挿話11 一年前の寮内と彼ら
本編開始時点での副寮長、現時点で寮長のデューター視点。現時点から一年前の話。
十三から十六の男達の集団なんて、騒がしくなるのが当然だ。それがたとえ一日授業を受けた後の、夕飯でも同じだ。食事前の準備でさえ笑い声や囃し立てる声、時に誰かがふざけた奇声をあげる。
ワシが入学してすぐの頃はこうやって騒ぐのは、軍人の卵として望ましくなく、黙って準備黙って食事というスタンスだった。他にも寮規則ではないものの、マナーが色々と厳しくて、村や領地の代表という肩書きが無かったら俺は逃げ出していたに違いないくらい、ガチガチだった。
なんというべきだろうか、学校から帰ったのにまだ学校にいるみたいだった。勿論、寮という集団生活なのだからある程度規律は必要なのだが、あまりにも厳しすぎて一時期ストレス過多で体調崩すものが続出というのは流石に住居としてヤバいだろうと一年ながら思っていた。加えておそらく注意をする側がその際にストレスを発散や八つ当たりをしていたような気もしたからますます気に入らなかった。秩序を守るためにそういうものがあるというよりは、誰かを陥れたいがためにあった気がする。
だからそんな体制を敷く以前の寮長にはワシは反抗しまくってたし、その所為で前寮長煙たがれた。
現在寮長であるノアは以前の寮長には従順で模範的だと大層気に入られていて、信用からか例年より早く2年の時点で寮長の座を譲られた。他にも色々と黒い噂があったのもあって、誰もが以前の寮長同様の体制が続くと思っていた。
けれど、蓋を開けてみれば彼は以前の寮長に向かって反抗していたワシを副寮長に指名した。おまけにガチガチだった決め事も一気に緩まった。
そのお陰で今年の新入生は多少ホームシックになる奴はいるものの、基本的にはみんな元気に笑顔でやっていけてる。ぴよぴよと親元離れたばかりの新入生のそんな姿を見て「俺もあの代がよかった」だとか「こいつらはあれ知らないんだよな……」だとか感想を漏らす先輩や同世代が何人いた事か。
ノアはワシを副寮長に指名する時、「こうするのが一番楽なだけ、交流とかは君に任せたよ」と淡々と言っていたけれど、寮生達からは好感度はうなぎのぼりだったな。本人が交流を任せたと俺に言うくらいだから、人付き合いはあまりしないが、それ以降は一匹狼だとかミステリアスだとかで遠巻きにされながらも尊敬されている。
そんな寮長だが今日は用事があるとかで寮に不在だ!
度々あいつは用事が入って忙しそうだな。
そういうことで副寮長のワシは交流は任せたと言われているし、元から人と話すのも好きなのでどこで今日は夕食を取るか考える。
基本的には国立軍学校の平民寮では朝食時は自由席だが、夕食時には席がはっきり決められている。しかし副寮長のワシは寮生達全員とコミュニケーションがとれるようにと座る場所が決まっていない。寮長のノアも同じくだが、あいつはむしろ人と喋らずに済む席に座る。もっと喋ればいいのにとは思ってしまうが、それは個人の自由だから仕方ないな!
さて、どこに座るかと考えているとある人物が目に入る。
「ダックスが武闘大会予選突破しなかったなんて意外だよな。めっちゃ弓で有名なのに」
藍色の吊り目に、そばかす、黒に近い茶の癖っ毛が特徴の新入生、カイ・キルマーだ。
入寮日の遅刻に加えて、体力や体術、力自慢の奴らが多い平民寮の中で、珍しく座学が得意なタイプなので元からある程度目立っていたが、人懐っこいたちな所為か最近ノア寮長と関わっているので更に目立っている。
ノアもぐいぐい話しかけられるのに慣れていないのか、「一度声を掛けただけなのに何故、あんなに話しかけてくるんだ。別に僕と話したところで面白味はないだろうに」と最初は困惑していた。
でも最近は満更でもない様子、むしろ自分から絡みにいったりすることも出てきたから、去年からノアを知っている奴は「氷が溶かされた」と言っていた……男ばかりにも関わらず、詩的な表現やあだ名が広がるもんだなぁ。ワシはそういったセンスは無いが、確かにワシが一年の頃と比べてノアは表情が豊かになった気がするので合っていると思う!
「それなー、ダックス弓だったら学年一とかだと思うのな」
「確かに、少し意外だ」
「なんか高く見られているようで照れるな」
そんなカイ・キルマーは同室の他の三人と武闘大会について話しているようだった。灰色髪のダックスという一年が本戦突破しなかったのを意外に思っているらしい。
当の本人は、別に意外でもなんでも無いというように謙遜しているが、ワシとしても件の少年が今年の新入生の中でもかなり実技評価が良いから突破してもおかしくはないと思っていた。
確かダックスという子は猟師の息子だとかだから、狩りで攻撃系の技術を得ているのかもな。まあ、対動物と対人物では多少勝手が異なるだろうがな。
「だっておれ前にダックスの弓見たけど、シュッてなってバーンって真ん中に刺さってたー!」
「すごいあほっぽい物言いだな」
幼い子供のように大きな身振り手振りで同室の少年の弓の凄さを語る明るい茶髪の少年に、黒髪の若干髪の長い少年がぼそりと言う。ベクトルは違えど揚げ足をわざわざとるところを見るとこっちもまだ子供だな!
一つしか歳が変わらないというのにそんなことを思ってしまう。もしかしてノアもワシのことをそう思っているのかもしれない。
「うっせー、ゼーグ! ばかって言った方がばかなんだっ……って、違うおれあほって言われたから……あほって言った方がアホなんだぞ!」
「安心しろ。今のでお前が馬鹿なのもアホなのも確定した」
「なんだとー! 表出ろこのヤロー!」
「こらこら食事前だってのに喧嘩するんじゃないぞ! 元気があるのは良いことだけどな!」
流石にこの二人がこの場で喧嘩を始めるとなると、食器が割れたりしそうだと思ったので、机の空いているスペースに自分の分の食事を置いてから、黒と茶の頭をワシゃワシゃする。
これが常習犯のペアだったり、器用な奴だったら、物的被害が出なそうならとある程度酷くなるまで放って置くんだが、黒髪のゼーグの方はともかく、ブープの方は注意が散漫そうだからすまないが止めさせてもらう。
「副寮長!」
「え、あ、本当だー! 副りょーちょー!」
カイが目を輝かせながらそう呼んで初めてワシの存在に気づいたらしい、ポカンとしていたブープも真上を向いてワシに指差してパァっと笑う。おお、すごい元気な少年達だな。
黒髪のゼーグは一瞬戸惑った後に無言で会釈し、ダックスは同室の反応を全部確認した後、微笑んで「こんにちは、ディーター副寮長。今日はここでお召し上がりになるんですか」と聞いてくる。
「そうさせて貰えると嬉しい」
そう返事をすれば、ブープが近くにあった空いている椅子を持ってきて置いてから、自分の席に座り直す。
「副りょーちょー今日はおれらと一緒なんだー! あ、副りょーちょーって槍得意って聞いた! どんな槍使ってんの? 長さは? 形状は? どこの工房? どの作者?」
「ブープ、先輩に対してその言葉使いはやめた方が良いかもしれねぇぞ。あと武器中毒出てんぞ」
さっきまで喧嘩していたことも忘れたように、ブープがワシにそう興奮気味に問いかけて来る。鍛冶屋の息子って聞いてはいたけれど、武器が大好きなんだなー。その隣にいたカイは色々と心配なのか眉を下げて友人とワシの顔を見比べてている。
「あ、そっか! じゃあ副寮長様はどんな槍を使ってる! ですか?」
「色々とまだおかしいんだよな……ダックスお前もにこにこしてねぇでどうにかしろ」
むうと唇を噛んで、向かい側に座る灰色髪の少年を見るカイとよく分かってなさそうなブープに大丈夫だとワシは手を振る。
「別にワシも言葉使いとか得意じゃないから、ワシに対してはそのままでいいぞ」
そこまで言ってワシは少し考える。カイの心配も別に間違ってないしな、ワシは言葉遣いとか気にせんでも他は気にする可能性はあるし、軍に所属するのならきちんとした言葉遣いは必須だろう。
「まあでも確かにカイの言うように言葉遣いを注意する場もあるから、その時は一緒に気をつけようか」
「はーい!」
とはいえワシも本当に丁寧な言葉使いとかが苦手なのでそう言っとけば、ブープはそう元気よく返事をする。
「あと槍については感覚派で細かい長さとかわかってないから、実物見せた方が早いと思う」
「やったー! いつ⁉︎ 今⁉︎」
「今の訳ないだろ馬鹿。これから夕食食べるの分かっているのか」
ワシの言葉に立ち上がるブープを見て、今まで無言でいた黒髪のゼーグがそう呆れたように言う。確かに今からは無理だな……。
「それはそうだけど……じゃあ夕食後‼︎」
「ブープ、興奮してんのは分かっけど副寮長の都合も少しは考えた方が良いんじゃねぇか? 忙しいだろうし。それまでは槍に関する話でも部屋で披露してりゃいいだろ」
「そっか、そうする!」
ワシの都合やブープの興奮っぷりを気にしているのか、カイがそう言う。ゼーグのも少し口が悪いものの気にかけている感じだな。ダックスはそんな同室の三人を見て微笑ましげな顔しているから、この部屋の四人の仲はなんだか上手くいってそうだ。
新入生の通常の部屋割りは生活習慣の差異で衝突が起きにくいように結構地域が近い者同士で纏められることが多いんだが、ここは割と地方がバラバラなのに組まれたから寮監から部屋割を見せられた時に驚いた。けれど、この部屋割は正解だったようだ。
寮監は農民以外で組んでみたと言っていたが、流石だな!
「そうだな……明後日は休日だし、その時でいいか? ついでに一緒に訓練とかもどうだ!」
「する! 見る! 槍使うのも見たい!」
「いいぞ! 他の三人もどうだ?」
そう問いかけると、カイとゼーグが首を横に振る。
「ボク、陸で動くの苦手なんですみません」
「折角のお誘いなんですが、オレは次の休日は図書室に行く予定なんで遠慮させて頂きます」
「ゼーグは相変わらず海のいきものみたいだし、カイは運動苦手だよなー!」
寮生に訓練を一緒にするのを断られるのは珍しいな。ここには体力自慢の奴や、向上心の塊みたいな奴、強くなりたい奴が多いからなぁ。
ゼーグは確か漁師の家系だから水中戦が得意な奴なのかもなぁ。得意分野苦手分野がはっきりしているのか? だとしたらワシも座学には慣れないのと同じかもしれない。
カイは商人の息子でそもそもこの学校に入ったのが不思議なくらいだからなぁ。
ワシを含む農民出身の奴だと、成り上がりや周囲からの期待愛国心などを理由に入学を目指すことが多いが、商人という結構自由が効く立場の出身の子が軍学校に入るのは珍しい。
学も無い、将来の職業は殆どが親からの引き継ぎってことが多い平民が唯一、地位や名声、金を手に入れるきっかけを与えられる場であるから軍学校に入る平民が多い。
学がある平民なら将来の職業的に危険の多い軍学校を避け文官学校に行くんだよな。ノアから聞くに「見た目はそう見えないがカイは勉強が本当に得意」みたいだしな!
他の三人はブープは鍛冶屋、ゼーグは漁師、ダックスは猟師とこれまた農民出身ではないが、一応鍛冶屋は武器関係、漁師は海軍関係、猟師も陸軍関係で知識や経験、軍学校や群で才能を活かせそうだから納得できるんだがな。
「いや別に苦手ではねぇよ。けど、学校で散々やってんだろ」
体力自慢や剣や武術の才能がある訳でも好きそうでもない。そうなると最後は愛国心かとも考えるが、そういうのはあるタイプには見えないんだよな。
うーむ、なんでそんな奴がこの学校に入ったのか?
入学動機がよく読めないのは寮長のノアと一緒だな。そう言うところで気があったのかもしれない。まあノアの場合、噂の通りだとカイ以上に入学動機が読めないけどな。
きこうと思ったこともあるが、ノアの場合、噂通りの立場だった時に色々と理由を聞くのが憚られる。
ノアが本当に噂通りなら、農民なんかより現状を変えづらく、軍学校に入ったことさえおかしいし、卒業したところで軍人にもなれないだろうからな。そこに絡む事情を聴くと藪蛇を突いてしまうかもしれん。
その分、カイは別に問題なさそうだ! だが聞いたところでワシのことだ、すぐ忘れるだろうからな!
それよりは飯と後輩たちが今している話をちゃんと聞くことの方が優先だ!