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6 ついていけない

 

「ぼくは男だ。てめぇらみたいな**野郎は、どうせこれからも**で**なことしかしねぇから、二人まとめて去勢してやる」

 学校の奴らが聞いたら耳を疑うような言動でエルは宣告する。


 エルの見た目でそんな下品な言葉言うとは思わなくて、目の前のことなのに現実感がない。つーかききたくなかった。


 顔も美人系ということもあって、険しいその顔を見ただけでぞくりとする。普段優しげな顔しか見てないから、初めて見るその表情に釘付けになってしまう。滅茶苦茶怖いのに目が離せねぇ。あれだ小さい頃、夜の神殿に忍び込んだ時に感じたあの感じ。


 なんだろう。エルは同年代の中でも細身で、そこまで強いとは思えねぇけど、オレの中には何故かエルがこいつらに勝つという確信ができつつある。




 そして、それはたった数分後に証明されてしまった。


「カイ、さっきのナイフ返してもらえる?」

 泡を吹いて倒れた男二人を無情に踏みつけながら、エルは淡々とナイフを要求をする。しかし、もうこんなに相手を完膚無きまでに叩きのめしてるのに、これ以上何をする気だこいつ。


「まて、お前なんに使うけつもりだ」

「切り落とす」

「な、何を?」

「ナニを」


 聞いただけでも心臓が縮んだ。

 ナイフは絶対返すわけにはいかなくなった。


 お前、それ最凶最悪だろ。クズとはいえ同じ男になんつー仕打ちを。最初から宣言してたけど流石に冗談にしとけ。


「ぜってぇ渡さねぇ」

「カイは優しいね。さっき手首掴まれたってのにね。あとでちゃんと洗おうね」

「オレの精神的にもよくねぇんだよ!」


 そう叫べば、エルは目を二、三度パチクリさせた後、ふわりと笑う。


「そっか、じゃあ止めとくよ。はやく行かなきゃ門限に間に合わないしね」

「変わり身えげつねぇ……」

「そんなに怖がらないでよ」


 無理だ。去勢を容赦なく同性に行おうとする奴にびびらねぇ訳がねぇ。それでも友達だから離れる気はねぇけど、心を落ち着ける時間くらいは欲しい。


「……やりすぎなんだよお前。あれ、訴えられても正当防衛とは言い切れねぇぞ。で、どっちだ?」


 この場にそのままいるのもなんなのでエルに道を聞けば、彼の腕を引っ掴んでこの場から離れる。細ぇな、よくこの腕であんな真似できんな。


「裏の人間がぼくみたいな子供に負けたって? 不名誉だからわざわざ騒ぎ立てないと思うよ。それにあいつらは前科が多いし。既に何人かが犯されてる。クズに男でいる権利はないと思わない?」


 そういう問題じゃねぇよと突っ込むのでさえ馬鹿らしかった。エルの奴、見た目は優男なのにとんでもねぇ。つーか、前科うんぬんはなんで知ってんだ。


「お前、喧嘩慣れしてんのな」

「まあ、人並みにはね」

「あれは人並みって言わねえっ!」


 筋力的にも体格的にも圧倒的に不利だったのに、エルは大した怪我なく勝った。おそらく技術力が秀でてるんだろうけど、大男が投げ飛ばされているのは目を見張った。あと、急所を狙うのも恐ろしく正確で躊躇も一切なかった。相手を予測して避けるのも無駄がなかったし、これで人並みはふざけてる。


「お前、学校で強いこと示せば手を出そうとする奴ら減るんじゃねぇ?」

「いやでも悪いことしてる訳じゃないし。それにやらかしてくる人は貴族だから暴力沙汰には出来ないよ」


 まあ、そうだな平民連中はなんだかんだで本気で嫌がればほとんど引き下がるし、貴族に喧嘩売るのは自滅同然だ。それに下手すりゃエルのあの怒り顔、綺麗すぎて目覚める奴まで出てきそうだ。エルくらい美人だと本人の意思関係なく、何しても目を奪っていくからな。


「お前、大変だよな」

「カイも同じような立場だけど?」

「オレは貴族受けしないから、本当の意味で危機的状況になったことねぇの。同じ平民相手ならぶん殴ってやれるし、まだマシな方だって最近思った。お前、綺麗すぎてまじ危ねぇ」

「そう言われても複雑だな。ぼく美人とか綺麗よりかっこいいって言われたいのに」


 そう不満を口にするエルの顔を横目で伺う。相変わらず美人。揺るぎないくらい美人。美形という言い方ではしっくりこない。美人がやっぱり一番しっくりくる。

 まあでも、オレもあんまかっこいいとか言われないし、下手すりゃ可愛いとか言われるから気持ちは分からなくもない。なんて言えばいいかわからねぇけど、男扱いされてない感じがしてモヤモヤするんだ。オレでもそう感じるんだエルは相当なものだろう。

 

「でも、まあお前性格イケメンだし、喧嘩強ぇし。話し方の割に結構肝座ってるから、中身は男前だよ」

「カイは優しいね。ぼくもカイの真っ直ぐさは羨ましいくらいかっこいいと思うよ」

 細められた紅茶色の瞳は蕩けるかと思うくらい優しかった。


 一見心配になるほど頼りなさげなのに、いつもしっかり構えている。貴族相手にも礼儀はあるものの結構ズケズケ言うところも度胸がある。でもやっぱどこか不安定にも感じて、掴み所がない奴だ。


「まっ、これから知ってけばいいかな」

「え、何?」

「んにゃ、独り言だから気にすんな」


 ***


 最近分かったことがある。


 エルは女みたいとか言われたり、弱いもの扱いされることが嫌いだ。


 友達として手伝ったりするのは気にしねぇけど、下心がある奴とかが手を貸そうとすればやんわりと断る。だいたいそういう奴らって、エルの見た目で重いものとか持てねぇとか思ってるのが分かる。


 細身に見えてエルは全く力がないわけでもねぇし、なんなら筋トレとかもしてるみたいだ。あと小さくて白い手のくせして剣だこもある。オレと同様筋肉がつきづらい体質のみてぇだ。平均まではいかないけど、それでも持てるもんは自分でやりたいのだろう。

 たぶん、オレの教室までの迎えも自分の為じゃなくて、心配するオレを安心させるために許容したんだと思う。


 ふわふわした様子とは裏腹に自衛能力は高い。喧嘩に至ってはならず者二人相手に圧勝してた。でも、体力や身体能力はそこまで飛び抜けて高い訳ではない。うちの学校は軍の学校だけあって体力馬鹿や筋肉だるま共がたくさんいるからな。やっぱり体を使う技術が飛び抜けてんだな。オレもそこまで力ない方だし今度護身術でも教えて貰おう。


 そうそう、件の赤の伯爵子息は自主退学したらしい。

 緑のあのレトガー様がなんとかしたのかと思いきや、タイミングが早すぎるからたぶん違ぇ。レトガー様が侯爵家といえど系統の違う赤系の伯爵家のものをすぐにどうにか出来るとは思えねぇ。と思ったら当人も「先を越された」と悔しげに舌打ちをしていたのを今日の昼時に見かけたのでビンゴだ。


 で、結局どこが退学に追い込んだのかは、はっきり言って分からん。

 醜聞に耐えきれず緑と紫がついに介入したとか、黄色の看護科の公爵令嬢が目障りで消したとか、振られたショックで本当に本人の意思で退学したとか、赤の公爵から退学するように圧力かかったとか、様々な噂が飛び交っている。でも後者の二つに限ってはありえねぇと思うけどな。


「キルマー、問三を解け」


 ああ、そういえば授業中だったっけ。平民の見下しが強めの教師の授業だったから、現実逃避してしまった。で、その問三を見てみれば、まだ授業でやってない所だ。


 こんの野郎、オレが平民だからってわざと習ってないとこ当てやがったな。陰湿っていうか面倒くさいことしやがって。クラスメイトの何人かもニヤニヤとこちらを見てくる。まあ、反対に下らないことしてる教師を白い目で見てる奴もいるがな。


 この手のことは結構あるし、もう慣れてる。やってる方は飽きねぇのか?

 でも、まあ今はぼーっとしてたのもあるし、それへの罰と思っときゃいいか。


 しかし、残念だったな。オレ、この問題解けるんだわ。


 言われた通りに解いて見せれば、向こうは「正解だ」と苦虫を潰したような顔でいった。あいにく経済系は得意分野なんだ。商人の息子なんだし、そもそもここに入ったのも図書館を利用する為っていうのがあるからな。経済系だったら教科書に載ってる問題なら全部解ける。経済系以外は基本平均のちょい上程度だ。経済系ほどまでじゃないけど結構取れる教科や平均を下回る苦手な教科も多少はあるけどな。


 授業終了も近かったようで、それから大した時間も経たずに終わった。

 なんとも微妙な空気の教室にいるのも面倒で、後ろから出ようと扉を開ければ「おい、キルマー」とレトガー様がいらしてた。


 反射的に扉を閉めようとしてしまうが、無礼なので踏み止まる。

 後ろでクラスメイト達が高貴な来訪者にざわざわとしているが知ったこっちゃない。今は目の前のこの人物に無礼を働かないように集中しろ。


「な、なんでしょうか?」


 たじたじになりながら言えば、ふんっと傲慢な態度を取られる。用件聞いてるんだから答えて欲しい。


「来い」

 一単語だけ言って歩き出した。


 これはついてこいってことだろうけど、分かりづれぇ。この方のことだから告白とかそういう面倒なことじゃねぇだろうけど、他の意味で面倒ごとに巻き込まれそうってか、既にこの方といることでオレが目立って仕方ねぇ。


 かといって、ついていかなかったら後が怖い。普通に貴族相手だからって言うのもあるけど、オレは純粋にレトガー様自身も怖ぇ。

 階段を降りて、硬い材質の一階の廊下を歩く。大きなガラスから差し込む光に反射して少し眩しい。


「あの、エルラフリートなら今日は休みですが」

「同じクラスのボクがそれを知らない訳がないだろう。この無能めが」


 このことか? と思い当たった事がぴしゃりと否定される。いや、ほんと何のようでしょうか。オレと貴方様だとエル以外に接点がねぇんですけど。そしてそのエルはと言えば、体調不良で休みだった。


 周りに人の気配がなくなった所で彼は足を止め、こちらを向く。何これ、脅迫でもされんのオレ。


「お前、赤のバカ子息の時、現場を見たそうだな」


 あ、やっぱりエル関係だった。だけど、赤の伯爵子息はもう自主退学済みなのに、なんでわざわざほじくり返してるんだ。


「現場っていうか、まあ最初に見つけたのはオレですね」

「どういう状況だった」

「どうって、倉庫に着いたらエルは無傷で、奴らは眠ってました」


 今、思い返しても不思議な光景だ。エルが被害者にならなかったのは良いことだが、先輩の時みたいに周りに抵抗した跡も残ってなく、ただエルは無事だった。なんなら奴らにも傷一つなかった。かなり不自然な現場だったんだよな。


「何故、眠っていた?」

「分かりません。でも、外傷はお互いなかったので薬でも使ったのではとオレは思いました」

「貴様の感想は聞いてない。質問を変える、エルラフリートは何を言っていた」


 鋭い口調で問われる。エルは何を言っていたか? そんなの一日とか二日前の話じゃないんだから覚えてられねぇよと思ったが、エルの言動があまりにもふざけてたので記憶に残っていたものを口にする。


「『子守唄を歌ったら眠っちゃった』と言ってましたね。すいません、このくらいしか覚えていません」

「いや、いい……それで充分だ」


 何やら納得したようだが、こっちとしては意味が分からねぇ。いきなり人気のない所に連れ出されて、この前の事件のことを聞かれたと思ったら急に納得されて、置いてけぼりにも程があんだろ。


「エルラフリートに何かあったのでしょうか?」


 これくらいは流石に聞いてもいいだろうとかなり勇気を振り絞って質問をすれば、レトガー様は空色の瞳でこちらを見た。


「いや、今更なにかあった訳ではない」

 その言葉の真意をオレにはどうも掴めなかった。でも平民のオレの問いに答えてくたんだから、やっぱ悪いやつじゃねぇな。


 そのままオレの横を通り過ぎたレトガー様が、何を考えているのかオレには見当もつかなくて、それが悔しかった。


 なあ、あんたはエルの何を知っているんだ?


 


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