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鍵11‐2 緑の双子の片割れ

「本来は部外者だった癖に口を出すな」


 ギリギリとそのまま首を締めてくるものだから、テウタテスが「やめろよっ」と叫ぶが、シャムロックに片足で地面に沈められ、そのまま踏みつけられる。


 ボクも本当は動揺するのが普通なんだろうが、どうしてか心は凪いでいる。


「やめろよっ……テレルを……殺す気かっ」

「身の程を知らせているだけだ。これはお前に今、込めている力の半分にも満たない力だというのに碌に抵抗が出来ない。やはり三下は三下だ」

「そんなの……当然だろっ……オレ様みてぇにっ、バケモンじゃっ……ねぇんだからよっ」

「そう凡人で、有象無象だ。だからこちらに関わる権利はない」


 敵意を向けられているのは分かっている。現に息をするのを妨げられているのだから。


 けれど、彼の考えといくら馬が合わなかろうが、口でいくら部外者と有象無象と三下と言われようが、辛くない。兄上とは違って、彼の瞳にはちゃんとボクは映っていたから、安心したのだ。


 負の感情が元であれどシャムロックはボクを見ている。

 灰色のその瞳を肝心な時に逸らさない、隠さない。


 普段は無表情を貫いている癖に、今は感情を剥き出しな顔をしている。

 卿は顔のあざの影響で感情を顔に出さないようにしているのに、今は違う。それほど感情が動いている。さっきより赤みを帯びたその痣が証明している。


 ボクに本気でぶつかってくる。


 それがどれだけ嬉しいことか。


 シャムロックの日常での弱者の目の入れなさ具合を知っているだけあって、その眼中に入っているのが嬉しい。


 彼自身は彼の周りを幼い頃シュトックハウゼン家にいたような、テウタテスがバケモノと称するような、上級貴族の馬鹿力持ちや、他の系統の強い不思議な力の持ち主以外は、どうでもいいと、路傍の石と同様の扱いをしたいと望んでいると知っている。


 そしてボクはそんなシャムロックの考えが大っ嫌いだ。

 いや違う、緑系統にある弱者と強者で変に強固な壁を作る傾向がそもそも嫌いなのだ。兄上もシャムロックとは方向性は違うもののその性質は強くある。そしてあまりにも強固な壁は、ボクらの世界を隔絶する。


 だからこそ、明確に壁を作ろうとするシャムロックの眼中にボクが入っているのは嬉しいのだ。


 こう思うのは卑しいし、下品かもしれないが、ざまあ見ろと、その壁を壊してやったと思える。



 そろそろかと思って、体の力を一気に抜く。


「おいシャムロック、テレルがっ!」

「ん? ああ……」


 シャムロックの力が緩められた瞬間、両手で掴んでくる手を引き剥がして、シャムロック卿の横腹を蹴って、そのまま彼から離れる。


 掴まれていた首の圧迫がなくなったことと、息が出来る様になったことで体が驚いているのか咳き込みが止まらない。


「相変わらず小賢しいな」

「小賢しいなじゃねぇよ! お前本当に殺す気かよっ」

「殺しまではしない」


 いつの間にかシャムロックの足から抜け出したテウタテスは彼に吠える。


「ああそうかよ……テレル大丈夫か? げっ、首めっちゃ跡ついてるし……」

「問題ないです。先輩こそ大丈――」


 そうテウタテスに声をかけている途中、背筋がゾクリとした。


「テレル」


 声の平坦さから一瞬シャムロック卿かと勘違いしそうになるかもしれないが、流石にこれは間違いようもない。だって幼い頃から、それこそ物心つく前から聞き慣れた声なのだから。ふざけた「ご主人様」呼びで無いことにも、何故か喜べない。


「いたかったねー」


 足音もせずに近寄ってきたその人は、そうさっきとは正反対に呑気で柔らかな調子で言いながら、ボクの頭を撫でる。


「こんなにくっきり跡残っちゃって……シグリ様もきっと悲しまれるだろうねー、だっておれも悲しいから」


 座り込んでいるボク、ボクの背後に立ってシャムロックに顔を向けている兄上、だからボクには兄上の顔は見えない。


「でもね、テレルはきっと間違ったことはしてないんだよ。おれらと違うからねー……だからさ、シャムロック卿、貴方が間違ってるんだよ」


 顔は見えない。だけど、笑っているのだと想像がつくのだ。ああ嫌だ。


「昔っからね、だからいい加減にしてよ」

「間違ってるのはどっちだか……いい加減三下なんかに構うのはやめろ、オリス」


 空気がぴりつく。


 ああ、最悪だ。テウタテスとシャムロック卿、ボクとシャムロック卿なんかより、兄上とシャムロック卿の喧嘩だなんて被害が甚大で長引くものを引き起こしてしまうなんて。


 こんなことになるのなら何もせずに通り過ぎた方がマシだった。

 ……でも、ボクは止めたかったんだ。彼らの関係者としてどうにかしたかったんだ。


「ははっ……明らかにヴァルダー家の血筋の子供がそちらの管理外に存在していたのに気づかなかったのは、貴方の目がそうやって腐っているからかな」

「そちらこそ何か気付いたなら報告すれば良いものを。隠蔽するのが趣味なのか?」


 兄上は兄上らしくも無く、他人の失敗をきつく非難し始める。いつもなんだかんだ他人の失敗を咎める時は、どこかゆるさを残して置くのに。


 普段とは違う伸ばしがない口調に険悪な態度、そんな兄上にボクは複雑な心境を抱いてしまう。

 一つは、こんな状況を引き起こしてしまった情けなさ。

 もう一つは、シャムロック卿に対しては真っ直ぐぶつかっていくのかという悔しさ。


「確証無しで報告すれば混乱を招くからね。でも今日の試合見て確信したよ、一年のヘスス・センテーノは貴方のところの血筋だ。上級貴族の血筋の者が管理外に居るなんてあってはいけないのにね」

「緑系統である確証はあるが、うちである確証は?」

「目の下の不思議な痣はヴァルダー家の人間の特徴だもの。まあ領民も何故か真似て刺青とかするみたいだけどさ。でもあの身体能力であの痣があれば貴方の家の失態だよ。だって君のお父上は――」

「兄上それ以上は――」

「なんでテレル? おれは自分の弟を馬鹿にされたってのに、おれは同じことしちゃいけないっていうの」


 兄上、貴方は今、怒っているのですか? 悲しんでいるのですか?

 分からない。だけど、このままでは駄目だと言うのは分かっている。


「誰であろうと本人では無い肉親のことで侮辱するのはあまり褒められた行為ではありま――」

「別に構わない。父親のことは仕事面以外では見放しているからな。身内だからと目が狂う貴様の兄とは違う」


 灰色の瞳で睥睨される。


「あと三下、貴様如きに気を遣われる筋合いはない」

「なっ、今の流れでなんでテレルが文句言われなきゃならねぇんだよ!」


 テウタテスが憤慨しているようだが、ボクの目はシャムロックに釘付けだった。


「五月蝿い雑魚。なあ、三下、貴様が裏でなんて言われているか知っているか?

『兄に全部才能を取られた可哀想な子』

『おこぼれ侯爵子息』

『態度だけでかい雑魚』

 まだまだあるが、これだけでも分かるだろう。貴様とこちらは別だ」


 硬い床の上でボクは拳を硬く握ることしか出来ない。


 知っている。昔から散々言われてきた。昔から実感してきた。ボクには才能がない。ボクには人望が無い。他人のことを理解するのも下手くそだ。あるのはレトガー家の血とその家柄の権力。

 自分自身には誇れるようなものは無い。


 だからこそ、プライドだけは捨てられない。諦めることだけはしたくない。こんなボクでも何か出来ると証明したい。強く、強くなりたい。誇れるような人物になりたい。

 強者の中で、才能ある人達の中で生まれ育ったボクだから、それ以外の者でも何か出来ると証明したい。


「分かっています。でもボクは――」


 『諦めたくない』そう続けようとしたが、その前にシャムロック卿が壁に叩きつけられて、そのままずるずると地面にへたり込む。


「シャムロックいい加減にして」

 兄上の拳が入ったのだ。


「兄上! 止めて下さい! 今、話をしていたんです!」


 シャムロックの胸倉を掴んで無理やり立たせようとする兄を止めようと腕を掴むが、全く動じない。


「悪いけど止めないよ、これはおれらの問題だ」

 こちらを見もせず、兄上はボクを引き剥がして、テウタテスのいる方へ押し飛ばす。多分、ボクを怪我させないように。


 おれらの問題って兄上は言うけれど違う。今のはボクとシャムロック卿の問題だった。さっきだって兄上が急に入ってきて、ボクのことで怒って……昔っからそうだ。いつだってボクの問題を勝手に持ってって、怒って、ボクを安全圏に置こうとする。

 ふざけるな、ボクは自分で対処出来る。例え傷ついたって自分でやれると思ったら自分で言い返すし、喧嘩もする。


「あにう――」

「黙ってテレル。シャムロック、おれらはたかが暴れ回るくらいしか出来ないんだよ。生まれつきの能力だけで威張り散らかして恥ずかしくないの?」

「別に。相応の態度を取れと言うのが何がおかしい?」


 兄上が長い前髪をかき上げて、シャムロック卿をその空色の瞳で睨みつける。


 ああ、シャムロック卿とはちゃんと目を合わせるのか。向き合うのか。


 本質的には同じだ。兄上、貴方はボクを守っているけれど、ボクを大切にして下さるけれど、同時にボクを自分とは違うと突き放しているんです。ないがしろにしているんです。嫌悪感からないがしろにされるより、善意からないがしろにされてる方がよっぽど厄介だ。


 ボクが貴方より弱いからって、ボクの出来ないことを決め付けないで下さい。

 これでも、昔より丈夫にも強くもなった。貴方に骨を折られて二人そろってビービー泣いていた頃と一緒じゃない。停滞したままじゃない。というかあの頃の方が貴方のボクへの態度は全然ちゃんとしていた、なんで悪化してるんだ。


 そんなことするくらいなら、ボクと本気で闘って下さい。向き合って下さい。ボクの声が貴方には聞こえてますか? それとも聞こえた上で無視しているのか? どちらにせよ腹が立つ。


 その元が嫌悪からであろうが、シャムロック卿の方がボクと向き合ってる分マシだ。ボクとシャムロックの問題だ。ボクとシャムロックの諍いだ。それを邪魔するのは無粋にも程があるでしょう。


 そんな思いで睨み合う二人の間に割り入ろうとした時だった。テウタテスがボクの腕を強く引っ張る。


 意外な人物に引き留められ驚いたが、ボクは赤い瞳をじっと見つめて「離して下さい」と口にする。


「やだね。オリスは横槍入れすぎって思うけど、それ以上にシャムロックの奴がムカつくんだよ」

「私情じゃないですか」

「私情に決まってんだろ。オレ様もお前も、シャムロックもオリスも私情でムカついてんだよ」


 ムカつくって子供みたいな理由でと思い突っ込むが、テウタテスにあっさり肯定された上、指摘されたことも少し考えてみるとあっているように感じて口籠る。


「だからオレ様は私情でシャムロックがボコボコにされればいいと思うし、お前があの間入ってもお前が損するだけだろうから離す気はねぇ」

「……じゃあボクも私情で抵抗します」

「にゃはっ、いいぜ。やっぱテレルは最高だわ……逃げたり押し付けたりしねぇもん」


 テウタテスの言葉を聞いて、精一杯の抵抗をしようと拳を握った瞬間だった。


「「っ⁉︎」」


 兄上とシャムロック卿が急に通路の床に膝をついた。





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