21 金髪の子供
模擬刀取りに行くって言ってたけど、申請もしなきゃいけねぇ筈だから、あいつそれに時間かかってんのかもしんねぇな。
そう考え、観覧席の下に降りる階段に向かっている最中だった。
「うわっ」
「へっ?」
誰かとぶつかった。
エルに冬休み前に体幹が弱いと馬鹿にされたオレだが、バランスを崩して尻餅をついたのは向こう側だった。
「えっと、あの、悪ぃ……大丈夫か?」
手を差し伸べた際に、転んだ奴の背がとても低いことに気づく。あのオリス様やテレル様よりも低い。
オレが鈍いっていうのもあるだろうけど、向こうの背がかなり低かったのもあって視界に入りにくかったのもぶつかってしまった一因なのかもしれねぇ。あのレトガー兄弟よりも低かった。
「あ、えっと、こちらこそすいません」
真っ白なフードを深く被っている所為で顔は見えなかったが、その体格と言葉の舌ったらずさから子供だと気づく。
なので以前ロキくんにビビられたのを思い出し視線を合わせるようにしゃがみこむ。
そうすると灰色のまあるい大きな瞳が、こちらを見つめているのが分かった。ぱっちりした目っていうのはこういうのを言うんだろうなー。つか、なんでガキがこんなとこにいんだ?
「ごめんな、気づかなくって。怪我とかしてねぇ、ないかな?」
口調的にオレは柄が悪く見えるから、身近にいる穏やかそうに見える奴の口調を真似てみる。
まあ、あいつはあくまで表面的に穏やかに見えるだけで、中身バイオレンスだけどな。だが、初対面で会った時に確実に印象が良いのはあいつの方だ。
「だいじょぶです。それにムリしなくてだいじょうぶですよ。ボクみぢかにこわい人がいるんでちっとやそっとじゃこわがりませんよ」
ああ良かった怖がられなかったみてぇだ……でも怖い人が身近にいるってどういうこと? 逆にオレの方が怖くなっちまう。
「そ、そっかぁ……」
「おにいさん、かおに考えてることたれながしなんですね」
「あー、顔に出やすいとか、単純とかはよく言われるな」
言われっけど、なんでオレは初対面の子に考えてること垂れ流しとか言われてんだろ……。今の一瞬でなにを察した。
「ボクのまわりはいつも本心かくしてる人ばっかりなので、しんせんです!」
「お、おう……」
だからよ、さっきから言ってることが怖い。言葉を発しているのは小さなガキなのに。
どうしてオレの周りは見た目に反して物騒な奴が多いんだ。この子もあいつと同じで、整った顔してるし。
今日は外部の人も来てるらしいし、この子もその一人か? だとしてもこんな小さな子が単独してんのは不自然だけどな。
「あれ? おにいさんってさっきさいしょのし合でふっとばされてた人ですか?」
「う、うん。そうだけど……」
そうだけど、なんつー不名誉な覚えられ方されてんだ。
「じゃあカイ・キルマーさんですね! あのですね、ボクはイルシオン・クラー・ディプロマティーっていいます」
「へぇー……はっ? え⁉︎」
驚きのあまり声を出してしまうが、それもいけないと思い自分で自分の口を塞ぐ。
ディプロマティーって、黄系統のトップの公爵家の名前じゃねぇか! で当主はローグ・キスリング・ディプロマティーで、その子供は令嬢で以前お世話になったディスティル様と、もう一人子息がいた筈だから、それがこの子か。
でもピアスしてな――十歳以下だから付いてねぇのか。綺麗な顔してる時点で疑えば良かった。エルのせいで感覚がガバりやがった。
それにしても周りに護衛とかいねぇのか? もしかして隠れてたりして……そんならさっきぶつかってしまったオレはどうなんだ⁉︎
「ボク、はぐれちゃったというか、まいちゃったんですよ」
キョロキョロとあたりを見回すオレを見て、けらけらと子供は笑う。
笑ってっけど、内容が全然笑えねぇんだが。大事件じゃん。
なんでこんな小さな、しかも大貴族の子がふらふら一人で彷徨ってんだよ! 誰かちゃんと見とけよ!
つーか、大貴族の子供なのに護衛もいない時に簡単に名前を名乗るって危なっかしいにも程がある! よくここまで無事でいたな⁉︎
このまま放置しておく訳には絶対いかねぇんだが。
誰か周りに知らせようにも逆に居場所を知らしめて危険な目に遭わせるかもだし、緑系統、紫系統が多いであろうこの環境で黄系統の信用できる貴族ってのをオレは知らねぇし、そもそも貴族の知り合いってのが平民のオレには限られてるし。
「どうしようどうし――うおっ」
思考を右往左往させてると、唐突のほっぺたを小さな手で掴まれ、一瞬思考がリセットされる。
「きいてたとおり、すっごいひょうじょうかわりますね! おもしろい!」
そう言って至近距離に近づけられ、観察される。その際に自分は実験動物かとも思ったが、目を閉じると観察してんならつまらねぇんだろうなと開いたままにする。距離が近いので、さっきまで見えなかった髪色まで見える。金髪……いかにも黄の貴族らしいな。
ていうか、聞いてた通りって……ディスティル様から何か聞いたんか? あの方とは一瞬、先輩の件の時、会ったことがあるから……つーか、それ以外でディプロマティー家の方々と関わったことねぇし。にしてもあの時、そんな表情コロコロ変わってたと思えねぇし。
「すごいなあ、おもしろいなあ、ひょうじょうきんが感じょうにちゅうじつ!」
ヒョウジョウキンガカンジョウニチュウジツ……表情筋が感情に忠実って、子供らしからぬ言語表現だわ。
そんでどうしてそんな面白がってんのか、人間の表情筋って普通は感情に忠実なもんだろ。でもまぁ、楽しそうにしてるのを見ると止められない。子供、しかも貴族相手にやめろとは言いづら――いや、だめじゃん。この子、黄の公爵子息なんだから早急になんとかしねぇと。
「へへぇ、楽しぃ」
「………………」
でも、どうやって止めんだこれ。オレ、別に年下にすげぇ不慣れな訳でもねぇけど、この系統は初めてだぞ。弟のハノは雑に扱ってもいいし、ロキ君は礼儀正しいからやんねぇだろうし、悪ガキとかだったら「このヤロー」とかいってこっちも弄ってとめっけどよ。
この子は大貴族の子息様だし、悪戯してるって感じじゃなく純粋に楽しんでる感じだし。
どうしようかと考えあぐねていると、
「うぅ、あたまいたい……」
オレの頬から手を離して、そう頭を抱え出す。
「え、あえっ、だいじょ、大丈夫? どこかで頭打っちまったのか……ですかっ?」
パニクって碌な言葉にならなかったが、それでも向こうは分かったようで「だいじょうぶです。あたまはうってないです」と答える。
「じゃあ具合が悪いのかもしれねぇ、ないですね」
「そういえば、さっきもいしきがぼやぁっとして、そしたらぶつかっちゃいました……」
アウト。
「ちょっと失礼しますね」とことわってから、額に手を当ててみれば熱かった。エルに子供体温だと言われるオレが熱いと感じるのだから熱があるのは間違いねぇだろう。
「熱ありますね。医務室行きます?」
「いかないです。だってこれいつものです」
「え、あえ、持病とかですか?」
いつものという言葉に、持病かなんかと疑う。でも黄の公爵子息が病弱なんて聞いたことねぇけど、この学校黄系統の貴族が少ねぇから噂にもならなかったか?
本人は行かないって言ってるけど、こんな小さな子の判断だし、なんかあったらやべぇし……。
「んーん、ちがいますけど。でもにたようなものです。じかんけいかすれば、なおります」
「は、はぁ……」
時間経過すれば治るって……でも明確に分かってんなら信じても良いかもしれない。そう考えるがやっぱ不安だ。こんな小さい子が言うこと鵜呑みにするのもな。
「しよう人まいたのと、さっき下で道とおるとき、ケンカじゃましたらつかれちゃったみたいです」
「け、けんか?」
過激なワードに反応せざる得ない。
「ケンカです。あぶないのでじゃまして止めました」
「止める方が危ねぇと思いますけど」
「そのままの方があぶねぇです。だからじゃましたんですけど、それするとボクつかれるし、ぐあいわるくなるんです」
「そうなんですか。なら、一人でいらっしゃるのも危ないですし、お家の方のところへ行きましょう」
色々情報過多で真偽も危うくてよく分からないが、とりあえず放っておくのは良くない。
「一人じゃないですよ。もうキルマー達がいるもの」
「申し訳ないんですが、オレを頼りにするのはおすすめ出来ません」
なにせ、運と相方のエルの強さだけで本戦に出て、今のところ足手纏いにしかなってないような奴だ。
「そうなんですか……じゃあ姉様のとこ連れてって」
「姉様……ディスティル・クラー・ディプロマティー様の所ですね」
以前一瞬会った時のうろ覚えの記憶と、菖蒲戦など何度か遠目で見た時の記憶を繋ぎ合わせて、姿を思い出そうとする。
「うん。あと、姉様のところ行くまでお話ししたいです」
「分かりました……オレ、怒られたりしないかな……」
なんとなくキツいイメージばかりが先行して、そんな言葉を漏らしてしまう。
「キルマーはおこられないですよ」
「キルマーは、ということは使用人さんが怒られるんですね」
「うん、ちょっとね。それでボクが一番おこられるのです」
「見失った方が一番問題があると思われるのでは?」
なんとなくそういうイメージがある。だって、こんな幼い子が迷子だなんて、絶対目を離した側が責任を追求されるし、怒られるのは可哀想だけどオレからして見ても責任はあると思うのだ。
「ボクらはかくれるのがとくいなので、本気でまいたらみうしなうのはフツウなんです。だからボクは姉様に今からおこられるのです。おこるとこわいんです」
子供の発言を聞いて、まあこんな小さな子の前では酷く叱るところは見せないかもしれない、そういうことは口に出さない方が良いかもと考え直す。
「……隠れんぼ得意なんですね。でも、流石にお姉様も具合が悪い時は叱るのを後にしてくださると思いますよ」
「それはそうかも」
「歩けますか? 無理だったらおんぶしますが?」
「おんぶ!」
体調を気遣ってそう申し出れば、そう弾んだ声で返される。この元気さなら大丈夫かもしれねぇけど、さっきみてぇにふらつく可能性だってあっし、迷子になられる可能性もある。なにより本人がこんな笑顔で所望してる訳だしな。
背中を向けるとぴょんと飛びついて来たので、安定したのを確認して立ち上がる。流石に軍学校で貧弱な方なオレでも、子供を背負うのは出来る。
「おんぶなんて初めてです!」
「そ、そうなんですか?」
おんぶして貰ったことが無いなんてことあるんだ……オレはよく商隊の奴らにしてもらってたけどなぁ。まぁ、貴族だからそういうことしねぇのかもな。
「うん、せおうとはいごからのテキから守れないって」
「やっぱおんぶやめて良いですか?」
物騒な発言に一気に背筋が凍る。そんな理由でおんぶを避けられて来たのなら、オレみてぇな奴は絶対にすべきじゃねぇだろう。
けれど、
「ダメです、ボクはにもつかなんかのフリをしているのでだいじょうぶです」
「ですが……」
耳元でそう囁かれ、反論の声は萎まざる得ない。囁き声だけ、子供らしいはしゃぎ声とは一転、大人びた声を出すもんだから気圧される。
いやでも荷物のフリって騙される奴いねぇと思う。
「あとキルマー、姉上がすわっているのはむこうのせきですよ」
「えっ!」
ケラケラと笑いながら指摘され、オレは焦る。
「キルマーはまいごになりやすいです」
なんでオレってば、こんな小さな子にこんな年になって迷子指摘されてんだろう。迷子より迷子してる。
「よお! カイ!」
「げっ、ブープ」
一年の最初の方だけ同室だった明るい茶髪とギョロっとした目が特徴の友達に遭遇し、オレは思わずそんな反応してしまう。
別にこいつは悪い奴じゃねぇが、色々すぐ騒ぐタチがあるから、今みてぇになるべく目立ちたくない時に遭遇したくはなかった。
「げっ、とはなんだよー! せっかくお前の大会出たくねー! オレは弱いんだー! っていうゆいうつ? な顔見に近寄ったのによ」
「げっ」って言って正解じゃねぇか。人が弱ってる姿見ようと近寄ってくるなよ。
ま、こいつなりの緊張をほぐすための冗談なんだろうけどよ。特に根拠とかはねぇけど、こいつの物言いは陰湿に嘲笑うという感じではなく、そのアホさ加減も相まってカラッとした感じだから、そこまで不快になんねぇんだ。
あとたとえ嘲笑われてても面と向かってこういうこと言われる方が、陰で「なんであいつが……」とか言われてるより全然マシだし。ぶっちゃっけ今大会のオレの扱いはネタとして昇華して欲しい。まぁ、本気で本戦狙ってた奴からしたら、そんな余裕ねぇだろうし、オレもそういう奴らのことを考えると何にも言えなくなる。
そしてブープの奴、あんまりよくわかってない言葉を無理に使おうとしているせいで馬鹿が露呈してる。
「憂鬱な顔って……」
「つーか、お前でっかい荷物背負ってんなー」
「えっ」
自分が背負ってる存在について言及され、オレは慌てる。やばっ、流石に人背負ってんのは気づくし、何かって聞かれるか。え、ど、どうしよう。
「今更筋トレ始めたのか? ばっかだなぁ」
「え、あ」
勝手に向こうは明後日の方向に勘違いしていく。
「って、そうだ俺今じゃんけん負けたから、部屋から俺とダックスとゼーグのタオル取りに行く途中だったわ。じゃあな!」
「あ、うん………………どっちが馬鹿だよ」
嵐のように現れて、嵐のように去っていた元同室者にオレはそんな言葉を漏らさずにいられなかった。
「キルマー、ボク、荷物のフリ上手だったでしょう」
「あ、はい、そうですね……」
騙される奴に結構問題あったと思うけど、実際騙されている姿を目にしてしまった手前、子供の発言が否定出来ねぇ。
変にばれて騒がれてしまうという最悪なパターンは避けられたけど、ブープの目の節穴具合が酷すぎて心配になって喜ぶに喜べねぇ。どんな見間違いしてんだあいつ。
「あと、ちょっと止まってもらえますか? あたまいたいです」
「え、あ、はい。だ、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶです。理由もわかってるし、少し休めばいいだけ……」
不調を訴える子供にオレが狼狽えていると、観客席の方がざわつく。
「なっ、アルフレッド様はどうなされたんだ⁉︎」
「分からない。だが、やはり平民、しかも女の子とは組むべきではなかった……これでは負ける」
「いやでも黄のクロードアルト様もよく分からないけど、疲弊してるようだぞ。体調不良か?」
「それでも、残ったのは平民の女と、赤のエバルフィン卿だろ、勝負見えたな。元からアルフレッド様単体で勝ち上がっているようなものだったし……」
「最初から見ていたが全然分からんな。いきなり倒れられたけれど毒かなんかだろうか? 規約があるとはいえ心配だ」
ざわめきの中で聞こえた女の子という単語、この大会の出場者で女の子と言ったら一人しかいない。
俺と同じで、強い奴と組んだ所為で勝ち上がってしまった平民、エルの大事な妹分、フェイスちゃん。
不穏な会話内容に心がざわつくが、背負っている子供のことを考えるのが今は優先だろう。
けれどオレの背中でぐったりしてた子供はゆるりと腕を上げて、向こうを指す。
「キルマー、しあい、見たい。止まって休むから、いいでしょう」




