昼の会議
その後、しばらくして藍がうんざりしたような顔をして戻って来た。
陽太と太成と大和と保は、どうしたんだろうと藍を迎えて、言った。
「…何かあった?」
陽太が聞くと、藍が椅子へと座りながら言った。
「上でさあ。律子さんって12号室だから8階でしょ?僕、非常階段の横でじっと潜んで見てたんだけど…律子さんがまず戻って来て、その後で健さんが上がって来たんだよね。何度もノックしてたけど、ここは防音がしっかりしてるし中には聴こえないじゃないか。それを教えてあげた方がいいかなって思ってたら、今度は寛さんが来て。なんか、律子さんの部屋の前で揉めてんの。聞いてたら、どっちも律子さんに言い寄ろうとしてるみたい。」
大和が、驚いた顔をした。
「え、健さんは知ってたけど、寛さんも?」
あれだけけちょんけちょんに言われたのに。
陽太も思ったが、藍は頷いた。
「なんか、弁が立つ女は嫌いじゃないとか言ってさあ。でもね、思うんだけど律子さんは弁が立つっていうか、賢くて説明が上手いんだよね。自分を言い負かしたのは彼女が初めてだとか言ってたけど、寛さんってマゾなんじゃないの?とにかく、律子さんは出て来なかったし、多分聞こえてなかったんだと思うんだけど、男性が無理に扉を開いて呼び掛けるわけにも行かないしさ、諦めて帰って行った。めんどくさいよねえ。律子さん、変な事に巻き込まれなきゃいいけど。」
大和は、何度も頷いた。
「律子さんが気の毒だよ。あの人若いけど、なんか落ち着いててうちの母さんとかと話してるような安心感があるんだよね。母さんじゃちょっと失礼だから、姉さんって感じでもいいけど。」
陽太は、おばあちゃんのような、と言いたいところだったが、それを聞いてぐっと抑えた。
確かに29歳の人に言う事ではないからだ。
律子は、香織のように目立って美人というほどではなかったが、とても綺麗な黒髪で、肌もつやつやと手入れが行き届いていてとても綺麗なので、美しく見える人だった。
感情的でもなく品が良いので余計に落ち着いて見えて、もしかしたら年上のおじさん達にはモテるのかもしれなかった。
「ゲームしに来たのに。ていうか、社会実験なんでしょ?」藍が、むっつりと言った。「分かってるのかなあ。こう言っちゃ悪いけど、君の友達の悠斗だって香織ちゃんばっかだよね。もう、さっさと吊ってしまいたい感じ。雑音になるもん。」
陽太は、言われてバツが悪かった。
それはそうなのだが、悠斗が全くこちらへ接触して来ないので、邪魔をするように思って自分から、しっかりしろと言いに行きにくいのだ。
「…分かってる。でも、オレ達だって困ってるんだ。太成だって、悠斗に話しかけようとしてるのに、寝てたい、だの、そんな気分じゃない、だの言われて部屋を訪ねても追い返されるし。恋の病って言われたら、あれかもしれないって思うぐらい。別人だよ。」
そう、別人…。
香織が可愛くていい子なのは分かっているが、やっぱりちょっと言った方がいいのかなあ、と陽太は思っていたのだった。
太成が、ため息をついた。
「言ってもいいけど、聞かないよ。オレ、今朝だって言ったんだよ。香織ちゃんばっかでなくて、仕事もしろよって。でも、答えもしないんだ。仕事上でいろいろ好きになるとか分かるけどさあ、まだ二日目なのにみんなおかしいよ。ほんと、それが目的だったんじゃないかって思うぐらいだ。嫌になって来たよ。藍の気持ちも分かる。」
五人でため息をついていると、丞が声を掛けて来た。
「時間だぞ。船首のラウンジへ移ろう。」
言われて、もうそんな時間か、と五人は立ち上がった。
情報は何かあるかと聞かれても、恋愛関係のもつれしか分からなかった五人にとって、会議で何を話そうと悩むことしかできなかった。
ラウンジへ入って行くと、みんながパラパラと分かれて座っていた。
健と寛はと言えば、律子の近くに座って話し掛けているのだが、芙美子と郷が何やら結託して律子を両側から挟んで座っていて、二人が隣へ座れないようにしているようだった。
ふと見ると、悠斗はやはり香織と彩菜の隣に座っていて、何やら話している。
こいつら何をしに来たんだよと言いたいのをグッと堪えて、五人は空いているソファに座った。
それを見て、丞が言った。
「じゃあ、今度は白先から話を聞こうか。だいたい、みんな白が出てるけど本当に白かどうかは確定してないから分からないだろ?そこから占い師の真贋も分かるかもしれないから、悠斗から意見を聞こうか。」
悠斗は、香織の方を見ていたが、皆が自分を見るので、慌てて言った。
「えっと、オレの意見か?」
丞が、むっつりと答えた。
「そう、君の意見だよ。しっかりしろよ、白先だからって吊られないとは限らないんだぞ。本当に怪しかったら、白人外かもしれないし吊る。ちゃんと意見を落とさないと。」
悠斗は、少し考えて、言った。
「…オレはまだ、占い師の真贋は分からない。だが、陽太の性格は知ってる。完璧に嘘をつくのは無理な性格で、顔に出るから丸分かりなんだ。だから、陽太は多分真占い師かなと最初から思っていた。意見を聞いていると、菜々子さんは印象がなくて、寛さんは強硬な感じで怖いイメージがあって、香織さんが、素直な感情で意見を言ってるように見えたから真っぽい。だから陽太と香織さんが占い師じゃないかって思ってる。グレーはみんなが言うほど彩菜さんも保も克己も、黒くは感じなかった。言葉を間違えただけで疑うのは間違いだと思ってる。だからもっとグレーの話を聞きたいと思ってる。この中から吊るのに、もっと話を聞かないと間違えそうだからな。それこそ、塗れそうな所に黒を塗ってる人外にいいようにされてる気になるよ。」
それなりに考えてはいるようだ。
丞は、頷いた。
「じゃあ、次は藍。」
藍は言った。
「僕はね、まず言いたいよ。みんな、これが仕事だって自覚あるの?一日5万ももらってるんだよ?ゲームしろって言われてるんだから、ちゃんとゲームをしてくれよ。僕達は一生懸命考えてるのに、ゲームそっちのけで誰がかわいいだの頭がいいだの、どうでもいいの!ルールブック読んだ?真面目にやらないと追放だって書いてたでしょ?このままじゃたくさん追放されてゲームが壊れちゃう。しっかりしてよ、今自分が好きだとか言ってる人も、諸とも追放になったらお金入らないし恨まれるよ?真面目にやって。分かった?」
自分の事だと思っているもの達は、それで黙った。
藍は、ため息をついて続けた。
「…で、怪しい位置だけど。今は分からなくなってるよ。と言うのもなんか恋愛云々絡んでて、その人達を吊りたくなっちゃってるからね。真面目に言うと、グレーからだとやっぱりさっきの発言で怪しい位置の保さんと克己さん。まだ分からないよ?これからまた話を聞くしね。占い師は陽太以外はみんな一緒!なんか怪しい。もうこの際陽太を真置きしてあとは吊ってってもいいかもとか思い始めてるぐらいだ。だって、どうせ呪殺で確定できるのは一人だし、占い師は一人でも確定したらいいからね。狐っぽい所は全部陽太に占わせて、呪殺を出してもらうのがいいかもって思ってる。明日陽太が黒を出したら、そこを迷わず吊るつもり。他の黒は基本信じないかもだから迷わないよ。」
そんなにか。
藍があまりにも怒っているし、あまりにも陽太を信用しているので皆はドン引きして聞いていた。
さすがの陽太も、いくらなんでもやり過ぎではと困惑してそれを聞いていたが、藍はぷんすか怒って丞を睨むように見ていた。
丞は、それが極端すぎるとも言い出せなくて、戸惑いながらも、言った。
「お、おう。その…気持ちは分かるが、まあ待て。今日はグレー吊りだしな。ええっと、じゃあ次は永人。」
永人は、苦笑しながら言った。
「藍の気持ちも分かるよ。オレも見ててちょっとイライラしてたとこだったから、確かになあって思った。ただ、占い師についてはまだ分からないから吊れない。藍と同じく陽太が限りなく白く見えるんだが、他が極端にいろんな面で村を警戒させるような様子だからってのもある。力が入っておかしく見えてる真が居るかもしれないし、まだ決め打ちはできないと考えてる。真ならそのうちに噛まれるだろうから、そうなった時に他の占い師を吊り切ったらいいかなと思ってる。人外が残った占い師三人のうちに二人も居るんだから、もう一人も呪殺を出せてない限りはそのまま吊り切ってしまった方が村利があると思う。霊媒師は頑張って生き残って欲しいから狩人には考えて守って欲しいと言っておく。それぐらいかな。グレーは、もう一回全員の意見を聞いてから決める。安易に決めてしまって白だったり猫又とか狩人が露出するのは避けたいしな。」
丞は、頷いて次に、芙美子を見た。
「じゃ、芙美子さん。」
芙美子は、頷いて言った。
「えーっと、私はね、藍くんの言ってることは分かる。でも、こうやってたくさんの人が集まってるんだから、いろいろ感情が入り乱れるのは仕方がない事だと思うのよ。恋愛だって、いいと思うわ。ただね」と、寛、健、そして悠斗と香織の方を見た。「あんた達はやり過ぎ!何しに来たのよ、あっちのことばっかなの?この際言っておくけど、私だって郷さんが好きよ。でも、私はそれを言ってないし、あんた達みたいにそればっかじゃないし、ゲームの事を話してるわ。だって、これが仕事なんだもの。あんた達、クビになるわよ。いいの?」
郷は、目を丸くしている。
47年生きて来ても、こんな風に公衆の面前で好意を告げられるのは初めてらしい。
「まあ…その、マジか。」
郷は、それだけ言って、戸惑っているようだ。
丞が、なだめるように言った。
「まあまあ芙美子さん、それは後でいいから。考察を落としてくれ。」
芙美子は、まだ何か言いたいようだったが、フンと鼻から息を吐いてから、言った。
「…分かったわよ。占い師の事は藍くんが言う通りに陽太くんがあまりにも真っぽいから他はもういいかなって感じになっちゃってるわ。一人真が分かったらそれでいいのは確かだもの。そりゃ、二人とも分かるに越したことはないけど、いい加減な占い師ばっかじゃない。もっと気を入れて欲しいわ。男だ女だじゃなくてね。」
言い方に棘がある。
芙美子は、仕事中にのぼせ上っている人達が、心底許せないらしい。
自分は我慢してるのに、という気持ちもあるのかもしれない。
何しろ、郷は今の今まで芙美子の気持ちには気付かなかったようだったからだ。
丞は、何度も頷いた。
「君が腹を立てているのは分かるよ。でも、グレーはどうだ?誰か怪しい人は居るか?」
芙美子は段々冷静になって来たのか、落ち着いて来て言った。
「そうね…太成くんはめっちゃ何でも顔に出る子だから、白いなって思ったわ。郷さんは狐を探してる感じだったから、村か人狼陣営なのかなって思ったけど、傍で見ていたら役職の事に関しても誰に肩入れとかないし、ってことは村かなって思ってるわ。睦くんも目立って黒い所が無いし、律子さんはグレーの中じゃ最白ね。めちゃくちゃ考察が伸びるから、残って欲しいと思ってる。で、彩菜ちゃんよねえ…何気なく言った事なんだろうけど、やっぱり占い師に出てる狐を庇ってるように聴こえたのは忘れられないかな。保くんと克己くんは、単純に思い込みなだけなのか知らないけど、他の子達が言わなかった、盤面が見えてるような事を言ったのは大きいと思うわ。思い込みにしても、他の子達はそんな思い込みしなかったわけだからね。陽太くんには、今夜の吊りが終わったら残ってるこの辺りを占って欲しいと思うかな。」
丞は、頷いた。
「ありがとう。」と、皆を見た。「ええっと、これが白先達の意見だね。というか、その、藍からも芙美子さんからも意見があったけど、言っておかないといけないな。恋愛関係だけど。オレは主催者じゃないから、そういうのを禁止することはできないんだけど、そこんとこをしっかり問い合わせておかないといけない。多分、社会実験というからには、どこかからこちらを見ていると思うんだ。観察してて、こうしている間も記録されてるんだろうしね。だからこそ、ヘタな事はしない方がいいし、今夜の投票時にモニターに聞いてみよう。応えてくれるんじゃないかな。」
健が、言った。
「精神科医の立場から言わせてもらうと、社会実験なんだからゲームそのものじゃなく、それに伴う私達の動きの何かを分析して見ているんだと思うんだ。だから自由に行動していていいと思う。ゲームは滞りなく進めているんだし、別に文句を言われる筋合いはない。」
芙美子が、言った。
「運営側の考えなんてあなたには分からないでしょう?あなたにお給料をもらうわけじゃないし、あなたも雇われている立場なのよ?勝手に判断して、好きに動いていいはずはないわ。」
もっともな話だった。
芙美子を睨む健と寛、それに悠斗を見て、律子が大きなため息をついた。




