18 第一試合
開会式は随分と盛り上がった。
開会式に緑の公爵令嬢、シグリ・レトガー・シュトックハウゼン様が現れて、選手と観客席の緑の貴族が狂喜乱舞からの、令嬢のしーっというジェスチャーで平伏。
紫の連中でさえも少しそわそわしてからの、ビシリと敬礼してたから、相当人望あるんだろうな。
隣に居たエルも彼女が現れてからずっと硬直してたから、分かる人には分かる、謎のオーラでもあったんかな。
黄色と赤の連中は割と態度悪くて、あからさまに仲悪いのが平民連中には伝わったに違いない。まぁ、そうだよな黄色の公爵令嬢に対しては観客席にいようと緑も紫も総スルーだもん奴ら。
開会宣言は、卒業したばかりの緑の侯爵子息のシャムロック・トルンプフ・ヴァルダー様がやっていた。昨年オリス様達と同じように競技場をぶっ壊した人物でもある。弱者に関心がなく、強者にしか目には入ってないだろうって噂がある程、弱者を気にかけねぇ。
それを証明するかのように、
「ボクは本来、アルフレッド様と、まぁせいぜいオリス卿の試合しか拝見するつもりは無かったです。ですが、シグリ様もご観覧されるとのことですから、監査させて貰います。無様な試合は見せない程度には、頑張って下さい。『それでは貴殿らの奮戦を期待している』」
と最後だけは定型の宣言だったもののそれ以外の文が酷かったのか、緑の公爵令嬢に怒られたのか、あとで「先程は失礼しました。皆さんの奮闘を心から期待しています」と言っていた
眼中に、緑での最強とその次点しか入ってねぇっていうのか。他にもそれなりに強さで有名な奴はいるってのに。あまりのレベルの違いに唖然とした。
そんなんで波乱の開会式の後、一試合目がオレらの試合だった。
一試合目というのは勿論、目立つ。決勝戦には及ばねぇだろうが、注目度が高い。
なんで一試合目になったかといえば、くじを引いた結果だ。今まで、何だかんだ一番楽なリーグに当たったかと思えば、ここで一試合目になるとは。いや、何だかんだで今までもオレへの運命からの嫌がらせだったのかもしれない。
あーだこーだ思っている間に、オレはエルと共に模擬刀を持って試合の会場に立っていた。
歓声と共にたまに混じるオレへの冷たい視線が何とも言えねぇ。たまに混じって聞こえる「なんであんな奴が」という声には頷きそうになる。
ほんと、何で、オレがここにいるんだろう。
他人事のように思ってしまうが、いい加減覚悟を決めろと自分に必死に言い聞かす。
試合相手はヘスス君と、以前入学受付でフェイスちゃんを心配していた新入生。どっちもなんだかんだ知っている子だ。というか、あの王都出身の子ってそれなりに強かったのか。
ああ、後輩に無様に負けるのか、情けないな……いやいや今のうちに負けを考えてんじゃねぇよ、オレ。
「第一試合を始める前に、ルールを改めて説明する!」
審判がそう高らかに宣言する。
「敗北の種類は四つ。
一つ、ペアの二人どちらも戦闘不能になる。
二つ、試合場外に出る。
三つ、ペアで決めた敗北権利者が敗北宣言する。
四つ、禁止行為を犯す。
以上である」
まず、敗北になる条件が挙げられていくが、改めて聞くととんでもねぇな。どちらとも戦闘不能とかどんな状況だ? 気絶とかか? だとしたら怖っ。そして三つ目のはチームワークの為とからしいが、敗北宣言が片方しか出来ないとか知ってたけど、やっぱヤバくね。
オレらはエルが気をつかってんのかオレが敗北権利者らしいけど、オレはそれを口にする気はねぇ。エルの身に危険が及ばない限りな。
「禁止行為は、殺害行為。
一年以上の後遺症が残り日常生活に不便をきたすような怪我や症状を負わせる行為。
事前に大会の管理委員会に申請したもの以外を持ち込む行為。
それ故に無いと思うがそれらの効果をもたらすであろう真剣や、強い毒物などを持ち込む、又は使用する行為。
味方であるペアに攻撃する行為。
以上である」
相変わらずガバガバっつか、物騒な規定。絶対、これ決めたの緑だろ。真剣はいつかの菖蒲戦みたくは許されてねぇみたいだけど。つーか、あの時何で許されてた?
そして最後の味方を攻撃するとかまずねーだろって思う。チームワークの心を学ぶ為とからしいけど、そんなんならそもそも組まねーだろ。
いや、でも敗北権利者とかそういう制度があるから、仲間割れとか起きる要因はあるっちゃあんのか。
「諸君、了承したか?」
「「「「はい」」」」
審判の問いかけに規定通り返事をするが、もう心臓ばくばくだし、足は震えるしで、よくオレ返事出来たな。
「では、双方定位置につけ」
そう言われると、競技場の真ん中北側の白線上でオレとエルは二人して模擬刀を構える。ヘスス君は武器は使わねぇのか拳を構え、そのペアは剣を南側の線上で構える。間は3メートル。地面は硬い土だ。
オレらが定位置に着いたのを見届けた審判が「覚悟はいいか?」と聞く。
覚悟なんて正直まったくもって出来ていないが、ここは決まりだし「はい」というしか無ぇ。というか、審判って競技場の外に今年からいるようになったんだ……去年危なかったからか。
「北、二年、エルラフリート・ジングフォーゲル、カイ・キルマー、ペア。南、一年、ヘスス・センテーノ、ミラ・ミュラー、ペア」
あ、王都の子そんな名前だったけ。と現実逃避をしそうになるが駄目だ。いい加減、腹を決めろってんだオレ!
「国立軍学校、春季武闘大会、第一試合開始!」
宣言と共にエルがオレの前に出る。いつも通りの光景だ。オレを守ろうとするのがこいつの癖だ。
だが、流石本戦、それが通じなかった。
ヘスス君が飛んだのだ。跳んだではなく、飛んだと思った。だって助走もつけず脚力だけで高さ2メートル、距離5メートルなんて飛べるわけねぇだろ……いや、実際はそうなんだろうけどよ。
なんなんだよ。いつも喧嘩しててヤベェなって思ってたけど、本気出すとそんな人間離れした脚力持ってんのかよ。これでビト君蹴られてんのかよ、よく無事だな。どこかの緑の貴族かよ。
「カイ!」
一瞬で、オレらの後ろに回って見せた彼に警戒しろとばかりにエルがオレの名を呼ぶ。その声でハッとしたオレは模擬刀をぎゅっと握り直す。
「カイ先輩もよろしくお願いします。ジングフォーゲル先輩との戦いに集中する為に先にダウンして頂きます。ペアには時間稼ぎして貰っているんで急ぎますね」
相変わらずの無表情で一礼して見せた後輩は余裕そうだった。
オレは弱いと真っ向から言われたもんだった。正直、さっきのヘスス君見て勝てる気は全くしねぇし、逃げてぇけど……そう簡単にやられる訳にはいかない。時間稼ぎくらいはしねぇと。
ヘスス君がまた飛ぶ、そうして空から蹴りが落ちてくる。なんとか後ろに引いて避けたものの、オレが先程居た場所には凄まじい轟音と共に大きな窪みが出来る。流石に、これは人が普通に出せる音じゃねぇ。
反射的に顔を庇った左掌に衝撃で飛んだ破片が当たる。
「へ、ヘスス君、足に何か入れてる?」
「靴に4キロずつ重り入れてます。ちゃんと申請してます」
恐る恐る聞けば、ちゃんと答えてくれるが、その内容にオレの頬は引き攣る。
重りかぁ……だからそんなに威力が……って、ヘスス君計8キロの重り有りであんなに飛んでたのか? ヤバくね?
「体重軽いんで仕方ないんですよ。あと気を抜くと跳びすぎますから、高さの場外は指定されていませんが、念の為対策しておきました。それは威嚇なんで、本当に当てる時は手加減するので安心して下さい」
オレの心を読んだかのようにご丁寧に補足説明までしてくれる。それ程、余裕あるってことか。つーか、やっぱガバいなルール!
ちらりとエルの方を窺うが、結構苦戦してるみたいだ。一応、エルの方が押しているものの大会出場者ということで、それなりに強い。
うん、これは目の前におっそろしい後輩にオレが簡単にやられる訳にはいかないパターンだ。オレがやられてヘスス君が向こうに加勢したらヤバイ。
どうしても、クソザコ精神で楽をしたがってしまうが、本戦では流石に出来ない。いや、元からエルに頼りっぱなしなのは駄目だって分かってんだけどよ、どうしてもオレの心は脆弱だから甘えてしまう。
「ぼーっとしないで下さい」
落ち着いた声とは反対に苛烈な飛び蹴りをなんとか模擬刀で受けたのは、エルから守りの訓練はされていたとはいえ、ほぼ奇跡だ。
一瞬安心したのもつかの間、呼吸する間も無く至近距離からの追撃が入り、吹っ飛ばされる。
宣言通り手加減はされているのか、想定していたよりは痛みはあまりないが、かなりの距離は吹っ飛ばされた。
模擬刀のお陰で蹴り自体は直接受けずに済んだものの、手首だけは折れるかと思って途中で手を離しちまったし、吹っ飛ばされた先の地面に着地した際の衝撃と滑ったせいか接地面が痛い。
つ、強ぇ。
え、何、こんな強い奴が毎日、同じ部屋でぼかすかビト君と喧嘩してんの? 手加減してるんだろうけど、怖っ! 本気でやりだしたら、人が死んでるってことかが起きそうだ。
ああ、つかまた現実逃避してるわ。オレは今、戦闘最中じゃねぇかよ、剣を握れっての!
そう、自分を叱咤し付近に落ちていた木製の模擬刀を拾うが……なんと折れてた。
さっきの蹴りで折れたんだろうなぁ「ははっ」乾いた笑いが出る。
こんなの勝算ゼロだろ。
いや、ほんと勘弁。マジで勘弁。これから、どうやって防御すんだってオレ。
「ちっきしょう!」
そんな叫びが出たのはもう本能だろう。
とりあえず、吹っ飛ばされた状態のままはいかんだろうと思って、立ち上がってヘスス君から距離をとる、が一瞬で距離を詰められまた吹っ飛ばされる。オレはボールか?
蹴り自体は手加減されてて酷い痛みはなかったが、競技場の壁に叩きつけられてゲホゲホと咳き込む。そういや、場外って言っている割には場外にしようがねぇんだよな。試合場は出入り口以外は壁で囲まれてるし、どうやって場外にすんだろ。
「カイ‼︎」
エルのそんな声が聞こえる。悪ぃ、エル。オレ、後輩に負けそうだわ。ごめん、足引っ張って。
そうやって何もかも諦めて体の全身から力を抜こうとした時だった。
――誰も予想しえないことが起こった。
オレがやられたとかではない。そんな、今までの一連の流れから読み取れるものではない。
ヘスス君が……ペアに飛び蹴りをした。
オレに対してやっていた蹴りなんかより、よっぽど威力のある蹴りを、ペアにかました。
ミラ君だったか、彼はヘスス君に吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされると共に、なんか嫌な音がした。多分、骨が折れた音だ。
砂埃が舞うと共に、地面に落ちた彼を見て、誰もが唖然とした。
「……ヘスス・センテーノのペアに対する攻撃を確認。禁止行為に該当する。勝者、エルラフリート・ジングフォーゲル、カイ・キルマー、ペア!」
審判がなんとかそう宣言すれば、事態を把握した観客がざわつく。
当のヘスス君も蹴ったペアのことを見つめているし、蹴られたミラ君は右腕を抑えて地面で呻いている。彼とずっと戦っているエルは、戦いの中で着いたであろう右腕の傷と、彼を繰り返し交互に見ている。
「すみません、ミュラー。援護しようと思ったんですが、目測誤りました。大丈夫ですか?」
ヘスス君は彼の元へ行ってそう謝ってみせるが、そんなことってある?
相変わらずの無表情で感情読み取れない。
でも、ミラ君って相当優しい子なんだろうな「う、うん、そういうこともあるよね。骨は多分いったけど大丈夫だと……思う」と無理やり笑顔を作って答えた後に、立ち上がろうとする。
そういうこともねぇよ。骨が折れたら大丈夫とは言えねぇよ。どんだけ人が良いんだよ。そして無理に立とうとすんのはすげぇけど、体には良くねぇ。
お陰で全体的に妙な雰囲気だ。
本当に目測誤っただけなのかと疑うような視線をヘスス君に向ける観客もいる。その上、この試合は第一試合だ。第一試合の勝負のつき方が味方への攻撃ってどうよという空気も流れている気がする。なんつーか重苦しい。
しかし、そんな空気を打ち破るのものがいた。
「ほら、やっぱり飛び蹴りって難しいんだよ、ヴァル!」
この微妙な展開に不似合いな明るく元気な声が観客席から聞こえたのだ。
その人物は緑の公爵子息のアルフレッド・レトガー・シュトックハウゼン様だった。彼は右隣に座っている黒髪の少年を揺すっていた。
今の流れから行くと紫の公爵子息のヴァルファ様なんだろうな……何かと相槌を打っている。
あまりの空気との不似合いさに皆が口をつぐみ、大勢の視線が彼らに集まるがは全く気づかねぇ。彼の左隣でフェイスちゃんが青い顔してんのを見て思わず、以前の菖蒲戦のオレもあんな感じだったんだろうなーと呑気に思う。
「やっぱりとは、二年前のクマ事件の話か?」
「うん、そう! 僕がクマに攻撃するの失敗してヴァルに当たった話!」
「やはりその話か、俺の右脚が折れてアルがクマの上に俺を乗せて連れ帰った結果、色々後で怒られた時のことだな」
突っ込みどころが多過ぎる。公爵子息がクマに攻撃する状況って何? それで失敗で紫の公爵子息を怪我させるって大事件じゃねぇか。その上、クマの上に友達を乗っけて帰るとかどういう展開? 最後に怒られたことだけが唯一自然だ。
しかし、緑と紫のトップの子息ということで誰も突っ込まない、突っ込めない。そのまま、どこかズレた会話は続く。
「僕は力加減が下手だからね、跳びすぎちゃうし、なかなか思った方向に行かないんだよね」
「確かにそうかもしれないが、あのヘススというものは最初の方は力加減が上手くいっていた。重りの影響で動きも制限されていた」
「仲間のピンチで火事場の馬鹿力でって奴だよ、きっと」
「成る程、しかし肝心の味方を傷つけては意味がないな、残念だ」
「僕もやっちゃわないか心配だよ」
隣のフェイスちゃんの顔が更に青くなっていたような気がしたけど、それも仕方ない。
フェイスちゃんが二人のことを『箱入り』だとか『子供』だとか評していたのも頷ける。凄まじい天然コンビだ。
まぁ、そのお陰で重苦しい雰囲気が無くなって良かったけどよ。