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13 おかしいだろ

 

「……なにそれ」

「あー、そんな深刻にならんで大丈夫だぞ。絡まれるって言っても軽い奴だから問題ねぇよ」


 綺麗な顔がオレの所為で険しくなっているのが嫌で、そう言ってみるが効果はねぇ。むしろどんどん険しくなっていくばかりだ。


「なんでカイだけがされるの」

「オレに実力がねぇからだろ。ペアが強いから勝ち上がっちゃったんだから、妬まれんのはまあしゃあねぇよ。だから、お前は気にすんなよ」

「気にすんなって、やっぱりこれってぼくの所為でしょう?」

「はぁ?」


 何、トンチンカンなことを言いだしてんだこいつ。エルの所為ってそりゃねぇよ。もしオレの立場でエルに文句を言おうもんなら、オレ、この学校のほとんど敵に回すぞ。


「ぼくの考えが浅いからカイが絡まれる羽目になったんだよ? しかも、それに気づかないでいたんだよ? クズじゃん」

「自虐的過ぎんだろ。そりゃねぇよ」


 何そのネガティヴっぷり。この調子だと天気が悪いのも自分の所為だとかその内言い出すんじゃねぇか?


「ああまたやっちゃったよ。結局ぼくはカイに害しか与えてない。何かしようとしても裏目に出る。ぼくが未熟だか――ふえっ」


 次から次へと自分への毒しか吐かないエルの頰を思いっきり引っ張る。


「そりゃねぇって言ってんだろうが、アホが。オレの実力の無さと絡んでくる奴の僻みが原因であって、お前はなんも悪くねぇよ」


 どうして自分ばかりに責任を背負おうとすんだよ。どう考えてもお前の所為じゃねぇことまで背負いこんだらお前自責のし過ぎで大変なことになっちまうぞ。


 エルはその言葉を肯定することはなかった。頬っぺた引っ張ったままなのもどうかと思ってオレが手を離せば「カイは優しいね。綺麗だね」と笑って見せたのだからタチが悪い。


 ちげぇよ。なんでオレのことを賞賛するんだよ。

 オレは褒められるような内容じゃなく、当たり前のこと言っただけだ。なのに、なんでお前はそれをオレの優しさだとか綺麗さだとかに変換して、まともに受けとらねぇんだよ。


「だからエルの所為じゃねぇっつってんだろ、オリス様もそう思いますよね?」

 オレの言葉だけでは届かねぇから、オリス様に無礼かもしれないが同意を求める。


「まー、確かにエルくんは自分を責め過ぎだねー」

「ですよね!」


 その言葉にオレはほっとしながら同意する。けれど、オリス様は余計にもそのあとに言葉を重ねたのだ。


「でも、カイくんの気づけなかったのはどうかと思ったけどね。強者には弱者を守る義務があるよ」

 間延びしない口調で彼はそう言った。


「ですよね。ごめんね、カイ」

「ちょ、え、なんで、おかしいだろ!」


 頭を下げてきたエルと、貴族相手にどうかと思うがオリス様に対して抗議の声を上げる。


 まさか、オリス様がそんなことを言うとは思わなかった。気づけなかったって、オレは知らせる気は無かったし、エルといる時にそういう奴らは近づいてこなかったんだから、当然だろ。


「おかしくないよー。ね、エルくん」

「はい。ごめんね、カイ気づかなくて、守れなくて」


 そうじゃねぇ。そうじゃねぇ。


 オレが思っていた展開とは全然違う方向に話が進んだ。援護してもらうつもりが、まさかの刺客だった。これって、オレがおかしいのか? なんか、2:1だとオレの方がおかしいみたいに思えてくる。


 でも、周りでたまに立ち止まってこっちを伺ってる奴らは、微妙な顔してるから、たぶんオレがおかしい訳じゃない。



 ***



 そんな朝の出来事に頭を悩ませていたのもあって、注意力が散漫になっていたのだろう、午前終わりの実技授業の片付け中に、武器倉庫に閉じ込められましたとさ。

 思いっきり鍵の音したし、なんなら「バァカ!」って声も聞こえた。

 貴族でも子供じみたことすっから、同じ人間だな。いや、貴族平民はそーいうのに関係ねぇか。


 あーあ、こりゃエルとオリス様にはバレねぇようにしねぇと。


 扉が開かねぇと分かるとそんなことが頭に浮かんだ。それより、開かねぇことにパニックになるのが普通だとは思ったが、なんつーか、朝のやり取りが頭から離れねぇんだ。


 それに、どっかのクラスが午後の授業で武器使う時に倉庫開けんのが分かってるし。以前、一年の始めの頃もCクラスにふさわしくねぇだとかで似たようなことあったしで妙に閉じ込められたことに対しては冷静だった。一年の時は半泣きだったけどな。


 よっこいせ、と倉庫の端にあった小さな木製の椅子に座ってから、腕を組む。


 CとDの合同クラスでやってたから、犯人が平民か貴族すら分からねぇけどどうでも良かった。犯人なんかより、エルやオリス様にこの事を誤魔化したりする方が重要だった。だってあいつがこの事知ったらまた自分のことを責めちまうに決まってる。それは駄目だ。



 エルに昼休みメシに来なかったことを聞かれたらどうすっか……先生に雑用押し付けられたとでも言っときゃあいいな。腹が減るのは我慢するし、もしエルに咎められた時はあいつが飯を食わずにぶっ倒れたことを引っ張りだしてやる。


 さてと、オリス様の方は神出鬼没だからどうしよっか。気づかれねぇ時はそれでいいんだが、気づかれた時にエルにまた言っちまうかもしれねぇ。


 なんつーか、あの話の時、オリス様は平民に優しいから、エルにもキツイこと言わねぇと思ったんだけど、違って驚いた。


 エルはオレと違って強いから扱いが違うのか?

 

 でも、オリス様から見ればエルも弱者に分類されそうなのにな……そういや、エルとオリス様ってあんま話さねぇな。同じ場にはいる時、直接言葉を交わしている量が少ねぇ気がする。

 クラスが違う所為か、でもそれ言ったらオレも違ぇしな。まあ、でももしかして二人で会うタイミングでめっちゃ話してるかもしれねぇしな。あの二人の関係性って全く分からん。レトガー様とエルだったら、クラスメイトでおそらく友達だってわかんだけどな。


 ガチャ


 ん? 鍵の音。まだ対して時間経ってねぇんだけど。先生が何か取りに来たのか? そういや鍵開けた奴になんて言うか決めてなかった。下手してエルに伝わったら嫌だ。 え、どうしよ。


「お前、なんで鍵の閉まった倉庫に居るんだ?」


 両開きの鉄の扉を開けた人物は、低身長で亜麻色の髪の持ち主だった。逆光でよく見えねぇが、口調と声が幾度か聞いたことがある。


「こ、こんにちはレトガー様」


 愛想笑いをそう浮かべれば、「ボクの聞いたことに答えろ」と返された。相変わらず、強引っつーか、なんつーか。ていうか、レトガー様に言ったらオリス様やエルに伝わっちまいそうだ。


「え、えーと、えーと、なんででしょうね?」

「疑問に疑問で返すな」


 そうですね。

 自分でも思いつかなかったとはいえ良くねぇ返事だって思った。ああ、もう誤魔化し方誤魔化し方。鍵の閉まった倉庫に一人……倉庫といや、エルの事件思い出すな。赤の貴族が爆睡してた奴。


「そうだ! 片付け中に居眠りしたら、気づかずに閉められたって設定で行けばいい!」

「お前……設定と言っては嘘とバレるぞ。思いついたことをそのまま口にするとは愚かだな」

「やばっ……すみません。なんでもありません。オレのことはどう考えても見て見ぬふりをして下さい」


 思っているより、オレはパニックに陥っているのか次から次へと、嘘を吐くのにも、貴族への態度でも失敗し続ける。それを見ているレトガー様はもういっそ呆れていた。


「大方、僻みで閉じ込められたってとこか、何故かくそうとす――エルラフリートや兄上にバレると面倒だからか」

「なんでわかったんですか⁉︎」


 心読んだのかってくらい的確だった。


「お前がエルラフリートの足手まといだから反感買っているのをボクは知っているし、今日の朝の件を噂で聞いてな。朝っぱらから公共の場でそんな事で騒いだのかと思った記憶があるからな」


 うおう、言葉がグサグサオレに刺さる。確かに、朝っぱらから階段の踊り場っつー場所でやるやり取りでは無かったな。色々とショックの連続で思い当たらなかった。


「す、すみませんでした」

「ボクは別に謝罪を求めてない。反省すべきだとは思うがな、兄上とエルラフリートもな」

「いや、最初にオレが立ち止まってたのが」

「別にお前が悪くないとは言ってないぞ、お前も悪いし、そのまま咎めず一緒になって立ち話して騒いだ二人も悪い」


 真っ直ぐこちらを見据えるレトガー様には歪みがない。冷静に語られるその意見に反論する気も隙も無かった。ああ、あの時、この人がいれば良かったかもしれねぇ。


「あと、お前をここに閉じ込めた奴も悪い。先生には閉じ込められたことと誰がやったかは報告しとくといいぞ」

「誰がやったかは分からない場合はどうすれば……」

「自分に攻撃してきた奴くらい覚えてないのか? 試合で防御と回避はマシだったから、身を守るくらいはマシかと思いきや、閉じ込められた挙句、敵の顔も覚えてないとは無能だな」


 素晴らしいくらい的確に叩かれる。いや、ほんと閉じ込められたのにオレの油断もあるし、顔も覚えてないのはオレがぼけっとしてたからです。あまりの情けなさに、椅子から降りて正座し始めてしまう。


「おっしゃる通りです」

「お前は事実を受け止めているのに、あまり自分から行動を起こそうとしないな。さっき言った試合の時もお前は相手の攻撃を避けたり、受けたりするが攻撃をしないからどうかと思っていたんだが、日常はもっと酷いとはな」


 ボロクソ言われんな。だけど、否定するところがどこも見当たらない。


「まあ、最近はエルラフリートが甘やかしていると言うのもあるだろうけどな」

「エルは悪くないです。オレが甘えたままだから……」

「甘えてばかりのお前も、甘やかしてばかりのエルラフリートも悪い。まあ、僻んで馬鹿な真似をする奴らが一番問題だがな。朝の件の話も、今の話も聞いてて思ったが、物事の原因はそう簡単に一つに絞れたものではないぞ。様々なことが重なって物事は起こるからな」


 ああ、本当に朝の時にレトガー様がいらっしゃってくれれば良かったのにと心の底から思う。なんつーか、この人はオレを甘やかさずに真っ直ぐぶつかってくる。


「だからこそ難しい」

「難しいですか……」


 ここまで、色々見えてたらレトガー様はあまり問題を起こさないように思うんだけどな。つーか、レトガー様が難しいならオレには無理だろ。そんなオレの諦めを見抜いたのか、彼はオレを射抜く。


「難しいからこそ、目を逸らしてはいけない。お前の場合、目を逸らすというより瞑ったまま流されてるがな」

「………………申し訳ありません」

「ボクに謝るな、どうにかしろ」

「どうにかとは?」

「そういう所だぞ。自分で考えろ無能」

「……はい」


 そう言って、倉庫に置いてある模擬刀をレトガー様は選び始める。木製の模擬刀を選んでいるようで、カタカタと倉庫内に響く。


 き、厳しいなぁ。

 考えろと言われてもまず何を考えればいいのか分からねぇんだけど。どうすりゃいいんだろうなと頭を悩ませていると、


「……とはいえど、うちの下僕も目を逸らし続けているから何ともいえないがな」

「オリス様がですか?」

 目を逸らすという言葉はオリス様とあまり結びつかねぇんだけど。


「そうだ。兄上は色々と目を逸らしまくっているからな。だから、他者を甘やかし、ボクのこともまともに相手しなくなった」

「そうですか?」


 まともに相手をしない? オリス様とレトガー様は仲良いと思うんだけどな。レトガー様が注意すればオリス様は素直に聞くし。


「兄上はな、ボクを次期当主にしたいようなんだが、そのせいかボクとまともに戦わなくなったんだ。ほんの数年前は手加減混じりも応戦はしてくれたんだがな」


 うおっと、オリス様の方から似たような話を聞いたことあんぞ。下僕呼びなのが気になって話を聞いてれば、レトガー様が不憫だった話だ。相手にしないってそういう意味か。


「レトガー様は当主になりたくないんですか?」

「願望より適任かどうかで判断するべきだな。そして、ボクは適任じゃない」


 欲がねぇなぁ。オレがこの人、嫌いになれねぇのは他人にも厳しい代わりに自分への評価が甘いとかそういう奴じゃねぇからなんだよな。


でも、適任じゃねぇか……貴族様のことだからオレにはよく分からねぇけどよ。


「オリス様はレトガー様の方が向いているとおっしゃっていましたよ」

「……前から思っていたんだが、なんでボクがレトガーで兄上がオリス呼びなんだ?」


 不機嫌そうな声で言われて、オレはハッとする。


「ああ、すいません! 平民が貴族の下の名前を呼ぶのはいくら本人に許可されたとしても失礼でしたよね」


 オリス様がゆっるい態度だから忘れがちだけど、侯爵子息を名前呼びなんて平民は到底許されるもんではない。馴れ馴れしいにも程があるのだ。


「いや、そういう意味ではない。ボクと兄上は双子だから色々ややこしいし、下の名前の方が効率的だ。問題は、本人が許可ということはやはり兄上が仕組んでたことだな」

「仕組んでた?」

「ボクの方を家名で呼ばせ、自分のことは下の名前で呼ばせることで、レトガー家はボクのものだというアピールしたいようだな。ご主人様呼びにしろ、こしゃくな真似をする」


 へ、へーオリス様すっげぇ細かいとこまで考えてんだな。オレ思い切りダシにされてんじゃん。


 つーか、オリス様がレトガー様に当主させようとしてんの知っているのか。模擬刀漁ってる音に紛れてたけど、今、舌打ちした怖ぇ。


「現状を考えて、ボクが継ぐべきではないのに」

「なんでそう思うんですか?」


 不意に手を止めて、彼がそんなことを言うものだから、オレはつい口を出してしまった。


 いっけね。いかにもセンシティブな所に思いっきり突っ込んじまった。だが、本人は意外にもあっさりとこちらを見てその答えを口にする。


「ボクには現時点で兄上ほど人望がある訳でも強い訳でもないからな」


 薄暗い中で空色の瞳が見える。言葉の内容は自分を否定する言葉なのに、彼の目から悲しいものは不思議と感じなかった。


「まあ、人望に関してはボクは言葉遣いがキツイらしいからな。兄上みたいにヘラヘラするのは、ボクには出来ないし、する気もない」


 自覚していらっしゃったんだな。まあ、一応正反対な人がいるんだし、気づくか。でも、ヘラヘラする気はないって潔いな。


「だから、お前も甘やかす気はないぞ。対戦した際にはお前を先に沈めるからな」

「っ」


 一瞬で首元に模擬刀をつきつけられる。そういやエルほどじゃねぇかもしれねぇけど、この人初対面で胸倉掴んで来たりと手が早い人だった! そんでスイッチがいきなり入るし、こ、怖ぇ。


 そのままの状態でレトガー様は首を少し傾けて、

「抵抗しないのか?」


 あ、


 多分、偶然だった。


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