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挿話7 バランス

「そういやさ、カイも最初の頃は同室者居たんでしょ?」


 天学の勉強の休憩中に、全く使われてない家具を見ながらエルがそんなことを聞いてくる。


 二人部屋設定のこの部屋は、同じ家具が二つずつ置かれているが、オレが一人で使用している為、もう一セットは今現在エルが座っている椅子以外使われてない。

 一年が二人部屋使うこともねぇのに、事情があるとは言え二人部屋を一人で使っているオレは相当、特別待遇されている。が、それはエルの言う通り一番最初からそうだった訳じゃない。


「おう、居たぞ。4人部屋だからな。一時期色々あって、オレは一人部屋になったけど、みんないい奴だぞ。今でもよく話する」


 部屋変更になったのもあいつらの所為じゃなくて、当時のオレや寮長の状態が酷かったのと、寮監や副寮長が心配したのと、一部の奴らが過激だったからだ。


「どんな人達なの?」

「鍛冶屋の息子、狩の方の猟師の息子、海の方の漁師の息子」

「なんで家業の説明……」


 エルは性格とか聞いたつもりだったようで少し困惑した様子を見せた。


「寮生は圧倒的に農民が多いから」

「ああ確かに平民の子達は農村出身が多いね」


 そもそも平民の職業的にも圧倒的に農業が多いから、そりゃ当然の結果だ。大体、腕っ節に自信があって、ある程度良い暮らしをしたいって奴が夢見てこの学校入ってくるらしいからな。まあたまに例外もいるが。


「おう、副寮長も農民だぞ。でも確か(くわ)だっけ? あれ(すき)か? とにかく農具を武器に子供襲おうとしている熊撃退したのをきっかけにこの学校に入学したらしいぞ。すっげぇよな」

「ええ? それはそのまま村に居着いてあげた方が良くない?」


 若干興奮しながら話せば、エルから冷静な指摘が入る。

 確かに、そのまま居着いた方が村的にはまた獣が出てきた時に守って貰えるから良いよな。副寮長のことだそういうことも考えたんだろうけど、こっちにも利点があったからそうしたんだろう。


「助けた子供が領主の緑の子爵様の子供でさ、緑系統って自分の土地から名高い軍人送り出すの栄誉としているから、村に支援金出すから軍人目指してくれって頼まれたらしいぞ」

「それはすごいね」

「だろっ……って、なんの話してたんだっけ?」


 副寮長の話をしてたら、大好きな兄貴分のことを教えているような気分になっちまって、なんの話してたか忘れちまった。


「ああごめん。カイの元同室のこと聞いたら農民出身の副寮長の話にずれたんだよ」

「あ、そっか。んで農民が多いから、逆に農民がいない部屋ってことで珍しいって言われてたんだよ」


 他の一年の部屋には絶対、農民がいたからな。なんなら農民しかいない部屋とかが大半だし。


「カイは商人で、他は鍛冶屋、猟師、漁師、確かに農民がいないや」

「だろ」

「……その子達は移動とかはしないから天学出来たんじゃないの? その子達に教えて貰ったりはしなかったの?」


 まあ確かにあの三人はオレより天学の成績が良かっただろう。なんなら天学に関してはオレより下の成績を探す方が難しい。


「あー、いや漁師の息子のゼーグがオレの天学のテストの点を恐ろしいものを見るような目で見てたから、なんとなく聞きにくくてよ」

「まあ、水に関する仕事だと天への信仰心が一際強いらしいからね」


 机に置きっぱなしにしていた天学のテストを見て「うわっ」って尻餅ついた後、おっかなびっくりしながら用紙を突くゼーグを見て、オレは部屋に入るのやめて、時間潰しに散歩して迷子になった記憶がある。

 だが、それを言うとまたオレの方向音痴に話題がいってしまう。


「あと、鍛冶屋んとこのブープにバレたら絶対オレの天学の出来なさ具合を一瞬で寮内に広められる。『カイにテストの点初めて勝ったー!』とか駆け回る」

「ああそれは危ないね……」


 ブープのことだから悪気なく、そういうことやっちまいそうだ。あいつ他のテストが悲惨で、「Cクラスのカイに勝てたら自慢出来んのになー」って前言ってたし。

 腕相撲だったらいくらでもオレに勝ってるっつーのに。あと武器に関しての知識だったら誰にもひけを取らないと思う。いつかの菖蒲戦でみんながナイフ飛んできたのを心配してきたのに対して、あいつだけそれはほぼ付け足しでナイフの形状聞いてきたからな。赤のやつが持っていた長刀が名工の代表作のうんぬんかんぬんとか言ってた。武器マニアめ。


 ぶっちゃけテストの点数が低いことはバレてもいい。けど、それが天学だとバレたら、世の中ゼーグみたいな感覚で信仰している奴がいるから、オレがどんな目で見られるか……。

 ゼーグの場合はオレの前で天学の話題を出さなくなったくらいの変化で済んだけど、他はどうだか分からん。


「もう一人の子は?」

「猟師んとこのダックスは、多分オレほどじゃねぇけど、あいつも天学苦手な気がする」


 まあ苦手といっても平均点より少し低い程度だと思うがな。天学赤点らへん取ってるのオレ以外に知らねぇし。


 それでもダックスに聞けば、あいつ親切だからもっと点数の良いあの二人に教えて貰ったらとか、気まずいなら一緒に教えてもらうかとか言いそうだもん。


「どうして苦手だって分かるの?」

「あいつ連邦との境あたりの赤の領地に住んでたから」


 確かこの国の最北あたりにある山の出身者だ。

 連邦との国境に深い谷があるお陰で戦地にされる可能性が低く穏やかな地ってよく耳にするが、ダックス曰くたまに連邦内部の情勢が不安定になると昔使われていたボロボロの吊り橋を渡って亡命する人や、その途中で落ちて死亡者が出るらしい。

 それだけあって国同士の争いは感じないが、連邦内部の部族同士の争いはよく感じる場所だと言っていた。とは言ってもここ数年はそんなこともないらしい。


「それが天学に関係あるの?」


 エルが知らないのは少し意外だ。天学のことめっちゃ知ってんのにな。でも、エルはオレみたいに移動する生活してた訳じゃないし、地方出身より王都住まいの平民との方が関わることが多いだろうからな。


「国境や赤の領地の奴は他の地域の奴らより天への信仰心が薄い傾向があっからな。あいつは二つも当てはまってる」

「……国境近くは他の国との文化が入り込みやすいからってのは分かるけど……なんで赤の領地も?」


 エルが持っている鉛筆をくるっと回して聞いてくる。前はペン回しなんかしなかったってのに、オレのがうつったか?


「それは分かんね。でも、朝食食べる時に、紫とか黄出身の奴はお祈り長いの全文言うのに対して、緑出身は一部略して、赤出身は『今日も天に感謝していただきます』の一言で済ませてっから」


 お陰で紛れ込みやすいがな。


「へぇ、そうなんだ……」

「でも、おもしれぇよな」

「なにが?」


 エルが紅茶色の瞳を細める。その際、エルが窓を背にして座っているせいか、後光が差しているように見える。


「天の信仰者ってよ、家族とか身内には宗教教えっけど、外部の人間には全く広めようとはしねぇの」


 北の連邦の精霊信仰とかは他への布教や押し付けが苛烈になって、部族同士で争い生んでるくらいだし、南の皇国はそこまでいかなくても観光客によく「お月さんはな」とわざわざこっちの言葉に合わせてまで教えてくれようとする。


「ああそれは、この国がそういう姿勢だからだよ」

「どういう意味だ」


 軽い音と共にエルの爪で空中に弾かれた鉛筆が跳躍し、またエルの手に戻っていくのを見ながらそう質問をする。

 ペン回しから結構レベル高いことをさらっと始めたな、オレがやったら爪で弾いた段階であさっての方向に飛んでってそのまま見失う。


「思想を広めるっていうのもある種の領土拡大方法だからね。この国はこれ以上、北は氷に覆われ、南は砂漠で領土拡大してもあまりメリットは無いからね。思想も外部に広めてもあまり意味ない」

「平和主義なんだな」

「平和主義というか、欲しいものはもう全部手に入れてるっていうのが強いかも」

「へー」


 まあ、この国って食料的にも、水源的にも、財源的にも、軍事的にも豊かだもんな。


「あ、でも皇国では珍しい石がたくさん取れたりするからそれで領土拡大してぇとか思わねぇのかな?」

「この国の宗教のスタンスは何百年も変わってないし、皇国側に領土広げるのは……友好国としてやってる方が旨味があるからね。熱石が良い例だね」


 熱石とこの国ってことは……極寒の連邦に必須な皇国産出の熱石は、連邦と皇国の間にこの国がある為、中継貿易でこの国が利益を得ているって話か。

 直接のルートどころか、連邦と皇国は交流さえも無いもんな。うちの商隊くらいでしか皇国と連邦の出身者が話してるだなんて光景は見たことがねぇもん。



「はぇ〜、何百年も変わんねぇのはすげぇや。そんで熱石っつーことは皇国と連邦との中継貿易国としているのが楽なのか……」

「そうゆうこと」

「なんつーか、ちょっとずりぃな」


 熱石の採掘なんて雑種が最悪な労働環境でしてるってサドマから聞いてっから、それを利用して間の国が得してるっつーのはモヤモヤする。


 直接連邦と皇国がやり取りしてれば……いやでも皇国のあれは雑種への差別が根本的な問題だから、単に皇国の上の連中が得して終わるか。

 でも、少なくとも連邦側はオレが生まれる前にあったこの国が行った一時の関税上昇や、それに伴うグラフィラの一族を含む連邦の被害はなかった筈だ。


「国なんてズルさの塊だよ。自国の利益を優先してなきゃ国民に恨まれるもの。自分達の利益を得るには、時には犠牲も必要だからね」


 笑顔で言うことじゃねぇんだよなぁ……。表情筋と言葉の内容を一致させてくれ。


「オレを商人の息子だから利益は勿論大切だと思うけどよ……犠牲とか、誰かが損をあんまりにも被り過ぎちまうのは嫌だな」

「……カイは優しいね」


 慈しむようにこちらを見るエルと目を合わせ続けるのが何故か出来なくて、耳に届くエルの声があんまりにも柔らかくて、俯いて黙り込む。たまにエルに褒められると、どうにも違和感を感じてゾワゾワする。

 勿論、オレは単純な奴だから褒められると嬉しくて照れちまうっていうのもあっけど、未だにエルから仄暗さや、一種の突き放しのようなものを感じ取ってしまうってのもあると思う。


 それに今のは優しいとかじゃなくて、割と一般的な意見だと思うんだが。

 まあオレが臆病っていうのもあるだろうけどよ……炎天下の中で死にかけていたサドマ、連邦出身なのに異様に寒さに敏感で寂しがり屋のグラフィラ、だんだん追い詰められて上手く笑えなくなった先輩、身近な人が傷ついている様子を目にしてきたから怖いんだ。


「勿論、やりすぎは向こうの恨みを買うから上もある程度調節してバランスは取ってるよ。先代黄の公爵が死んだのもおそらくそれが原因だしね。最低限、この国に恨みで牙を剥くことがないようにしてる。飢えた獣、もう失うものがないものは怖いからね」

「やっぱあの時期に死んだのは熱石の関税が関係あったんだな」


 人の死が調節ってどんな物騒な世の中だよとは思うものの、長くあの税率が続いていたら連邦側で犠牲者が更に増えていた。だからもうちょっと穏やかな調節方法は無かったのかとも思うが、結局は税率が戻ったという過去の事実には良かったと思ってしまう。


「そうだね。隣国に関しては生かさず殺さずを保ち続けるっていうのはこの国の昔からの指針だから、それを乱すことは許されないよ。この国が軍事面強いのもその為だし」

「え?」


 確かに四つある貴族の系統のうち二つを軍に振ってるからすげぇなとは思ってたけどよ。それも今の話に関係あんのか?


 驚いて顔をあげれば、エルがまたもやペン回ししてんのが目に映る。


「隣国達が逆らいづらいように、生意気言えないようにってね。優しすぎても、今度は向こうが欲を出して、牙を剥いてくる。奪い過ぎても、隙を見せても駄目なんだよ。バランスを取って逆らうことがないように、大きな利益をこの国が得られるようにってね」


 淡々とエルの口から語られる内容を聞いて、胸が少しつっかえる。事実だろうし、それはきっと国としては正しいのかもしれない。だけど両国やそこに住む人のことを道具のように、ただのデータの一つとして扱っているようで、薄情だと感じてしまう。オレが国民意識とかが薄いっていうのも関係あるだろうけど、国って怖ぇなって。


 そんでそんな怖い行為に何も知らないであろう、ただ強くなりたいだとか、武勲をあげたい、家族や村を幸せにしたい、国を守りたい、そう思ってこの学校に通ってるオレの周りにいる奴らが将来的に歯車として加わっていくのだと思うと何とも言えない。 


 オレが黙り込んでいると、エルは音を立てて鉛筆を机に置いて立ち上がる。


「まあ今は上手くいってるからそこまでどこも酷いことにはなってないよ。休憩の筈だったのに天学とか国家間の話になっちゃったね……最初なんの話してたんだっけ?」

「確か……オレの同室の話」


 オレがそう答えながらもエルを見上げれば、奴は妙に明るげな声を出す。


「あ、そっか。カイはまた同室出来るとしたらどんな子が良いの?」

「どんな子って、特に要望はねぇけど。まあ、身の危険があるようなこととかが無ければ」

「本当、君はそこだけは警戒心あるのね」

「まあな、大体オレはもう同室は出来ねぇだろうな。でも出来たとしたら同室者の奴らで仲良く出来たら良いよな」


 やっぱ仲良く出来るか出来ないかって大事だ。で、同じ部屋で過ごすってなるとやっぱ仲良く出来た方が良いに決まってる。


「そっか、君って人懐っこいものね」

「オレは犬かなんかか」


 頭をぐしゃぐしゃと撫でてくるエルにそう不満を口にすれば、エルは更に面白がって「よーしよしよし」と撫でくり回してきた。


 だから犬じゃねぇっつーの。


 そう言いたかったが、慣れない天学の勉強をして疲れていたのだろう、抵抗もせずにしばらくはそのままでいた。


 難しいのも、怖いのも、酷いのも、苦手だ。



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