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20 第三試合、第四試合

 

 審判の掛け声とともにクロッツ様が持っていた鎖状のものが飛ぶ。だが飛んできたそれをビト君のペアの茶髪の子が槍に絡めて取れなくする。


 それをテレル様が低姿勢で接近し下から腕を掴んで、投げ倒す。その影響で手から離れた槍をクロッツ様が鎖を使って回収して折る。


 おお、良い連携だ!


 ビト君も勿論、負けておらず茶髪の子を組み敷いているテレル様めがけてドロップキックを入れ、助けてる。


 今まで結構、一方的な試合だったから分かんなかったけど、本来こうやってペアと助け合って戦うもんなんだな。


 おまけにビト君は自分の持っていた二本の模擬刀を茶髪の子に槍の代わりとばかりに渡して、手ぶらになった。


 ええ? 一本ずつ持てばいいのに。


 そうこうしている間にクロッツ様の鎖の第2波がビト君たちを襲う。とてつもなく速いそれをビト君は見切ったのか上手に掴んでみせる。オレはこれにはクロッツ様も驚くだろうと思っていたが、意外にも予想はしていたのか逆に鎖を引っ張って引き寄せて至近距離から攻撃を入れようとした。


 が、茶髪の子がその攻撃を模擬刀で代わりに受け止めていた。これはクロッツ様が不利なのではと思いきや、先程のドロップキックをそのまま返すかのように、テレル様がビト君に攻撃し返す。今、すっげぇ怖い顔してた。


 ビト君がぐらついたところに第2撃とばかりにテレル様が下から腕を蹴り飛ばそうとする。だがそれは避けられた上、低い位置にいたのが災いしてか茶髪の子に逆に蹴られる。

 それでもおそらく上手く受け流しのようなものをしてから片手バク転もどきをして距離を取る。そしてすぐにテレル様は向こうに形成を立て直されては困るとばかりに三撃を加えようとする。

 だがその前に鎖が彼に巻きつき後ろに引っ張られ、そのすぐ後にテレル様がいた所に模擬刀が一本突き刺さる。おそらく茶髪の子が二本ある内の一本をテレル様に向かって投擲したのだろう。

 鎖で引っ張られる際、テレル様は背が低いだけあって体重が軽いのか一瞬浮いていたが、味方によるものだと分かっているからかいたって冷静な顔をしていた。


 全員がもう一度距離を取り直した。

 互角、少なくとも一方的ではない接戦に会場が湧く。


 クロッツ様は鎖の武器を回している。手元は結構太く長めの柄でその先に鎖があっけど、鎖だけの方が使いやすいだろうに。あんな形の武器があったんだな。面白ぇかたちだから触ってみてぇかも。


 テレル様はまさかの四つん這いになってる。獣みてぇだな……あの人、真面目だし、緑ん中で貴族らしい貴族だと思ってたけど、やっぱ緑だったんだなぁ。つーか、練習時に模擬刀使ってたのに、本番まさかの素手かよ。


 ビト君は武器渡しちまったからなんも武器ねぇし、その上構えてもいねぇ……大丈夫か?


 そう思っていたら、ここで異変があった。


「いっ」

  茶髪の子が蹲った。


「大丈夫っすか⁉︎」

「足、やったみたいだ。……さっき、受け流された時に変な風に力かけられた」


 はえ〜、あんな一瞬でテレル様は受け流すだけじゃなくて、なんかやってたのか。すっげ、流石だわ。


「気にしてる暇があるのか?」

「はい、あるっす!」

「は? 何を舐め、た……ことを……?」


 クロッツ様の鎖をぶん回していた手が止まる。なんかあったみたいだ。


「クロッツ卿?」

「体が上手く動かない……」


 テレル様の問いかけへの返答に会場がざわつく。


 一年の集団からは「この試合でもかぁ……」という声が聞こえ、同学年の寮生の一人が「この試合もって?」と聞けば、あのペアに当たった連中は何人もクロッツ様と同じように体が急に動かなくなったそうだ。うおお……やべぇな。


「薬か?」

「おそらく。すまんテレル卿」

 そんな会話が聞こえてくる。


 薬の類も致死性とか後遺症残るような、酷いもんじゃなくて、少しの痺れとか、軽い睡眠を引き起こす程度の軽いもんなら申請すりゃあ許されてるからなぁ……ほんと、無茶苦茶だよ。戦地で薬使う奴もいるからってことで適用されてるらしい。

 でも、嗅がせる系は粉末だろうが、液状だろうが、屋外のこの会場には風向きが不規則だから向いてない。塗布する系統なら相手との地肌との接触が不可欠な上、自分はその薬の対策に手袋とかしなきゃいけない。ビト君もそのペアもその類をしてないし、クロッツ様は露出が少ない。刃先に塗るパターンもあるが、今回は鋭利な刃物は使えない。どうやって使ったのか分からん。


 なんにせよ、ビト君のペアである茶髪の子は足をオリス様に使い物にならないようにされ、クロッツ様はおそらくビト君にいつの間にか薬でやられ碌に体が動かせなくなった。


 まさかの双方一人ずつ、上手く動けない状況に陥るとはなぁ。


 でも、まだテレル様もビト君も動けるから試合は終わらない。


「あまり舐めてくれるな一年坊主」

「ただ年が違うってだけで威張られてもっすねー」


 ……ビト君って割とアウトな発言するよな。相手、侯爵子息だからな。

 まあ、紫の公爵令嬢の小間使いだから多少の後ろ盾があるのもあんだろうけど……いや、それでもダメか。むしろ、それだから駄目か。

 なんで貴族に対してもあの口調でいるんだよ、なんか見ていてひやひやする。鈍いとか言われるオレでも、貴族の前では口調気をつけてんのに。


「威張ったつもりはない。単なる事実を口にしただけだ」

「そうっすか、お互い手ぶら同士よろしくっす」


 両足両手で地面を蹴って、一瞬でビトくんの懐に入り込む。

「手ぶら同士ではないな」


 え、実はテレル様が何か隠し持ってたのか? と思ってたら、テレル様はビトくんの右手を捻り上げていた。


「わざとらしすぎる。普通ならそれで引っかかるかもしれんが、ボクにはこの手の化かしは効かない」

「以外っすね、騙されると思ったのに」

「自分でもやったことがあるからな」


 呑気に話しているように見えて、この間にもビトくんが至近距離から蹴りを喰らわせようとしてたり、それを体を捻って避けてからのそのまま距離を取るということをテレル様がやったりしている。腕掴まれんの結構痛そうだったのに怯まず攻撃仕掛けるわ、骨入ってんのか疑うレベルの柔軟性で避けるわで、訳分からん。ていうかそんな喋りながらやっててよく舌噛まねぇな。


 テレル様が距離をとって「つまようじだったか……」と手に持っているものを確認してそう口にする。


 つまようじ⁉︎ まさか、それに痺れ薬を塗って投げたとかか?


「ちっさいんで気づかれないと思ったんっすけどねー」

「武器を二つとも渡すことといい、手ぶら宣言することといい、自分から不利な真似をするのは不自然だからな。罠だと思われて当然だ」


 罠だと思われて当然だって……オレだったら絶対、騙されてるわ。


「でも、残念っすね。俺が仕掛けたのはそれだけじゃないんっすわ」


 そうビトくんが言えば、テレル様の背後で誰かがゆらりと立ち上がる。


 近くにいたら風切り音がなるんじゃないかって程の速さで、先程まで足首を抑えて蹲っていた筈の茶髪の子が右の剣を振るう。だがそれさえもテレル様は転がって避けた上、その後剣を振るったその手を掴んで見せる。


「舐めるなと言った筈だ。一年坊主ども。流石にボクは自分の攻撃がきまったかきまってないか勘違いする程、馬鹿じゃない」

 

 そのまま掴んだ手首を引っ張ってどうやってか投げ飛ばす。あんな小さな体でよく投げ飛ばせるものだ。


 が、そんなテレル様のターンも長く続く訳が無く、ペアの援護に来たビトくんの拳を顔面に食らう。


 まさかの貴族に対しての顔面攻撃でオレたち平民の観客がひえっと小さな悲鳴を皆あげる。いやまあ試合だからいいんだけどよ。


「まさかこっちも気づかれていたとは驚いたっすね」

 自分のペアに手を貸しながらそんなことをビトくんは言う。


「怪我したフリなんて想定できない方がおかしい。それに片足怪我したくらいで簡単に戦線離脱するような軟弱者だと思ったら失礼だろう?」


  殴られた所為で出た鼻血を左手で拭いながら、テレル様が不敵に笑う。

  こ、怖ぇ……片足怪我したくらいでってとんでもねぇ発言だな。いや、でも顔面殴られて鼻血出てんのに笑ってられるような人だしな。オレ、絶対テレル様の言う軟弱者の部類に入るわ。


「それはそれは勿体ない評価をありがとうございます」

「別に特別評価した訳ではない。国立軍学校の武闘大会の本戦に出るのならそれくらい当然だ」


 吐き捨てるように放たれた言葉にオレの胃が痛む。オレ、絶対そんなストイックな感じじゃねぇのに本戦上がっちまったもん。


「……卑怯とか言わないんすね」

「戦場で相手が綺麗な手ばかり使うとは限らんからな。むしろ泥臭い方が好ましい」



 地面からおそらく砂かなんかを掴んでビトくんに投げつけた後、怯んだ彼の至近距離から見事なボディーブローをかます。


 会場はそれに沸き立つが、当人達の戦いはまだ終わってない。茶髪の子がいつの間にか投げた模擬刀を回収していえてテレル様に二連撃を仕掛ける。最初の一撃は避けたものの、もう一撃は無理だったのか左手でそれを受け止める。模擬刀だから普通は切れないとはいえ、木製のそれで勢いよく振られたものを受け止めれば相当な痛みを伴うことだろう。

 だが、テレル様は痛みで動きを止めることはなかった。すぐさましゃがむと相手の脛を狙って低い姿勢から蹴りを入れていた。でも、痛いのか左手は決して地面につかない。


 その後もしばらく攻防が続いた。とはいえど、クロッツ様が動けない今は二対一だ。おまけにさっきから左手をかばっている。不利な状況に置かれてるテレル様がどうしても食らう攻撃が多い。やられっぱなしにならないだけでも充分凄い。


 

 小さなその体を生かして懐に入り込んだり、突然地を這うくらい低い姿勢を取ったり、凄まじい柔軟性で攻撃をかわしたりと、まるで一匹の獣のようだった。


  テレル様が茶髪の子を思い切り蹴飛ばした後の隙を狙って、ビトくんがテレル様の両手首を掴んで拘束する。足は空いているから蹴りを入れて逃れようとしているが、ビトくんが食いしばって耐える。蹴飛ばされたペアを待っているのか?


 咳き込みながら立ち上がって右手を振りかぶったビトくんのペアに会場が息を呑む。ここで試合が決まる。そう誰もが思ったのだ。


「またせたなっ」

 そんな声と共に間に入り込んだのは、つまようじについた痺れ薬かなんかでやられたクロッツ様。



「なっ⁉︎ ――っつう‼︎」

 驚きで隙が出来たビトくんの右手を思い切り噛んで、彼の手からテレル様が逃れる。まさかの貴族のお坊ちゃんが人を噛んで拘束を逃れるとか、いやでも今はテレル様の相方が復活してることの方が驚きだ。


「なんであれは一時間くらい効く筈っ」


 なんでたとばかりに茶髪の子が反応する。


「遅いっ」

「すまない。毒の入り込んだ部位が小さくて見分けに時間がかかった。二番だった」


 吠えるようなテレル様の声に、クロッツ様はそう返すが、オレたちにはさっぱり何が起こったのか分かりません。


「ハラファだったか……その顔正解のようだな。同じ手を何試合も使っているから、三つくらいには選択肢は絞られてたぞ」


 テレル様の言葉に主に貴族側の観客席が騒然とする。一部の平民も反応してて、脳筋系が首傾げてっから、授業かなんかで習ってる単語だな。ハラファ、ハラファ……痺れ薬の名前じゃん。 確か皇国に咲く花の蜜から採取されたもので、致死性はないものの少量でも原液のまま使えば丸一日は人を痺れさせる筈だ。薄めて使ったのか……。


 選択肢ってもしかして痺れ薬の種類とかか?


「まさか試合中に毒の種類鑑定して、解毒作業されるとは思わなかったっす」


 ビトくんが若干引きながらそう口にする。うんまぁ、痺れ薬仕掛けて、試合中に解毒されるとは普通思わないわな。


「事前に貴様らの試合の情報収集をすれば解毒の準備も出来たからな。仕掛けるなら上手くやれ」

 もう先生かなんかか? でも、血だらだら出しながら言ってると怖ぇな。


「では、先輩を舐めきった後輩達に目にものを見せてやろう、テレル卿」

「油断は禁物だぞ、クロッツ卿。貴方は実力はあるのに、色々と見通しが甘い。獲物を狩る時には最後まで注意を怠ってはいけないからな」


 ――試合の結果はテレル様達の勝利だった。ビトくん達も粘ってたんだけどな。最終的にはテレル様のとんでもねぇ体力に負けた。あの人、ずっとちょこまかと動いて地味に攻撃与えてるってのに、全然バテねぇんだもん。勿論、クロッツ様も茶髪の子の二刀流相手を上手く相手したりと凄かったけどな。


 一試合目が、有利な側がミスして変な空気で終わり、二試合が恐喝とも言えるくらい物騒

 かつ実力差があってあっさり終わってしまった。だが、今回の試合は多少異様なことはあれどお互いがお互いを窮地に陥らせたり、ペアでの協力なども見られた為、試合が終わった瞬間盛大な拍手が送られていた。

 うん、ごめんな一試合目あんなで。切磋琢磨してんの見てぇよな、そりゃ。



  ***



 そういやエル全然来ねぇな。キョロキョロと周りを見るがあいつの姿はねぇ。

 申請に時間かかってんのかもしれねぇが、バイオレンスな奴だが万が一ってこともあるかもしれねぇ。次の試合が終わっても来ねぇようなら、探しにいくか。


 弟の試合はオリス様か。弟の次は兄が試合。さっきの試合の余熱もあって観客席のみんなは浮足だっている。


 まぁ、さっきのテレル様より遥かに強ぇと有名なオリス様が闘うって言うんだからそりゃどんな試合だろうかと期待すんだろ。


 オレだってきっとすげぇことすんだろなって期待してた。


 だけど、圧倒的な力って恐ろしいもんで、彼は試合というものをまず成立させなかった。


 審判の開始の合図とともに剣を振ってきた二人の両手首を、器用に片方の手に一人ずつ掴んで、そのまま二人を引きずって唯一の場外まで連れて行くということをしたのだ。その様はまるで食堂の店主がゴミ出しにでも行くようなノリに近かった。


 けど、オリス様が掴んだのは自分に攻撃を仕掛けた人間で、オリス様が片手で引きずってるのは、必死に抵抗する年の近い自分より背の高い少年達で、断じてものではない。一人に至っては丸太のように力強い腕をしているのに。


 めっちゃ強いとは前から散々噂で聞いてたし、去年の決勝戦も見たけど、想像以上だった。もう違ぇんだ。

  視覚情報から予測できるオリス様と実際に行われる行動から分かる、オリス様の身体能力は驚きを通り越して笑ってしまうくらい乖離していた。


 なんだこれ、オレ幻でも見てんじゃねぇかな。


 どれだけ抵抗しようが、オリス様は揺るがない。それどころか気にも止めない。いつものようなマイペースで穏やかな雰囲気を纏ったまま、自分より必死に抵抗する自分より大きい男二人を引きずっていく。

 その力の差は、大人と子供どころか、同じ人間かどうか疑わしいほどだった。肉食大型動物と、草食小動物かって程、差があって、でも実際の大きさでは、オリス様がかなり小さくて華奢に見える。


「はいとうちゃーく、お疲れー」


 パッと場外である入り口で手を離して、オリス様が呑気に言う。


「おれ、力加減たまに失敗するから場外負けさせるのが一番なんだー……あ、ちょっとまって君の右手首腫れてる? ごめん、ちょっと手加減失敗しちゃった」


 相手に対しての侮辱とも取れるような言葉だったが、それはただの事実だと誰もが理解したことだろう。言われた当人達も唖然としつつも首を縦に振っていた。


 ここまで力量差見せつけられちまうと、同じ人間だとは到底思えなかった。



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