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鍵11‐1 緑の双子の片割れ

 

 畜生、クロッツ卿にはああ言いはしたものの、ボクもみすみす顔面を殴らせるような隙を見せたのは失態だ。あとで謝罪しておこう。


 鼻血で汚れた顔を試合後、洗いに行った帰り道にタオルで濡れた顔を拭きながら、一部の観客席の真下にある屋内の通路でそう反省する。


 あのビトとかいう一年の顔面への攻撃は本気でやられていたら、おそらく意識をかられていた。慢心からかそれともワザとか知らんが、手を抜かれていたのは少し気に食わない。


 本気で全部やって欲しかったが、あれは多分、仕事や立場上本気の力を示していけなかったっていうのもあるだろうから文句を言うのは、憚れる。それでも、腹立たしいがな。悔しい、悔しい。


 クロッツ卿は試合は全力でやるものとして認識しているから手を抜かれたと気付いてないだろうが、ボクは幼い頃から強い奴に腐る程手抜きをされて来たから分かってしまう。


 まぁ、最近じゃその手抜きで相手することさえもしてくれないがな。手抜きされることは腹立たしいが、相手にすらされないのが一番神経を逆撫でする。


 「テレルの方がレトガー家の当主に向いているもの」と勝負を避けられる度にこちらは惨めになるのだ。まだアルフレッド様のように「テレルは弱いからすぐ終わってつまんなーい」と言われる方がマシだった。


 人望からも才能からも人柄からも、兄上の方が今は当主に向いているのは誰が見ても明らかだ。

 ボク自身が一番その実力差を知っている。


 ボクが一番、兄上を見てきたのだから。

 ボクが一番、ボクら双子の評価を気にしているのだから。

 ボクが一番、自分自身が未熟で弱い存在だと知っているから。


 だからこそ、闘いたい。

 本気で闘いたい。実力差を知っているからこそ、本気で闘いたい。どこまで通じるか試したい。どうやればよりその差を縮められるか闘って知りたい。特別である兄上と、別にそうではなかったボクの間にある壁をどうやったらぶっ壊せるか探求したい。

 当主とかどうでもいいと言う訳にはいかないし、そんなこと思ってはいけないが、たまにそんなのはどうでもいいからボクの相手をしろと言いたくなる。


 兄上はボク達の試合の次に行われた試合で勝つだろうから、次にはボク達のペアと当たる。


 やっと闘える。やっとまともに向き合って貰える。


 兄上がボクと闘うことをずっと拒んできたけど、そんなのボクは容認しない。


 昔の「テレルは弱いから、強いオレが守ってやらなきゃ」という態度も気に入らなかった。確かにボクは兄上と比べると弱いかもしれない、けどボクは別に自分の足で立てると、自分で悪意や敵意に対処出来ると、同じ日に生まれた兄弟のくせにいちいちそんな気にかけるんじゃないと、反発した。もっと昔はそんなんじゃなかった癖にって。

 シグリ様の事件があってから、弱者を甘やかそうとするきらいがあったから、ますます気に食わなかった。だから何度も何度も勝負に挑んだ。

 

  兄上に手加減されてたとはいえ、卑怯な手を使いまくったとはいえ、何とか勝てた時、これでああまともに向き合って貰えると思った。


 だけど、違った。


 兄上はボクを上の存在として扱うようになった。


 兄上は『テレルの方が当主にふさわしい』と言い出して、次期当主になることを拒んだ。闘いを、ボクと向き合うことを避け続けた。


 ボクが苛立ち混じりに言った言葉さえもダシにして「ご主人様」とか妙な呼び方をし出して、ふざけているのかと、ボクを馬鹿にしているのかと思った。だけど、全部本気だった。本気だったからタチが悪かった。


「テレルの方が向いているもの」


 その言葉を聞く度に、兄上には周りが見えていないのかと、何度も言った。


 でも一度、「だって本当にそうなんだよ、おれなんかじゃ駄目だ。テレルじゃないと」といつの間にか普通になっていたふざけた伸ばし口調も、ヘラヘラした顔さえもしないで、ただ真剣に諦めたような様子で言われた。


 本気で兄上がその時のボクのほうが当主にふさわしいんだと思っているのが分かって、兄上が自分自身を見下しているのが分かって、嫌でたまらなかった。


 どうして、どうして、兄上、貴方はまともに自分自身やボクを見やしないんだ。


  ボクは兄上の上に立ちたい訳でも、上に見られたい訳ではないんだ。ただ、同年代の者として、同じ緑系統の人間として、同じ兄弟として、同じ一人の人間として向き合って見て欲しいだけなのに……なんでそんな簡単なことがボクらには出来ないんだ。


 能力の差が大きいのは分かっている。赤の他人から見れば、何を下らないことに拘っているのだと思われるかもしれない。でも、ボクはずっと納得がいかないのだ。


「騒ぐな喚くな現状に異議を申し立てるな。何かを無理やり変えようとするんじゃない。希望を持つな、過ぎたことはどうしようもない。現状を維持することだけ考えろ」


 自分に言われたのかと思った。何故って、タイミング的にも自分の考えに反論するようなものだったし、あと昔から似たようなことを何度も言われた経験があるのだ。


「うるせぇ! オレ様はお前は言うように何もかも諦めて生きたかねぇんだよ!」


 だけれど反論したのは自分のではなく、別の人物だった。


「自分を殺してたまるか、イレギュラーだろうが、バケモノだろうが、オレ様はオレ様だ! 自分を殺したら結局、シグリ様の二の舞じゃねぇか!」


 競技場を周回する狭い通路の中に通るがなり声は、自称バケモノなんて無茶苦茶なことを叫ぶ声は、姿が見えなくとも分かる――緑系統の伯爵家で唯一の馬鹿力の発現者、テウタテスだ。


「お前如きがシグリ様を語るな」

「……にゃはっ、なぁに図星かなシャムロックよぉ。だよなぁ、だってお前だってあの時のこと悔やんでだって知ってんだ」


 この声、この会話内容、そして随分前に自分も言われたことのある言葉で、テウタテスの会話相手が容易に想像がついた。シグリ様の結婚相手の最有力候補、ヴァルダー侯爵家の長男、シャムロック卿だ。


 テウタテスとシャムロック卿、最悪な組み合わせと言っても過言ではない。

 兄上とテウタテスなら諍いが起きてもボクが止められるが、この二人の場合、シャムロック卿にボクが嫌われている為、どうにも出来ない。


 シュトックハウゼン家の方々の前では基本二人とも大人しくしているが、あくまで猫を被っているだけなので、水面下ではいつも敵対視し合っている。これは家の問題とかでは全くなく、当人たちの相性の問題だ。特にこの二人はシグリ様の前とかだと二人ともシグリ様大好きだから滅茶苦茶行儀がいいのに、シグリ様がいなくなったら瞬間、お互い罵り始めるし、下手すると物的損壊を出す。


 止めた方が良いのは当然な上、卒業しているシャムロック卿が選手と一部関係者のみが許可されているこの通路にいるのを放置するのも望ましくない。しかし、ボクが間に入ったところで鎮火する訳でもなく、むしろ燃え上がりそうだと、頭を悩ませる。


「そうやっていつも話をずらして、逃げる」

「……てめぇこそずっと逃げてる癖に、テレルには敵わねぇって分かってるからずっと諦めてんだ」


 が、自分の名を出されたので放置する訳にもいかなくなった。


 ため息を吐いた後、声のする方へ早足で向かう。曲がり角を曲がった先は行き止まりだった。正確には本物の武器が仕舞われている倉庫の扉前なのだが、そんなの誤差に過ぎない。


 暗い色の扉の前に溶け込むような緑がかった黒い髪の背の低い少年と、反対にキラキラと目立つ金髪の少年が睨み合う姿に、ボクは少し頭が痛くなった。


「シャムロック卿、テウタテス、通路の向こうまで争う声が聞こえました。あと、シャムロック卿、今日はここには立ち入り禁止の筈です」


 何を最初に口にしようかと迷ったが、ピリピリした空気の中、挨拶するのも場違いと感じ、本題から切り出していく。


 真っ赤な瞳と、灰色の瞳がこちらに向く。まったく彩度も雰囲気も違うし、灰色の瞳の下には黒いツタ状の痣が見える。


「テレルじゃねぇか! よぉ、おつかれ!」

「………………口を出すな三下」


 人好きのする笑顔を見せるテウタテスと、反対に拒絶するように確認した途端目を逸らすシャムロック、予想していたとはいえ温度差が凄まじい。


「てか、正論言われてやんの!」

「テウタテス先輩」


 テウタテスがシャムロック卿を馬鹿にするような言動をするものだから注意するように名前を呼ぶ。ボクも間違ったことは口にしたつもりはないが、ただでさえボクもテウタテスもシャムロック卿と相性が悪いのだ、下手な真似はしない方が良い。


 テウタテスは一瞬不満げな顔をしたものの、金色の頭をわしわしと掻いた後、壁に寄りかかって口をつぐむ。そのことにほっとするが、それでも意味は無かったのか、シャムロック卿の灰色の瞳がいつの間にかボクを射抜いていた。


「相変わらず三下の癖に態度がでかい」

「ボクはルールにのっとったまでです」

「学校のルールなんかより、こいつがシグリ様やアルフレッド様の前で醜態を晒すことに対して忠告する方が重要だ」


 無表情なその面で発せられる言葉の内容は、相変わらずボクとは馬が合わない。


 確かにボクの前の試合でのテウタテスの態度は褒められたものではないが。


「人前ではなく、あくまでシグリ様やアルフレッド様の前でですか……シャムロック卿、貴方はもう少し周り見るべ――うぐっ⁉︎」

「テレル⁉︎」


 首を片手で引っ掴まれてそのまま壁に押し付けられる。避ける暇も抵抗する隙も無い、圧倒的な速さと力に、せいぜい灰色の瞳とその下の痣から目を逸らさないくらいしか出来なかった。



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