酬が多かったし、誰も文句を言う気にもなれなかった。
何しろ、これぐらいの事ならば我慢しようと思うぐらい、高い報酬だったからだ。
識は、続けた。
「では、明日の昼までは自由に過ごしてもらえたらと思う。ここには知っている者も居るようだが、この館内には露天風呂もあるので、自由に利用してくれていい。ちなみに、明日からも数日なら休暇としてここに滞在してもいいとの事だが、その場合は普段貸し出している時の正規の宿泊費を徴収する。一日につき5万円となるので希望する者はジョアンに申し出てほしい。」と、立ち上がった。「では、私はこれで。最後にもう一度、今回はこの実験に参加してもらえて、感謝している。」
識は、さっき見た彰に、どこもまでもそっくりな顔をしていた。
なので、誰もその識を呼び止める勇気もなく、そのまま識を、見送ったのだった。
そのまま、温泉旅行にでも来たようにイングリッシュ・ガーデンに囲まれた露天風呂に入り、皆は遅くまで居間で語らって、それぞれの部屋に宿泊した。
どうやら郷は芙美子の部屋で一緒に泊まっていたようだが、誰もそれに対して何も言うことはなかった。
悠斗と香織はあれから話はしていたが、特に特別な感情はないようで、お互いにべったりというほどでもない。
寛と健は、船での争いが嘘のように仲良く話すようになっていて、どうやら同じ傷を舐め合う関係になっているようだった。
律子が思ったよりずっと高嶺の花だったので、二人も思うところがあったのだろう。
食べきれないほど豪華な朝ご飯も堪能し、またしばらく皆で海を眺めたりと話に花を咲かせて、昼食も摂った後、全員で荷物をまとめて桟橋へと向かった。
陽太は、昨夜部屋に帰って封筒の中身を数えてみて、その多さに驚いた。
どうやら、計算してみると自分は得票数が三位だったようだ。
通常の報酬の他に、八十万のボーナスが付与されていたのだ。
…これで問題なく授業料が支払える…!
他の二人は、どうだったのだろう。
もし足りなければ、少し分けてやろうと陽太は思っていた。
とりあえず前期だけでも何とかできたら、他は何とでも頑張れるからだ。
だが、悠斗も太成も、どうやらそこそこ入っていたらしく、特に困ったような様子ではなかった。
なので、陽太は何も言わなかった。
「寛さんに相談することにしたの。」芙美子が、言った。「格安で弁護してくれるって。聞いたら、相手の男を詐欺で訴えることもできるみたいだし、貸したお金も回収できそうだからって。私、人生やり直せそう!」
郷が、そんな芙美子に苦笑した。
「オレも、息子の授業料を支払ったら就職先を探すよ。離婚してから、投げやりになって日雇いばっかだったからな。芙美子と暮らすことにしたんだ。」皆が驚いていると、郷は笑った。「オレも人生やり直す。芙美子は信用できそうだし、もう一度頑張ってみるかって。」
藍が、遠慮なく言った。
「それって、郷さんは信用できない人と結婚してたの?」
郷は、笑顔を凍りつかせる。
陽太はそれを見て、慌てて言った。
「こら!言葉のあやだよ、突っ込むな!」
郷は、その様子に苦笑して、言った。
「ああ、いい。そうだ、オレは嫁の浮気に気付かず仕事ばっかの男だったのさ。息子の親権だけはと頑張ったが取れなくて、自暴自棄になってた。嫁と相手の男からの慰謝料が分割で、毎月振り込まれるから、それと気が向いた時の日雇い仕事で生活してたわけだ。あっちはだから、生活困窮しててな。一応、養育費は支払ってるが、学費となると額が大きいし、あいつらに支払えるはずはねぇ。だから、これに参加したわけだ。財産分与も、嫁が使い込んでたから貯金は0だし、オレには何も残ってなかった。何もかも失って、人生悲観してたんだ。」
カラッと話すが、かなり壮絶だ。
もし自分なら、恐らく郷と同じように自暴自棄になっていたかもしれない。
芙美子は、笑って言った。
「私は大丈夫よ!郷さんを信頼しているし、寛さんも凄腕なんでしょ?信じてる。」
寛は、少し困ったような顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
「…任せておけ。必ず君を救ってやろう。それがオレの、弁護士を目指した最初の目的でもあったからな。忘れてた…支払いに追われて、金のことばかり考えるようになっていたからな。もう一度、一からやるさ。」
寛も、やはり思うところがあったのだろう。
健は、言った。
「まあ…オレも、精神科医が患者に感情移入しておかしくなり掛けてたから。」皆が驚いた顔をすると、健は笑った。「オレも人助けしたくて内科医になったが、どうしても治せない患者を前につらくてな。精神科医に転向して、そこで一から励んでもやっぱり苦しんでいる患者を見るとつらくて。向いてないんだろうな。気晴らしに始めたギャンブルにはまって、借金で首が回らなくなった。そろそろ先を考えて、オレも別の生き方を考えた方が良いのかもしれない。」
健は優しすぎたのだろう。
打ち明け話を聞いて、陽太はそう思った。
寛が言った。
「じゃあ、オレの手伝いをしないか?」皆が驚いていると、寛は続けた。「医者になるぐらいだから、君は頭が良いだろう。医療系の依頼もあるが、オレには難し過ぎてちんぷんかんぷんでな。金になるのに受けられなかった。君が勉強する気になれば、医師免許は役に立つ。法律を学べよ。一緒にやろう。」
健は、目を丸くした。
「なんだって?今からか?法律か…考えてもなかった。」
寛は、小舟に乗り移りながら、頷いた。
「説明するよ。帰りの道すがら。絶対やる気にさせる。」
そうして、乗り込んだ9人ほどが先に船へと向かうのを見送りながら、陽太は隣りの藍に言った。
「あれは健さん、絶対懐柔されるよな。上手く行くといいけど。」
藍は、笑った。
「やってみなきゃ分からないからね。いいんじゃない?」
ふと見ると、藍の手にはカバンがない。
驚いた陽太は、慌てて言った。
「藍、荷物は?!忘れてるぞ?」
藍は、ああ、と苦笑した。
「僕は後二日ほどここに居ることにしたんだ。帰っても暇だしね。給料多かったから、支払いには困らないし。最終日まで残ってたから、ここを楽しめなかったから心残りなんだ。」
陽太は、残る人が居たのか、と驚いて言った。
「知らなかったよ!昨日は何も言ってなかったし…なら、もうこれで最後か。」
船の中でも話せると思っていたのに。
陽太が戸惑っていると、藍は笑って陽太の背をバンバンと叩いた。
「なんだよ、今生の別れみたいに!また連絡ちょうだい?帰ったら同じ東京だから、いつでも会えるよ。ここは圏外だから二日は連絡つかないけど、それ以降ならいけるよ?」
陽太は、言われて確かにそうだ、と困惑しながらも頷いた。
「そうだな。ごめん、なんでだろう、もう会えないような気がして。」
藍は、微笑んだ。
「平気だよ。」と、戻って来る小舟を示した。「ほら、戻って来た。気をつけてね。」
小舟が、桟橋に沿って止まる。
太成と悠斗が、振り返って叫んだ。
「陽太!行くぞ?」
他に残っていた睦、大和、丞、永人、克己、保も、次々に乗り込んで行くのが見えた。
「じゃあ、また。」
陽太は、言って小舟へと乗り込んだ。
藍は、寂しげに微笑んだ。
「またね。」
そうして、小舟はフェリーへと向かった。
陽太が桟橋を振り返ると、あの時説明してくれた識が出て来て藍に歩み寄って行くのが見える。
藍は、こちらへずっと手を振ってくれていた。




