挿話9‐1 元同室者ゼーグから見た人々
「あ、カイいるー!」
「そうだな」
現同室者のブープとダックスの二人が、元同室者について口にするので、ボクはブープの指を指した方を見る。
食堂の隅の窓側の席で、元同室者は寒い寒いというように両手を擦り合わせていた。黒に近い茶色の髪に焼けた肌、藍色の釣り目にそばかすという容姿は良くも悪くも無いが、総じて目立った点が無く凡庸で正直彼一人でいたら目立たないだろう。ボクも同様に、緑がかった黒髪に茶色の目と目立たない方の容姿なものだから「お前と人ごみで待ち合わせしたら見つからない」と冗談を言い合ったこともある。
それでもすぐ見つかるのは一緒にいる人物が目立つからだろう。赤茶色の髪は本来だったらブープのような明るい茶色や、ダックスのような白に近い灰色の髪より目立たなそうだが、そんなことにはならない。新雪のような肌の白さとの対比もあって、目が奪われる。
エルラフリート・ジングフォーゲル、今年の秋にこの軍学校に入ってきた編入生。
彼は奥側の席に座って、窓から差し込む日差しの中、カイの反応を見て何かくすくすと笑っているが、その姿だけでもまるで宗教画のようだった。
顔の造形が整っているとこの遠目からでも分かる。加えて何処か浮世離れした雰囲気もあって、どうやっても目がいく。
「二人とも反応薄いのなー、良いし! おれだけ突撃してく――ジングフォーゲルいる⁉」
けれど、現在も同室のブープはそんな異彩な人物より、カイの方を先に見つけていたらしく、ジングフォーゲルの存在を気づくや怖気付く。壊れたからくりみたいに急に動きが鈍くなるのを見て、ああいつものかと察する。
「あれ? やめるのかブープ。ジングフォーゲルのこと苦手なのか?」
「べ、別に苦手とかじゃないやい……ただおれみたいなブサイク、ジングフォーゲルに話しかけたら鼻で笑われるんじゃないかなーって」
もう一人の現同室者のダックスがそう問えば、ブープはもごもごとそう口にする。
それを苦手と言わずに何と言うつもりだ。まあ理由が分かっているにも関わらず苦手かと正面切ってきくダックスもどうかと思うが。
とはいえど、ボクもジングフォーゲルと話したことが無いので何も言う気は無いが。
大抵の奴はやっぱりあの独特な雰囲気から声を掛けづらいのだろう。気楽に話しかけに行く平民はカイ以外いない。たまに調子の良い奴がジングフォーゲルの近くまでは行っても、魂を奪われたかのように話しかけることは出来ずそのまま突っ立っているか、立ち去っている。逆にブープみたいにただイケメンだからという理由だけで避けてしまうというのは少数派だろう。
それならばカイはどうなのだという話だが、元から結構社交的な上、あいつはそういう雰囲気への耐性が強いんだと思う。
話を聞く限り色々変わった人達に囲まれて育ってきたらしいから、周りから浮いている存在、周りに対して何処か膜のようなものを張っている人物へも少しは躊躇するものの特攻して行くことが出来る。
だから、退学してしまった寮長、ノア先輩とも仲良くしていた。あの人はある程度周りに溶け込む振りはしていたが、本質的に何処か空気感が違った、膜を張っていた。
「どうして、そんな発想になるんだ?」
「別に悪い奴じゃないのはカイの様子から分かるけど、なんとなく顔が良い奴と関わるのが怖いんだよー! なんならダックスお前のことだって会ったときにちょっと怖かったんだからなー!」
「……ええ?」
ビシッと指を指され琥珀色の目で睨みつけられながらブープにそう第一印象を告白され、ダックスは困惑の笑みを浮かべて頬を引っ掻く。ダックスもブープが顔が良い奴を怖がるのは知っていたが、自分までもそうだったとは知らなかったらしい。けれど、ボクには結構ピンと来る話だ。
入寮した日、他の同室者がどんな奴かと騒ぐブープと一緒に待っていて、ダックスが来て一瞬荷物を置いてまた出て行った時に「美けい――じゃない。顔にでっかい傷がある。だいじょうぶだいじょうぶ」と小声で口にしていた。ちなみにダックスの右目にかかる縦の大きな傷は狩の対象の獣によるものだそうだ。
その日、カイが入寮日にも関わらず迷子になってるところ王都の警備の人に保護されて、寮監を混乱させておたものだから、そんなこと今の今まで忘れてたが。三人でなかなか四人目が来ないと話したのも、もう結構前か。
ブープはイケメンへの苦手意識さえ無ければ、ジングフォーゲルに普通に話しかけて行くと思う。なんと言ったって究極のバカだから。他とは違う雰囲気に気づかずにずかずかと人のパーソナルスペースに踏み込んで行ってしまうに決まってる。
あのノア元寮長にもカイが仲良くしてんの見て若干顔が良いのにビビりながらも話しかけてから、毎朝大きな声で挨拶して目を丸くされていた。
まあ、そんなバカが顔の良い奴となると一気に怖がるってのは……。
「お前顔面に関しては随分と卑屈だな」
「顔についてはそうだろ。おれブサイクだもん」
不細工とブープは自分で言うが、別にボクはそうは思わない。イケメンではないが、そもそも貴族連中やジングフォーゲルみたいにバランスよく整っている方が珍しい。貴族はカラビト様の加護が強いかららしいけれど。
「別に俺はそう思わないけどな」
「ダックスは優しいから……初恋の可愛い女の子にも、目がギョロってしてて魚みたいでキモいって振られて、色々その女の子の周りからも馬鹿にされた悲しかったし……その後、村一番のイケメンと付き合っててわーってなったし」
「酷いな」
「うわぁ」
それはトラウマものだ。その初恋の女もわざわざそう言うこと口にしなければいいものを、ブープは傷ついて、口に出した側も性格の悪さが露呈するだけだ。それに魚にも失礼だ。
普段ニコニコとか、ヘラヘラしているブープやカイみたいな奴が暗い顔しているのを見るのは何というか心にくる。というか、なんでそんな子好きになったんだ、馬鹿野郎。
そう思ってダックスに同意したが、ブープはそんなボクを見てあんぐりと口を開ける。
「珍しー! ダックスはいつも通りだけど、ゼーグが俺のこと可哀想だと思ってくれてるー!」
この野郎、ボクの事なんだと思ってやがる。流石に友達がそんな目に遭ったのを何とも思わないような奴ではないが?
なんか損した気分で言い返そうにも、今の話で前言撤回するのもよくないし、かといってこのまま流すのはなんかむかつくし、迷いに迷った末、
「そもそも魚も気持ち悪くない」
「ああおれじゃなくて魚に対してか、やっぱいつも通りー! 生まれ変わったら魚にでもなっちまえ」
ああそう取るだろう。お前は馬鹿だからそう言う受け取り方をするだろうと思って言葉にした。でも、ボクは魚「も」って言ったんだ、馬鹿。
ダックスはなんか察しているのか、生ぬるい目でこっちを見てきてウザい。
そして魚になっちまえはブープなりの悪口だろうけれど、幼い頃願い舟でも「魚になれますように」と長ったことのあるボクにはその言葉選びに関してはノーダメージだ。
「初種百生物の魚なら話は変わるけど、今のボクはどちらかと言うと肺呼吸のできる海洋生物に生まれ変わりたい。あ、初種百生物って分かるか?」
「流石に知ってるっての! ダックスー! この海バカがひでーの!」
「海バカなら別に良い。単なるバカよりはマシだ」
「おれ、武器に関してだったらお前より頭良いもんねー!」
そうブープと文句を言い合いながらも、そういやカイは初種百生物、というか天学に関しての知識がえぐいくらいに無かったのを思い出した。
置き去りにされた天学のテストの点数がボロボロで予想外すぎて、今までそんな奴と出会ったことなくて、腰を抜かした。この国出身の癖に、天学であんな点を取るなんてほぼあり得ない。
青は王族を示す色でもあるが、カラビト様が好まれる色でもある。真っ青では無いが、あんな藍色の瞳をしてるのに天やカラビト様のことを知らないなんて予想外すぎて腰を抜かした。
けれど、別に知らなくとも、友達だから聞かれたら天学のことだって教えてやるつもりだった。だけどあいつは全然ボクに聞かなかった……最近、ジングフォーゲルに天学のことを聞いているのを見て、なんか複雑だった。
ボクが自分から教えてやろうかと提案した訳でもないし、もしかしてカイは他の国の宗教を信仰しているのかとも考えて天に関することをあいつの前でしなくなったのが原因だろうけど、複雑なものは複雑だ。
「なんか反応しろよー! なんだよすかした顔しやがって」
「別にすかしてない。お前みたいに頭空っぽにしないで考え事してただけだ。というか痛い、やめろ」
割と力ある癖に背中をバンバンと叩いてくるブープにボクは文句を口にする。しばらく別のこと考えていたのは悪かったけど、痛いものは痛い。
「おれと言い合ってんのに考えごとってそうゆうの、敵前逃なんとかって言うんだろ」
「敵前逃亡だ。お前、あんま分かんない言葉無理に使うと馬鹿がバレるけどいいのか」
「なっ、ゼーグってばひでーのな。ダックスだったら訂正してくれた上、使おうとしたことほめてくれるし、カイもバカだなって顔に出てるけど本人なりに隠して訂正するだけで終わらせてくれるのにっ」
顔に出て本人にバレてるなら、隠してないのとほぼ同じだ。
よくカイはブープに「全部口に出んな」と言っているが、ブープも「顔に出てる」と言うとは。つまり、カイのあの発言は盛大なブーメラン発言だ。そしてカイに馬鹿だなと思われているのにそれは放置でいいのだろうか、何故ボクだけに文句を言う。
そして優しいと評価のダックスも別に馬鹿にしていないとは限らない。
「ほぼボクとカイは変わらないだろ、それ。あとダックスのはほぼお前の事幼児扱――」
「はいはいはい、二人とも落ち着こうな。あと、ブープ、顔良い奴のことも慣れれば平気になっているんじゃないか。俺のことももう怖くないだろ?」
ダックスの野郎、今迄ずっと放置してきた癖に自分の印象が落ちるようなことを口に出されるとなったら止めてきた。面白がっていつもこういう時にわざと放置すんの知っているからな。
そして何気に最初の方怖かったとさっき言われたのを気にしているみたいだ。
「おー! なるほどー、確かにダックスはもう怖くない!」
「だろう?」
それでブープは鈍いからそのまま見事に手の平で転がされる。
腹立たしいとは感じたものの、一瞬だけブープの回答を聞いてほっとしたような顔つきになった灰色が髪の友人の姿を見て、ボクも無駄に噛み付くのはやめておくことにした。
そういえば、カイに一度めちゃくちゃ怖がられた時もこいつは結構まともに傷ついていた。
「おう! じゃあ今から慣れる為にジングフォーゲルに話しかけてみるわー! でもその前にちょっと深呼吸する。吸ってー、吐いてー」
とはいえ、流石ブープというか手の平の上にいるままではない。容赦なく外に手の平の外へと飛んでいく。ジングフォーゲルに話しかけると意気込むのは予想外だったのか、ダックスの頬が若干引き攣る。この様子だとダックスもジングフォーゲルに関するスタンスはボクと同じだろう。
ブープは人懐っこいから、自然なことかも知れないが、ボクはジングフォーゲルは遠目から見ているに限る。
「言ってたら吸えないだろう」
「あ、ほんとだヤベヤベ。吸ってー、はぁー」
「せめて逆だ、逆」
音を発している時点でほぼ息を吐いている。吸ってーと吸いながら普通に言えない。
そんなブープが普通に深呼吸を始めたのを確認してから、ボクは灰色の髪の友人に小声で話しかける。
「ブープの奴、こんなで大丈夫か?」
「そんなに心配ならついて行ってあげたらいいんじゃないか?」
「それはしない。人づきあいが下手な奴が加わっても意味ないどころか状況悪化を招くだけだ」
基本的にボクは今まで喋ったことのない相手には、用事が無い限り話しかけることは無い。自分から積極的に話しかけて交友関係を広めたり出来ない受け身体質の人間だ。きっとカイやブープみたいな能天気で人懐っこい奴が最初に同室でなかったら、碌に友だちも出来ずにいた。
そんなボクが近寄り難いと感じているジングフォーゲルとまともに話せるだろうか、答えは否だ。
きっとブープについて行ってもよくて無言で横に立っている、悪くてジングフォーゲルのあの雰囲気に耐えられなくて置き去りにする。ほぼ何の助けも出来ないどころか、足手まといになる未来しか見えない。それならブープ単体で行って、最初はビビりながらも緊張ほぐれて普通に話せるようになるまで待つ方が確実に早い。
「断言することじゃないな。俺からして見ればゼーグは口が悪いけど別に人付き合いが下手だとは思わないよ」
「そうかよ……というか、ボクじゃなくてお前がついていけば。お前の方が対人能力あるだろう? そうすればブープもこんなにならない」
深呼吸を何回も繰り返しているブープを指さしながらそう言えば、ダックスは考え込むフリをする。
「うーん、けどブープとカイって少し同じ感じだろう? 紅薔薇の君の好みってはっきりしてて分かりやすい子だと思うんだ」
まあ確かにブープとカイはちょっと似たようなところがある。カイもカイで馬鹿だから。平民のペーパーテストで上位取ろうが、なんというか性格面でどこか抜けているし、単純だ。考えていること全部ブープは口に、カイは顔に出るから、たまに兄弟かと思う。当人達に言ったことはあるが「おれ、一人っ子―!」「弟いるけど、どっちかといえばゼーグの方が似てんな」と返された。
そしてジングフォーゲルがカイみたいなタイプ気に入りやすいというのもなんとなく分かる。貴族の澄ました連中といる時より、カイといる時の方が楽しそうだ。
「それでお前みたいな得体の知れない気味の悪い奴が行くのは憚れるのか」
「酷いな、俺は得体も知れなくも、気味も悪くないさ。同室なのにそんなこと思われてたなんて悲しいよ……まあゼーグは恥ずかしがってよく意地悪言っちゃう子だから仕方ないか」
「お前は何処から目線なんだ」
悲しいよって言っているけれど、ちっとも悲しそうに見えない。むしろ紫色の目から揶揄いの色が伺い知れる。
「さあ? あと、ジングフォーゲルって獣みたいなんだ」
それから急に真面目な顔になってそんなことを言い出す。
「は?」
ジングフォーゲルが獣? むしろそういう部類の評価から一番程遠いだろう。だから、紅薔薇の君なんて呼び方されている訳だし、ほとんどの奴がジングフォーゲルから凶暴な存在とは結び付けない。
カイ曰く「喧嘩は強ぇ」とのことだが、それを聞いても獣とは結び付かない。
ダックスの奴、寮生活でなかなか実家にいたころのように狩りが出来なくてストレス溜まっているのか?