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16 フェイスちゃんと貴族

 

 フェイスちゃんのその言葉からは、オレへの気遣いと、彼女自身の強さを感じた。優しいなぁ、かっけぇなぁ。


「そんなことねぇよ。オレ、フェイスちゃんの先輩なのに、最初から助けられねぇってさじ投げてんだぞ」


 反対にオレは情けねぇな。最初、話聞いた時、あまりのやらかしっぷりに「詰みだ」なんて言い放つくれぇだしな。


「相談乗って下さってる時点で充分助かってますから。それにカイさんには散々お世話になっていますから」

「世話になっているのはオレの方だと思うんだけど。貴重な本、しょっちゅう借りてるし、刺繍付きのハンカチ売ってるし、エルの弁当からおかずもらってるし、一時期から弁当箱の大きさ大きくなってた」


 フェイスちゃんと会って、エルとのゴタゴタ終わった後の、弁当箱が大きくなってた。その上、エルが「苦手なもの、ないよね」って口に押し込んでくるから、一時期からオレの昼メシはパサパサのパンと、フェイスちゃんお手製のおかずだった。


「本は私だけ読んでも勿体ないですし、ハンカチはお陰で収入源増えてありがたいし、弁当は流石に毎日やっすいパンを隣で食べるのエル兄さんが放って置くわけないの分かってるんで、エル兄さんの食べる量減らさない為にもですよ」


 気にするなというようにそう言葉を返すフェイスちゃんは本当いい子だった。エルが大事にしてる子だから当然だけどよ。


「そっか、なんかゴメンな。そういやエルに毎日弁当作るってスゲェな」

「あの人、放っておくと食事抜くんで。しばらく会わない時ほど怖いことはないですよ」


 ああ、ありゃ大変だよな。フェイスちゃんめっちゃ心配してんじゃん。


「学校で倒れたことあるってロキから聞いて心臓に悪かったです。その節は本当にありがとうございます」

  立ち上がって礼をしてみせるフェイスちゃんに慌ててオレも立ち上がる。


「そんなことしなくていいって。それにオレだけじゃねぇしな」

「だけじゃないとなると、他にお世話になった方が?」

「オレ一人じゃ上手に運べなくてさ、通りかかったオリス様が手伝って下さったんだ」

「オリス様って、オリス・ドロッセル・レトガー侯爵子息のことですか?」


 フェイスちゃんが緑の瞳を鋭くしてそう聞く。


「よくフルネーム知ってんな」

「さっき、カイさんが開いたノートに書いてあったので。大層強くて変わり者だそうで」


 オレ、探す時大してオリス様のこと書いてあるページ開けてなかったと思うんだけど、スッゲェ記憶力してんな。まあ、あのエルが教わるくらいだし、数取り10桁ノータイムだしな。


「おう、確かにそうだな。その上、めっちゃ親切だぞ。困ってる時、助けてくれるし……あ、そうだ。フェイスちゃんも良い貴族探してみるとかどうだ?」


 我ながら名案だと思う。オレは平民だから貴族に逆らえねぇけど。同じ貴族同士だったら話が変わることもあるからな。先輩の件も最終的に黄の令嬢に助けて貰ったし、エルが無事に過ごせているのにはレト……じゃなくて、テレル様の存在が大きいからだろうな。オレも何度もレトガー兄弟には救われてるしな。


「いないものを探せと?」

「え?」


 今、とんでもねぇ言葉が聞こえたんだけど。オレが困惑しているのを見て、フェイスちゃんは真っ直ぐオレの目を見て言葉をまた発する。


「だから、いないものを探せと?」

「いや……みんながみんな悪い人の訳じゃねぇからな。良い奴もいるって。現にオレは助けてもらってるし」

「どうせ、人気稼ぎですよ。腹の中で何を企んでるか分かったもんじゃない」


 冷たい声にオレはどう言えばいいのか分からなくなった。


 確かに、オリス様とかはたまに親切すぎて何考えてよく分らねぇとこあっけど、オレは良い人だと思うし、テレル様はちっとキツイけど公平だし、悪い人じゃないと思うんだ。


 結局、良い人悪い人だってのはそう肩書きで決まるもんじゃねぇと思うんだ。


 けど、人気稼ぎを絶対にしてないと言い切れる訳でもねぇけどな。だって、オレには貴族どころかみんなの腹が読めねぇもん。だからフェイスちゃんの言葉を頭ごなしに否定は出来ねぇんだよな。


 でもオレはあの方達を良い人だと思ってる。


「そっか、でもオレはいると思っちまうんだよな。いんのかいないのか分からねぇけど、暇つぶしに探してみたらどうだ?」

「だから、いないものを探しても……」


 そう俯く彼女を見て、なんつーかただ毛嫌いしてんのと違うんだろうなってなんとなく思った。だって、フェイスちゃんは別に悪い子じゃないし、頭が空っぽでもねぇから。


「じゃあ探さなくともいい。疑っててもいい。だけど、先入観ってでっけぇからよ、たまには良い悪いとか貴族平民置いといて、まっさらな目で見てやれよ」

「私の目は偏っていると?」

「悪いけど、オレはそう思っちまうな。まあ、オレが正しいとも言えねぇが、決めつけて行動してると失敗する確率が上がるからよ」


 実際、オレは過去にその手の失敗たくさんしてるし。しねぇようにしても忘れてしちまう時もあるし。最近だと、トラウマもあって好意向けてくる奴全員に酷い対応とっちまってること。


「………………」

「じゃ、じゃあもし助けて貰ったら人気稼ぎかもしれねぇけど実際助かってんだし、ラッキー代として、トゲトゲしさ減らしてもいいんじゃねぇかな?」

「……分かりました。じゃあ気をつけます。その代わり、貴族への愚痴聞いて下さいね」

「おう」


 ちょっと不服そうだけど、まあいっか。


 ***


 翌日の放課後、オレは鶯屋にまたフェイスちゃんと居た。


「くそ! 冷水かけてきやがったあのアホ侯爵子息とその腰巾着!」


 フェイスちゃんの憎憎しげな言葉に、オレは昨日の自分の言葉を思い返して「結構ハードル高いこと言ったな」と後悔する。そりゃあ、冷水かけて来るような奴がいたら、オレみたいなヘラヘラしてる奴ならともかく、フェイスちゃんみたいな子は真っさらに人を見るなんて頭に血が上って無理だわ。つーか、女の子に冷水って酷いことする奴がいたもんだ。


 でも、そんなに思いっきりコップ握りしめると割れちまうから。一旦、落ち着かせた方がいいかな。


「そりゃあ大変だったな。だから、今日着替えてからオレのとこ来たんだな」

「……放課後にやられたんで、ダッシュで帰って着替えてきました。エル兄さんにバレると厄介なんで」


 灰色のシャツに黒のズボンと、相変わらずスカートを履かずに女の子らしくない姿だけど、彼女らしい格好だった。


「でも放課後でまだ良かったな、授業ある時間にやられると厄介だからな」

「ずぶ濡れで私が授業出たら不審に思われますよ。わざわざ先生にバレるようなきっかけ作る馬鹿いないと思います」


 うんまぁ確かにそうなんだけどよ。そんな真顔で存在否定しねぇであげて。


「オレは去年、朝、敷地内の池に突き落とされたぞ」

「それは……なんとも言えませんね」

 呆れのこもった声を聞きながら、オレは更に続ける。


「その後、すぐに先生に見つかってもちろん不審がられた」

「でしょうね」

「だから、誤魔化すの協力した」

「なんでですか⁉︎ おかしいですよ最後……」


 困惑しきった様子のフェイスちゃんに丁度、ハンバーグを置きにきたおじさんも頷く。


「だって、そこで真実言ったところで向こうの敵意が増すのが分かりきってるからよ。『オレが池に足を滑らせて落ちたのを見て心配して下さったんですよ』って先生にそいつへの評価が上がるようなこと言った後、そいつが困惑してる間に洗濯代請求した」

「たくましいねぇ」


 おじさんが感心したようにそう口にするが、オレはそれはちったぁ違うなと思う。


「たくましくはねぇですよ。洗濯代がオレにとって重要だったんです。それに浅い池に突き落とされた所で大した被害はねぇし」

「腹立たないんですか?」

 フェイスちゃんがそう不思議そうにきく。


 こういう質問はたまに寮生やほかの平民の連中にもきかれる。


「少しは立つけど表に出しても状況悪化するだけだからな。理不尽なことする奴はどうしようもないし、命とか後遺症残るもんでもなかったしな。それより洗濯代どうするかが頭にあった」

 

 うちのサドマは幼い頃から雑種というだけで、オレなんかより何十倍何百倍と理不尽で酷い目に遭ってきた。同族を、大切な人たちを、理不尽な理由でたくさん失ってきた。

 そんなあいつが「辛い時はずっと、生き残ることだけ考えてたよ! だからおいらは今ここにいるの!」て笑ってんのをオレは見てきたんだ。人と比べんのはどうかと思うけどよ、サドマのことを思えば池に突き落とされる程度の理不尽は可愛いもんだ。


「洗濯代しか頭に無いんですか……」

「オレはがめついからな」

 

 呆れたように言うフェイスちゃんに、オレはからかうように笑う。


「なんというか冷水であんなキレてた自分が馬鹿みたいです。乾かせばいいだけですし」

「いや、別にその場でキレてねぇならいいんじゃね。風邪引く可能性もあるしよ」

「いいえ、私もそんくらいドンと構えておくべきなんです」

「構えるとかそんなんじゃねぇけどな」


 自分に言い聞かせるように頷く彼女に、オレは頬杖をつきながら答えた。単にオレは反抗するとかそういう気概がねぇだけだ。


 ***


 その後もフェイスちゃんから愚痴を聞いたり、相談を受けたりした。その度にエルが「なんで、カイなのさ」と拗ねるもんだからめんどくさかった。それどころかフェイスちゃんにまで「ぼくも一緒に聞いてちゃダメ?」と何度も聞いてくるそうだ。ほんと、シスコンだなぁ。


 鶯屋の店主のおじさんどころか、常連客にまで顔を覚えられたし。ちなみに外食しょっちゅうして財布に悪いなとは思うけど、フェイスちゃんには刺繍付きハンカチとかで随分と稼がせてもらってるからな。それに、一時はヒヤヒヤしながら聞いてたこの相談や愚痴だが、その内面白い方向になってきたから、聞いてて面白い。フェイスちゃんはマジなんだがな。


「なんで、なんで、あの二人はあんなキラキラした目をして私に構うんだ!」

「良かったじゃん。仲良くなれて」

「な、仲良くぅ? 普通、私みたいな存在目障りで仕方ないでしょうが! 入学試験は勿論、他のペーパーテストでも、それどころか菖蒲戦で、勝負方法はあれですけど、私が勝ってるんですよ⁉︎」


 フェイスちゃんは混乱しているのか、そう早口でまくしたてるけど、言葉の内容スッゲェ自慢みてぇだぞ。本人はその気はねぇだろうけど。


「オレも菖蒲戦申し込まれたと聞いた時にゃあ、そんな仲良くなるとは思わなかったけどな」

「カイさんに、勝負方法おかしなもんにすれば取り下げるかもって言われたから、ペーパーテストじゃなくて料理と刺繍にしたのにっ」


 思い出したのか、肘をついてがっくし俯く彼女が、オレは面白くて仕方なかった。いや、この場合は彼女だけではなく彼女を現在困惑させてる二人もだ。


「大貴族の坊ちゃん達なのに受諾して、真面目に挑んでくんだもんなー」

「バカ真面目に練習してきたのか料理は素人感強かったけど普通に美味しかったし、刺繍はセンスを除けばよかったし。おまけに、ハマったのか紫の坊ちゃん未だに授業間の休みに『精神統一だ』とか言って刺繍してるし!」

「ぶはっ」


 公爵家の坊ちゃんが料理と刺繍をしている姿を思い浮かべ、笑ってしまう。フェイスちゃんとあの二人の菖蒲戦は内密に行われたらしいからな、現場が見られなくて残念だが、話を聞くだけでもおかしなことが起こってるのが分かる。


「良い方たちじゃん」

「良い悪いじゃなくて、箱入りな上、子供なんですよ二人とも。好奇心旺盛なもんだから困る……それか裏がある」


 その声には呆れと困惑こそあるものの、以前フェイスちゃんが貴族に関することで語る時にあったトゲトゲしさは減っていた。裏があるとか言って疑ってはまだいるけど。


「その好奇心の対象がフェイスちゃんと言う訳か。いいじゃん、そのまま諦めて仲良くなっちまえよ」

「貴族と平民に仲良くもクソも無いですよ……でも冷たくするとか立場的にも心理的にもしづらい」

「ありゃりゃどうしてだ?」

「素っ気なく話すと、怒るんじゃなくて、二人ともしゅんとするんですよ。『何かしてしまったか?』って。貴族だって分かってても、罪悪感が半端ないし、周りの視線も刺さる……」


 緑と紫の公爵子息は随分と可愛らしい性格をしているみてぇだな。まあ、あの二人の噂は良いもんが多いしな。話を聞く限り、平民の一般男子でもなかなか見かけないくらいの純粋っぷりだ。

 菖蒲戦挑まれる前とかも、フェイスちゃんが嫌がらせ受けてんのに出くわして止めたりとかもしてくれたみたいだし。まあ、その止めたのに関してフェイスちゃんは「貴族に助けられたくないし、あの二人程の地位がある奴に構われると反感買うから迷惑だ」とか仰っていましたけど。


  フェイスちゃん、貴族関連となると基本ひねくれた受け取り方するし、反抗的な態度を取るからな。ま、それも最近、その二人に関しては緩和はされてきてるけどな。


「可哀想だな。仲良くしろよ。フェイスちゃんは頑固だなぁ」

「くっ、カイさんの意地悪! 最初はあんま関わらないことを勧めてたのに」

「だって、向こうから来るんじゃ避けようはねぇだろ。それにフェイスちゃんだってその二人は悪い奴じゃねぇって思ってんだろ」


 彼女の根底には貴族=悪いっていう式が何故か成り立っている。でもオレはその式は間違ってるって思うんだ。彼女の中でもそれは確固たるものではなく、だから今こんなに二人に振り回されているのだと思う。


「さ、さぁ? ……箱入りっぷりにムカつきますけどね! いかにも今まで平穏で綺麗なものに囲まれて人生送ってきましたって感じで!」


 オレの言葉に対しフェイスちゃんは唸ったかと思うと、そう机を叩く。荒れてんなぁ。でも否定はしてねぇから心底悪い奴とは思ってなさそうだ。



  ***


「だから、なんでこうなるんですか! 普通こうなります?」


 二人で机上に広げたトーナメント表を見て項垂れる。


「え? なんでフェイスちゃん、緑の公爵子息と組んでんだ?」

「成り行きですかね……」


 どんな成り行きで、緑系統の中でも最強って言われている、アルフレッド・レトガー・シュトックハウゼン公爵子息と、首席とはいえ平民の女の子が武闘大会のペアを組むことになんだよ。お陰でオレと同様、武闘大会の本戦に出ることになっちまってるし。一年の予選が終わって、来週に本戦開始だ。


「エルに止められなかったのかよ」

「エル兄さんはむしろ嬉しそうでした」


 つまり、エルから見れば良い奴だったのか。何で判断してんだあいつ。全く分からん。


 あー、トーナメント表見てるだけで憂鬱なんだけど。みんな何かしら有名な実力者ばっかなんだけど。オレとフェイスちゃんの名前が完全に浮いてる……とはいっても、オレ、一年のことは緑と紫の公爵子息もことしか知らな――は? 嘘だろ。


「ヘススくんとビトくんもか……」

「どうかしましたか?」


 思わず口にしたオレの言葉にフェイスちゃんが反応するもんだから「オレの寮の同室者も本戦までいった」と言う。


「……カイさん、何か仕組みました?」

「仕組んでねぇわ!」



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