主催者は
一人には大きすぎる天蓋付きのベッドがある大きな部屋を案内されてから、三人は階段を降りて一階の食堂に向かった。
玄関前を右に折れて廊下を歩いて行くと、正面の扉を開いた先には、広々とした暖炉のある空間が広がっていて、その窓からは中庭のライトアップされた庭が見えていた。
「そっちの扉を抜けたら食堂だよ。」保が言う。「食べたらこっちに戻って来て。みんな居るから、話そう。」
何人かがそこに居たが、全員ではないようだ。
悠斗は誰とも視線を合わせず、さっさと食堂へ向かう。
藍も睦も仕方なく、その後ろについて食堂へと入って行った。
豪勢な食事を終えて、居間へと戻って来ると、さっきはパラパラとしかいなかった人達が、今は全員揃っているようだった。
「藍!」陽太が言った。「食べて来た?ほら、こっちに座って。」
あちこちに大型のモニターがついていて、どうやらそれでゲームをするようだ。
藍がそこに座ると、陽太が説明した。
「ここにあるモニターで、君たちのことは見えてたんだ。」と、あちこちにあるモニターを指した。「時々一個ぐらいはゲームに使ってたけどね。あっちに居た時はほんとに死ぬと本気で思ってたから、真剣だったけどこっちに来て思ったよ。正直こっちに居た方が楽だったよね。」
郷が、むっつりと言った。
「オレは本気で勝たなきゃ死ぬと思ってた。だからあんな行動しちまって…マジで狼達には悪いことしたと思ってる。」
睦は、目を丸くした。
「じゃあ…、」
郷は、頷く。
「オレが狂信者だ。悠斗にはバレてたらしいな。オレはさっき来たばっかで狼の話を聞けてないから、さっき陽太から聞いたんだけどよ。」
芙美子が、フフと笑った。
「でも、命懸けで私を守ってくれたんでしょ?とても嬉しい…だって、そんなことしてくれる人、これまでいなかったんだもの。」
郷は、耳を赤くした。
「いや、寝覚めが悪いからだ。曲がりなりにも付き合うって決めたのに、殺すってのはな。」
悠斗は、黙っている。
香織が、言った。
「悠斗さん。」
悠斗は、ビクと香織を見た。香織は、言った。
「私、あなたを利用しようとしていた。だから、ここで目が覚めた時、何のことか最初は分からなかったけど、私の方が利用されたんだって気付いたの。だから、お互い様よ。ほんとは死んでなかったし、良かったと思うわ。最初から、あなたの票を自分に入れさせないために行動していたの。バチが当たったんだと思った。」
悠斗は、首を振った。
「いや、オレこそ悪かった。多分、心細いだろうと思って、利用しようとしたんだ。でも…そうだな、お互い様だな。」
張り詰めていた空気が、いくらか和む。
そこへ、一組の男女が入って来た。
「律子さん!」
全員が叫ぶ。
睦が、え、と不思議そうな顔をした。
「え、律子さんはここに居たんじゃないの?」
陽太は、首を振った。
「律子さんだけ体調が悪いとかでどっか別の所に居たんだよ。」と、隣りの男を見た。「でも、それは誰?」
律子より、少し年上だろうかという、三十代半ばぐらいの端正な顔立ちの男が、一緒に立っていたのだ。
律子は、苦笑した。
「私の夫なの。」皆が仰天した顔をする。じゃあこれが医者のダンナさんだ。律子は続けた。「私は、律子じゃないの。紫貴といいます。今回は、私の親族が主催したもので。ここは夫の持ち物なんです。」
律子さんが主催者の親族…?!
皆が仰天した顔をしていると、その夫が口を開いた。
「今回は、私達の親族の主催する実験に参加して戴いて感謝する。私は反対したのだが、妻がどうしてもと言うので参加させたのだ。君達には、明日までの時間こちらで自由に過ごしてもらっていい。報奨金は、後でジョアンが持って来るので、それぞれ受け取って欲しい。それから、勝利陣営だけに渡されると決まっていた百万円は主催者から支払われるが、それとは別に、私が見ていてしっかり励んでいたと思われた人には私からの報奨金として支払う事にした。なので、受け取ってもらえればと思う。」
え、と皆が驚いた顔をする。
今回、普通の給料の他に、勝利陣営、つまりは村陣営には百万円が支給される事になっていた。
負けた陣営、つまりは狼と狐でも、この律子…いや紫貴の夫が頑張っていたと判断したら、別に報奨金を出してくれると言うのだ。
「ええ!!」彩菜が叫んだ。「もしかして、負けたから無理だと思っていたのに、私達も?!」
紫貴の夫は、困ったような顔をした。
「私の話を聞いていたのか?励んでいたと思った人にと言った。では、ここで発表しよう。」と、郷を見た。「君は本来とても愛情深い男なのだと思った。よくやったと思う。なので、君には私から勝利陣営と同じだけのプライズを贈る。」
郷は、驚いた顔をした。
「え…だが、オレは狼たちを裏切ったのに。」
紫貴の夫は、顔をしかめた。
「それはそれだ。それから、そっちの克己という者。」言われた克己は、ビクリと思わず弾かれたように立ち上がった。「君の迫真の演技には感心したよ。他の狼のために、誰かを道連れにしようという執念を感じた。なので、君にも贈る。」
克己は、顔を赤くしたかと思うと、叫ぶように言った。
「ありがとうございます!」
紫貴の夫は頷いて、次に悠斗を見た。
「君もラストウルフとしてよく頑張っていた。利用しようとされているのを逆手に取って利用したのはこちらで見ていても狡猾でいい動きだったと思う。なので、君にも贈る。」
悠斗は、複雑な顔をしたが、頭を下げた。
「ありがとうございます。」
そして、最後に寛を見た。
「君はなあ…目立った様子は無かったし、占い師を騙るのもお粗末だった。私の妻に言い寄っているのを見た時は、あちらへ行って文句を言ってやろうかと何度思ったか分からないぐらいだ。とはいえ、私がそろそろ妻と離れているのに我慢も限界だと思っていた頃に、妻を追放してこちらへ返してくれる、原因を作ったようなものなので、そこは個人的に助かった。なので、君にもついでに報奨金を出そう。」
たった三日離れてただけで限界なのかよ。
皆は思ったが、寛は、その言い方にはプライドを傷つけられたようだったが、何も言わずに頭を下げた。
紫貴は、慌てて横から言った。
「彰さん、あの、人前でそんなことをおっしゃらないで。恥ずかしいですから。」
彰と呼ばれた紫貴の夫は、紫貴を見た。
「何を言うのだ。だから言ったではないか、私は君と十日も離れてはられないと。だったら私も一緒にと言ったら、私が行ったらゲームにならないとか言うから。」
陽太が、おずおずと言った。
「あの…それで、村陣営には全員報奨金が出るということでいいのでしょうか。」
彰は、陽太を見て言った。
「それは、私は主催者ではないから答えられない。だが、本来勝利陣営に百万円ということなので、それを皆で分ける事になるのではと思っていたが、どうやらそれはやめにして、一人一人の実績に応じて一万円から百万円が個人に支給されるということらしい。村のために励んだという自覚のある者は、期待して良いのではないか。そこは私が判断することではない。」
どうも、この彰という人は、悪気はないようなのだが冷たい感じがする。
よく見るととても凛々しく、美しいと言われる顔をしているのに、ニコリともしない上、きびきびと迷いの無い日本語を話すので、壁を感じた。
困っていると、紫貴が空気を読んだのか言った。
「では、私達は失礼しましょうか。直に主催者が説明に参りますし。」
彰は、頷いた。
「行こう。」と、紫貴の肩を抱いた。「さあ、新もあまり、まだ他と接しないようにと言っていたではないか。私が居るのだから。ここが飽きたら次は山の屋敷へ行ってもいいぞ?ハオウとアカリを連れて行って、森を散策するのもいい。」
知らない名前ばかりで皆が困惑している中、紫貴は、苦笑した。
「いえ、退屈はしておりませんから。あの子達を連れて行こうと思ったら、馬運車が必要でしょう?あまり無理はさせたくありませんし。でも、海はもう充分堪能しましたので、これが終わりましたら屋敷へ一度帰りましょう。」
彰は、頷いた。
「君がそう言うのなら。」と、出て行こうとして、皆を軽く振り返った。「ではな。」
そうして、妙に存在感のある夫と共に、律子改め紫貴は、微笑んで軽く手を振って、出て行った。
それを見送って、皆が無意識に詰めていた息をふうと吐くと、芙美子がはあああと派手にため息をついて、言った。
「…あの人、すっごくハンサムだったわー…。それは律子さんは…いえ、紫貴さんは他に興味もないわよ。あの顔でお医者様で、こんな屋敷を持ってるお金持ちなのよ?ほんと、居る所には居るのねえ。別世界って感じ。」
寛と健が、何やら居心地悪そうな顔をしていた。
藍が、言った。
「まあ…でも、お金が多めにもらえるかもしれないよ?良かった、悠斗も頑張ってたし。紫貴さんのダンナさんが良い人で良かったよね。」
保が、ため息をついて言った。
「狼陣営でオレだけ名前を出してもらえなかったよ。それはもちろん、オレは初日にポカやって吊られちゃったから、評価するところも無かったんだろうけどさあ…落ち込んだよ。」
寛が言った。
「お前は初日にオレ達をみんな一緒に怪しませるような原因になったわけだから、そりゃ無いだろ。だが、オレだって散々な言われようだった。あの男の威圧感に負けて、何も言えなかったが。」
確かに、何かを言い返せるような気がしない人だった。
とんでもなく頭が良い、と律子であった頃の紫貴が言っていたが、確かに何でも見透かされてしまいそうな薄ら寒いものを感じたのは確かだ。
あんな夫がモニター越しに見ているのを知っていたのなら、それは寛や健には困ったことだろう。
皆が、そんな事を考えながら向き合っていると、また居間の扉が開いて、またあの男が、今度は一人で戻って来た。
「え…」驚いた一番近くの、丞が言った。「ちょっと待ってください、何か忘れものですか?」
思わず言うと、相手はため息をついた。
「君が誰と間違えているのか分かるが、私は彰という男ではない。」その声までもそっくりなのに全員が驚いて目を丸くすると、相手はうんざりしたように続けた。「彰は私の親族だ。似ているのは当然だろう。よく皆に間違われるので慣れている。それより、私はこの実験の主催者の、識という。字は、見識や、意識などの識。君達が会った紫貴という女性とは字が違う。」
ややこしいが、どうやらこの男は、あの彰という男の親族なので、似ているということらしい。
確かによく見ると、こちらの方が僅かに若いようだし、声も少し、高いのかもしれない。
だが、パッと見たら全く見分けがつかないほどそっくりだった。
「ええっと…その、主催者の方が、ご説明に来てくださったと?」
丞が言う。
識は、頷いた。
「その通りだ。」と、歩いて来て、一人掛けのソファに座った。「直にジョアンが来て、皆に今回の報酬を渡そう。明日の昼、船に戻ってもらって元居た港へと送り届ける。では、ここまでの事を整理して行こう。」
皆は、椅子に座り直して、識に向き合った。
識は、皆を見回して、話し始めた。




