崩壊
旦名河県 縦丘市 朝日区
吉村 一真は天井を眺めていた
そして考えていた
今日はいつで、寝る直前は何をしていたか、夢はどんな内容だったか
そんなことを
首を右に傾け、机の上にある安物のデジタル時計を見る
時刻は7時を表していた
「.......................」
意識がだんだんとこの世に戻ってくるの感じながら頭を整理させる
今時刻は7時であり、ある程度の人々は朝を迎えている頃だろう
もちろん、一真もその内の一人である
一真はベットから起きあがると身支度をすませ、部屋から出て階段を下りた
キッチンからほのかな香りがする
キッチンに向かうと、キッチンの中央のテーブルに朝ご飯がラップを被せられ並べられていた
ラップの上には何かが張り付けられていた
メモ用紙だった
【しっかり食べて、家を出るときはちゃんと戸締りをしなさい。あと、今日も遅くなります。】
メモを読むと、キッチンとは対になっているリビングの方を振り返り、父の遺影が飾られた仏壇を、正確には仏壇に飾れた懐中時計を眺めた
一真の父は一真が物心つく前に亡くなったらしく、懐中時計は一真の生まれたその年の結婚記念日に母がプレゼントされたものだという
今では母が女手一つで一真を養っており、家のローンのこともあり、夜遅くまで働き詰めである
そんな母を見かねて親族たちは再婚や実家に戻ることを勧めたが、母はどちらも拒否した。
小さい頃は一真もどうしてそうしてくれないのか理解できなかった
だが、今なら理解できる気がした
きっと、愛する主人が、父が買ったこの家を手放すわけにはいかなかったのだろう
誰の手も借りずこの家を、そして息子を守りたかったのだろう
それほどまでに、父を愛していたのだろう
だから一真は何も言わなかった
ただ、強かに努力する母に苦労を掛けないよう、彼なりに正しく、清くあり続け、できるだけ問題を起こさずに生きた
一真はテーブルにもう一度目をやると、少しだけ考えて、静かに椅子に腰かけ、朝食を食べた
母の愛を感じながら
ゆっくりと
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「行ってきます。」
一真は振り返り家に向かってそう言うと
自転車を漕ぎ出した
神名河県 縦丘市は約380万人が住む大都市であり、人口の占める割合は、ここ朝日区は五番目に大きい
日本の首都である東城都の近くと行くともあり、人やモノの流通は多かった
一真の通う高校、神名河県立希望ヶ浜高等学校は多くの優秀な生徒を排出してきている神名河県の中でも指折りの名門であり、家からは車で10分ほどの距離に位置していた
住宅街を抜けると、北西方向の遥か遠くに大きな山が見える
標高2500㎞もあるその山は、1983年に突然起きた地殻変動により隆起したもので、その際に豪雨や雷が起こり天候が荒れていたことから、人々が怒りし神の御業として天業山と名付けられた
山の先には集落があり、昔から閉鎖的な暮らしをしていたらしい
10分ほど行った先には商店街があり、そこを抜けしばらくすると希望ヶ浜高校につく
一真は校内に入り自転車を止めると、しっかりとタイヤにチェーンを取り付け鍵を閉め校内に入った
廊下に飾られた時計を見ると時刻は7時13分、そろそろホームルームが始まる頃だ
「よう一真!おはよう!」
後ろから元気よく挨拶をする声が聞こえる
声のする方へ振り向くと、同級生の早乙女 建二が一真に手を振り走ってきていた
「おはよう、建二。」
建二は一真の幼馴染で、大人しい性格の一真とは対照的にとても活発で明るい性格であり、校内での人気は高く、生徒会長に推薦され圧倒的な支持を得て選ばれるほどだ
家が近いこともあって、よく一真の家に遊びに来たり泊まったりしている
母がほとんどの時間家にいない一真にとって、そんな建二は寂しい気持ちを埋めてくれた家族同然の親友であり
そして憧れだった
建二が一真に追いつくと二人は一緒に教室へと向かう
「なぁ、今日のニュース見た?」
「いや、見てないかな。」
「旦日町で殺人事件があったらしいぜ。」
「............またなのか。」
「ああ、先々月に1回、先月に3回、そして今回ので今月は4回目だ。段々回数も増えてきてる。」
「............。」
旦日町では今年に入ってから殺人事件が増加してきており、しかもほとんどの事件が同一人物によるものだと言われている
これはすべての事件において死体にある共通点があったからである
その共通点とは
死体から一部の内臓がなくなっていたことだった
殺した死体から内臓を取りだす、あまりに残酷な仕打ちに一真は悲しみを、何より、怒りを感じた。
被害者には未来があったはずなのに、これからも何気ない日常が来ると思っていたはずなのに
はかない命をもてあそんだ犯人に、激しい憎悪が沸き上がるのを一真は感じた
「............一真?大丈夫か?」
建二が一真の肩を揺さぶると、一真はっとしたように答えた
「え...あぁ、うん」
「めちゃくちゃ暗い顔してたぞ。朝からこんな話は嫌だったか?」
「そんなことないよ、ぼーっとしてただけさ。で、犯人は?やっぱり...。」
「捕まってない。今回も手掛かり無しらしい。」
「そっか。」
そう答えた一真を見て建二は少し考えると
「そういえばさ、受験勉強は順調か?」
「うん、いい感じだよ。」
「すげぇなぁ、あの東城大学を受けるだなんて。昔からお前は勉強頑張ってたもんな!」
「すごいだなんて、建二だってあの名門、和田大学じゃないか。」
「へへ、まぁな!お互い頑張ろうぜ!」
建二は拳を一真に向ける
「.......うん。」
一真もそれに応え、互いに拳を突き出した
そうしていると二人は教室に着き中へと入っていった———————————————————————————————————
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「はぁ.......っ!!はぁ......っ!」
旦日町のどこかの路地裏で、男が血まみれで壁にもたれかかって歩いていた。
50代前後と思われる彼の息は荒く、さっきまで走っていたようだ
「まさか.........これ程までとは.........っ!」
彼は時々振り返りながら、ずるずると歩いていく
まるで何かから逃げるように
「無駄ですよ。僕からは簡単に逃げることはできない。」
「.....っ!!」
とても若々しく爽やかで、しかし何処となく不気味なその声にハッとし男は上空を見上げる
そこには20代前後と思われる長身で白髪の男が空中に浮いていた
白髪の男はエメラルド色の瞳で男をじっと見降ろした
「............なぜ俺を狙う?俺が潰した犯罪組織の残党か?」
「不正解......とだけ言っておこうかな。僕はただ名を受けてここにいるだけだからね、石川 本郷。」
白髪の男はそれだけ言うと男の方に手をかざす
その瞬間、何かが崩れ壊れる音がした————————————————————————————————————————————————
気が向いたら続きかきます