23 黄の令嬢との遭遇
「キルマー、クロードも大丈夫そうなんで、行きましょう」
「あ、はい。オレの知り合いが連れて行きましたから、なんとかなりそうですね」
運ばれていくのを見て、そう子供がすぐに言うものだからオレは少し驚く。
落ち着きがあるっつーか、ドライっつーか……でも、あんま表にそういうのを表に出さねぇタイプなのかもしれねぇ。
「あのおっきい人、キルマーの知り合いなんですか?」
「はい、先輩で、平民寮の寮長やってます」
「そうなんですか。クロードはボクの配下の家の人で、弱気なところはたまに傷だけどよく遊んでくれるとても良い人なんですよ」
おおう、侯爵家の子息がそんな親戚なお兄ちゃんみてぇな感覚。流石、黄の系統のトップの家の子だ。
そしてそんな相手が血反吐吐いてて、よく泣かなかったよこの子。
まあ、貴族だからそこら辺の感覚とか違ぇのかもしれねぇけど。
「病気かなんかですかね……」
「原因知っているボクから見れば、大事にはあれまでならなんとかならないですよ」
また原因がはっきりしてるって……黄の上級貴族に共通している体質かなんかなのか? 気になるけど、貴族様のこと詮索するのは平民として良くねぇしな。
「あ、姉様!」
「どこですか? 観客席だとしたらどうやって行きましょうか」
オレがいきなり黄の公爵令嬢ディスティル様に近づいたら目立つと考え、そう口にする。
が、子供はイルシオン様はくすくすと笑う。
「だいじょうぶ、姉様もういるから」
「へ?」
どういう訳か分からずオレが困惑の中する中、カツンという硬い音が鳴る。振り向いた先にその人は立っていた。
ピシッと切られたたまに赤が混じる金色の前髪と、睥睨して来る琥珀色と赤色のキツい吊り目が彼女の意思の強さをよく表していた。
元の背も高いだろうが、高いヒールを履いている所為か完全に見下ろされる形だ。それに加えてよくこの年頃の女の子が来ているような、可愛らしかったり、柔和だったり、楚々としたデザインの服では無く、どちらかと言うと鋭利な美しさを押し出すような服で大変威圧感を感じる。
長い髪が逆光の中たなびく。
黄の公爵令嬢、ディスティル・クラー・ディプロマティー。
「イルシオン」
何処か不機嫌そうに、その方は子供の名を呼ぶ。それだけでもオレはビビっちまって体が硬直しちまう。
「はい、姉様」
けど子供はするりとオレの背中から降りると、オレとその方の間に立って、余裕のある返事をして見せる。
「……誰?」
さっきよりは圧の無い声だった。でも、怖かった。
こちらを見て来る目はどちらも暖色なのに氷のように見えて、体が震える。目を逸らしたくて仕方ないが、それさえも許して貰える気がしない。
「え、あの、そのっ」
それでも返事をしないのも失礼なので、口を開こうとするが、碌に舌と頭が回りゃしない。
だけど答えねぇと。以前先輩の件でも最終的に力をかして頂いた訳だし、お礼も言わねぇと。
「い、以前お世話になりましたカイ・キルマーと申します。お忙しいところすみません。あの、その、イルシオン様が一人で、しかも具合されそうにされていたので、あの、その、みっ」
わざとじゃねぇだろうけど、公爵令嬢が持っていた扇で自身の掌を叩いたのに対して情けねぇ声が出る。動作の割には結構大きな音だった。
わぁ、その扇。黒ベースに黄色の刺繍ですっげぇ黄の貴族らしいし、畳めるその形、海の向こうの工芸品の特徴で、でも柄はこっちよりだから特注品か? 流石、外交担当の黄の貴族だけあんなぁ………やばい現実逃避しても怖い。
あとさっき変な声出たの恥ずかしい。「みっ」ってなんだよ、小動物じゃねぇんだからよ。可愛い女の子が言ったら可愛いかもしれねぇが、オレが言ったところで気持ち悪ぃだけなんだけど。
恐怖と羞恥が混在するせいか頭がぐるぐるする。
「キルマー、だいじょうぶ? 今、キルマーの方がかお、まっ青で具合悪そうだよ」
オレがガチガチになってんのを見て、イルシオン様がそう心配する。それとは反対にディスティル様はオレのことを無表情で見ている。まったく雰囲気の違う姉弟だ。
イルシオン様と話している時は大丈夫だったのに、同じ貴族でもレトガー兄弟とはまだこんなんにならずに喋ることが出来るのに。ああ、なんだかんだあの兄弟ってオレが話しかけやすくしてたんだなぁ。オリス様は勿論、テレル様もオレ如きに感情を隠さず見せてくれてたんだ。
「だ、だいじょうぶです。イルシオン様が一人で具合悪そうにされていたので、医務室に連れて行こうと考えたのですが、本人が大丈夫とのことで、ですが一人にする訳に行かずここまで連れて来させて頂いた次第です」
「……そう」
反応薄い。感情面に出して下さい。
初めて会った頃のテレル様みたいに厳しい反応でもいいから、ヘスス君みたいに顔に出なくてもなんとなく考えていることが分かればいい。
何考えているのか分からねぇ、こっちにどういう風に見せたいのか分からねぇ、それだけはやめて欲しい。
感情が見えない人が苦手だ。
人の気持ちが分からないってのは当たり前のことだが、それでも表情や声で表現されれば「どんなこと考えているか」「どう思わせたいか」が大体分かる。
後者は騙される可能性だってあっけど、それでもいい。虚構さえもそいつの意図で作られたものだってことは感情の一つだから。
表に出る感情を無にする奴が怖い。
オレのことちゃんと人間って見えてるかなって不安になる。
貴族と平民じゃそりゃ差がありすぎて同じ生き物だとは思えねぇかもしれねぇ、だとしてもせめて生き物だってこと、感情があるってこと分かってるかなって、何か衝撃を与えれば鳴る玩具だとか思ってないかなって怖くなる。
先輩を壊したあの貴族が頭によぎって仕方ない。オレが知っている中で一番恐ろしい存在がよぎってしまう。
でも、違う。この方は違う。あいつとは違う。
むしろ現寮長の話を聞いて、助けてくれた方だ。そんな方をあいつと同様に怖がっちゃいけない。
「姉様、もう少しやわらかい言い方しないとキルマービビりだから怖がっちゃうよ」
「あら、随分軟弱なのね」
怖がっちゃ駄目だけど、やっぱ怖くて足を自然と引いていた。
「姉様、キルマーは**の**だよ」
心が乱れているのか、イルシオン様がオレについて何か言っていたが、靄がかかったように聞き取れなかった。
「………………あの時の子なのね」
「あ、その節はありがとうございます」
よく聞き取れなかったとは言え、今のやり取りでオレのことを思い出したらしいので、一礼する。
「うちのものが何度も迷惑かけたようね。ここまでこの子を連れてきてくれてありがとう。イルシオン、お礼は言った?」
うんやっぱ悪い人じゃねぇ。怖い人じゃねぇ。……だけど、黄の貴族という肩書きが、感情を見せないその態度が、どうもあいつを想起させるのか息が詰まりそうになる。足元の感覚がおぼつかない。
ちゃんと自分の足で立てているのかと不安になる。足の感覚があの時と同じようになくなった気がした。
立っていられない、そう思った時だったパンと軽い音がした。
いつの間にか視界もぼやけていたみたいで、音と共に一気に世界が鮮明になる。
大きな灰色の瞳と目が合う。どうやら子供が柏手を打ったらしい。ニコッと笑ってみせるその様子に、なんとなくホッとしてため息が出る。足の感覚も戻る。
「ありがとう、キルマー。もう、ここから去っていいよ」
「じゃあ、その、失礼します!」
ひらひらとイルシオン様が手を振って来たのを機に、綺麗に90度の礼をすると、オレは急いでその場を立ち去る。途中で動揺から躓いて周りの通行人に笑われたが、そんなのどうでも良い。
あの子供が言うように、立ち去るのがきっと一番だと思ったから。