15 似た者同士
昼休みいつもより遅くエルと合流してなんか聞かれるかなとビビってたけど、そんなことは無かった。
「カイ、フェイスがカイと、ぼくにじゃなくて、カイに放課後相談があるんだってさ」
オレがいない間にフェイスちゃんと会ってたみたいで、オレが来るなりそう不満げに言ってきた。理不尽だろ。
相変わらず重度のシスコンだった。
今日はそのシスコンっぷりに救われたけどよ。
シスコン万歳。普段のエルの調子だったら見抜かれてたかもしれねぇかんな。意図せず偶然のことだろうけど、フェイスちゃん、ありがとう。
そんな訳で、放課後オレはフェイスちゃんと『鶯屋』に来ていた。
オレとフェイスちゃんが初めて会った場所、もといエルさんが色々やらかした店だ。飲み屋に子供だけってどうかと思うけどよ、まだ昼間だし、フェイスちゃんと店主のおっさんが仲良いから割引してくれるんだとよ。
「カイさん、クラス全員の記憶を消去したいんです」
メニュー頼んで早々にこの発言だぞ。
記憶消去なんて発想、どうすりゃ出てくんだよ。話し始めから物騒だな。どうすりゃ良いんだ。だけど、緑の瞳はどこまでも本気だ。それと、なんだろうな顔色が悪い。
「それは相談されても困る。何やっちまったんだ」
生憎、オレは当たり前だが記憶を消去できるなんてとんでもねぇ力を持ってねぇんだよ。
「え、えっと、貴族に喧嘩を売りました」
「おめでとう。見事な詰みだ」
薄情かもしれんが、オレにはそれしか言えねぇよ。
平民ならまだしも、貴族は管轄外だ。まだ、オレよりエルの方が可能性あっただろう。
「知ってます。だけど、詰む訳にはいかないんです」
「だろうな。何があったんだ?」
なんも出来ねぇだろうけど、話は聞いておくか。
フェイスちゃん相談する人選盛大に間違ってると思うけどな。
「貴族のボンボンどもだからどうせ私の存在排除したいだろうなって思ってたのでそこは何言われても別に気にして無かったんですよ。クズが鳴いてるなって感じで。だけど、エル兄さんのことを馬鹿にされましてね。つい、生徒規則で論破しました」
あー、それは確かにやらかしたな。最初の方は我慢してたけど、エルのことでドカンと来たと。フェイスちゃんもフェイスちゃんでブラコンだよな。あと、オレに言えたこっちゃねぇけど口が結構悪い。
「入学式翌日にやることではねぇな。特にフェイスちゃんは首席取ってるから公爵子息からも反感買ってるかもしれねぇのに」
入学式の後の新入生っつーか、学校全体がひっくり返ったみたいに大騒ぎだったかんな。平民のしかも女の子が、優秀な公爵子息二人を差し置いて首席合格だからな。そこで騒ぎを起こせば、火に油だ。
少なくともしばらくは大人しくしておくべきだった。貴族に本気で敵意向けられたら、オレら平民なんてちょちょいのちょいだ。
「流石にそこには喧嘩売ってないです。そもそも向こうも突っかかって来ませんでしたし。珍獣見るような目では見てきますけど」
「そりゃあ、そうだろうな。オレも変わってるとは思ってるし」
なんなら最初、エルから聞いた時はやめさせろって言ったくらいだしな。まあ、そういうのは言うとややこしくなるだろうから、やめておく。もしかして、エルが言ってるかもしれねぇしな。
「そうですか。ま、ともかく向こうは所詮貴族なんでいつ敵意に変わるか分かりませんけどね」
「まあでも、案外良い奴かもしれねぇし、その二人はオレの杞憂かもな」
受付やった時に会ったけど、二人とも悪い感じはしなかったし。まあ、自信ありげにどちらが首席かとか話してたから鼻っぱしはおられちまって複雑だろうけど。
特に緑の方はなんとなくさ、あのオリス様やテレル様がいる緑系統だから大丈夫なんじゃねぇかって思う。
「杞憂じゃないですよカイさん。貴族にはろくな奴がいませんから」
「……それは少し言い過ぎじゃねぇか? ま、今日はフェイスちゃんトラブルあったから仕方ねぇけどな。良い奴もいるかもしれねぇよ」
励ますようにそう言えば「頭がお花畑ですね」と返された。んん? フェイスちゃんちょっとお口が悪いぞ。
「オレは現実主義者だぞ」
「現実主義者はエル兄さんみたいな人のことを指すんですよ」
「あいつはそんなんじゃねぇ。あいつもそれなりにお花畑思考だったりする時あるし、たまに現実主義どころか自分のせいにしすぎて大丈夫かってなるし……あの、フェイスちゃん、なんでオレの顔そんな凝視スルンデスカ……」
頬杖をつきながらでも、まじまじと自分の顔を見られてオレは動揺する。
「羨ましいなって思って、つい」
「羨ましいって何が?」
「カイさんは私の知らないエル兄さんの顔を見られるんだろうなって、エル兄さんは私やロキに弱味とか欠点とか見せないんで」
少し拗ねたように彼女は言う。エルのことだから確かにそういうことしそうだよな。以前も、ぶっ倒れたことフェイスちゃんやロキくんが知らなかったし。カッコ悪いところ見せたくねぇとかか?
「思春期なんじゃね? 思春期」
「エ、エル兄さんに思春期?」
首を傾げてやるな。あいつだってただのガキだからな。
「エルくんに思春期⁉︎」
なんで水置きに来た店主のおじさんまで驚いてんだよ。驚いたせいか水少し溢れてるし。あいつ、普段どんなふうに生きてんだ?
「ほらカッコ悪い真似見せたくねぇってやつ」
「そう言われると確かにそうですね……わぁ、びっくり」
「エルくんはどこか浮世離れしてるからねぇ。気づきにくいもんだ」
「損してんだか得してねぇんだか、よくわかんねぇなあいつは」
そう言いながらテーブルに置いてあった付近で溢れた水をふく。
「そう言うカイくんは今、思春期かい?」
「おじさん、そういうのって本人に聞くもんじゃねぇです。ま、オレの場合はカッコ悪い真似見せまいとしても見られることが多くなるだろうし、諦めて最初から無様に生きてると思いますけど」
エルみたいにスペック高い訳じゃねぇしな。
「自分で無様とか言っちゃいます?」
フェイスちゃんの一言が心に痛い。だって実際そうなんだから仕方ねぇだろ。
「まあでも、カイさんがそうだからエル兄さんもそう言う面を見してくれるのかな……」
「あいつは意地っ張りの見栄っ張りだからな。すぐ誤魔化す、すぐ隠す、すぐ話を逸らす」
お陰で今まで散々苦労した。退学騒動の時は訳が分からなかった。て、あれ? なんでエルのこと話してんのにフェイスちゃんが顔を背けてんだ。
オレの困惑する姿を見かねて、おじさんが苦笑いをする。
「フェイスちゃんも結構意地張るからねぇ。今、エルくんじゃなくて、カイくんを相談相手にしてるのもその証拠じゃないかな?」
「なるほど」
大好きなエルの前でカッコ悪いとこ知られたくなかったのか。血は繋がってねぇけど、そういうとこは似てんだな。面白ぇの。
つーことは、思春期うんぬんじゃなくて、二人ともすっげぇ意地っ張りで周りに心配させまいって頑張っちゃう質かもしんねぇな。
「い、今はそんなことどうでもいいんです。カイさん相談の続き!」
「すぐ話を逸らーす」
「おじさんは仕事に戻って下さいよ!」
図星なのかそう慌てて言うフェイスちゃんに、軍の学校に入ってペーパーテスト首席取っちゃうような子だけど、やっぱ一歳下の女の子なんだなって思う。
「ちょっと、何ニヤニヤしてんですか」
「んー、別に。で、相談ってなんだっけ?」
話が逸れまくってなんの相談だったか忘れちまったんだよな。フェイスちゃんもそれを分かったのか、素直に教えてくれる。
「貴族に喧嘩というか、論破しました」
「改めて聞くと、やっべぇな。相手どこのどいつだ?」
「赤のザンクツィーオン侯爵家の次男ですね」
「ふーん、ちょっとまってて」
そう断ると自分の鞄の中から、貴族関係の噂とか整理してあるノートを取り出して開く。貴族様は色々と制度がややこしいからな。頭だけで覚えておくのがダリぃっつーか、出来ねぇ。
「あ、この家って別に戦闘関係ねぇのな。赤だとマイスター侯爵家とその配下はこの学校来ること多いんだけどな。それでもねぇや。次男だからか?」
「カイさん、意外とマメなんですね。字は私と同じくらい汚いですけど」
広げたノートを見ながらフェイスちゃんがそう関心したように言う。色々と余計な言葉があるけどな。そして、字についてはオレをこき下ろすのか自虐するのかどちらかにしてくれ反応に困る。
そんなんで他のクラスメイトや先生の名前も聞いて、ノートを確認してオレは思った。これは、最初に思ったよりは悪くねぇ状況だ。
「担任がこの先生で他のメンツがこれなら、そこまでやばいことにならないと思うぞ」
「本当ですか?」
「おう、この先生はちっと真面目すぎて煙たがれることあっけど、不正とかいじめとかに気づいたらだけど止めてくれるぞ」
「平民出身ですか?」
「いんや、紫の子爵家の出らしいけど」
そう口にした途端、彼女の顔が曇る。ううん? どう言う訳だ?
「貴族ですか……」
「フェイスちゃん、貴族嫌い?」
薄々思ってはいたことを口にすれば、「貴族を好きという平民はあまりいないと思いますが?」と微笑まれる。なんつーか違和感。一般的な平民が持つ貴族への苦手意識とはどっか違うんだよな。貴族のこと話してる時にはトゲトゲしさが凄まじいし。
「まぁ、そうだろうけど。なんつーか、敵意が結構ある気がすんだよな」
そう言って水を口にする。
「まぁ、そうですね……嫌いです」
やっぱそうか。でも、そんなんなら、わざわざ貴族だらけのクラスに入らなければ良かったのにな。あ、だけど手を抜くとかそういうのが頭に出てこない真面目な子の可能性もあるな。
「そっか……じゃあ、尚更目立つ真似は避けた方がいいな。目立つと絡まれる率が上がるかんな」
「もう、目立っているのは……」
「そこは諦めろ。オレでさえ平民のCクラスで目立ったからな、エルもすげかったし。フェイスちゃんはもう目立っちまうのは当然だ。けど、貴族への敵意は持ってても表に出すな」
出しても危険な目に遭うだけだ。貴族は平民なんてどうにでもできっからな。
「一回表に出た場合は?」
「じゃあ、二度と表に出すな。後でオレに愚痴っていいからよ。目の前で言ったら下手したら死んじまうぞ。悪いけど、オレには力がねぇからよ、そういう時には流石に助けらんねぇからさ」
先輩、前寮長の時、オレは手も足どころか、声も出せずに、震えて泣くことしか出来なかった。
逆らったら最期っていうような、自分勝手で強大な権力を持つ貴族が世の中にはいるからさ。
オレはそういう奴と対峙した時、命をかけてだなんて大層な真似が出来ねぇんだ。
我が身可愛さで大人しく従って、大事な人が傷ついても見て見ぬふりして、理不尽が通り過ぎるのを待つしか出来ねぇんだ。
オレ、臆病だから。オレ、弱いから。オレ、何も出来ねぇから。
「分かりました、気をつけます。それに……そんな顔しなくていいですよカイさん。私が貴族に何かされても、それは私の爪の甘さと、実際害を与える貴族の所為ですから。こうやって相談にのって下さっている時点で助けられてますよ」




