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12 予想外

 

「あうわぁ……」

 入学式の翌日、朝遭遇した実技担当の先生からもらった紙を見て、オレは階段の踊り場の隅で呻いていた。


「どうしたのカイ? そんな珍妙な声を出して」

「珍妙って失礼だな……お前も大概ひっでぇ顔してんぞ」


 言い返そうと振り向いたのだが、友人の顔が酷すぎてその気が失せる。

 いや、顔面レベルっつー話じゃ、流石のエルさんだから俺の見た中でも最高レベルで、昨日見たヴァルファ様とやらと並ぶくらいのお顔ですけど、生気が無い。


「何があったんだよ」

「なんでぼくに心酔する奴がいるのか理解できなくてさ。ずっと考えてたら頭痛くなってきたんだよ」


 ナルシストの自慢かと言いたくなるような言葉だが、エルのことだ本気で悩んでる。昨日の入学式で何かあったんか? こいつ見た目のせいで色々絡まれるからなぁ。顔良くて得することもあれば損することもあるみてぇだ。


「変態やストーカーとでも遭遇したとかか?」

「そういうのとまとめるのも失礼な気もするけど、ぼくの理解が及ばないという意味合いなら同じ感じ」


 お、おう。エルにも分らねぇもんとなると、オレも分かる気がしねぇな。絡まれ率はエルの方がやっぱ高いし。


「まー、なんつーかドンマイ?」

「ありがとう君のそんな反応が身に染みるよ」

「それは言葉通りに受け取っていいのか? それとも遠回しにオレの雑な対応を非難してんのか?」

「君のそんな粗雑な反応が有り難くって仕方ないよ」


 有難がれるのも複雑だ。つーか、有難がるにしてもそんな死んだ目されながらは嫌だ。


「お前相当参ってねぇか?」

「カイ、ぼくの魅力は? すぐに思いつくの」

「見た目と声」


 急になんだ? そう思いながら瞬時に思いついたことを口にしてやれば、エルのやつはぱあっと顔を輝かせる。


「だ、だよねぇ! 見た目と声に騙されただけだよね!」

「それ、自分で言ってて悲しくならねぇ? すぐ思いついたのを言ったからその二つになっただけだぞ」


 こいつ自分の方で勝手に見た目と顔だけ人間っていう意味で解釈した上に喜んでやがる。やべ、他のとこ言えば良かった。ぱっと思いついたのが外見だっただけで、他にも色々あんからな。


「ならない、むしろ大歓迎だよ」

「あーあ、疲れすぎてエルくん自体が変になっちまった」

「もう失礼だな」


 オレは結構まともな反応したと思うんだけどな。なんつーかこれ以上エルの異常なテンションに付き合ってたらこっちまで頭がおかしくなりそうだ。うしっ、こっちの話題にするか、あいにく厄介な同室二人のお陰でネタは尽きねぇんだわ。


「あ、そういやオレの同室の二人が敬愛する方がどうとかでまた口論始めて昨日めっちゃうるさかったんだよ。もう何時間と敬愛する方々の良いところ上げていってさ、オレもう呆れちゃってさ、終わる頃には一人の人褒めんのにこんだけ方法あるんだなって感心したぞ」

「ねぇ、なんでカイは上げて落とすの?」

「うえ⁉︎ オレ、上げた気も落とした気もねぇけど」


 まさかの落ち込まれてオレはびっくりです。


「ま、いいや……その同室ってどんな子達なの?」

「オレ、散々話したと思うんだけど」


 まだ会って数日しか経ってねぇってのに、毎日やらかすからネタが尽きねぇんだよな。


「君、興奮すると頭ん中で過程すっ飛ばして話すから、とりあえず仲の悪い二人が同室で大変だって程度しか分からないんだよ」

「悪かったな」


 そう思ってんなら聞いてる最中に聞いてくれりゃあいいのによ。まぁ、オレもエルのブラコンシスコン話聞き流したりすっから注意する気はねぇけどよ。


「んーと、二人ともエルほどじゃねぇけど美形で、ビト君がワイルド系で、ヘスス君が可愛い系だな。ビト君はめっちゃ背がたけぇ。あとめっちゃ二人仲悪ぃし、物騒。ベッドの位置決めんのもなんかお互いを警戒してた」

「へ、へぇー変わってるね」

「変わってるちゃあ変わってるけど、それより物騒でオレの心臓に悪ぃ。すぐ喧嘩するし。昨日はヒートアップしすぎてうるさかったから寮監に夜中に外出されたけど、それでも喧嘩してお互い生傷作って帰ってきた」

「……うあちゃあ」


 エルが頭を抱える。前、話した時にはもっと雑に聞いてたと思ったんだが、急に親身になってショック受けて悪いもんでも食ったんかな。


「カイへの態度とかどうなの?」

「ビト君は一見態度悪ぃけど、根は結構優しくてフォローとかしてくれるぞ。ヘスス君は、礼儀正しいんだけど、割と口が悪ぃな、生意気で思春期っぽくはあるがな」

「そ、そうなんだ。大変だね」


 オレのこと気遣ってくれてんのはいいんだけど、「駄目だ、シメなきゃ」とか一瞬、聞こえたんだけど気のせいか。


「オレへの態度はもうぶっちゃけプライド低いしどうでもいいけどな。とりあえず喧嘩はやめて欲しいな」

「カイは優しいね」

「優しいんじゃなくて、騒ぎに巻き込まれる方が嫌なだけ……って、ああ!」


 急に大きな声を出したオレに周囲から視線が集まって申し訳ないと思うが、既にやってしまったのだから諦めて話を続けることにする。


「エル、これどうすりゃいい?」


 オレに突きつけられた紙をエルはまじまじと見る。


「これって……武闘大会の?」

「そうなんだよ。二、三年は選抜終わって確定して、こうやって八ペア出てんだよ。で、明日の昼休みにトーナメントのくじ引きだってよ」


 各学年予選で勝ち上がった五ペアずつ、三年は六ペア出場なんだが、うちの学年も割と有名な人ばかり勝ち上がっている。実技トップのオリス様はもちろん、その弟のレトガー様もいつかの菖蒲戦に出ていたクロッツ様とペアで出場している。あともう二組も割と強いと有名な貴族で、一応二年で平民の出場者はオレとエルだけだ。そしてエルは強いし美形。オレは弱いし凡人。ははは、どう見てもオレが圧倒的に浮いてる。


 三年には平民の現寮長のペアが出場していたりするが、寮長は槍の使い手として滅茶苦茶有名だかんな。あと、今年は三年実技トップの緑とあの菖蒲戦で妙な勝ち方した赤がペアで出てるし、なんつーかメンバーが豪華なんだよ。


 例えるなら周りがコース料理なのにオレだけサンドイッチみたいな顔ぶれで、名前が書かれているだけなのに、見ているだけでその浮き具合に気分がわるくなってくるのだ。いや、サンドイッチですらおこがましいかもしれねぇ、いつも食ってるパサパサのパンだな。


「これってくじ運大切だね」

「そうかもしれねぇが、オレがペアの時点でお前結構不利だぞ。勝ち上がってる奴ら全員強い奴ばっかじゃん」


 その上、オレと違って熱心な奴らばっかだし。

 今朝、ここに来る途中でクロッツ様とレトガー様が朝から模擬刀で戦ってんの見て、驚いた。新学期始まったばっかだぞ? オレはなんならエルには申し訳ないが、初戦負けしてフェードアウトしたら楽なんだろうなとか考えちまうし。


「でも、オリス様のペアはあまり活躍されてないみたいだけど?」

「確かにそうだけどよ、オリス様がいれば勝ち確定だろ」


 エルは強い。だけど、オリス様みたいに規格外じゃねぇ。


 オリス様の場合、ペアが誰であろうと結果は変わらなそうだ。だけど、エルの場合はペアが変われば、勝ち数も変わると思う。今まで驚異的なくじ運だったから、ペアがオレでも勝ち上がってこれたんだろうけどよ。


 寮の同学年の本戦狙えるかもってくらい強い連中が「予選の中で一番楽なところ引いたもんな。俺らなんて予選でオリス様と当たっちまったんだぞ。でも、おめでとうっ。本戦がんばれよ!」ってやけくそ気味で言ってきたからな。

 うん、トーナメント方式だと最初の方に本戦残れるくらい強い連中がさらに強い優勝候補くらいの連中に初戦で当たって潰されるとかあるもんな。オリス様と予選で当たるってなったらそりゃ絶望だわ。


「ごめんね、弱くて」

「ちょ、待て何でお前がそれを言うんだよ。むしろそれ言うのはオレだぞ。お前のお陰で今まで勝ち上がってきてんだぞ? おこぼれで実技成績が上がってんだぞ?」


 自分で言っててとんだクソ発言だと思うが事実だ。そりゃあ反感買うわ。

 流され気質っつーのもあるけど、やっぱ偶然分不相応な出来事に出くわしても、良いことならそのままにしちまうしな。今回の件だって、くじ運とペアのエルのお陰で勝ち上がっているので、反感買い始めて『流石に足手まといなオレが勝ち上がってんのは気に食わねぇか。はは、やっべぇラッキーとか思ってましたごめんなさい』っていうのだしな。


 なんつーか自分で思い返してもダメ人間だな。


「じゃあ、我儘でごめんね」

「我儘ってなんだよ」

「カイは早めに負けた方が気が楽だったんじゃないかな」


 うおっ、流石エル君オレのことよく分かってんなぁ。

 だけど、それでエルが我儘になんのは意味が分からん。


 そりゃあ、今じゃあ最初の方に負けといた方が良かったとは思わなくもねぇけど、周りからの視線が厳しくなる前はラッキーとか思ってたし、エルはただ真面目に戦っていただけだしな。我儘なのはどちらかと言うとオレじゃねぇか?


「オレはともかく、お前は実力で勝ち上がってるだけなんだから我儘もなにもねぇだろ。オレに合わせる必要ねぇよ」


 どっちかと言えば、オレがエルに合わせて奮闘しなきゃならないんだが、オレは現在絶賛現実逃避中だ。自覚してる現実逃避って……。


「実力不足で守られてばっかなオレが悪いんだし」


 ここにレトガー様が居たら「努力と気力もな」としっかり釘を刺してくれそうだが、あいにくとエルの奴はオレに甘かった。


「ちゃんと出てくれるんだからそれだけで有難いよ。カイはそれでいいの」


 ふわりと笑って見せるエルに周囲の何人かが悩殺される。


 うんわぁ、ダメ人間作製装置かよ。

 そして、そのまま流されちまうんだろうから、オレって本当にダメ人間だな。


「なんで、お前オレをペアにしたの?」

「ん? 以前言ったじゃん」

「今、考えるとレトガー様と組めば良かったんじゃね? あと、誘ってきたやつ以外で安全圏そうな奴を探すってのも」

「ぼくはテレル様とは組めないよ……」


 平民と貴族で組むのは流石のエルでも避けたかったのか? でも、それにしてもオレ以外の平民でオレより強い奴選べば良かったんじゃ?


「オレより適任の奴たくさんいたんじゃね?」

「ぼくとペア組むの嫌だった?」

「それはねぇよ!」


 目に見えて落ち込むものだからオレはすぐさま否定する。周りからも「ジングフォーゲルを落ち込ませるなんて何様だてめぇ」みたいな剣呑な視線がぶっ刺さるし。


「それはねぇけど……逆にお前はオレで良かったんかなって思うんだよ」


 攻撃はからっきしだし、防御と回避も平均ちょい上程度だ。正直、寮生の奴らにも「なんでお前みたいなへっぽこペアに選んだんだ?」って笑いの種になるどころか、本気で考えこまれてるからな。オレ以外の奴と組んだ方が絶対、上位に食い込めるし。


「良くない相手を自分から誘う訳ないでしょう? ひょっとして、カイ君は馬鹿なの?」

「馬鹿って――」

「そうだよー。おれなんか、今年はご主人様が駄目だからカイ君にしよっかなーって思ってたのに、もう組んでてがっかりしたんだよー」


 オレがエルに言い返そうとしたところ誰かの呑気な声が重なる。


「ちょ、わ、ええ? お、オリス様?」

「やっほー、久しぶりだねー」


 相変わらず着崩した制服に、ぼさぼさの前髪に、棒付きの飴。緑の侯爵子息で、武闘大会でもおそらく上位に食い込むであろう、オリス・ドロッセル・レトガーが立っていた。相変わらず神出鬼没だな。


「え、ええ久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「元気だよー。でも、テレルやカイ君と組めていたらもっと元気だったと思うよー。勿論現状のペアも良い子だけどねー」


 言葉にぶん殴られている気分だ。エルの奴なんてぽかんと口を開けてるし。だが、そんな間抜け面でも美人は美人だな。あっと、ぼーっとしている場合じゃねぇ。


「オレなんか組んでもなんも良いことないですし、テレル様の件は残念でしたとしか……」

「そんな気にしなくていいよー。たられば話なんだから。カイ君と組んだら面白そうだとは思うけどねー」

「オレに別に面白いところはないと思いますけど、どこにでもオレみたいな奴はいると思いますし」

「そうかなー、けっこー面白いけど。あと、テレルと組めなかったのはかなり悔しかったからさー、直訴しにいったら『去年の惨状覚えてますか?』って言われちゃったんだよー」


 直訴しに行ったんかい。どんだけ兄弟と組みたかったんだこの人。そして、去年はおかげで競技場がしばらく使えなくなったからな、それは却下されるわ。


「去年の惨状って何?」

「ああ、お前去年の武闘大会のこと知らねぇもんな。上位者ほぼ緑系統で、決勝全員緑系統で戦ったら、最終的に観客に避難命令が出て、しばらく競技場使えなくなった」

「身内のみだと力加減の心配いらないからねー。ついね」


 ついで壊された競技場って。つーか、あんな無茶苦茶な決勝戦やったとは思えないほど、あっさりした語りだな。


「なかなか決着つきませんでしたよね」

「テウタテス先輩がなかなか気絶しなかったからねー。酷いんだよー『くたばれ!』とか言って急所狙ってくるんだもん」


 そういや罵声飛び交う決勝戦だったな。つーか、テウタテスってオレに冬休み前の絡んできた、現三年の実技トップだよな。


「あ、そうそう。あいつ普段から口悪いからカイ君は冬休み前のこと気にしなくていーよ」

「そ、そうなんですか」

「カイ、冬休み前って何? 何があったの?」


 エルが怖い顔して聞いてくる。オレのこと心配してくれてるんだろうけど、エルには言いづれぇな。テウタテス様との話したら、他の武闘大会関連のことも芋づるで尋問されそうだし。


「別になんでもねぇよ」

「そういうのはなんでもなくない場合が結構あるんだよ」


 仰る通りですが、言う気はねぇ。

 つーか、オレのやる気とか実力の問題で頑張っているエルを巻き込めた話でもねぇしな。


「あれ? エル君知らないの? カイ君、本戦に出場することで色々絡まれて大変なんだよー」


 なのになんで言っちゃうんだよ。まさかのオリス様からの告げ口だよ。


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