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挿話12 平民少女の大会ペアの経緯

 

「ねぇエヴァンズエヴァンズ! 武闘大会、僕とエヴァンズで一緒に出るからね!」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

「え? どうして?」


 緑がかった灰色の瞳をパチクリさせる明るい髪色の少年を私は思わずぶん殴りそうになった。


 どうしてじゃないんだよこのクソボケお坊ちゃんが。急に本読んでる最中に話しかけてきたかと思えば、何とんでもないこと口走るんだ。


 しかし、ここはSクラスの教室、周りには上級貴族ばかりだ。そんな中で私が無礼な真似をしたら、身が危うい。とはいえ目の前の箱入り坊ちゃんに流されるままっていうのもそれはそれで危ういし、後で面倒なことになるのは確実だし、何より私が腹が立つ。


「何故、出るからねと決定事項のように仰るんですか? 私初耳なんですが?」

「嫌なの?」


 はー、だから貴族は嫌いなんだと、緑がかった灰色の瞳をまん丸に開いて私の机に肘を突いて首を傾げる幼なげな姿を見て思う。


 公爵子息で言ったことが思い通りになる世界で生きてるんだろうけれど、了承を取るという過程をすっ飛ばして確定したことにしないで欲しい。私の意思はまるっきり無視か。いやそんなどころか忘れ去っているのか。


 そして嫌なのって嫌に決まってる。貴族ってだけで面倒なのに、最強とか言われてる奴と私が一緒に出たら馬鹿にされるし注目されるじゃないか。今だって周りの貴族どもの視線が鬱陶しい。


 けれど、正直に嫌だと言えばそれもそれで逆らったって事で問題になる。そして何より腹立つのは、目の前のアルフレッド・レトガー・シュトックハウゼンという公爵子息に悪気が無さそうだってことだ。


 いっそ悪意があるって分かれば、クソ野郎って容赦なく見下すのに。入学してから菖蒲戦など色々とこいつに巻き込まれてきた私には分かってしまう。純粋にそうしたいからさっきの発言をしただけで、こいつには悪意が無い。タチが悪いにも程がある。


 きっと周囲の人間がみんなこいつに甘いんだろうな。全肯定な世界で生きてれば、自分の提案を嫌がる人物がいるというのが予測出来ないのも仕方ない。


「嫌というか……私とシュトックハウゼン様がペアを組むのは不自然かと。同じ緑系統の方と組むと思っておりましたので……」

「なるほど。今年から緑系統同士では組めなくなったんだってさ、昨年オリス達がやらかしたから」


 オリスってカイさんからよく聞く貴族の名前だ……そして何をやらかしたのか知らないが、同じ緑系統の人間同士でお互い管理できるようにしないでどうする。しかも目の前のこれは公爵子息だ。そんなもん同系統の貴族の監視下から離れたらあぶないだろうに。


 いや……でも料理対決で猪狩って持ってくるような奴だから怪我とかの心配が無いのか? 滅茶苦茶強くて、今年の大会優勝者はペアが誰であろうとこいつで決まりって言われてる位だし。

 尚更組みたくない。そんなん勝って優勝しても全部こいつの力ってなって、私がただおこぼれ貰ったみたいになるし、女だからって舐められるのが悪化する。


「では紫の方々と組まれればよろしいのでは? ハイドフェルド様とはとても仲が良いですし」


 自分の代わりに組んだらいいのではという人物の名前を挙げてみる。

 ヴァルファ・ロッツ・ハイドフェルドは同じクラスの紫のトップ、ハイドフェルド公爵の子息だ。緑と紫の貴族間は対立はあまり無いし、むしろ協力体制を組んでいる。そして個人的にも緑と紫の公爵子息の二人は仲が良いと有名だし、実際見ていても二人での行動が多い。お陰で私がその二人に同時に絡まれるという事態も発生するけれど、今回ばかりは私にいい方向でそれが働いたって良いだろう。


「俺はアルと戦いたいからペアは組まない」


 しかし私の希望は一瞬にして背後から聞こえる声に打ち砕かれる。いつから聞いてたんだ。


「ヴァル! ヴァルはペア見つかったの?」


 私のげんなりとした心境とは反対に、緑の公爵子息は上を見上げてそう明るい声で問いかける。


「いや、まだはっきりとは決まってはいない。配下の家の何人かが相談して決めたいそうだ」

「ヴァルが決めないの?」

「いや、とても真剣の自分達の総合力を評価し合っているものだから、口出しは無用だと思った。彼らそれぞれに良いところがあるし、本人達が納得出来るのが一番だと思って放置している」


 なるほど把握した。紫の坊ちゃんは相変わらず信者が凄いことになってる。入学したての頃、多少紫系統の貴族にも絡まれたけれど、この坊ちゃんが友好的に接してると分ると「あのヴァルファ様がそうならば!」って感じで一部が一気に軟化して気味が悪かった。忠誠というか、信仰に近い。


 私が実際に関わってる感想だと、ただ少しぽやっとしてる真面目な奴って感じだけど。でもだからこそあんなに人に信仰じみた感情を抱かれても気にせずマイペースにやってるとも言える。まともな神経だったらさっきの話も戸惑いそうなのに、こいつはそうなのかで放置だし。


 それでも貴族同士でお互い管理しあってくれてるから緑の坊ちゃんより全然偉いけど。


「でも、そうかアルはエヴァンズと組もうとしているのか、面白そうだ。そういう手もあったな」


 前言撤回だ。なんかとんでもないこと言い出した。


 慌てて後ろを振り向いて見上げれば、美麗な顔が見える。下から見た顔って不細工になりやすい筈なのに、相変わらず綺麗な顔で一瞬顔を顰めてしまう。

 エル兄さん以上の美形は生まれてから出くわしたことは無かったが、こいつは顔の系統こそ違えど同レベルだ。


 宝石のような紫の瞳と、白い肌に精悍な顔つき、おまけに高身長。女の子達が貴賤問わずこいつにぽーっとするのも納得だ。


 まあエル兄さんの方が柔らかく中性的な印象抱くような容姿で、男女問わずに虜にするけど。エル兄さんの方が格好良くて、優しいけど。


「でもヴァルとエヴァンズ組んだら女の子達がハラハラしそうだね」


 笑い混じりに緑の坊ちゃんが言うが、私としては冗談じゃ済まない。女の子達を敵に回すのは御免だ。平民の子達は王都出身の子が私とエル兄さんの関係を今まで目にしてるから、そこら辺誤解されて敵視される可能性は低いが、貴族のお嬢さん方はそんなの知らない。

 性別が違うだけで、色恋沙汰の方向へ想像されることがあるのだからそこら辺は面倒だが気を使わなければならない。


「何故だ? 別にただの大会でのペア決めだろう?」


 しかし、女の子達を惹きつける餌、当人は鈍いもので、そう不思議そうに言う。


 怖っ、これは今まで紫の坊ちゃんが気づかないうちに、関わった女性が女の子達に敵視されてたりと言うことがありそうだ。


 エル兄さんはなんだかんだ自分の容姿や人気の破壊力はある程度自覚してるから、人と、特に女性と関わる時は注意している傾向があるから良いが、こういうタイプはいけない。


「ヴァルは鈍いね」


 そういう緑の子息も相当鈍いのを自覚でないようだ。あんたら二人とも公爵子息様で出来が良いんだから人気者で影響力がでかいのは変わりないんだよ。

 まあ確かに紫の坊ちゃんの方が、女性の関わりが少なく割と付き合いが大人しめな分、隠れた過激な連中が多そうって印象だけど。


 なんにせよ、私にとってはこいつらは面倒事を持ってくる貴族のぼんぼんであり、気を許せる対象ではない。

 カイさんはお人好しだから貴族にも良い奴はいると思うって言うけれど、たとえその心が善性であろうと、権力差や立場があるのには変わらない。それに付随する面倒ごとがあるのも変わらない。下に見られて舐められているのは変わらない。悪気がないからって全て許してらんない。


 きっとこいつらは私が珍しい平民の女(玩具)だからこうやって、面白がって関わってきてるんだ。だけどこちとら意思のある人間なんだわ。思い通りになるのは、玩具になるのは勘弁だ。


 私は私や平民を舐めてくる、下に見てくる連中の鼻をあかしてやりたい、引き摺り下ろしたいって精神で生きてる。


 よってペアなんか組んでたまるか。


「なんにせよお二人のペアは私じゃない方が良いと思いますよ」

「……まあ、今回は配下の家の者が相談しているみたいだから止めた方がいいだろう。来年の時には最初から考慮して考えてみたい」

「何故、お二人ともそんな私とペアを組むことをお考えに?」

「知りたいからだ。俺はお前のような人物に初めて出会ったからな」


 口説き文句にでも使われそうな言葉だが、向こうはそんなつもりはないだろうし、こちらはむしろそれを聞いて酷く冷めている。


 同じことを平民に言われたのなら肯定的には受け止めたんだろうけど、貴族に言われるとどうもまるで自分が観察下の動物かのように思われているように感じる。自分の管理下理解できないものがあるなら把握しておこうという意味合いに感じる。


「それに折角、平民と貴族が関われる学生生活だ。存分に交流して見聞を広めて置いて悪いことはない」


 ああほら、私の認識は間違ってない。一方的に知識を貪っていく。あんたらはきっと私が知りたいことは教えてくれないのに。その無意識の傲慢さが大嫌いだ。私の受け取り方が第三者視点があれば捻くれて見られるだろうってのは分かってる。だから表にはこれでも出さないようにしてる。


 よく話を聞いてくれるカイさんにも全部はぶちまけられないし、たまに嘘を吐く。

 だってあの人はなんだかんだ貴族にも良い人がいるって考えの人だから。そう思えるくらい甘い人だから、わざわざ私の澱んだ考えを知って無駄に落ち込む必要はない。それでも時々、警戒心や危機感の無いあの人につい口をだしてしまい後で後悔する。


 エル兄さんや弟のロキにはもってのほかだ、あの二人に聞かれたら心配をさせてしまう。


「そうですか」

「僕は誰と組んでも結果は変わらないし、なら面白そうなことしたいから」


 緑の坊ちゃんはその傲慢さがより分かりやすい。


 あの緑系統で最強と言われているから、負けることを疑いもしない。武闘大会で自分が優勝することが彼の中では決定事項になってる。

 実際それだけの実力があるのも、まだ短い期間しか関わってないが分かる。私よりも背が低く、ゴツい体型でもないくせに、人間の身体能力や法則からは考えられない瞬発力、破壊力をしている。他の緑系統の連中も似たようなものらしいが、


 だけど、誰と組んでも変わらないとか、組もうと思っている相手に普通言うか? 無神経にも程があるし、不快だ。

 それに面白いことって、こうはっきり玩具扱いされると怒りを通り越して呆れになりそうだ。


 とにかくペアを組むのは絶対に断る。そう心に決め、どうにか目の前のバカを上手く説得する方法を頭の中で試行錯誤する。その最中、


「あ、でも女の子が味方だといつも以上に味方に攻撃の際の二次被害とかで傷つけちゃうや……」


 あ?


 不快な独り言が耳に入り、それまでの思考が一瞬でガラガラと崩れる。独り言の主は私の鋭くなった視線に全く気づかず、腕を組んで目を瞑ってそのままぶつぶつと言っている。


「女の子怪我させたってなると母上や姉上にも怒られるし、顔に傷とかついたら良くないしね……やっぱやめた方がいいかも、エヴァンズは女の子だもんな」


 女だから、平民だから、そういうの大嫌いだ。


 そういう理由で自分の限界を決められるのは大嫌いだ。例えそれが善意からだとしても不快なことには変わらない。


 あの事件の後にあったあの二人も『危ないから』と急に疎遠になったし、何も教えてくれなかった。


 怪我するのに男女関係無いだろう。例え傷が出来たってそんくらいで男女の違いだけで、評価を大きく変えるような奴とは深く関わるつもりは無い。


 傷は傷でしかない。それに意味を持たせるのは個人の価値観だ。まあ個人の価値観を形成する世間の風潮がこの国ではそういった男女で傷がついた場合の評価が大きく異なるというものだから仕方ないとも言える。

 女はか弱く守られるべき存在。弱いからチョーカーをつけて家に縛りつけられる存在。


 そういうお国柄だってのは、生まれ育った国のことだから分かってる。クソみたいな風潮だが、事実、この国の大多数はそれを本気で思ってんのも知ってる。


 でも母からの血がそれを許しちゃいけないって叫んでるんだ。強くあれと、自分の足で立てと、舐められるような存在で終わるなって言ってる。


 私は机を思い切り叩いてから立ち上がって、緑の公爵子息を真っ直ぐ見据える。


「傷がつこうがどうでもいいです。傷がついても私の自己責任だ。そもそも私のことをよく知りもしないのに、勝手に怪我する前提で話を進めないでくれません?」



 ***



「だからって、あれはペアの了承と取られるとは思わなかった……」

「大丈夫か? フェイスちゃん。めっちゃ険しい顔してっけど?」


 嫌な経緯を思い出してため息を吐いた私にカイさんがそうやって心配気に藍色の瞳で見つめてくる。

 席に座っているし、向こうは頬杖を突いて力を抜いている体勢だった為、本人はそのつもりはないだろうが上目遣いのようになっている。指摘したら本人は慌てるだろうし、嫌がるだろうから言わないでおく。


 でも、そんな年上の少年の姿を見ていると、苛立ちが段々と霧散していく。


 最初、エル兄さんがなんでカイさんを気にいるのか分からなかったけれど、今はなんとなく分かる気がする。邪気も敵意もなく、そしてどこか愛嬌のあるこの人といると気分が凪ぐのだ。あの坊ちゃん共と違って、ある程度常識や人への配慮がある人だし。


「あーあ、カイさんが同い年なら一緒に組ませて貰うことが出来たのに」


 カイさんならきっとエル兄さんも嫌がらないだろうし、見下してこないし、女だからって色々制限することもない。なんだかんだ優しいから組みたいって言えば組んでくれるだろうし、何より人畜無害。同じ学年としか組めないっていうルールがなければ良かったのに。

 でも私とカイさんが組むと、エル兄さんがカイさんと組めないってなって悲しむか。


「フェイスちゃん、それエルの前で言うなよ、オレがあいつに嫉妬で殺される。この相談にだって毎回エルに『なんでカイなのさ』って恨み言言われてんだからな」


 そうやってエル兄さんがいないのを確認するようにキョロキョロとあたりを見回すカイさんの姿に笑ってしまう。


 エル兄さんはカイさんを攻撃するとかもう出来ないと思うけどなぁ。エル兄さんは、エルラフリート・ジングフォーゲルという人は懐に入れた存在にはとことん甘くする性分だ。


 まあ、その懐に入る人が現れるのは珍しいことで、今まで私は私の家族以外がその中に入ってくのを見たことがなかった。


 だからエル兄さんがカイさんのことを紹介してきた時は、なんだか複雑な気分だった。寂しいような、嬉しいような、その気分は今でも少しある。


 だけど、そのカイさんを紹介した当のエル兄さんが私のことで拗ねてると聞くと、もうなんだか面白くって仕方ない。


「エル兄さんは私のこと大好きですから」


 そうふざけて口にすればカイさんは「知ってるよ、あいつシスコンだもん」とケラケラと笑う。


 その様子に和んだ後に、同じ平民の子から偶然先日聞いた話を思い出して何ともやり切れない気分になる。


 ……こんな明るく優しいカイさんが、エル兄さんに会う前に貴族に打ちのめされていて、閉じ籠った時期があったって話だ。


 目の前のカイさんからはそんな状況は想像出来ないが、平民の寮生の間では詳細まではともかく、貴族と何かトラブルがあったということは割と知られている話らしい。


 カイさんは貴族にも良い奴はいるって言ってたけど、カイさんのような優しい人までにも理不尽な目に遭わせる貴族がいて、そんな奴を野放しにするような貴族連中はやっぱり糞だし、信じちゃダメだ。


 だから、絆されたらいけないし、疑い続けないと。


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