中途半端な存在10‐1
舞台脇から見ただけでも新入生の動揺が分かった。
特にSクラスやAクラスがいる上手側の新入生は声こそ出してないものの多くの視線がそちらにいっていた。順位発表はまだだがクラス発表だけは入学式の受付に貰う紙に記載してあるから、クラスは既に分かれているのだ。まあ、Sクラスは届く制服の色が違うから、もっと先に判明してるんだけど。
白制服を着たぼくの大切な妹分は今日も凛としているのだろう。その姿が人々の動揺を誘うことはぼくには随分前から分かっていた。
特に上級貴族は慣例や常識に縛り付けられた連中が多いから、イレギュラーな状態に慣れてないのは当然だ。また、平民でも王都出身の子達以外は知らないだろうから、彼女の存在を知れば目を剥くことだろう。今の位置からじゃ平民の多いクラスは離れているから、よく分かってないだろうけど……いや、一部おかしな反応してる奴いるからここに来るまでに彼女を見かけた子には既に動揺がきてるか。
なんにせよ、その動揺が敵意に変わる数が出来るだけ少ないことを願う。いや、願うだけじゃ駄目だ。ぼくがなんとかするんだ。
学年が違うから、四六時中一緒にはいられないし、ぼくにはカイのこともある。フェイスと同学年で利用できそうな奴がいるといいんだけど。紫のぼくの嫌いな奴もなんか対策はしてそうだが、ぼくはあいつを信用していない。
そんなことを考えていると「ジングフォーゲル」と先生がぼくを呼ぶ。
なんだろうと思って「はい」と返事をすれば、ぼくを呼んだ入学式の挨拶打ち合わせ担当の先生隣に、冬休み散々見た顔があった。
「こちらは貴族代表のデアーグ・エルピス・マイスターだ」
そういやデアーグが第三学年筆記主席だった。
今年は実技トップの成績が酷すぎる為、筆記主席が貴族代表挨拶というイレギュラーな対応を取ったんだっけ。散々どうでもいいことは冬休み話されたけど、こういうことは話題にしないんだから。お互い様だけど。
「マイスター、この子は第二学年平民トップの――」
「エルラフリート・ジングフォーゲルくんですよねぇ。知ってます、会いたかったんで。はじめましてぇ」
にこやかに握手をしてくるが、正直怖い。
一応、初めて会ったっていう体を装ってくれているが、棘があるように感じる。
冬休み王都に戻る時も「このままここにいなよ」とごねられまくったし、フェンリールがいなければぼくは危うく帰れなくなるところだった。
「マイスターが積極的に絡みに行くのは珍しいな」
「そうですかぁ?」
「社交の場ならともかく、学内ではあまり人と関わっているところを見ない」
学内では一応、身分による区別はつけないで実力主義の場となっているらしいが、あくまで建前だ。一部の真面目なメンツを除けば、打算で社交界で有利になるような人物と人脈を持とうとする。デアーグなら積極的に動いてもおかしくないだろうに。
「紫系統の方にはライバル視されることが多いので、あと緑のテウタテスとはよく話してますよ」
「この学校内では系統も関係ない筈だ」
デアーグに敬語を使ってない時点で察していたけれど、この先生マニュアルルール系真面目人間だ。まあだから、デアーグみたいな上級貴族の相手を任されたんだろうけど。下手な人を選ぶと、以前の菖蒲戦の審判みたいになるから。
デアーグも面食らったものの不快に思ってないのか「そうでした」と返した。
「それにしても会いたかったとまで言うとはな」
「だって平民でAクラスですよ。気になるじゃないですかぁ」
平民を妙に強調して言ってくる。どうせデアーグのことだから「エルは平民じゃないのに」とでも思ってそうだ。というかさっきから親しげすぎる。今の話聞けば、学校内であんま人と関わってないみたいだし、不自然だろう。
「お、覚えてもらっているようで、ま、まことに光栄です。はじめまして」
どうすればいいのか分からなくて若干どもってしまったが、むしろそれは貴族と関わる平民らしいだろうと言った後に気づき、ほっとするが、
「そんな、緊張しなくて大丈夫だよ」
距離感! さっきからずっと手を繋いだままなんだけど、どう考えてもこれは初対面の人との距離感ではない。デアーグもそれくらい理解してくれな――いや、理解した上であえてやっているのか、尚更タチが悪い。
「そうしてるとなんか兄弟みたいだな。髪色が同じせいか?」
先生の言葉にぼくはドキリとする。兄弟ではないが、ぼくらは親族ではある。赤の貴族と平民のぼくが血縁関係があると知られたらただじゃすまない。
「そう見えます?」
デアーグはそれを望んでるんだろうけど。ぼくはそんなのごめんだ。
「あ、あのぼくに何か御用があったのではないのですか、先生」
「ああ、同じ代表者の顔合わせと、あと今年は女子の入学者がいることを伝えておけとのことだ。壇上で固まっても困るだろう」
「女子ぃ⁉︎ 戦闘科にですか?」
「ああ、私も驚いたが入学規定に性別はなかったからな」
デアーグの反応にぼくは「お前は知ってただろうが」と思ってしまう。
「女子なんて入ってきても足手纏いじゃないですか。秩序が乱れるし、邪魔ですよ」
ああこういう声が、これより更に過激で酷い声がフェイスに浴びせられるのだろうと思うと、胸が痛い。
デアーグはこれでも先生の前だからソフトに言ったつもりだろうし。本心からデアーグが女性に対しての文句を言おうものなら聞くに耐えないものになる。
「確かに運動能力は男に劣るが、頭ごなしに否定するのは良くないぞ……そういや、ジングフォーゲルは驚いてないようだな」
「その新入生はぼくの知り合いなので」
「なるほど。あと二十分くらい式が始まるまであるから、丁度いい二人で交流でもしてなさい」
そう言うと、他の用事があるのかいなくなってしまった。
舞台袖にはぼくとデアーグの気配しかない。
「……初対面の筈なのに馴れ馴れしいですよ」
「俺にしては結構協力してあげた方だよぉ」
いけしゃあしゃあと何を言う。まあ、でも確かに協力はしてくれた方だとは思うけどさ。
「それは、そうですけど……この学園内でぼくとの関係やぼくにことなどが明るみになったら、そちらだってタダでは済まないですよ」
「確かにそうだねぇ。なんなら貴族に激震が走るね。どこまでバレるかによって震度は違うけど、一番最悪のパターンだと王族や司祭も絡んでくる事態になるねぇ。めんどくさいねぇ」
そう言う割には手を離そうとしてくれない。握手した時からずっと繋いだままって、仲が良くても異常だ。ここまで長いと拘束されている気分だ。
「分かってるなら危うい行動は避けて下さい」
「エルと他人のフリなんてしたくないんだもん。なんならエルや兄上に被害がいかなかったらこっちのは堂々と関係を示すのに……まあ、流石にしないけどさぁ。あ、そういやバレるで思い出したけど……」
やっと手を放してくれたかと思えば、白ズボンのポケットから何か取り出す。つくづく思うが、デアーグにSクラスの白制服は似合わない。
「これ渡しそびれてた」
そう手渡されたのは、黒い紐と赤い石で作られたペンダント。装飾品なんてぼくは着ける気がないがどういうつもりだろう。
「それ紫の鼻効く奴への対策ねぇ。皇国産の特殊な石で匂いを消してくれるんだってぇ」
なるほど、色々ありすぎて忘れていたけれど、そういやぼくは匂いでサドマさんに体のことが知られていたし、デアーグが口止めしたクロッツ卿もなにかしらの匂いで気づいていた。一般人だったら匂いで何か悟られることはないだろうが、紫の一部の上級貴族と鼻の利く種の雑種は別だ。
「ヴァルファ・ロッツ・ハイドフェルドは嗅覚が相当良いらしいからねぇ。身に着けといて。赤色希少だから手に入れんの難儀だったんだからぁ」
「わざわざ赤色にしなくても……」
南のデシエルト皇国は食物が育ちにくい乾燥した地域だが、貴重で特殊な石が採れる国だ。
熱を一定期間持ち続ける熱石や、その反対に冷たさを一定に保ち続ける冷石が有名だが、他にも色々な効果を持つ石があるらしい。手元にあるそれはその一つだろうが、普通に赤い綺麗な石にしか見えない。ぼくは鼻は一般人並みだしな。
「だってエルは俺らと一緒だもん。なんならピアスにしようとしたけど兄上に注意されたからそれにしたんだから譲歩した方だよぉ」
ピアス、それも赤だなんて平民の少年がつけてたら大問題だ。
ぼくの年齢でピアスを付けるのは貴族だけだし、平民がピアスをつける年になったとしても、赤、黄、紫、緑、青といったような四系統と王族に関する色はつけない。
大体平民は、黒、灰、茶、白、たまに銀や金だ。あと天に関する仕事をしている人は透明なピアスを貴賤を問わずしている。
平民であるぼくが、デアーグですらピンクのピアスなのに、赤のピアスなんて付けた日には上へ下へと大騒ぎだ。たかがピアス、されどピアス。この国の男たちは左耳についたピアスの色で身分を明確にしているのだから仕方ない。
「ご配慮ありがとうございます」
一応、礼を言っておく。今の話だと本当に感謝するべき相手はフェンリールだろうけど。いつもデアーグの暴走を止めて貰っているような気がする。
「ていうか、ペンダントってチョーカーと役目似てるし、ピアスの方が俺はマシだと思ってんだけどぉ」
ペンダントを首にかけようとしていたが、デアーグの言葉で手が滑って落としてしまう。床は木材で出来ていたから良かった。石材だったら赤い石が割れてたかもしれない。
「似てますけど別物ですよ」
そうしゃがみ込んで落としたそれを拾おうとするぼくを「ふぅん」とデアーグが赤い瞳で見下ろしているのがなんとなく分かった。
男性は左耳のピアス、女性は首のチョーカーを、それぞれの身分や性別に見合ったものを、適齢になったら身につける。それがこの国の伝統だ。
ぼくのおかーさんは「ペットと同じように首輪をしているようなものよ」と冷めた目をしてよく言っていた。
その割には黒のチョーカーをしているものだから当時は不思議に思ったけれど、後から知った。
あれでも一度は首輪を外した身で、黒のチョーカーは彼女にとってはまだ自由なものだったから甘んじていたのだと。