22 フェイスちゃんの試合
試合には四人いる筈なのに、立っているのは二人だけだった。
フェイスちゃんは剣を構えたまま赤毛の貴族から目を離さない。赤毛の貴族はフェイスちゃんの方を見ながら、どうしようかなというようにフェイスちゃんを見つめていた
最強と言われているアルフレッド様は座り込んでいて、不思議そうに自分の足を手で触っていた。
「また、しびれ薬とかか?」
「でも、始まってすぐにああなったぞ。接触する間も、何か投擲する間もなかっただろ」
「じゃあ、風とか利用して散布したのか?」
「だとしたらあの子がなんも無いのはおかしいだろ」
観客席にいるおそらく緑や紫の貴族達の言葉に、フェイスちゃん大丈夫かなと更に心配になる。
ペアのアルフレッド様が動けなくなるなんてオレも想像してねぇことが起こってんだから。
フェイスちゃんはオレと同じように、平民でペアが強いから勝ち上がった。
でもオレとは違って、ペアが一人でも優勝間違い無しと言われる程、あの緑系統の貴族の中で最強と謳われる程の実力者、アルフレッド・レトガー・シュトックハウゼンと一緒だから問題無いと思ってた。
ペアがフェイスちゃんであろうと勝利が揺るがないと思ってた。
でも、その頼みのアルフレッド様が戦闘不能状態。
これってめっちゃピンチじゃね?
「クロード……」
背中に背負った子供が漏らした言葉にハッとする。
そっか、オレはフェイスちゃんのことが気になってたけど、この子は同じ黄の貴族が試合に出てるから見たいと言ったのか。
黄の貴族も立っていない。剣を地面に突き刺してそれを支えになんとか立膝をついている。目立った外傷などは無いが、俯いているその姿にどうも不穏さを感じる。
アルフレッド様の方に意識が向きがちだけれど、不思議そうに座り込んでいるアルフレッド様は何処かけろっとしているのに比べ、深刻そうだ。こっちもこっちでヤベェな。子供、イルシオン様が気にするのも当然だ。
両チームとも片割れが戦闘不能状態で残ったのは、平民の女の子と赤の貴族。勝負は誰の目に見えても明らかだ。
フェイスちゃんは多分、オレと同じようにペアが強くて勝ち上がってきた、ここで負けたら通常だったらアルフレッド様の役に立てなかったと陰口を叩かれる。
けど、待てよ……? フェイスちゃんは女の子だからそんな心配はいらないかもしれねぇ。
緑の公爵子息が最初フェイスちゃんと組んだって時も、騒然となったけれど「アルフレッド様は優しい方だから変わった女とはいえど身を案じて組んだのだろう」という話で落ち着いてたな。この国では女の子は守られるべき存在でもあるから、弱くても責められない。
客席の後ろの通路だから選手のやり取りは流石に聞こえないが、雰囲気からはなんとなく起こっていることは把握出来る。現在赤の貴族がフェイスちゃんに対して女の子を怪我させるのはすすまないから、降参する様に要求していた。
だから審判も、観客も、赤の貴族も緑の公爵子息もここで試合が終わるのだと察して、どこか緊張感や熱感を失いつつあった。
ということで、フェイスちゃんやアルフレッド様のことはなんか残念だったなぁで終わるのだろう……。
けど、どうしてだろう? フェイスちゃんを知っているオレの胸のざわつきは増すばかりだった。
フェイスちゃんはオレと同じ平民で、大会に公爵子息と出場するってなった時は、オレと一緒に頭を抱えていた。いつも周りの特別な存在に振り回されながら生きてる。
でも、フェイスちゃんとオレは何かが違うんだ。
試合場の真ん中の方で立つ彼女の姿に、ぞくりと恐怖と興奮の混じった感覚を覚える。
昔冒険者の本で主人公が絶望の淵に立たされた時に不敵に笑ったのを読んだのと同じ感覚だ。
彼女の横顔は、オレみたいにすぐ諦めに染まらねぇ。こんな状況でヘラッと笑わねぇ。むしろ、ぬるくなってくる会場の空気とは反対に研ぎ澄まれていく。そして地面を蹴った。
「無茶だ」
そう誰かが口にしたのが耳に届くとともに確信する。
間合いを縮めた彼女が模擬刀を振り、それを油断していた赤の貴族がなんとか反射で受け止める。
そんな衝撃的な光景に、会場が一気に鎮まり帰る。
フェイスちゃんは逃げたりしねぇ、甘えたりしねぇ、ただ真っ直ぐに立ち向かっていく。
オレが彼女と同じように逃げても許されるのなら絶対降参してただろうけど、フェイスちゃんはそんなことしねぇ。
彼女は会場の唖然とした空気を置いてけぼりに模擬刀を振るい続ける。地面を蹴ってから、ここまで一切躊躇が無い。
フェイスちゃんはオレのような凡人にすらなれるかも怪しい弱虫とは違う。
そりゃそうだろ、最初からそうだったろ。
平民の女の子にも関わらず国立軍学校に望んで入る子だ、あのエルに妹扱いされるような子だ、エルに「強い」という理由で好かれる子だ、特別じゃない筈ない。
「キルマー、だいじょうぶ?」
「っ」
そう自分の背負っている子供から声をかけられて、初めて自分が息を止めていたのに気づく。そうしてからも息の仕方がすっ飛んで上手に出来ずにいると、背中にいる子供にべしべしっと背中を叩かれて、どうにか出来るようになる。
子供に心配されて助けられるなんて情けないにも程がある。
「あ、ありがとうございま――」
「すごいね、しあい、どっちも」
「はい」
子供の灰色の瞳は会場に向けられている。
軽いが速さのある攻撃と、予想外のことに頭が追いついていないのだろう、若干戸惑い気味に赤の貴族は防御している。
けれどそれでも攻撃を喰らわないのは本戦に実力で勝ち上がっただけある。なんだかんだ彼は今までフェイスちゃんに攻撃を仕掛けないでいる。
実力差はやっぱりある。
フェイスちゃんは凄いけど、それでも戦闘不能状態のアルフレッド様の代わりにはなれねぇ。対戦相手の赤の貴族、エバルフィン様に攻撃に転じられたら敵う気がしねぇ。
だから、このままだとフェイスちゃんは負けるだろう。
でもなんでだろう。それでもフェイスちゃんがやっていることが無駄だとは思えねぇんだ。
「あの子、まだ闘う気か⁉︎」
「降参しろよ! エバルフィン卿もそれを薦めているというのに!」
そう文句を言う貴族連中も観客席にはいるが、それでも無駄だとは思えねぇんだ。だって、なんだかんだみんな彼女に釘付けだから。
ずっと攻撃を受けているだけなのもどうかと思ったのか、エバルフィン卿が模擬刀を振り下ろすが、フェイスちゃんはなんとか避け、そのまま後ろに下がって距離を取る。
観客席には女の子に攻撃とかどうよとばかりにザワつくが、当のフェイスちゃんの緑色の瞳はなんだか輝いていた気がした。
「すっげぇ……かっけぇ」
そんな言葉が出てしまう。年下の女の子に、友達の妹分に対して変かもしれねぇが、そう思ってしまったのだ。
「姉様、あの子にむちゅうだ……」
後ろの子供もそう言葉を洩らす。
そして姉様ということは黄の公爵令嬢ディスティル様のことか。あの人、女性の活躍大好きって聞くから、こんな光景に夢中になるのも仕方ねぇ。オレや他の連中だって、まるで舞台のヒーローを見てるみたいになってんだから。
「……じゃあ、ぼくが『ク――」
続けて何か言っていたが、喧騒に掻き消されて聞こえない。でもオレに対してではねぇっぽいからいいか。
フェイスちゃんと赤のエバルフィン様は距離を取って武器を構えあっている。緊張感の走る中、今度はエバルフィン様から動くと――エバルフィン様が吹っ飛んだ。
は?
会場の誰もがそう思っただろうし、フェイスちゃんもそう思っただろう。
だけど、吹っ飛んだものは吹っ飛んだんだ。正確に言えば、横から飛び込んで来た何かに吹っ飛ばされた。
その何かはエバルフィン様のさっきまで居たところに着地すると「エヴァンズー! 治ったよ! 動ける!」と手を振った。
ニカーッと元気溌溂に笑ってみせる姿は間違いない、さっきまで戦闘不能だったアルフレッド様だ。
まさかのこのタイミングで復活かよ。あ、フェイスちゃんが明らかにやる気無くして、模擬刀を構えるのやめた。
ま、そりゃそうだろ。突然復活した味方によって今まさに本格的に闘おうとした相手、瞬殺されちゃあな。
フェイスちゃんの態度と、その後の審判の勝者宣言で試合が今ので終わったのに気づいたのか「終わったね!」と言う姿に全く邪気はねぇし、悪気はねぇ。
けど、会場の雰囲気としては「あんたのせいで終わっちまったよ」と言った感じだ。流石に公爵子息相手に誰も言えねぇみてぇだがな。
「エヴァンズは凄いね。諦めると思ってたけど、根性あるんだね」
「――」
「謙遜しなくてもいいよ。僕、戦力とか考えず面白そうだからエヴァンズをペアに選んだけど良かったよ!」
「――」
凄い声量の差で、アルフレッド様の声しか聞こえねぇけど、テンションの差が凄まじい。つか、アルフレッド様声量ヤベェし、話している内容もぶっちゃけすぎ。
「ん? 僕? いつの間にか足動かせるようになったから」
「――」
「大丈夫加減してるから、今のはぎりぎり反則負けにならないよ」
「――」
いや、本当フェイスちゃんの言う通り純粋培養の子供だな。色々と盛り上がっているところに水刺されたけど、まあ仕方ないかって雰囲気になってきた。
緑の貴族らしき観客が「アルフレッド様が元気ならそれでいい」と言っているのは流石に甘すぎな気もするが。緑でこれなんだから、紫の坊ちゃんの時はトップの家大好きな紫の連中どうなるんだか。
丁度試合も終わったし、移動するかと思うと背中にいるイルシオン様がまた頭を押さえている。
「大丈夫ですか⁉︎」
「うん、だいじょぶ……それよりクロードが……」
なんだろうなと指差された先を見て、血の気が一気に引く。
黄の貴族、吐血してるじゃん⁉︎ 口を押さえている手が真っ赤になって、地面に点々と赤が落ちる。え、マジで何があったんだよ? 最初から体調悪そうだとは思ってたけどよ。ってか、あれヤバくね。
咳しているから、意識は失ってはねぇんだろうけど、吐血はマジでヤバい。アルフレッド様のとんでも無い行動に目を奪われたけど、ヤベェよ。
どうしようかと考えるが、オレのいるのは観客席の一番後ろでどうしようもねぇし、何より背中に背負っている人物が公爵子息だから安易な行動しちゃいけねぇ。仲間のエバルフィン様も壁に打ち付けられてぐったりしてるし。
つか子供にこんなショッキングな光景見せていいのか? いやでもオレより先に見てるし。
あわあわしていると、黄の貴族側の出入り口から見慣れた人物が走って出てくるのが見えた。あ、ディーター先輩、現寮長だ。あと、げぇ⁉︎ スキンヘッド。寮長なんだかんだ、あの変態と普通に仲良いんだよな……不思議。
寮長は医務室の先生らしき人を連れて黄色の貴族のところまで来る。指示されたのかそのまま運ぶけど、寮長俵担ぎは病人、そもそも貴族には駄目ですって。
あ、医務の先生に運び方の指導入ったのか抱え直した。スキンヘッドも赤の貴族に寄れば、肩を貸して退場して行く。
………………色々、すげぇ試合だったな。




