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前夜祭

そこから、その時キッチンに居た郷、大和、藍から夜に御馳走が食べられると聞いて、全員が喜んで悠斗にお礼を言いに来たり、楽しみにしていると言って来たりで昼ご飯は慌ただしい様子になった。

あまりにも期待されているので、仕方なく陽太も手伝う事にして、大きな炊飯器でご飯を大量に炊き、自分も寿司を巻くことにした。

幸い、食材には事欠かず、大量の刺身の短冊も冷凍されてあったので、それを昼から解凍して夜に備えることにした。

なので、夜は中華と寿司のちょっとしたパーティになってしまう様子だった。

もちろん、皆丸投げするわけではなく、手伝ってくれると言ってくれるが、そんなに広い厨房ではなかったので、調理経験のある人に限定してキッチンに入ってもらうことにして、他はもっぱら出来た物から順に運んでもらい、会場を整えてもらう事にした。

そんなこんなで、何をしに来たのか分からないほど、皆ウキウキと準備を楽しんでいた。


そうやって何十本もの海鮮の中巻きを産み出した陽太は、やっと解放されたと厨房を出た。

悠斗は後片付けに時間が掛かるので、まだ厨房で洗い物をしている。

気を遣った香織が一緒に洗ってくれているので、悠斗はそんな中でも上機嫌で、邪魔をしてはとも思ったのだ。

外へ出て来ると、太成が気付いて振り返った。

「お、お疲れ!ほら、めっちゃ豪華だぞ?」

見ると、テーブルは幾つかくっつけてあって、その上にたくさんの中華料理と陽太の努力の結晶の中巻き達が、所狭しと並んでいた。

確かにかなりの量で、豪華に見えた。

「こうして見るとすごいな。悠斗はまだ調理器具洗ってたよ。」

郷は、もう缶ビールを飲みながら言う。

「早く食いたいから呼んで来てくれよ。さっきから空きっ腹にビールばっかで酔って来た。」

それには、芙美子が怒ったように言った。

「もう!みんな揃ってからって言ったのに、さっきから飲んでばっかり!少しは手伝いなさいよ。」

かなり年上っぽく見える郷にそんなことが言える芙美子に驚いた陽太だったが、芙美子はどうやらこの中の女子の中では一番年上らしかった。

郷が、ふんと言った。

「なんだよ、さっきからうちの別れた嫁みたいなこと言いやがって。オレは好きなようにするの!」

そこに、どう見ても息子ぐらいの年の藍が言った。

「あのさあおじさん、働かざる者食うべからずだよ?みんなの飲み物ぐらい持って来て。後はドリンクだけだから。」

郷は、皆にジーッと見られて仕方なく立ち上がった。

「分かったよ。」

そうして、厨房の方へと歩いて行った。

藍は、プンプン怒って言った。

「全く、普通ならこれだけみんなが協力してるのに一人で飲んでるなんてないよ?あの人が同陣営だったら嫌だなあ。」

「面倒だったらさっさと初日に吊ったらいいじゃない。」芙美子が憤慨した顔で言う。「邪魔になるだけだもの。まだ飲まないでってあれだけ言ったのに、もうあれ何本目だと思う?マジで無いわ。」

気持ちは分かるが、ああいう人なんだろう。

藍が、ため息をついて言った。

「じゃあさ、番号順に座ろうか。ほら、みんなの顔と名前が一致してないから、名簿見ながら最初に自己紹介しようよ。これから十日間一緒に居るんだし。」

芙美子が頷いた。

「そうね。さっきちょっと名前だけ紹介しあっただけだものね。そうしましょう。」

悠斗は香織ちゃんと隣りになりたいだろうになあ。

陽太は思ったが、黙っていた。

郷がビールや酎ハイ、ジュースの缶をまとめて持って来て、どっかりと置いた。

「ほら。後は好きに取ればいいだろう。」

あんなに一気に持ってきたら、ぬるくなるよなあ。

陽太は思ったが、こんなところで諍いは起こしたくなかったので黙っていた。

そのうちに厨房から洗い物を終えた悠斗と香織が出て来て、全員が揃った。

藍が、言った。

「じゃあ始めようか!最初に悠斗、陽太、ありがとう。それじゃ、みんな飲み物は持った?」と、見回す。皆が皆慌てて缶を手にした。「それじゃあ、カンパーイ!」

「カンパーイ!」

皆の声が復唱する。

そうして、宴会は幕を開けた。


それぞれ思い思いに紙皿を手に、好きな料理を取って食べながら、談笑を始めた。

藍は、この中ではかなり若い方に見える男子で、童顔でかわいらしいイメージだったが陽太達と年は近そうだ。

そんな藍だったが、その気質はしっかりしているのか、皆を仕切ってくれていた。

しばらくそうして料理を食べて隣りの人と話すのに終始している状態だったが、藍が立ち上がって、言った。

「じゃあ、自己紹介するね。さっき初めて会った時も言ったけど、僕は藍。この際名字は面倒だからいいよね。名簿にも名字までは書いてなかったからさ。21歳の大学生だよ。理工学部なんだー。こう見えて理系男子なんだよ。」

そうなんだ、と陽太は驚いた。

同い年だ。

藍は、陽太を見た。

「じゃあ、そっちから番号順に自己紹介お願い。1番の陽太から。」

陽太は、慌てて立ち上がった。

皆の視線が痛いが、授業でのプレゼンを思い出し、背筋を伸ばした。

「オレは陽太。年は藍と同じで21歳。大学の経済学部だ。寿司屋でバイトしながら通ってる。今回は学費のために参加しました。よろしく。」

他に言うことがない。

誰に促されるわけでもないので、そのままストンと着席すると、隣りの悠斗が立ち上がった。

「オレは悠斗。陽太と太成と一緒に参加した。みんな同い年で同じ学部なんだ。同じ境遇だから仲良くなって一緒に来た。よろしく。」

太成が、すぐに立ち上がった。

「オレは太成。こっちの二人と一緒に来た。旅行に行ってたら豪雪で帰れなくて奨学金の更新間に合わなかったんだ。何としても50万は稼ぎたいので頑張って生き残るつもりだよ。よろしく。」

その隣りは藍なので、飛ばして隣りの男子が立ち上がった。

「オレは永人(ながと)。26歳の会社員だ。隣りの(じょう)に誘われて参加した。新しいパソコンでも買えたらなあと思ってるから、みんなほど切羽詰まってはないかもしれないけど、よろしく。」

隣りの男性が立ち上がる。

「オレは丞。永人と同期でちょっとパチンコで頑張り過ぎて金が要るんだよね。一人じゃあ不安だから永人に無理言って一緒に来てもらったんだ。よろしく。」

つまり借金があるわけだな。

陽太は、思った。

こんなところへ来る社会人なんだから、それなりに事情がある人も居るだろう。

こうなって来ると、郷の理由が気に掛かる。

だが、理由まで言うかどうかは本人次第だった。

その郷が、立ち上がった。

「オレか?オレは郷。歳は47。まあ理由は察してくれ。と言いたいが、別に借金とかじゃない。オレの感じだとそう見えるだろ?」皆が、無言で郷を見返す。郷はふふんと鼻で笑った。「…子供の学費だ。別れた嫁がそんなに稼いでないし、でもオレだって離婚した後仕事もやる気なくなってクビになったんで日雇いでその日暮らしで、あいにくまとまった金がない。奨学金だって最初の入学金には間に合わないし、だったら手っ取り早く稼ぐかってこれに応募した。ほんとは元嫁も来るって言ってたけど、やめとけって言った。オレも最後まで残って勝って帰りたいさ。」

かなり飲んでいるので、酔ってるのだろう。

そうでなければ、初対面の若い人達ばかりのこんなところで、そこまで話すことはなかったはずだ。

郷がむっつり黙って座ったので、隣りの彩菜が慌てて立ち上がった。

「あ、えっと私は彩菜です。24歳のOLです。海外旅行に行きたいなあって思って…参加しました。」

なんだかバツが悪そうだ。

郷の話を聞いてしまうと、何やらそんなことでと思ってしまう。

次の芙美子が、そんな空気を物ともせずに立ち上がった。

「はーい、あたしね?あたしはねえ、男に騙されたのよー!駄目な男にばっか引っ掛かるから、この歳まで残っちゃってえ。」

慌てて隣りの菜々子が言った。

「芙美子さん、落ち着いて!酔ってるわよ、ほんとに!」

見ると僅かな間に、芙美子の回りにはビールではなくワインの瓶がもう数本ほど転がっている。

芙美子は、菜々子の手を振り払って言う。

「うるさいわね!ピッチピチのお嬢ちゃんには分からないのよー!気が付いたら36よ36!それでさあ、借金してまで貢いだ男が既婚者で…騙されたのに慰謝料なのよー!」

それは大変だな。

陽太は、ドン引きしながらも芙美子が気の毒になった。

すると、そこそこ落ち着いた様子の男が言った。

「マジか。それ、君も騙されたから多分男に請求できるしもしかしたら慰謝料請求も退けられるかもしれないぞ。良かったら帰ったらオレが見ようか。オレ、弁護士なんだ。雇われだけど。」

え、とその男を見ると、芙美子はぐったりと椅子へと座った。

「ま、もうどうでもいいの。でも、頼むかもしんない。」

男は、名刺を出して、芙美子の手に握らせた。

「オレは高坂寛(こうさかかん)だ。うちの事務所離婚専門だからそっちに強いぞ。そういうケースは何度も見てるから、もう一回騙されたと思って帰ったら連絡しろよ。」

芙美子は、それをチラと見て、もう何も言わずに目を閉じて頷いた。

菜々子が、言った。

「えっと、私は菜々子。21歳で大学生です。バイトを辞めたんだけど次が見つからなくて当面の生活費を稼いで来ようと思って来ました。」

さっさと進めようと思ったのか、それだけ言うと、ストンと座る。

隣りの男子が、立ち上がった。

「ええっと…オレは(むつき)。21歳。別にそんな壮絶な理由なんかないんだけど…休みの日だけど何もすることないし、どうせならお金稼ぎたいなって来ただけ。なんか悪かったかなあって思ってる。」

みんな同じ気持ちかもしれない。

陽太は、聞きながらそう思った。

とはいえこの睦は、藍と印象がとても似ていた。言葉ほど、気にしている様子はなかった。

隣りの、落ち着いた感じの女性が立ち上がった。

「私は律子。29歳。最近彼氏と別れて何か変わったことでもして気持ちを切り替えようと思っただけで、お金に困ってるわけじゃないの。非日常に自分を放り込まないと、復活できない気がして。それだけよ。」

律子は、そう言ってあっさり座った。

隣りの香織が立ち上がる。

心無しか悠斗がそれを見て微笑んだような気がして、香織を見ると香織も悠斗にチラと視線を向けたように見えた。

香織は、言った。

「私は、香織です。20歳です。私も悠斗さん達と一緒で、奨学金の更新できなくて学費を稼ぐために来ました。よろしくお願いします。」

すると、藍が言った。

「そういえば、香織さんは彩菜さんと友達じゃないの?昼ご飯一緒に食べてたよね。」

香織は、驚いたような顔をしたが、頷いた。

「ここで友達になったの。彩菜さんってとっても楽しい人だから。」

彩菜も、頷いた。

「香織ちゃんもとても良い子なのよ。だから仲良くなったの。」

女子はすぐに仲良くなるよなあ。

陽太は、そう思って聞いていた。

隣りは、さっき芙美子に話していた寛だ。

「私は寛。さっき言ったように弁護士で38歳だ。今回は大きな案件が終わったからと先生に休みをもらって、やることもないし社会実験ってのに興味があったから来た。別に金には興味はないよ。」

何やら、とりすましているように見える。

ちょっと感じ悪いなあと陽太は思ったが、何も言わなかった。だが、郷はあからさまに鬱陶しそうな顔をした。

それでも、何も言わなかった。

すると、隣りの男が立ち上がった。

「私は(たける)、35歳、精神科医だ。隣りの寛さんと同じかな。私も興味があって来た。一応、そういう事の専門家だしね。運営には連絡して参加して良いかと聞いたら、良いと言うから来たんだ。私も皆の反応を分析させてもらおうかと思ってな。」

つまり、この人もお金は関係ないということだ。

皆がむっつりと黙っていると、隣りの若い女子が立ち上がった。

「私は愛美(あいみ)。21歳で学生です。私も他の学生の皆さんと同じで生活費かな。アルバイトはしてるけど、お金はあるに越した事は無いし。国際文化学部です。よろしくお願いします。」

やっと求めていた自己紹介が戻って来た感じがする。

隣りの大和が立ち上がった。

「はーい、オレは大和。歳は25歳、会計士だよ。ちなみに隣りの保も同期で会計士。二人で企業で働いてるんだ。今回は海外旅行も飽きたから、何か無いかって調べたらこれが見つかって、面白そうだし行こうかって二人で参加してみたんだ。知らない人達とこうして宴会できるなんて、それだけでも来て良かったよね、保?」

保は、頷いた。

「うん、そう思った!毎日会社と家の往復で退屈だったからなあ。あ、オレも25歳です。」

保の横の、別の男性が言った。

「オレも25歳だ。」と、皆が見るのに、続けた。「オレは忠司(ただし)。別になんもステータスなんかない普通の会社員なんだけど、やっぱりちょっと金に余裕があったら家に防音室でも作ってゲームするかなって軽い気持ちで参加したんだ。」

隣りの男が、頷く。

「そう。オレも同じなんだ。忠司とはゲーム仲間でいっつもネットでは話してたけど実際に会うのは初めてで。今回、これに参加するって聞いて、じゃあオレもって参加した。克己(かつみ)っていいます。25歳だ。」

これで、一回りした。

こうして見ると、一緒に来た人達はそんなに多くはないようだ。

大半が初見で、ここで知り合って仲良くしていくしかないらしい。

陽太が思っていると、藍が言った。

「じゃあ、みんなの事情が分かったところで、もう一回乾杯しよう!いくら飲み食いしてもタダなんだもの、ラッキーだよねえ。とはいえ、毎日悠斗と陽太に作ってもらうわけにはいかないから、今夜は前夜祭で特別ってことで!」と、缶ビールを上げた。「カンパーイ!」

全員が、持っていたいろいろな飲み物の缶を上げた。

「カンパーイ。」

とはいえ、最初に乾杯した時より、明らかに声は小さい。

ここには様々な事情の人たちが来ているのだ。

陽太は、変な事は言わないでおこう、と心に誓っていた。

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