7 貴族
エルがいないので教室でオレはパンを齧っていた。
昼時なのでクラスの貴族どもは食堂で高価な料理を食べているので、広い教室を独占できる。要はがらんとした教室でぼっちで昼休みを過ごしているのだ。
別に他のクラスの平民のところにも行けるのだが、どうもそういう気分になれなかった。寮生の連中はやたらテンションが高いしな。自分もテンション高いときは一緒に騒ぐけどよ。
美味しくもないパンはやっぱ口に中でパサパサして、色々物足りなかった。
どうも心がすーすーして落ち着かない。誤魔化すためにカバンの中から茶色の表紙のノートを取り出して開く。
うし、暇つぶしでもするか。
開くと自分のお世辞にも綺麗とは言えない字でこの学校で聞いた噂話や本で読んだ貴族達の関係などが整理して書かれていた。
『・各系統の役割
黄系公爵家(ディプロマティー家): 外交等担当。
赤系公爵家(ウアタイル家):司法担当。
紫系公爵家(ハイドフェルド家):海軍担当。
緑系公爵家(シュトックハウゼン家):陸軍担当』
なんつーか、いつ見ても分担の仕方が謎だけど、結局は最高権力者は王様と最高司祭様らしいからいいのか? よく、四系統のバランスを取らなければとか言われてる割には取りにくい制度してるんだよな。
その次のページからは各系統ごとに噂が箇条書きに書いてある。
『黄系統
・黄系統の公爵家出身の今は亡き第一王妃は稀代の悪妃で少年趣味。
・第一王妃は浮気をしていた。
・第一王妃は自分の権力を使って気に入らない貴族を貶めた。
・第一王妃は第二王妃を殺した。
・第一王妃は表向き病死だが、実は毒殺されたのでは。
・第一王妃の死後、第一王妃の亡霊が何人も呪い殺した――』
改めて見るとすっげぇ、黄系統のほとんどが第一王妃関連だ。まぁ、平民の間でもヤバイ王妃として未だに有名な人だからな。つーか、他の噂もちったぁ書いたはずなんだが、第一王妃の噂に埋もれてやがる。
『・先代公爵家当主が熱石の関税をアホ程引き上げたから、連邦との仲が一時危うかった』
ああ、これはわざわざ丸までつけて書いてある。まあ、熱石の関税の引き上げっていうのは、うちの商隊でもろ被害を受けた奴がいるからな。
そしてその横に『・現当主の前当主暗殺疑惑』と書いてあるのがなんとも言えねぇ。
当主が変わった瞬間、関税が戻ったらしいしな。他には、暴政だの、横暴だのちらほらと書かれてる。つっても、細かい内容は書いてねぇな。
あ、あと最後に『ふざけるな』って殴り書きしてあんのは、先輩の事件のことだろうな。
あの時、色々混乱しててよく覚えてねぇけど、先輩の事件のことは貴族達は知らず『黄系統の侯爵子息が自主退学した』って噂だけだったから、相当頭にきてた筈。つーか、今でもあの事件を思い出すと胸糞悪くてイライラする。
つーか、細かいことまで思い出すと辛いから思い出したくねぇ。
『赤系統
・現公爵当主の、両親は早逝。弟は行方不明、妹二人は事故死と幽閉。結婚相手はいるが白い結婚。子供無し。跡取りに養子を取らないとならないのと、次期王妃候補を出せないことが非常に問題である』
うおっと、最初からヤッベェな。赤の公爵ヤベェなって最初聞いた時に思ったっけ、でもな、赤の他の噂見ると全体的にヤバイんだなって思う。隠し子だの、浮気だの、刀傷沙汰だの、行方不明だの、不審死だの、粛清だのが頻繁に書いてあるんだぜ。まぁ、赤のオクリビトって言う処刑人の話は平民の間でも有名だしな。他にも、横領だの暴政だの不正裁判だの不穏な言葉ばっか並んでやがる。うわ、ひっで。良い噂ってあったかな?
そう思って、パラパラと数ページめくってみると、
『・幻の美少女がいる。
・芸術方面に優れた人物が多い』
おまけのように書いてあった。他にも、なんかなかったっけと何度か確認したが、ガチで良い噂がねぇ。いやでも、美少女か……見てみてぇかも。
『紫系統
・ヴァルファ様は優秀で、次男でありながらも次期公爵家当主に選ばられる程、文武両道で、素晴らしいお人柄。
・公爵令嬢のヴァイオレット様はお美しいが怒ると恐ろしい。
・現当主は真面目で素晴らしい方
・公爵家三男のウルド様は――』
ははっ、さっきまでの赤とは真逆で噂っつーか、賛美ばっか。ギャップが半端ねぇ。
聞いた言葉、そのまま書いたっけ。これ、お世辞とかじゃなくて本人のいない場所でガチで紫同士で興奮しながら語り合ってるからすっげぇよな。上の人望が半端ねぇ。
他にも、探査能力や調査能力、察知能力関係の逸話がゴロゴロ書いてある。
どれも、スッゲェから最初は真面目に書いてたんだけどよ、ありすぎて紫の上の連中は全員こういう奴らなんだって気づいて、途中の『とにかくすっげぇ』からそういう系の書かなくなってる。
つーか、賛美ばっかで噂って感じがあんましねぇんだけど。噂らしい噂は……、
『・公爵夫人が自分の娘を息子と言い出したりするほど病んだ末死亡。
・本来公爵夫人の姉が公爵と婚姻する予定だったが、婚姻前に行方不明に』
なんか、最後にヤバそうな内容があんだけど。深く考えんのはよした方がいいな。なんで、オレは書いてる時はそこまで気に留めてなかったんだろ……あ、赤系統の噂散々聞いた後だったけ、これ耳にしたの。なら、しゃあねぇな。
『緑系統
・公爵家の長男が地上最強
・とにかく緑の上級貴族は強い、バケモノレベルに強い。
・弱肉強食で、時に家の格より強さが優先される。
・弱者は強者に従い、強者は弱者を守るのがポリシー。
・力技で物事を解決することが多い。
・緑系統同士がじゃれ合うと大惨事
・伯爵子息が熊を素手で狩ってきた――』
なんつーか、とにかく誰それが強いとか、野生の獣かっていう話が多い。
他の系統からも散々『野生』だの『脳筋』だの散々普段から言われてるしな。
まあ、勉強も出来たりする奴がいるから、脳筋はどうなんだろうな?
たまに混じる『公爵令嬢が事故で喉を怪我して以来、声を失っている』『今は亡き第二王妃は、侯爵と婚姻関係があったものの離婚して、王妃の座に収まった』『レトガー侯爵家の長男と、ツァールハイト伯爵家の三男の仲が悪い』だのは不穏だが、赤の見た後だと、ふーん程度に思っちまう。平和だよなぁ。
やっぱ、緑と紫よりの学校だから、赤と黄の醜聞が流れやすいな。
だからこの噂ってちょっと違和感あんだよな。オレって商隊で小さい頃から色々なところ回ってきたから、市場とかばっかだけど現場は見てきたから色々知ってんだよ。
黄系はそこまで暴政敷いてるように見えねぇ。確かに横暴な役人とかはいたけど、餓死者がそこら中に転がってるとかはなかったし、領民の反乱などもあまり聞かなかった。交通的には最高だけど、生活的にはあそこら辺の土地お世辞にもいいとは言えねぇのによくやるよ。
外交担当ってことで、輸入品やら出回ってて市場も悪くなかった。
加えて、現黄系のトップであるローグ・キスリング・ディプロマティーは政治がとびきり上手い筈だ。証明するように少年時代に作った政策は絶賛されてるし、たまに公開される決算書は見てて美しさすら感じる。
まあ、でも寮の連中に「この決算書最高じゃね!」と報告したら、なんだこいつって目で見られた。解せぬ。エルにでさえ「カイは商人の息子だからね」としみじみと言われた。
赤は……ほぼその通りかもしれねぇ。土地別の売り上げや税収資料が数年前のがあったから見たけど、トップの公爵家の領地はそこまで酷いことはないけれど、他がやばい。たぶん、下位の家の管理が上手くないんだろうな荒れてる。でも、そもそも赤の領地って土地があんまよくねぇんだよな。大丈夫かなぁ、ここ。
紫は治安がいいけど、商売がしづらい。
法律や条例が多い上に厳しい。管理社会かこの野郎。上が真面目で堅物野郎なんだろうな、めちゃくちゃお堅い。
まあ、みんな真面目に働いてるし、犯罪は少ないし、いいところではあるけど、娯楽が少ない。なんだろ、そこまで贅沢はできないけど暮らしには困らないの典型。オレにはたぶん向いてないな。商売しづらいのはダメだ。
あ、でも海関係の仕事するならダントツでここだ。なんせ海軍担当の系統だからな、安全性が飛び抜けてるし、魚介類は新鮮だ。
緑はとにかくお祭り好きだ。
多数の闘技場に、武闘大会などがよく催される。商売する身としては売りやすいから好都合なんだけど、そんなしょっちゅう騒いでて財政大丈夫かと思う。
まあ土地が肥沃なので食ってはいける。
血の気が多いやつが結構いるみたいだけど、管理してる上位の家がバカ強ぇから、そこまで大事には至らねぇ。弱肉強食とは言えども女子供やあからさまに弱い奴には酷い真似はしねぇみたいだからいっか。たぶんあれだろうな互角の奴とか上位者と勝負をすんのが好きなんだろうな。野生的すぎて何も言えねぇ。
うん、あれだな。やっぱ見方変えると全然違ぇや。
この学校の噂だけだったら、オレだって紫と緑がいいけど、商売的に見れば黄だな。緑も悪くないんだが、あそこで売れるのは食品系と武器系ばっかだから。
でもやっぱ、王都が一番だわ。
現王はあまり政治上手くないけど、最高司祭様や王子がしっかりしてるらしい。そしてその王子は、あの美しい決算書を作る黄のトップから、財政などを教わってる。土地も良いし観光地だし最高の条件が揃いに揃ってる。
でそんで、この四つの系統で一番面白いのがその関係。
実は黄は赤と、紫は緑と提携を組んでる。
なんでよりにもよってそんな組み合わせと最初は思ったが、よく考えれば納得できなくもない。
紫は海軍担当、緑は陸軍担当、と二つとも国防関係の系統だ。
そりゃあいざ戦うって時に連携取れてなかったら困るし、普段から仲良くしといた方がいいに決まってる。この国立軍学校もこの二つの系統が創設、運営してるしな。
だけど、やっぱ堅物で規律第一の紫系統と、お祭り好きで弱肉強食の緑系統が、仲良くしてんのは摩訶不思議だがな。でも、それぞれの系統の特色がバリバリ出てると有名な、紫系公爵家次男のヴァルファ様と、緑系統公爵家長男アルフレッド様も滅茶苦茶仲良いみたいだから、案外そういうもんなのかもしれない。丁度いい、足して二で割ればうまい加減になりそうだ。
赤と黄が組んだのは多分、他の二つが組んだので自分らも組まないとバランスが悪くなると思ったのだろう。確かに、2:1:1じゃバランス悪いし、その判断は間違ってないと思う。でも、赤は司法関係、黄は外交関係だからな、バランス以外では組む意味は見出せない。関係性も薄いだろう。
それを危惧してか先代の赤と黄の公爵家が、同じ侯爵家の兄妹をそれぞれ伴侶に選んだらしい。
つまり、現当主二人は従兄弟関係だ。あと、こっちもこっちで国立文官学校っていうものを創設、経営してる。商人なら何故そっちに通わなかったと聞かれたら答えは簡単、学費が高ぇ。あと、王都じゃなくて、黄と赤の領地の境界にある。
そうそう赤の方がヤベェことになってんのに黄色系はなんもしねぇのかと思ったけど、紫と緑も領地に関してはお互い不干渉だからそういうもんなんだろう。だけどそんなら何でほんと提携組んだのか分からん。いや、軍の系統に対抗する為なのはわかるけど、それにしてもこれはないだろう。
でも、トップの二人はちょくちょく会ってるという話を聞くので、仲が悪いとは言えねぇんだこれが。
なんかこう、商売の為になるかもって思って、情報集めたり、何気ない世間話を馬鹿みたいに覚えてたりしたけど、やっぱ貴族は複雑だわ。それに平民のオレ程度の知ってる情報なんて氷山の一角に過ぎないから、実質はもっと複雑なんだろうな。クラスメイトの坊ちゃん達もこの流れに乗ってんのかと思うと、なんとも言えない。苦労してんだなぁ。
「あーあ、オレ平民で良かったわ」
誰もいないのをいいことに、そう言ってノートを閉じる。
やっぱ、貴族は金とかはざっくざく入るし贅沢も出来るんだろうけど、この国だったら平民が一番だわ。そりゃあ、贅沢は良いし、オレも金は好きだ。でも、自力で稼ぐから嬉しいんだよな。
貴族の奴らの勝手を愚痴りながら生活の為に働いて、飯食って、友達と飲んで、嫁さん貰って、子供作って、じじいになって死ねれば幸せだ。
まあ、これだって平民の方じゃ憧れの暮らしだし、オレってやっぱ欲張りかな?
その疑問に答えてくれそうな奴は、今日は体調不良で休みだ。また、すーすーし出したのを騙すようにオレは残りのパンを食べ始めた。
***
翌日の朝、オレは二階に行く階段の途中でエルを見つけた。おお、元気になったんかそう思ったのも束の間、
「おまっ、大丈夫か? 随分顔色悪ぃし、今だって手すりに捕まってるし、まだ休んだ方がいいんじゃねぇの?」