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挿話6₋1 願掛け

 

 青い月、銀の月、赤い月、三つの月が重なるその日に願い事を口にすると叶う。そんな話を初めて父ちゃんから聞いたのはオレが8歳の時だ。そんでオレが願ったのは「明日のメシが肉であるように」だ……いや、もっと他のこと願えや。


 次の日、願い通り肉で本当に叶ったって大喜びしてたけど、普通にオレの願いを聞いていた母ちゃんが作ってくれたんだって今は分かる。


 でも次の日、口いっぱいに肉料理を詰め込んだオレを見て、拾われたばかりのサドマが心底嬉しそうに「オイシイね!」と拙い言葉を口にしてたんだ。


 数年後にサドマから聞いた話だけど、三つの月の伝説はサドマの出身国、デシエルト皇国で信じられてる話だそうだ。サドマも幼い頃から母親や他の仲間達とその願いを毎年考えてたそうだけれど、いつしかそんなことも考えられない程追い詰められていったそうだ。


 きっと傷ついてたサドマが死んでしまった仲間について話してる時に父ちゃんは知ったんだと思う。けど、父ちゃんは何でオレにそんな話をあの時にしようと思ったんだろうか?


「今夜は月重ねだってな」


 エルによる防御の練習終わりにぼーっと空を眺めながら急にそんなことを言い出したオレに、隣で熱心に素振りをしていたエルが手を止める。


「ああ、うんそうだってね。それで?」

「皇国の方でさ、月重ねの日に願いを口にすると願いが叶うって話があってさ。幼い頃からやってたなって」

「意外とそういうの信じるタイプだったんだね?」

「今は別にそこまでだけど、幼い頃のオレはめっちゃ純粋でいい子だったからな」

「それ自分で言っちゃうの?」


 冗談めかして言えば、エルがくすくすと笑う。


 いやマジでちっさい頃のオレは純粋だわー。次の日のメシが肉であること願って、次の日母ちゃんが肉料理作ってくれて、素直に願いが叶ったって喜んでたし。

 まぁ、ズーハオが来た後から願い事が「お金持ちになる」って俗っぽくなってたけどよ。あー、時って残酷。肉料理で素直に喜んでた俺っていい子、そんでお手軽。


「そういうエルはなんか願ったこととかあんのか? 別に月重ねの日じゃなくてもいいからよ」

「……幼い頃はたくさんのことを願ったよ」

「へぇ、やっぱエルもそういう時期があったんだな」


 幼い頃は結構そうやって願いごとをして、叶うかなとドキドキしてるもんなんだなぁ。


「あったよ。カイは今回も願うの?」

「うんまぁ、毎回やってからなんとなくな」

「へぇ、何を願うの」

「お小遣いが増えますように」


 父ちゃんが仕送り減らしてきたんだよなぁ。

 せっかく少し小遣い稼げたと思ったらこれだ。息子で遊んでんだろ。「ズーハオに節約方教えて貰ったんだってな」じゃねぇんだよ! お金は無くても困ることはあっても、あって困ることはなかなかないんだから、少し余裕くれてもいいと思う。


 けど、母ちゃんに手紙で告げ口したら「それは父ちゃんが厳しいんじゃなくて、あんたの実力不足。父ちゃんが多い仕送りしてもいいと思えるような生活でもしなさいな。どうせ、だらだらしてんでしょ」と返ってきた。世知辛い。

 でもまぁ、割と事実だったから何も言えなかった……学費払ってもらえてるだけで恩の字だしなぁ。


「君って本当、即物的だね」

「悪かったな。そういうエルは何か願うなら何を願うんだ?」

「願うって、月重ねとか、この国でいうなら水恩祭の願い舟とかのやつで願うこと?」

「うんまぁ……そんな感じか?」


 水恩祭の願い舟って確かあれだぞ、エルに教えてもらったやつ。カラビトと天による水の恵みに感謝する水恩祭の日に、葉っぱとかで願いを込めながら舟を作って、それを川とかに流せば願いが叶うってやつだ。


「ぼくはそういう願掛けはもういいかな、願いがあるのならもっと現実的な方法でどうにかするよ……あとその内諦めて叶わない現状を受け入れるか」


 あ、うん。すっげぇ可愛くねぇ回答。でもって大変エルらしいと思う。色々すげぇからなこいつ。勉強も出来るし喧嘩も強ぇ。そんで顔も良いし、とどめに金銭的に余裕もある。滅多なことを願わなければ、全部無理せずとも叶えられそうだから納得だ。


 でもって叶わないことを受け入れるって、どんな無謀なことを願うつもりだよ。世界征服とかか?


 ***


 5年前


「ズーハオ、すごいよ! 小さな舟があるよ!」

 ローブ姿の小柄な少年はそう道の角から出てきて、水の上に浮かぶ葉っぱで作られた舟をしゃがんで眺め始める。


「おー、そうだなサドマ。で、カイとハノは何処だ? 俺様達はカイ達を探してんだろ」


 少年の後から出てきた青年はそう少年の興味を本来の向きに戻そうとするが、少年の灰色の瞳は水上の小舟から逸らされない。


「ちっちゃいのもあるし、大きいのもある!」

「ああそうだな。で、カイは何処だ? あいつまた迷子になったからお前の鼻で探して欲しいんだけど」

「ふふ、そう焦らんでもいいんじゃろ。サドマはカイとハノが大丈夫だと分かってるからこう呑気にしてるんじゃろ」


 少年の呑気な態度に少し苛立ったような声音になる青年を、灰色の髪の女は宥める。


「9才と8才の子供が街で迷子になってて何でサドマもグラフィラもそんな落ち着いてたんだよ馬鹿野郎。俺様の生まれ故郷だったら一瞬で誘拐されてその後惨殺死体で見つかるぞ」

「それは流石にお主の国がおかしいぞ」

 

 はぁと態とらしくため息を吐く女に、袖の大きい変わった形の服装の青年は憤慨する。


「隣国から死の国とか言われてる連邦出身者におかしいとか言われたくねぇわ! あと少しは誇張してんに決まってるだろうが!」

「妾の生まれの国ではどの部族も子供には絶対酷いことはせんの。子供は未来だからな、大切にしなければならんのでな。子供に残忍なことが出来る奴など人ではなく、畜生じゃな」


 童顔に低身長にコロコロとした笑い声はまるで子供のようだが、女の言葉尻の冷笑は年相応のものだった。


「グラフィラの国ははっきりしてんもんね! 多分カイとハノはこの川沿いの下流にいると思うよ。危険な匂いも下流の方からはしないから大丈夫だよ!」


 小舟を見つめていた少年はそう立ち上がると、振り返ってニコニコ笑う。その無邪気さに毒気を抜かれたのか、青年は「まぁ、無事ならいいんだよ。下流だな、行くぞ」と歩き始める。


「そりゃ無事じゃろ。はぐれてまだほんの少ししか経っとらんわ。ズーハオ、お主は少し心配性過ぎではないのか? そんな見張られとったらあの子らが可哀想じゃ」


 揶揄うような調子の年上の女を、青年は真っ黒な目で射抜く。


「放任主義過ぎても駄目だろうが。世の中良い奴ばかりじゃねぇんだぞ、あいつらに何かあったらどうすんだよ」

「今回はサドマが大丈夫と言っとるんじゃから、大丈夫じゃろうに。駄犬だろうが鼻はいいからの。お主は身をもって知っておるじゃろう?」


 女の水色がかった灰色の瞳は睨んでくる青年の顔を、冷たくうつしていた。そこにあるのは恐怖ではない、嘲りだ。


「まぁお主の言う通りに世の中に悪人がいるのも確かじゃがな」

「何が言いたいんだよ」

「分かってることをわざわざ聞くとはお主は面妖なことをするの」

「……っ、先行く」


 口元だけ笑ってみせる女から目を逸らし、青年は気まずそうに俯いて歩き始める。つい最近までキルマー一家を自身の野望の為に利用しようとしていたのを言われると青年には何も言い返せなかったのだ。


「グラフィラ」

「な、なんじゃ、サドマ」


 青年の後ろ姿を見て、雑種の少年が女の名前を呼べば、女はびくりと震えてからゆっくり振り向く。


「まだズーハオのこと疑ってるの?」

 温度の無い少年の声を聞いて、グラフィラは怒られた子供のような表情をしてから俯く。


「お主のように明確にそう言うのが分からないのでな、そりゃあまだ疑ってしまうの。でもお主の判断は疑ってはおらんから、お主があやつが変わったというならそうなのじゃろう」

「じゃあなんでズーハオいじめてるの?」


 早口で言葉を発するグラフィラに対し、サドマはゆっくりそう聞く。別にサドマはグラフィラに怒っている訳では無かった、ただ疑問に思ったことを口にしていただけだ。女もそんなことは分かっていた。


「……あ、あやつのせいで純粋だったカイががめつくなってしまったからかの。あとカイとハノの言葉扱いも悪ぅなったのはあやつのせいじゃから……だから……」


 でも、それが分かっていたからこそグラフィラの声は小さくなっていった。感情が表に出やすいサドマという少年に、冷静に分析されるというのが突き放されているようで不安だから。


「ようはグラフィラはズーハオにカイとハノを取られて拗ねてるんだね!」

「今の会話でどうしてそうなったんじゃこの駄犬」


 軽い調子で図星をつかれたのでグラフィラは苛立ったようにそう言うが、目の前の少年の調子が見慣れたものに戻ったのには安心したのか、顔を上げる。


「あんまいじめちゃダメだよ、グラフィラ。ズーハオは今やっと歩き始めたんだ。転ばせちゃ駄目だよ」

「ふん、お主はあやつに甘いの」


 だがいつもの調子でニコニコそう笑う少年を見て余裕が戻ってきたことで、少年が青年を庇っていることをじわじわと実感し、グラフィラは小さな拳を握る。


「うんズーハオのこと好きだからね! でもグラフィラのことが好きなのも変わらないよ!」

 その拳をサドマは両手で掴む。


「な、なんじゃ急に」

「大丈夫だよ。大切な人が変わる訳じゃなくて、増えてるって話なの! グラフィラは独りぼっちにならないよ」


  戸惑うグラフィラはサドマにそう笑いかけられ、泣き出しそうになる。

 雑種の少年はいつも人を見透かす。


「大切な人が取られるんじゃなくて、増えるんだよ。みんなが仲良くできるとはおいらも思っちゃいないよ。でも、おいらはグラフィラとズーハオは似た者同士だから仲良くなれるって思っちゃうんだ」


 グラフィラの一際強い不安も、ズーハオの罪悪感も、すべて感じとった上でサドマは大丈夫だと笑うのだ。


「は、たわけ。妾とあやつが似てる訳がないじゃろうに」


 掴んでくる手を振り払うと連邦のシゾヴァ族の生き残りはさっさと先に行ってしまう。


 振り払われた側の方はといえば、少し驚いたものの、横を追い抜かした彼女の顔が穏やかだったのを見て、灰色の尻尾を揺らす。


「似てるよ。ズーハオもグラフィラもどっちも寂しがり屋だもの。ううん違う、おいらも寂しがり屋なの。……みーんな寂しがり屋だから、誰かといたくて、一人が怖くて、失いたくなくて、奪われたくなくて、仕方ないんだよ」


 そうサドマは小舟が流れてきた上流の方や、自分達が通ってきた道を見回した後、グラフィラやズーハオのことを追いかけに行った。




  ――川沿いの道に人影が無くなったのを赤い瞳で確認し、角から様子を伺っていた少年は安堵する。


「もう人はいなくなったから、デアーグ行くぞ」


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