船での生活
一方的な説明が終わり、全員が置き去りにしていた荷物を持って七階へと上がると、そこには1から10までの部屋があった。
狭い廊下を抜けて船首の方へと歩くと、陽太の部屋は一番端の1号室だった。
小さめの扉を開いて、あまり期待せずに中へと足を進めると、入って左側に大きなダブルベットがあり、奥にはソファが置いてある小さなリビングのようなものまである、船の中にしては広い部屋だった。
右側奥にはトイレとバスルームが別々にあって、二つが一つになったシステムバスではない。
何よりバルコニーもあって、海が広く見渡せた。
「うわーめっちゃいい部屋だ。」
陽太は、思わず言った。
窓を開いて外気を取り入れてからクローゼットに荷物を放り込んで、スマートフォンを見たが見事に圏外だった。
今がいったいどこ辺りを航行しているのか分からなかったが、とりあえずは船は問題なく進んでいた。
ここまで来てしまったのだから、この社会実験とやらにしっかり向き合って頑張って追放されずに残り、少しでもお金を稼いで帰らないと、と、陽太は決意を新たにして悠斗と太成と話そうと、部屋を出て隣りの部屋へと向かった。
「悠斗?」扉を叩くが、返事がない。「悠斗、入るぞ?」
陽太が扉をソッと開くと、悠斗がベットに転がって何か冊子のような物を見ていた。
「あれ、陽太?」
びっくりしたような顔をする。
陽太は、勝手に開いて悪かったかと、言い訳のように言った。
「結構強めに叩いたのに、返事がなかったから。」
悠斗は、目を丸くした。
「え、全く聴こえなかった!」と、起き上がってベットから降りた。「もうすぐ昼だな。お腹空いたなって思ってたんだ。レストランに行くか?」
陽太は、頷く。
「太成も呼ぼう。」と、手にある冊子を見た。「それ何?」
悠斗は、それこそまた驚いた顔をした。
「え、ルールブックっていうか、しおりだよ。さっき言ってただろ?見てないの?」
やばい、と陽太は思った。
部屋の仕様とスマホの電波、外の景色ばかりに気を取られて、そんな事は全く忘れていた。
「マジか。忘れてた。取って来るよ。飯食いながら読もう。」
慌てて出て行く陽太を、悠斗は呆れたように見送っていたが、陽太は気にせず部屋へと向かった。
…よく考えたら、今日も仕事って事になってるんだった。
仕事の内容をしっかり把握しておかないと、それこそ追放とか言われて給料が入らなくなるのだ。
急いで部屋の中へと入ると、ソファの前のテーブルの上に、確かに冊子が一冊置いてあった。
それを手に急いで取って返すと、廊下へと慌てて出た。
すると、悠斗と太成が立っていた。
「…早っ。悠斗、もう太成を呼んだのか?」
何しろ、入って出ただけの時間しかなかった。
悠斗は、苦笑した。
「いや、扉を叩こうとしたら太成が出て来たんだよ。やっぱり外の音が全く聴こえないみたいで、太成もびっくりしてて、オレもびっくりしたとこ。」
陽太は、やっぱり聴こえないんだ、と頷いた。
「そう。オレ、悠斗の部屋をノックしたのに全く聴こえてなかったみたいで。」
「防音がすごいのか?」太成が言う。「ま、とにかく腹が減ったからレストランに行こう。でも、確かキッチンで勝手に作って食べるんだっけ?出来合いのお惣菜とかないかなあ。めんどくさい。」
それを聞いて、陽太もそう思った。
確かに家ではお金の無い時は自炊して頑張っているが、できたらここでは作りたくない。
仕事だけに集中したい気分だった。
「とりあえず、冷蔵庫の中を見てみないとな。」悠斗が言って、歩き出した。「もし目ぼしいものがなかったらオレが作るよ。毎日バイトで中華作ってるから。」
陽太は、歩き出しながら、自分は寿司屋だから寿司ネタがあったら握るか巻くしかないのかなあ、と、少し覚悟していた。
太成が言った。
「オレはチェーン店のバイトだから冷凍の食材が無かったら無理だー。お前らに任せる。あ、サラダだったら作れる。」
それは誰でも作れるかもしれない。
陽太と悠斗は思ったが、三人は並んで階下へと狭い階段を降りて向かったのだった。
レストランへと入って行くと、数人がパスタのような物を食べたりしているのが目に入った。
陽太は、希望に目を輝かせて言った。
「あれ、それって冷蔵庫にあったもの?」
話し掛けられた、女子が頷いた。
「ええ。冷凍のパスタよ。他にもいっぱいあったけど、全部見るのも難しいぐらい種類があってね。とりあえず目についたから、これを温めて来たの。」
確か、香織という名前の子だったと思う。
悠斗が、言った。
「オレ、中華屋でバイトしてるから中華作れるよ。もし良かったら夜ご飯はどう?」
香織は、え、と顔を輝かせた。
「ほんと?めっちゃ嬉しい!ね、彩菜さん。」
一緒にご飯を食べていた、彩菜が頷いた。
「ええ!じゃあ晩御飯はごちそうになろうかな。食材も、言ってた通りあったよ。野菜とはお肉とか。見て来たら?」
言われて、悠斗は頷く。
「見て来るよ。」
陽太は、みんなの分を作るのは大変だから、仲間以外に作るって言ってしまったら我も我もとなるんじゃないかと心配になったが、悠斗が自分から言っていたので何も言わなかった。
キッチンの扉へと向かう途中、太成が小声で言った。
「…なあ。他の人達も食べたいって言い出したらお前大変だぞ?20人なんだから、毎回作れとかなったらどうするんだよ。」
悠斗は、むっつりと太成を見た。
「…別に。あの子達に作ってあげるだけだからいいって。他は別に、声かけなかったらいいわけだし。」
そんなわけにはいかないだろう。
陽太は思ったが、太成が意地悪い顔で言った。
「お前さあ、香織ちゃんって子がかわいいからじゃないのか?」
陽太が、え、と悠斗を見ると、悠斗は見る見る顔を赤くした。
陽太は、そうだったのか、と言った。
「え、さっき会ったばっかなのに?でも…胃袋掴んだら確かにいいのかな。」
太成は、頷いた。
「初めて見た時から、あ、これ悠斗のツボだなって思って見てたんだよなー。ほら、黒髪で猫っぽい目で美人みたいなかわいいみたいな感じの子だろ?ああいう子、絶対いっつも見てるから、今回もこりゃ悠斗が大変だなって思ってたんだけど、意外にあっさり言い寄ったよな。」
「違う!」悠斗は、赤い顔で言った。「もう…確かに好みの外見だけど、中身までは分からないじゃないか。だから、一緒にご飯でも食べたら分かるかなって思っただけ。とんでもない性格だったら言い寄ったりしないけど。」
でも初っぱなからアタックするぐらいには気に入ってるわけだ。
陽太は思って、言った。
「だったらさ、思うけどみんなの分作って点数稼いだ方がいいんじゃないか?他の女子もいいって言ってくれたら、多分可能性上がると思うけど。」
悠斗は顔をしかめるが、太成は頷いた。
「だな。えこひいきしたら多分良く言わない子が出て来てあんまり話せないかもだぞ?がんばれ。本気ならだけど。」
悠斗は、赤い顔のままキッチンの扉を開いた。
「もう、分かったって!それ以上言うな。」
キッチンの中の、皆がこちらを何事かと振り返る。
三人はバツが悪げに皆を見返した。
「その…ごめん。何か食べようかって思って。」
郷が頷いて、冷蔵庫を指した。
「何でもあるぞ。ほんと、何でも。」
側の藍が頷いた。
「そうなんだよ、まじで食べきれないぐらい。何か作るの?生の食材もいっぱいあったよ。」
悠斗が、太成が突っつかれて、渋々言った。
「その、夜ご飯作ってみるからみんなでどうかな?
中華屋でバイトしてて。調味料とかもある?」
すると、向こうでレンジが鳴るのを待っていた別の男が言った。
「お、マジで?めっちゃ嬉しいな!オレ実家住みで調理とかからっきしだから助かるー!」
確か、大和とかいう人だったはず。
陽太が思っていると、藍が言った。
「調味料はねぇ、確かこの下にあったよ。確認してみたら?僕も中華食べたいなー。」
悠斗が、言われるままに下の引き出しを開いて中を確認している。
陽太は、自分はとりあえずこの辺の何かを食べよう、と、冷蔵庫を開けて中を覗いたのだった。