鍵9‐2 緑と赤のバケモノ達(第一章の後ごろ)
引き続きデアーグ視点です。
「……まぁ、シグリ様の影響もあんな」
緑の公爵家、シュトックハウゼン家の長女、シグリ・レトガー・シュトックハウゼン。
彼女の名前を知らない者は貴族にはいないだろう。
緑系統から王妃が二連続出てることから彼女が次期王妃になることはなく、四つの侯爵家、おそらくヴァルダー家に嫁ぐことになるだろうけれど、時代が時代なら次期王妃になれる人物だった。
俺らとしてはそっちの方が都合が良かったんだけどぉ、今は亡き第二王妃の所為で無理なんだよねぇ。
本当、黄の第一王妃も大概とんでもないが、緑の第二王妃も引っ掻き回してくれたものだよねぇ。
ただでさえ対立していた、黄と赤、緑と紫の系統に、黄の第一王妃から生まれた第一王子と、緑の第二王妃が生んだ第二王子という、王位継承可能な母方が系統違いな王子達という火種を与えたんだもの。
そりゃ黄の王妃は大概酷かったらしいが、それでも王は第二王妃なんて迎えるんじゃなかったと思う。
お陰で次に王妃を出すのが、緑はほぼ不可能に、黄も出来るだけ避けた方が良いという空気がある。
となると赤か紫からとなる。紫には公爵令嬢がいるけれど、あれはねぇ……。
赤の公爵である叔父上には子供がいないし、実質公爵令嬢レベルで嫁いで問題がない令嬢がいない。
だから叔父上はエルの存在を伏せてるんだろうねぇ。紫の公爵にでも知られれば確実にエルがそこら辺の事情に巻き込まれること間違いなしだもの。
俺としては問題になったとしても緑の公爵令嬢に第一王子に嫁いで貰いたかったけどねぇ。
でもそれは流石に赤が不利になるのは明白だから、上は緑系統の力を削ぐ方向にしてるんだろうけどねぇ。
だけど削ぐにしてもなんであんな方法にしたのか未だに理解できないよぉ。
あの方法にはほぼデメリットしかなかったし、現実味が無かった。奇跡的にエルが無事だったから良かったけど、もし何かあったら処刑覚悟で関与した連中全員ぶっ殺してたなぁ。
いや、あの時も行こうと思ったけど、兄上が言うに「叔父上の指示にしてはおかしい」ってのことだから、多分他に何かが絡んでるんだろうけどさぁ。
昔っから、エル関係の判断って割とおかしいのが混ざるんだよねぇ、手強いのかなかなか特定できないけど、出来た時には確実に原因を潰す。
エルと兄上に害する存在は俺が排除する。
緑の公爵令嬢、シグリ・レトガー・シュトックハウゼンもその妙な判断に巻き込まれたけれど、目の前の金髪の彼が言うにむしろ巻き込まれて良かったらしい。
別にテウタテスはシグリ嬢に恨みがある訳ではない。むしろ、大切だったらからこその見解みたいだよぉ。
俺はテウタテスがシグリ嬢を大切にするのがよく分からないけれど、それは向こうが俺がエルを大切にするのが分からないと同じだ。
俺にもテウタテスにも大切な大好きな人がいて、周りに理解されなかろうが、おかしいと忠告されようが、間違っていると眉を顰められようが、自分達なりに守ろうとしているだけなんだよねぇ。
俺とテウタテスがやろうとしていることは、きっと多くの奴らには認められない。緑のあのチビもきっと止めにくる。でも、俺もテウタテスも止まらないよぉ。
「君はシグリ嬢が大好きだねぇ」
俺は女という生き物が嫌いだから、それを愛するのはよく分からないけれど、でもきっとテウタテスのは俺がエルに対して持ってる感情と少し似ているものがあると思う。
――暗い暗い世界の中で初めて目にした光が愛しくて仕方ない。
そんな存在を穢そうとするものを、絶やそうとするものを、憎むのも排除したくなるのも自然なことでしょぉ。
「そ、それもあっけど……この色のお陰でオレ様は両親に憐れまれて反骨精神持ってたお陰で、伯爵家の道具にならずに済んだから。自分の居場所を見つけられたから」
照れたのか別の方向に話を持っていったテウタテスを見て、ここは俺と少し違うかなぁと思った。
俺のエルへの感情は、愛は、そういう方向のものではないからねぇ。そんな青臭くて、恥じるなんて要素はないから。
そういう方向でエルを愛すのは俺にとってもエルにとってもきっと良くないことだしねぇ。
まあでも、テウタテスの感情も結局は無駄になるものだけどね。
貴族の結婚は結局、血筋、家柄、そしてその時期の情勢によって決まるものだからねぇ。
まぁ、義務さえちゃんと果たしていれば誰を想おうが自由だけれど、たまに義務を放棄する輩が出てくる。そういう場合は、当人達だけじゃなくて、他にも被害が出るから厄介なんだよねぇ。
で、家の道具か……貴族に生まれた限り家に振り回される人生なのは何処も変わらない。
さっきの結婚だってそれも一つ。テウタテスは結婚じゃないけど緑系統関係のことで抗おうとしているみたいだけど、俺は道具になることには抗わないよぉ。
だって、俺らはそうじゃないと駄目だって分かってるから。縛りがあるのにも訳があるから。外にも救いが無いって分かってるから。
けどテウタテスにそれを言う気は無い。
だって、口出しされても鬱陶しいだけだもの。
それに、彼の場合は伯爵家が居場所ではなかったというのは正解な気がするから。伯爵家には彼みたいな存在が生まれたのは初めてだったしねぇ。だからこそ異端視される機会も多かった。
「そう……君って本当変わり者だよねぇ。赤の俺とよく話すし、弱者を守らないし」
「だってさぁ、腹たつんだ。緑系の奴らはさ骨の髄まで弱い者を守るって思想が染み付いてるってほざくけどさ、オレ様はそんなん真っ平御免だ。あと、緑の奴らとかはさお前らを異常者扱いするけどさ、こっちも充分異常者なのにバカみてぇだ」
「俺たちの異常性を否定せずに、自分らの異常性を肯定するところが変わってるよねぇ。ま、正直で良いけどねぇ」
だからこそ、学年でビリの成績を取っていようが、俺はテウタテスを馬鹿だと思わない。学力的には残念かもしれないけれど、考え方はばかじゃないもの。
逆にどんなにお勉強が出来ようが、脳に情報だけを記録してるだけだったら意味がないもの。
自分の考えを持たず周りに流されるだけなら、
社会の仕組みや常識、天を疑いもせず呼吸して動いているだけなら、
歯車と一緒じゃない?
俺はそういう奴の方が馬鹿だと思うねぇ。
「お前も正直に認めるもんなぁ。緑の馬鹿どもなんでそれが出来ないんだか……緑の侯爵以上でまともなのって、テレル様くらいしかいねぇよ」
散々貶していた緑のチビ、オリスの双子の弟を褒めたので、俺は不思議に思う。
「確か、バケモノ並には強くない子だよねぇ」
テレル・ドロッセル・レトガーは緑系統の侯爵家の出でありながら、他の上級貴族達ほど強くない。
まぁ、うちでもそういう奴はいるしねぇ。一般人とやらと比べたら頭一つ抜けてるかもしれないけれど、飛び抜けてはいない。人間離れした能力ではない。
だから、バケモノであるテウタテスから見れば彼は弱い人間の部類に入る筈なんだけどねぇ。そして、テウタテスは大の弱者嫌いだ。だからてっきり彼のことを嫌いかと思ってたんだけど違うみたいだねぇ。
「バケモノ並には強くないからまともってのもあるな。小さい頃からあの泣き虫怪力チビ助の側にいんのにメンタル折れねぇし、強者に頼らず自立しようとするし、向上心あるし、弱者を甘やかさねぇし、いやぁ、まともだ。オレ様が思うにあいつが精神的には一番強いしな。まぁ、ある意味一番バケモンかもしれねぇけどオレ様は好きだぜ」
「へぇ、まともなの……じゃあ、よっぽどのことがなければ手は出さないでおくよ」
「あざーす。オレ様もお前らの大切な子にはなんもしねぇから安心しろ。他の奴らは知らねぇがオレ様はあの子にシグリ様のこと感謝してるから」
ヘラっとそう笑ったテウタテスに、俺は苦笑する。
「……キミは緑系どころか貴族らしくもないよねぇ。一応、俺はキミより身分が上なんだけどねぇ」
「はっ、今更だな。お前だって大して気にしてねぇくせに。オレ様はルールや慣例が大嫌いなんでね。不敬罪で訴えてもいいが、逮捕される際には力一杯抵抗してやんよ」
「そんな面倒ごと引き起こさないよぉ」
テウタテスに本気で暴れられたら、被害が甚大だもの。
エルとか兄上だったら鎮圧出来ると思うけれど、俺の力は二人ほど強くない上、ぬいぐるみを通さないと使えない。まぁ、その代わり一度作れば壊されない限り持続性はあるけどねぇ。持ち運ぶのは億劫だし、使おうと思った時以外に人の目に触れた時が厄介だから、色々と不便なんだよねぇ。
「それに、オレ様はそろそろ侯爵家の養子入りの話が出てきた。お前の兄上様と同じくな」
養子入りか。でも兄上とは理由が違うだろうねぇ。
だって、ツァールハイト伯爵家を直轄配下にしているグライナー侯爵家には子息がいるもの。
うちの現ウアタイル公爵家のように、子息も子女もいないから、後継ぎが必要なのとは違う。
「へぇ、やっぱ伯爵家に馬鹿力の持ち主がいると困るの?」
「そういうこった。バケモノ扱い慣れてるとこにバケモノはいた方が良いみてぇだ。ま、オレ様程になればどこにいようが厄介者には変わんねぇよ」
厄介者、そう自分で言う彼は妙にからっとしていた。
「馬鹿力のことはともかく、他のことは修正できると思うけどねぇ?」
「修正して普通とやらになれば、オレ様は一般人とやらに使い潰されるぞ。そんなのごめんだね。オレ様はバケモンだから人間様の言うことなんて聞いてやんねぇの」
テウタテスはいつの間にかポケットの中から緑色の飴玉を取り出して噛み砕く。
「だからオレ様はバケモノを極めてやんだ」
紅蓮色の瞳のバケモノはそう牙をむいた。




