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中途半端な存在10‐2

 

 ……ぼくは何色だろうがチョーカーをつけるのは嫌だ。それは不自由の象徴で、この年だと貴族の象徴で、女の象徴であるから。


 手が止まる。

 さっき自分では別物だといったくせに、同じ首に関するものだというだけで、それを首に着けたら自分も何か変わってしまうのではないかと急に怖くなってしまった。


「ごめんね、冗談だからそんな怯えないで。これはエルを守るものだから大丈夫」

 ぼくと同じようにしゃがみこむと彼はそれを拾って、ぼくの首にかける。


「今年入ってきた紫の公爵子息、ヴァルファ・ロッツ・ハイドフェルドには悪い噂や怖い評判もないし、俺が見たところそこまで危険人物ではないけれど、真面目で素直だからエルのことを知ったら確実に表ざたにする。俺らとの繋がりはバレたって俺は構わないけど、あっちと体のことがバレたら駄目だよぉ、だからはずさないでね」


 あっちと指示語を使って言われたが、ぼくはそれが何かは分かっていた。


「ぼくのことを表沙汰にすれば向こうも被害を被るから知っても表沙汰にはしないんじゃないですか? 現に、弟のウルド・ロッツ・ハイドフェルドは知ったうえで黙ってるじゃないですか」

「紫は馬鹿真面目な奴は本当に馬鹿真面目なんだよ。さっきの先生よりマニュアル人間で、損得勘定度外視で、精錬潔白馬鹿真面目ちゃんが結構いるんだよ。その代表例が公爵家の次男で跡取りであるヴァルファ様なんだよぉ」

「……ウルド・ロッツ・ハイドフェルドの実兄ですよ?」


 あの腹黒猫かぶり野郎の兄が、デアーグが言うような人物だとは思い難い。


 何度ウルドには嫌悪を覚えたことか、まあ向こうもぼくを嫌いだろうけどさ。同族嫌悪というには少し違うが、あいつとぼくとじゃルーツから、思想から、生き方までお互い気に食わない。


「紫と緑は昔から役目が極端なんだよぉ。だから、今年入ってきた二人は笑えてくるくらい純粋無垢な世間知らずのお坊ちゃんなんだよぉ」

「次期公爵候補がそんなんだと足元すくわれません?」


 純粋無垢な奴は騙されるし、流される。真っ白な状態なのだから悪意のある人間にとっては染めやすい対象だ。


「純粋無垢な奴のかわりに真っ黒な奴、裏担当がいるんだよ。まあ、うちとしては足元すくわれてくれれば万々歳だよぉ」


 赤の人間だったらそう思うだろうなと他人事のように思う。ぼくとしては、赤が足元をすくわれるべきだと思う。トップは身内も他人も殺しまくったあのクズだし、上級貴族のやつらは良心が死んでいる率が高すぎる。


「あ、今、うちの方がすくわれるべきだとか思ったでしょぉ?」


 心でも読んだのかと思ったが、ぼくの日常的な態度から察せないほどデアーグは馬鹿じゃないものな。建前上訂正しとこうか迷うが、その間にデアーグが口を開く。


「でもね、どこも似たようなもんだよぉ。どこもすくわれて、すくわれるべきなんだよ」


 なんで二度も言った。どれだけすくわれて欲しいんだ。しかも自分の系統や提携相手の黄のことも含めたし。何を考えてるんだ。


「兄上を煩わせたり、エルに仇をなしそうな奴は、邪魔だし怖いからね。一回どの系統もお掃除すればいいんだよぉ」


 ぼくらもお掃除されそうなことを過去に何度かやっているのに、自覚がないのか無邪気にそう笑う。お掃除の意味がとんでもなく物騒だ。


「うちと、紫はあいつがいるからともかく、緑と黄は別にしなくていいでしょう?」


 緑は弱肉強食なだけあって、統制がうまくいっているし。上の連中も公爵令嬢のシグリ様や侯爵子息のオリス様と優しい方が多いし、噂もそこまで恐ろしいことにならずむしろ好評で、平和だ。


 黄は第一王妃が居た時代に色々やらかして、粛清されたり、処罰食らったりしてそれこそ掃除が一度されてるし。なんなら、第一王妃のレーヴェ・キスリング・ディプロマティーの死後も、呪いだなんだと不審死が多発した。


「いんや緑も黄もお掃除が必要だよぉ。エルが見ている部分は平気でも、案外汚れてるんだって。まあ、黄の奴とは接触させないようにしてたからしょーがないけどさ……はぁ、なんで緑の方は分からないの?」


 わざとらしく溜息を吐く彼に溜息を吐き返してやろうかと思ったが、わざとらしい行動をした癖に目が本気だった。


「何がですか?」

「そんくらい自分で気づいてよ。俺はあの緑の公爵令嬢の件からずぅっと気づくのを待ってるのにさ。なんでこうもエルの目は曇ってんのかなぁ?」


 ぼくの目が曇ってるなら、デアーグの目は腐っているだろう。


「そんなことを言われても、むしろぼくが緑の方々に掃除される方でしょう?」

「うん、やっぱ曇ってるねぇ。エルはむしろ緑に感謝されるべきだよ」

「な、なにをいってるんです? ぼくは緑の令嬢を傷つけたんですよ?」


 ぼくの所為でシグリ・レトガー・シュトックハウゼンは声を失った。

 最近じゃ「沈黙の姫」だとか「口無し姫」裏で呼ばれている。誰であろうと声を奪うのはいけないことだけれど、貴族令嬢にとって声は大事なものだ。社交界で関係を築くために、淑女達の舌戦に欠かせないものだ。声を奪う、それはその令嬢の価値を大いに傷つける。公爵令嬢となれば系統全体の損失だ。


「傷つけたって言われてもねぇ、女とはいえ緑の上級貴族が本気で対応したらエルは絶対に無傷で帰ってこれなかったよ。向こうに拒絶する意思が無かったんだよぉ」

「それは彼女が衰弱していたのと優しかったからですよ。ぼくのことを哀れんで仕方なくですよ」


 それを聞いて、デアーグはわざとらしくため息を吐いた。


「自分が体調悪いって時に曲者が来て自力でなんとか捕獲して、だけど話を聞いて哀れんで、曲者曰く声を失うっていう薬を飲みました……色々おかしくない? 曲者捕まえたんなら突き出すのが普通だし、公爵令嬢が自らの価値を傷つけるような真似を普通するかなぁ。それに曲者が言った薬の効力を鵜呑みにするかな?」


 確かにデアーグの言う通りかもしれない。だって、当時のぼくでさえ驚いたもの。曲者のぼくを突き出さないで、優しく話しかけた。ぼくの無茶苦茶な話を聞いて、毒を飲んだ。異常だった。でも、それは彼女の優しさからだった。


「慈悲深い方だったんですよ。とっても優しい方だったんですよ」

 

 呆れるくらいに優しい方だった。

 曲者のぼくを捕まえたと言うのに、突き出すどころかその要求を飲んだ。おまけにぼくに罪悪感を抱かせないように「共犯者」だとか「利害一致」という言葉を使った。挙句の果てには「ありがとう」とまで言った。


「慈悲深いねぇ……俺には自暴自棄になっているところにエルが来て助かったってとこだと思うけどねぇ」

「何を言ってるんです?」

 あまりの言葉に耳を疑う。


 ぼくが憤慨しているのも分かるだろうに、彼は悪びれもなく続ける。


「言葉の通りだよぉ。まあ、お陰でエルが無事だったってのが良いことだけどね。ねぇ、エル、人間はねエゴの塊だよぉ。ただの優しさだけでそんなことしないよぉ」

「なんでそんなことを言えるんですか? 何も知らないでしょう?」


 どうせ女だから最初から判断に偏見が混じってるのに。彼女とまともに話したことが無いだろうに。なんで、そんなことを言うんだ。


「何も知らなくはないよ。その上でエルラフリート、お前の目は曇っていると思うんだよぉ。いい加減、自分のせいにする癖を直そうよ」

「癖も何も――」


 『全部ぼくの所為でしょう』そう続けようとしたが、自分の耳がこちらに近づく人の音を察知したので口を噤む。


 ぼくの耳がかろうじて察知できる程度なのだから今の会話は聞かれていないだろうが、このまま話続けていたらいずれ聞かれる。それは非常に困る。


 ぼくの様子から、デアーグも察したのか「そろそろだね、ジングフォーゲルくん」と胡散臭い笑みを浮かべた。


 ***


 生徒代表の挨拶を読見上げている最中だが、ぼくには新入生を歓迎すると言うより値踏みする心持ちで、壇上から彼らを見下ろしていた。


 大体の文は暗記しているので値踏みするのに支障は無かった。


 最初、ぼくの容姿を見た前方中央部の奴らが息を呑んだのが分かった。毎度毎度みんなぼくの顔面を見ればこの反応だ。


 Sクラス付近の奴らは顔こそこちらに向けているが、未だに意識は白制服の女子生徒、フェイスの方に向いているのが分かった。当の本人とは言えば、ぼくを見てにこりと笑うものだから可愛さで悶えそうになった。


  だからこそ、フェイスに仇をなしそうなものは確認しとかなくては。まずは噂の公爵子息だ。特に紫の方はあいつの実兄だ。


 どいつがそうだかすぐにその容姿で分かったが、後ろからフェイスを見つめるその様子があまりにもぼくの予想とは違った。困惑と動揺、それが彼の様子だった。

 演技かもしれないと考えるが、演技にしてはうますぎる。


 反対に緑の公爵子息は動揺はあるもののキラキラした様子だからむしろあっちを警戒するべきか?


 いずれにせよ、二人とは一度話しておくか。二人ともぼくが考える反応とは違っていた。


 他は……まあ予想通りだな。動揺と困惑……それと一部は嫌悪。

 女が軍隊に入ろうとするなんて異常なことだから。異常なことを人は嫌うから。

 起こる現象だとは分かっていたが、改めて目にすると辛いものだ。フェイスのことだから自分に嫌悪を向けられることは覚悟して入学してきただろうけど、やはり心配だ。


 最初、フェイスに国立軍学校に入ると聞かされた時は反対したが、入りたい理由を聞いてからはぼくに反対する権利はないと諦めた。


 詳しい理由は話していなかったが「軍の調査隊に入りたい」という言葉から、彼女の目的を察してしまったのだから仕方ない。


 彼女が真実を求めているなら、それを妨害するのは駄目だ。彼女が自分の力で真実を知った時には、ぼくは彼女の全ての行動も感情も受け入れる。それがどんな形であろうと、あの火事の時にぼくは決めたから。


 今のぼくがやるべきことはその時が来るまで彼女を守ることだ。新たな犠牲者を出さない為に大切な人達を守ることだ。



 一応、他のクラスにも満遍なく意識を向ける。まあ、特におかしなことは――ヘスス⁉︎

 向こうはぼくが気づいたのに気づいたのか小さく手を振ってみせる。


 動揺を表に出さないようにしながらも、ぼくは頭をフル回転させる。

 確かあそこはCクラスだ。そういえば昨日カイが同室の話をして同じ名前を出していた。つまり、赤の使用人であるヘススとカイが同室。何そのデンジャラスな部屋割。


 というか、ヘススは一応貴族の端くれなのに平民寮に入ったってことか、身分詐称してる。


 カイに何かする気か?


 ぼくには穏やかで優しかったけれど、カイが言うには他の同室と諍いを起こしているらしいし……いやでも狙うなら油断させるか、喧嘩なんて馬鹿な真似をしているのがひどく不自然だ。

 でも裏の仕草を覚えている赤の使用人がこんな時期に身分詐称してまで平民寮に潜伏しといて何もないわけが無い。


 ヘススはぼくの動揺をよそに、ふと指差す。その先には背の高い一人の少年がいた。

 周りに同化するようにぼくの顔に呆然したような反応を演じて見せているが、その奥にピリついたものを感じた。それはあいつ、ウルド・ロッツ・ハイドフェルドとまるっきし同じだった。


 色々、よく分かんないけど、とりあえず入学式終わったらヘススに話を聞くのは確定だ。


 


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