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11 新入生

 

「へぇ、仲が悪い新入生の美形がカイの同室と……まあ、どんまい」

「どんまいじゃねぇよ。めっちゃ怖かったんだからな!」

「カイって図太い割には小心者だよね」


 学年上がって出会って早々、エルに昨日のことを愚痴れば、相変わらず綺麗なその顔面で微笑む。優し気なその姿に見ていた奴らが陶然とするが、オレはもう慣れた。それに意味の分からん返答をされたし。


「図太いと小心者って矛盾してんじゃねぇか」

「そうだけどさ。カイ見てると、図太いなって思う時もあるんだよ。びくびくしてたかと思いきや、ぐいぐいいくし。とっても愉快だよ」


 エルって見た目とは裏腹に、結構ガキみたいに人を揶揄ってくるよな。こういうとこ見ると、こいつも普通に同い年なんだなーって思う。見た目だけで言ったら、はるか遠くの人間って感じだから。


「人が真剣に困ってるって言うのに、なんなんだよ畜生」

「いや、カイなら大丈夫だろうって思ってね」

「いや、大丈夫じゃねぇから。ビト君とヘスス君めっちゃ仲が悪いんだぞ」


 何なら今日の朝だって食堂の席が偶然近くなったら、机の下で蹴りあいしてたし。何故か、周りに損害が出なかったからいいものの、朝から怖かった。朝食くらい落ち着いて食べろよ。朝からなんでそんな元気が出るのか。


「ヘスス?」

 急に一人の名前だけをエルが復唱する。


「あ? なんだ?」

「いや、なんでもない」

「何でもないっていう時は、結構なんかある時だぞ」

「……別に珍しくもない名前だから単に被ってるだけだと思うけど、知り合いと同じ名前なんだよね」


 成る程。知り合いと同じ名前だと確かに気になるな。もしかして同一人物化もしれねぇしな。


「どんな知り合いだ?」

「世話焼きで大人しい子かな?」

「別人だな」


 真面目そうではあるが、世話やきたがりっぽくねぇし、ましてや大人しいなんて言葉から対極にある奴だった。


「なら、いいや。それよりフェイスがいじめられたりしないか、心配だよ」

「あー、フェイスちゃん明日入学式だもんな。確かに心配だな」


 初の女の子が戦闘科に入学、しかも平民が好成績でなんて騒ぎになること間違いなしだっての。


「絶対、あの子首席とるしね」

「流石シスコン。でも、今年は紫と緑の公爵家の優秀なご子息様がいらっしゃるんだから無理じゃね」

「いや、とるよあの子は」


 めっちゃ自信満々に言うじゃねぇか。まあ、エルに勉強教えてんのフェイスちゃんらしいしな。


「あっそ、そういやフェイスちゃんって実技はどうなの?」

「カイよりは、マシだよ」

「さらっとオレを貶しやがって。でもまあ、そうなると一般男子なみか?」

「うん。護身術は教えたからね」


 なんだろうな、にっこり笑顔のエル君に寒気がします。なんせ、ロキ君の容赦なく股間狙えと教え込んでた奴だしな。フェイスちゃんもエル並みにバイオレンスだったりして。


「でも、武闘大会のペアどうしよう。フェイスに何かあったらと思うと心配で心配で」


 確かに、武闘大会のペアは大切だな。かなり行動を共にするし、一緒に評価されるし。オレもエルがペアで襲われる心配はないが、エルが強かったのとくじ運もあったせいで、実力ねぇのに勝ち上がって絶賛反感買ってるし。


「女の子に優しい奴にすれば?」

「新入生から見極めるの大変だし、ただ優しいだけじゃダメなんだよ。普通の女の子にするみたく優しくされると、プライド傷つくと思うし。テレル様みたいに実力主義な人がいるといいんだけど……」

「めんどくさい上に、理想が高すぎるんだが……嫁ぎ先でも探してんのか「は?」……いえ、なんでもありません」


 なんてことない軽口のつもりだったんだが、シスコンに嫁ぐとかそういう話をするんじゃなかったと後悔する。あー、フェイスちゃん将来結婚できんのか心配だわ。学校の行事のペアだけでもこんな条件が厳しいっておかしいだろ。


「あー、入学式と言えばオレ明日雑用あんだけど」


 クラスで雑用を数人出すってことで、立候補者もたくさんいたんだが、決着が付かなかったもんで、クラスで唯一の平民という謎の理由で先生に選ばれてしまった。めんどくさい。

 やる気がない奴によりにもよって振るなよって思った。選ばれたときに、周囲の視線の冷たさといったら……ただの雑用なのにな。まあ、今年は緑と紫の次期当主になるだろうって噂されている二人が入ってくるってことで、入学式に参加したい奴が多いらしい。


「ぼくもあるよ」

「お前のは雑用とかじゃなくて、平民の生徒代表で挨拶だろ」


 本来なら一個上の平民生徒の総合成績優秀者の筈なんだが、エルの成績が良すぎてな。三年の先輩さしおいて、代表挨拶になってしまったらしい。

 まあ、今年は貴族代表も実技トップがやるのが慣例だった筈が、三年の実技トップがサボり癖がある上に、成績も最底辺という訳で、筆記トップで、実技もそれなりの赤の侯爵子息が挨拶らしいけど。


 平民代表は三年じゃなくて二年のエルが代表。貴族代表は実技トップじゃなくて筆記トップの赤の貴族が代表。緑と紫のトップの家で、成績優秀で評判も良い、子息様二人が入学。平民女子が戦闘科に好成績で入学。

 イレギュラーしかねぇ入学式だな、おい。明日、大丈夫か?



 ***



 翌日、オレは朝から眠気と闘いながら受付をやっていた。エルの奴は今頃、別の場所で打ち合わせもやってんだろ。


 流れ作業なのもあって、淡々とやっていくと校門あたりが少しざわつく。

 なんだと思ってみれば、そこには白制服をきたフェイスちゃんが居た。あー、なるほど。


 戦闘科に女子が来るってだけでも驚きなのに、白制服ってSクラスだもんな。そりゃざわつくわ。驚きすぎて声も出てねぇ奴いるし。なんか、一部の奴は「ああ」みたいな顔してるから、知ってるのかな?


「カイさん!」


 おお、こっちに来た。まあ、オレの所で受付すんのが妥当だわな。他の所だと、混乱して碌に反応できねぇだろうし。オレの隣の奴なんてさっきから「え、お、女? 女?」と目を白黒させてるし。


「久しぶりフェイスちゃん。入学おめでとう」

「ありがとうございます」


 緑の瞳でこっちを見ながら彼女は礼を言う。

 入学式ということで、茶髪の髪もきっちり結んでいる。白制服は平民の子が着ているのは初めて見るけど、案外似合っているかもしれない。


「白制服って、Sクラスなんだなすっげ。色々あんだろうけど、頑張れよ。なんかあったら相談してくれていいからよ」


 名簿に丸つけて、紙を渡す。


「ありがとうございます。エル兄さんは?」

「エルは生徒代表……って、あいつ言ってねぇのかよ」

「エル兄さんあんまり自分のこと話しませんから、教えてくれてありがとうございます。では」

「ああ、頑張れよ」


 エルの奴、シスコンのくせにフェイスちゃんに言ってなかったのかよ。生徒代表って言うのが恥ずかしかったんか? そんなこと呑気に考えてたら、隣の奴に肩を叩かれる。


 いってぇなって思ったけど、そういやピアスしてたから貴族だ。「なんでしょうか?」と聞けば、


「い、今の女だよな」

「そうですね」

「し、白制服⁉」

「そうですね」


 受け入れられないのか、オレに事実確認をしてくる。まあ、オレも知らずにいたら似たようなことになるだろうな。


「あのー、受付ー」

「あ、すみません。どうぞ」

 とはいえ、今は受付をやっているのだから構ってはいられない。向こうもそれを見て、仕事再開したしな。


 教えてもらった名前を名簿から見つけて紙を渡すと、

「先輩は、王都出身ですか?」


 急にそんなことを聞かれた。耳を見てみれば、なんもなかったので平民だろう。


「いんや、ちげぇけど。なんで?」

「エヴァンズに驚いてなかったので、ぼくら、王都出身の平民はあの子のこと知ってるから大丈夫なんですが、知らない人からはよくあの子混乱されるんで……」


 成る程、それで一部の奴らはそこまで驚いてなかったのか。


「王都出身じゃねぇけど、知り合いなんだよ」

「そうですか」

 ほっとしたように彼は笑う。


「おう、入学おめでとう。頑張ってな」

「はい!」


 今の子、別にフェイスちゃんのこと心配してたみたいだから。王都出身の平民はフェイスちゃんに理解があんのかな。となると、武闘大会のペアは王都出身の平民の子にすればいい名じゃねぇのと、エルに勧めとくか。


 しばらく立つと、また校門のあたりがざわつく。今度はなんだと思ったが、白制服を着た生徒が二人いる。


 一人は背が高く、黒髪は短く切っている、もう一人は背のちっさい明るい茶色のつんつん髪。離れてるから、顔まではよく見えねぇけど、なんつーか雰囲気が凄い。いろんな奴らが「あれは……ヴァルファ様とアルフレッド様⁉」と口にする。なんつーか、情報提供ありがとう。


 確か今年入ってくる紫と緑の公爵家子息の名前だよな。噂では聞いてたけど、すっげぇ、人がはけていく。ただ歩いてるだけなのに、謎に華があるし。


「ヴァル、今回はどっちがトップとったかな?」

「分からん。だが、今回は俺であって欲しい。発表は入学式終わった後だった筈だ」

「あー、なんで順位発表が入学式の後なんだろうね。まあ、制服の色で僕とヴァルが同じクラスなのは分かるんだけどね」

「アルも俺もSクラス以外はないだろう」

「だよね」


 仲良しとは聞いてたが、本当に仲が良いんだな。そして成績優秀って話も。二人ともどちらが首席かだなんて会話してるし。この子たちとフェイスちゃんが同じクラスか。どうなんのかな?


 そんなことを呑気に考えていると、紫の公爵子息がこちらに向かってくる。な、なんで? 大体貴族の入学者は貴族同士だからってSやA、Bのクラスの雑用にあたった奴のところ行くのに。


「ヴァル、なんでそっちいくの?」

「こっちの受付の方が距離が近いし、空いている」

「確かに並ぶのめんどくさいもんね」


 そうだけれども。SAB,CDE,FGHと受付担当がなんとなく別れて作業している中で、一番空いているのはオレらの所だ。CDEって平民と貴族が混じってることがあるクラスだから、どっちが担当やってんのか分かんなくて、避ける奴が多いんだよな。Cのオレは平民だけど、隣のDの奴はそこまで地位は高くないだろうけど貴族だ。Eはオレと同じ寮生の平民だし。混まなくてラッキーとか思ってた。


 受付なんてするのはどこでもいいのだけれども、やっぱりなんとなくみんな平民か貴族かで列が分かれてたから、安心してたんだよ。が、まさかの一番ドエライ新入生がこっちに来るとはな。


「カイ、おれトイレ行くわ」


 に、逃げた。同じ寮生の癖に、Eクラスの奴オレを見捨てて逃げやがった。くっそ、先手を打たれた。


 で、でもDクラスの奴は貴族だし――駄目だ。てんぱってんのか、九九唱え始めたぞ。末端貴族と最上級の貴族って絡まないっていうしな。


「受付をお願いしたいのだが」

「ふぁ、はい!」


 こうなったらオレがやるしかない。


「お、お名前は」

「ヴァルファ・ロッツ・ハイドフェルドだ」


 そう名を告げる少年は、美麗だった。エルにも負けず劣らずってくらい美形だった。


 黒髪の艶のある短髪に白い肌。青味がかった紫の切れ目の下には泣き黒子。エルのは柔らかいって印象を抱く美しさとは、また違うけれど、きりっとしたその顔つきに思わず口を開けてしまいそうになる。エルと同レベルの美形なんてこの世に存在したんだ……。


「はい、ありがとうございます」


 そう、なんとか返事をすると名簿から名前を探して丸をつける。


「あれ、珍しく固まられなかったね」

「そうだな。仕事が早くて有難い」

「ヴァルは初対面の人に固まれることが多いからね」

「俺は、そんな怖い顔でもしているのだろうか?」


 お、おう。やっぱエルと同じように美形すぎて、初対面の人を硬直させる現象があんのか。しかも、エルと違って無自覚。


「ご入学おめでとうございます」

 震えそうになるのをおさえながら、紙を渡す。


「ありがとう」


 大貴族様から、礼を言われちまったぜ。礼儀だから言ったんだろうけど。しょ、正直心臓に悪いのなんのって。


「次は、僕ね。アルフレッド・レトガー・シュトックハウゼンだよ」

「はい」


 先を見越して名前を告げてくれた。大きな獣じみた灰色の瞳がオレを見つめる。


 やっぱこの二人は噂の紫と緑の公爵子息か。


 あと、レトガーって聞くと、オリス様やレトガー様が緑の公爵家と親戚なんだと改めて実感させられる。同じ亜麻色の髪だし、低身長に、謎の存在感がある。オレとエルはこの目の前にいる方の親戚にサンドイッチされて試合を見ていたのか。


「ん? カイ・キルマー?」

「名札にはそう書いてあるが、どうしたんだ?」


 名簿で名前を見つけて、丸をつけようとしたところまさかの名前を呼ばれて、丸が歪む。はみ出してるから、直さないと。


「オリスとテレルとテウがね、この人について話してたの」


 まさかの話題にされてた。どうしよ。でも、貴族の会話に口出すのもどうかと思うから、なんか言われるまでは黙っとこう。それより消しゴム。


「どんな会話だ?」

「今年の武闘大会で運とペアの強さで勝ち上がった奴がいて、その人がカイ・キルマーっていうの」


 逃げたい。胃が痛い。泣きたい。なにも、こんな身分の高い人たちにまでそんな話が耳に入らなくてもいいじゃないか。


「なるほど。でも、運も実力の内だ。戦場でも運は重要だしな。それに、強い奴がペアに選ぶというのには相応の理由があるだろう」


 けちょんけちょんに言ってくれる方がまだ良かった気がする。ちょっとキラキラした目でオレを見ないで。期待しないで。ペアになった理由が「お互いの貞操の無事の為」なのに、そんな目で見ないで。心が痛い。オレ、そんなすごい奴じゃねぇ。


「そっか、そうだよね」

「ああ、でアルは武闘大会どうするんだ?」

「ヴァルとペア組みたいなって思ってるんだけど」

「アルと俺が組んだら、バランスが悪い。あと、俺はアルと闘いたい」

「確かに、組んだら戦えなくなっちゃうね。やーめた」


 うっし、話題がそれた。心の安定を取り戻したところで消しゴムで丸を消して書き直す。


「ご入学おめでとうございます」

「うん、ありがとう。キルマー先輩も武闘大会頑張ってね」


 そう言うや否や、二人は去っていく。うぐぅ、胃が胃が痛い。明るい笑顔で言われた言葉がオレの心を抉る。オレの良心という良心が悲鳴を上げる。貴族に先輩だなんて言われて恐縮する。


「武闘大会嫌だ……」


 思わずそんな言葉が口から出た。


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