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翌日、俺はレイコ義母さんとマキさん、それに先輩と一緒に東西映像の特撮ヒーローの撮影スタジオへと向かった。
ただし俺たちが撮影入りするのはまだ一週間も先。今日は挨拶をするためだけに向かっているのだ。
俺としては担当者から指定された日よりも前に顔を出して迷惑じゃないだろうか? という不安がない訳でもないが、レイコ義母さん曰く、監督とアポが取れたから。迷惑なら普通に断られるから、と笑みを浮かべていた事を思い出す。
「……すごいですね」
思わずそんな声が出てしまったが、なぜそう思ってしまったのかというと、俺と先輩がオーディションを受けた建物の奥にはさらにとんでもなく大きな建物が二つ存在していたからだ。
「は、はい。え、えっと、こちらが撮影スタジオになるんですけど、中はも、もっとすごいですよ」
案内してくれているのは、俺たちが到着前から受付カウンター横でわざわざ待っていてくれた撮影スタッフの方らしいが、見た目は二十代前半の優しそうな女性だ。失礼だと思うが、いかにも新人さんというような雰囲気を纏っている。
ただ俺と視線が合うとすぐに顔を背けられてしまって地味に傷つくんだけどね。
ちなみにもう一つの建物の方で今放送中のマッスルレンジャーを撮影しているらしいが、このスタジオが出来てからはロケ地に向かう必要がほとんど無くなったらしいが、その意味は建物の中に入ってすぐに理解した……
「何ここ……」
「うわ……」
「別世界ッスね」
「大したものね」
いくつかの部屋を横切り案内されて入った広い空間。いや、撮影スタジオは、3Dホログラムで再現された世界が広がっていた。
――すごい……ん?
その世界はいくつか区切りがあり、今は外の風景が再現され、高校生の制服を着て赤いリストバンドをした人が怪人と向き合っている。
――あの人がレンジャー役の人かな……あれ?
役者さんがいるのに、映像が遮断されて途切れてしまうということがなく、その役者さん自身に背景が反射して映っていることもない。
どういう仕組みでそうできているのか、俺には理解できないが、最先端技術の凄さを改めて実感した。
そんな撮影現場を横目にしながら俺たちは女性スタッフから一つの部屋に案内された。
「こ、こちらでお待ち下さい」
五分くらいだろうか、俺たちは女性スタッフから案内された部屋のソファーにかけて待っていると、
「お待たせしてごめんなさいね」
二人の女性が入ってきた。どちらもオーディションの時に見たことのある女性だ。
「初めまして、リアライズ芸能事務所、代表の柊木麗子と申します。本日はお時間を割いていただき誠にありがとうございます……」
レイコ義母さんが立ち上がり軽く頭を下げると名刺を差し出した。
「あらあら、これはご丁寧に、私はアースレンジャーのメイン監督を務めてます北条忍です」
――え!
俺は驚いた。俺はてっきりオーディションの時に俺に質問してきた厳つい感じの五十代男性がメイン監督だと思っていたからだ。
この方はオーディションの時には、にこにこしながら俺のことを見ていた上品な感じのする五十代女性で、たしか先輩には「男性が苦手だというのは本当ですか?」と質疑応答の時に尋ねてきた女性でもある。
先輩はプロフィールにもそう書いていたらしいから、その質問には正直に答えていたが、それから先輩は明らかに元気がなくなったのを覚えている。
北条監督は義母さん、マキさんと挨拶をして俺と先輩の方に顔を向けてきた。
「柊くんと黒木さんもよろしくね」
「「はい」」
俺と先輩は慌てて頭を下げた。
「えっと私は特撮番組の絵コンテライターをしているもので、泉浅子といいます」
この方もオーディションの時にいた三十代の女性だった。もう一人いた別の芸能事務所の男性の自己PRや実技のときにくすくすと笑っていた印象が残ってる。
――しかし、絵コンテライターって何だ?
俺が不思議そうな顔をしたのが分かったのか、
「ふふ、とりあえず掛けましょうか」
北条監督が俺を見て笑みを浮かべたあと、皆をソファーにかけるよう勧めてくれた。ありがたかったので俺たちはその言葉に従った。
「でも知らなかったわ。レイコさんが新しくできたリアライズ芸能事務所の代表者をしていたなんて。藤堂グループはこういった事業には手を出さないと思っていたわ……」
「はい。そのつもりだったのですが……」
そう言ってから北条監督が俺の方に視線を向けてくればレイコ義母さんも俺の方に視線を向けてくる。
――はて?
二人がタイミングを合わせたように俺の方を向いてくる意味が分からないが、それよりも二人の口ぶりからして、二人が元々知り合いっぽいことの方が気になった。
「あの、レ……社長と北条監督はお知り合いなんですか?」
せっかく二人から顔を向けられたので尋ねてみる。
「ええ……」
レイコ義母さんの話によると、レイコ義母さんのお兄さんには奥さんが5人いるらしいのだが、北条監督はその中の一人の奥さんのお母さんになるらしい。
ちなみにレイコ義母さんの実子である夏人と、北条監督の孫は同い年で、お兄さんの家でそのお孫さんの誕生会の時には、よく会っていたらしい。半引きこもり状態になりつつあった俺以外と……
「そうだったんですね……」
――聞かなければよかった。
正直なところ恥ずかしくて顔が火照りそうになっていたけど、なんとか耐えたが、
――!
もしかして、今回俺たちがオーディションに合格したのは実力ではなくてレイコ義母さんのおかげなのでは? そんなことをつい思ってしまった。でも俺のそんな考えが顔に出ていたのか、
「柊木くん。先に言っておきますが、私はたった今レイコさんがリアライズ芸能事務所の代表者だと知ったの。だからこれと、オーディションの件とは全く関係ないわよ」
はっきりとそんなことを言われてしまった。疑ってしまって申し訳ないと思う。
「あ、いえ、そんなことは……」
「重要な役だったのよ。今回お二人を合格にしたのは純粋にあなたたちの演技を見て決めたのよ。
特に柊くんの理解力、判断力、記憶力には驚かされました。もちろん容姿もね。でも特に容姿にこだわっていたのは浅子さんの方よね。ね浅子さん。ちょうどいいからそれを見せてあげて」
「か、監督。それは言わないで……うう。柊くんと黒木さんは私のイメージにぴったりだったんです」
泉さんが両手で抱えるように待っていたノートを広げた。ノートを広げた泉さんはなんだか得意げな顔をしている。でもその視線は俺たちに向けられることなく、自分のノートを向いままだった。
「これは……黒と白のひよこ? ですか……?」
そこに描いてあったものは黒と白の二羽のヒヨコの絵。ただそのヒヨコには羽とは別に歪な腕と手がある。
「あ、ごめんなさい。これはムネニーク=ピヨッコとササミ=ピヨッコの怪人時の姿だった」
なんと、この目つきは少し悪いが愛らしい黒いヒヨコが、俺がやることになっているムネニーク=ピヨッコ怪人の姿だったらしい。白いヒヨコはアホ毛とふわふわ感があってもっと可愛らしいけど、やはり目つきは少し悪い。
「そ、そうなんですか……」
マッスルレンジャーに登場する怪人を見て自分なりにイメージを固めていた俺。俺のイメージとかなり違っていて背中に変な汗が流れる。変な怪人役を受けてしまったのではないのかと……
「あ、でも監督が言っていたのはこっちよ」
そう言った泉さんがペラペラとノートをめくっていく。ちらちらと色々なキャラクターデザイン? アースレンジャーの姿や怪人たちの姿が見えてもっとゆっくりめくってほしいと思ったが、口にはしない。だって俺が演じる怪人の姿の方がもっと気になっているから。
「これだわ、ムネニーク=ピヨッコが擬人化した姿。異端怪人だけあってムネニーク=ピヨッコ怪人とササミ=ピヨッコ怪人の普段の姿はこんな感じで、まるで擬人化したような、不完全な怪人の姿をしているの。
怒りで感情が昂っていたり、自ら気合いを入れて完全体の姿を望むと、先ほどの完全体の姿になれる。当然完全体の姿では力が増すが、その分、体力の消耗が激しいの……あったわ、これね」
まあ、そのあたりは昨日、合格の通知をいただいた時の文面に少し触れてあったから驚きはしないけど、
――え! これがムネニーク……
そこに描かれていた怪人の姿絵は、なんとなく俺の顔によく似た人物が悪の秘密結社の戦闘服を着ている。まるでコスプレでもしているかのような姿絵だった。不覚にもちょっとカッコいいと思ってしまった。
不完全な怪人は、耳が小さな羽に見え、背中にも大きな黒い翼ある。他にも、両手が人のもののそれだが両足は鳥のもので、額にもちょっとした紋様が入っている。でもそれだけで顔はほぼ素顔のままだった。
――思ってたイメージとかなり違うんだけど……
「あ、あの特殊メイクなんかはしないのですか……?」
「ん? しますよ、少し色っぽくね。あとこれも」
色っぽいっというのがどの程度なのか、白黒で描かれた姿絵からは伝わってこないが、泉さんが指差したのは俺の姿絵の額、その額にある紋様だった。
「えっと、他には……」
俺としてはパッと見てもこの怪人が俺だと気づかれない程度の特殊なメイクはしてほしいいんだけど、
「あ、柊くん、紋様のこと、今さらっと流したよね? 酷いなぁ。私は気に入っているのに」
「そうなんですか」
「そうなんです。ふふ、聞いて驚かないでね、なんとこの紋様は鳥の王様を表す紋様なんだ。あれ、この怪人は誕生してから間もないから王子様と言った方がお似合いかもね」
「は、はあ」
「それで柊くんが私のそのイメージとぴったりだったのよ。
いえ、むしろ柊くんを見てピンっと閃いたと言った方がいいのかしら。柊くんを見てからどんどんアイデアが浮かんで候補を絞るのに苦労したくらいなのよ」
泉さんはそうは言うが、泉さんの視線はずっと開いていたノートに向けられたままだった。このデザインがよっぽど気に入っているのだろう。
「大変だったのよ」
そこで北条監督が怪人の姿は決まっていたけど、不完全体の方はまだ決まっていなくて、キャラクターのデザインも担当していた泉さんがオーディション応募者を見てイメージを固めたいということでオーディションの審査員になっていたと教えてくれた。
「黒木さんもよ。兄以外になかなか心を開かない妹怪人というイメージにぴったりだったの」
――なるほど。
先輩は無意識に男性が苦手で無愛想になる。でもそれはなぜか俺には該当しない。上手く利用すれば兄以外にはなかなか心を開けない妹のイメージにぴったり合う。でもそれは実力でなくイメージと合っていたからだとも捉えられる。
「ありがとうございます」
先輩も分かっているのか、泉さんに向かって頭を下げているが、その顔は少し悔しそうにも見えた。
それからレイコ義母さんと北条監督がオーディションでのことを楽しそうに話していたが、
「お二人は少し時間はあるかしら」
不意に北条監督が俺と先輩に顔を向けてくる。
――困った……
俺はよくてもレイコ義母さんやマキさんの予定が分からなかったからだ。だから俺はレイコ義母さんに視線を向けて確認してみた。
するとレイコ義母さんが頷き返してくれるので、北条監督にもそう伝えても大丈夫そうだ。
「はい大丈夫です」
「私も大丈夫です」
「じゃあ、少しだけアフレコに挑戦してみる? 内容はオーディションで実演していたものとほとんど一緒なのよ」
「「?」」
北条監督から詳しく話を聞くと、俺たちがオーディションの時に実演した部分は怪人の完全体(着ぐるみ)でのシーンらしく、アフレコが必要になる部分だった。
ではなぜあの部分を実演させたかというと、北条監督の気まぐれ、ということではなく、初めてアフレコに挑戦する時に、実際に実演していた方が感情を込めやすいだろうの判断してのことだった。
まあそれは実際にアフレコに挑戦しててよく分かった。
「柊くん。そこはもっと感情を込めてほしいわ」
「は、はいっ」
この怪人(着ぐるみ)は目がパチパチ、口がパクパク動きはするがそれだけ。感情が非常に読みづらかったのだ。
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