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10 同室者兼後輩

 

 寮生は、冬休みが一般生より一日短い。

 何故なら部屋の調整などを行うためだ。とはいえど一日だけでやるもんだからすったもんだだけどな。


 まあオレは貞操守る為とかで特別扱いだから、一人部屋のままだろう。

 少し寂しい気もするが、背に腹は代えられない。


 そんなんなら、俺だけ一日遅く来たっていいじゃねぇかと思うが、決まりなのだから仕方ない。


 それになんか、ジュリーって言う子、オレと一緒にいると不機嫌だからな。彼女が落ち着くまでオレは長居しない方がいいだろう。

 いや、自分の実家のような場所なのに、遠慮するのはおかしいとも思うけれど、オレには女心とか分かんないし、八つ当たりとかされたりしたらたまんないし……うん、しゃあねぇな。ズーハオには「まあ、今はちょっと気分が荒れてんだろうよ」って慰められた。そうだよな、きっとそのうちなんとかなるさ。


 寮の入り口の所には、元副寮長、現寮長のディーター先輩が「おー、カイ久しぶり! 進級おめでとう」と軽く挨拶してくる。偉いな、多分一番最初に来たんだろうな。


「おはようございます。寮長」

「寮長って言われると、変な感じがするな。ずっと副寮長って言われてたからな!」


 一礼して挨拶すれば、そう返される。確かに進級時とかって前の呼び名とか教室とかにまだなじみがあるから、新しいやつになると混乱すんだよな。


「そのうち慣れると思います」

「そうだな、あ、そういやカイ。お前に同室者が二人もできるぞ!」

「へ?」


 寮長が満面の笑みで語った内容に、オレは混乱する。


「え、いや、なんで、急に?」


 どうしよう、同室になったのがよく胡椒で撃退してるあの変態だったりしたら。いや、あの人学年違ぇか。しかも、いきなり二人増えるなんて。部屋どうすんだろう。オレの使ってる部屋ってベッド二つしかないんだけど。なんにせよ、早く戻ってきて良かった。


「そう真っ青にならなくて大丈夫だぞ。同室になるのは新入生だから」

「新入生? 学年別なのに部屋が一緒なんですか?」


 普通同じ学年同士で組むのに。部屋が足りなくなったとかか?


「イレギュラーなのは分かっているがな。そうせざる得なかったらしい」

「な、なんでですが?」

「二人とも、顔が良いからな。カイを同室にすれば襲われるなんて起きないだろうし、話を共有しやすいって、寮監が言ってたな」

「ああ、なるほど……そういう訳ならばっちこいです」


 しゃあ! 仲間が増えた! いや、本来喜ぶべきことじゃないけど。同じ境遇になりえる奴と仲良くなれるチャンスがあるのは嬉しい。あと、同室になれば守ってやれるしな。そういうことなら全然構わない。エルにも伝えようっと。


「もう部屋に二人とも着いてるらしいから顔合わせしてこい! 後輩だぞ後輩!」

 寮長が豪快に笑って、肩を叩いてくる。力が強い。


「寮長、痛いですっ」

「ああ、悪いな! カイはひよっこいな! そんなんで武闘大会大丈夫か?」


 完全に忘れてた。そうじゃん、オレ武闘大会勝ち上がっちゃってんじゃん。


「だ、大丈夫じゃないです……」

「そうか、でも頑張るしかないわな! わしも出るから一緒に頑張ろうや」

「は、はぁ……」


 まあ、勝ち上がっちゃったんだから仕方ないわな。ペアのエルが強かったからとは言え、逃げ出すなんて駄目だろうし。足をなるべく引っ張らないように防御と回避だけでも頑張らないとな。


 攻撃は無理だな……怖くていけねぇや。正気で落ち着いている時に本気で暴力を振るうのは心が拒絶する。いや、武闘大会なんだから。暴力とは違うかもしれねぇけど、やっぱ怖ぇや。


 それにオレは自分が弱いって分かってる。ディーター寮長みたいに槍のスペシャリストでも、非常事態の時に動けるような人じゃないって、エルみたいにハイスペックな奴でもない。……何も出来ない凡人って、分かってるんだ。



 ***



 ずっと部屋を一人で使っていたせいでノックをする習慣がなかったけど、ノックって部屋に入るのに重要な過程だなって思った。


 だってさ、新たな同室者の二人が、胸ぐら掴んで睨み合ってんだぞ。入ってくるタイミングが悪いにも程があんだろ。


 平和主義なオレはそぉっとドアを閉めて、去ろうかと思ったけど。行動に移す前に二人がこちらを見る。タイミング逃した。


 一人は、緑の瞳に、オレと似たような髪色の童顔の少年。頰に植物の蔦のような模様と前髪をぱっつんぎりだってのに、可愛い顔だから普通に似合ってる。蔦の模様って緑系統のどっかの地域の慣習だっけ。


  もう一人は、片方の瞳が緑で、もう片方が紫でキリッとしている。髪は黒でうねりがちだが、なんかワイルドな感じに決まってる。顔も端整な顔だからますますな。


 寮長の言ってた通り美形だなー、こりゃ特別扱いでオレと同室な訳だ。まあ、エルには流石に二人とも敵わないけどな。ああー、逃げたい……。


「え、えっと。は、はじめまして」


 恐る恐るそう口に出す。なんで先輩のオレの方がこんなびびって挨拶してるんだろ。


「「………………」」


 そんで無言は勘弁して下さい。

 いや、空気読めてねぇのは分かってるよ。険悪な空気だったところに、オレが呑気に入って来ちゃったんだからしゃあねぇよ。でもさ、そもそもなんでいきなりバチバチなってんの?


「オ、オレ、二年で同室のカイ・キルマーって言うんだけどさ……二人とも何かあったのか?」


 そう言えば、二人ともオレを凝視してくる。なんなんだよ、もう!


 オレにどうしろってんだこんな状況。落ち着け、オレは先輩だぞ。先輩。先輩らしく後輩の二人の話を聞かないと……聞かないと……、でも向こう無言なんだもん。エルのお陰で、美形に見つめられる耐性はついてるけど。初対面の奴にこんな険しい顔で凝視されるなんて耐性はついてないぞ。


「新入生のヘスス・センテーノです」

「……ビト・ギジェンっす」


 掴み合ったまま自己紹介すんな。


 オレ、どうすればいいのか分からねぇから。返事が返って来たから少しは前進したけどよ。


「よ、よろしくな二人とも。で、何があったんだ?」

「「ここにこいつが居たのでつい手が出ました(出たっす)」」


 嫌なところでシンクロしやがった。

 なんだろうな、オレの周りバイオレンスな奴多くね? ハノはもちろん、最近会ったジュリーちゃんもそうだし。エルは代表格だし、テレル様は暴力は振るって来ないけど威圧は凄いし、目の前の二人は初対面時から過激な事を言ってるし。


「と、とりあえずお互い掴むのやめようぜ。知り合いかなんかか?」

 そうお互いの胸倉掴むのをやめさせる。


 仲悪い二人が同室になって、早速喧嘩とかか?


「知ってはいますが、知ってることが酷く不名誉です」

「知ってけど、記憶から抹消してぇっす」

 そうなると知り合いか。随分と仲が悪いな。


「今日、初めてこうして目の前にしたけど、鳥肌たつっすね」


 やめろ。これ以上オレを混乱させる情報を出すな。お互いのことを知ってるけど、会うのは初めてで、こんな仲が悪いってどう言うことだよ。


「今からでも寮監にオレから言って、一人別の部屋にしてもらう?」


 許しが出にくいだろうけど、仕方ねぇ。寮監に必死に頼みこむか。


「いいですけど、移動するのはこいつで」

「いいっすけど、移動すんのはこいつで」


 やめい。どんなだけお互いのことを嫌ってんだよ。争いの種を新たに作るな。解決策がおじゃんになっちまう。


「どっちが移動しようと大して変わらねぇと思うけど。むしろ、移動した方が器がでかいんじゃねぇの」


 試しに煽ってみるか。なんかお互いに反発心があるみたいだから、こうすれば進んでどちらかが移動することにするんじゃ――、


「……日当たりが好みなんですこの部屋」

「……嫌な臭いがしないんっすこの部屋」


 妙なところに拘りがあるなぁこの二人! むしろ仲良いんじゃねぇの?


「そ、そうか……じゃあ、あんま喧嘩すんなよ」


 オレの胃の為にもな。まあ、でも先輩の前でホイホイとすぐ喧嘩するような無茶苦茶な奴らじゃないよな。きっと。


「不可能って言葉知ってます?」

「無理っすね」


 煽るな、断言すんな。じゃないと、オレ泣くぞ。泣かないけど。


 そういや、この部屋ってスペース的にベッドが二つしか置けないよな。となるとそもそも三人でこの部屋を使うのは無理があるような。


「つーか、狭いからオレが別室に移るか……」

 使い慣れた部屋だけど、しゃーない。


 二人は動く気が無いみたいだし、二人部屋を三人で使わせるって無理にも程がある。寮監に言えば、このギスギスした空間にいなくて大丈夫だ。この二人のいがみ合い見てたら、変態もUターンするだろうし、お互いで傷つけ合う以外の被害は出ないから、この二人の貞操は無事で済む。


「あ、ベッドのことおっしゃってんなら右手側の方、今日に夕方に二段ベッドに変えるらしいっすから、心配しなくても大丈夫っすよ」


 ちくしょう。上手く口実になるかと思ったのに。

 なんで寮監張り切っちゃったかな? 二段ベッドって、特別措置までとるなんて。いや、可哀想な目に遭わないように気をつけてるのはわかるんだけどよ。寮監の気遣いがオレの首を絞めてる。


 流石に夕方に二段ベッドが配置される頃にはオレも決心がついた。

 クッソ仕方がねぇ。腹をくくって部屋のこと決めるか。


「じゃ、じゃあそのベッドは誰がどこ使う?」


 軽い質問をしたつもりなのだから、二人してしゃがみこんで思案を始めた。めっちゃ真剣な顔して考えてるし。


 つーか、オレなんでこんな後輩に気を使ってんだろ。そういえば、エルが随分前に第一印象は大事だよって言ってた。流石、第一印象が良い奴は言うわ。オレ、このままだと押され気味の先輩になっちまうからバシッと言ってみるか。


「ちなみにオレは二段ベッドの上がいい!」

「……ああ、バカと煙は高いところに登るとか言いますもんね」


 ヘスス君とやらは言葉遣いは丁寧だけど、言ってることめっちゃ失礼だかんな。


「穢れ世時代からの言い回し使って賢ぶりたいみたいっすけど、気にしなくていいっすよ。本来の意味は、褒められると調子に乗って舞い上がっちゃうのがバカって言う意味なんで」


 ビト君は言葉遣いはフランクで見た目はワイルドだけど、意外とフォローとか出来るみたいだ。なんて一瞬思ったけど、ヘスス君を貶したいだけだったりして。


「それに、割といい選択っすよ。ここ天井高いんで少なくともベッドの下段選ぶより、安全が確保できます」

「え? なんで急に安全とかそういう話が出てくんの? それに上段にも落ちる心配とか……」

「下段は高さにハシゴと行動の邪魔をする条件が多いんっす。咄嗟に動ける条件はないと危険っすよ。落ちるのは寝相が悪くなければ平気っす」

「何に備えてんだよ……」


 ベッドごときで真剣に考え始めたとは思ったけど、これはない。呆れるわ。直感や好みで選べばいいものを。


「キルマー先輩、同室にはこいつがいるんすっよ」

「そ、そうだな?」


 ヘスス君をビシッと指差ししてまで言うビト君にオレは気圧される。


「いつ寝首を掻かれるか分かったもんじゃないっす。なので、俺は二段ベッドじゃないベッドを希望っす」


  どんだけ仲が悪いんだよ。寝首を掻かれるとかそういう発想どうすりゃ出るんだよ。


「ちょっと待ちなさい、僕もお前に寝首をかかれるのは勘弁です。僕も二段ベッドじゃないベッドを希望します。二段ベッドの下段に至っては論外です」


 争いのネタを増やすな。

 ベッド一つでなんでこんなギスギスした空気になるんだよ。そして二段ベッドの下段をそんな避けてやるな。生き物じゃないとはいえど可哀想になってくる。


「先輩は上段希望で、俺は身長的に二段ベッドは狭いから、お前が下段だ」


 そっちを先に言えよ。確かにビト君は身長たっかいしな。190とかあるんじゃね。


「お前が足でも切れば丁度良くなるからお前が下段行きなさい」


 発想がバイオレンス過ぎる。

 どんだけベッドの下段が嫌なんだ。このままだと悪化しかしねぇから、なんとかするか。オレ、別に二人ほどベッドについて本気じゃねぇし。


「オレ、下段にするから、ビト君は二段ベッドじゃない方のベッドで、ヘスス君は二段ベッドの上段な。これ先輩命令」


 命令とか正直どうかと思うけど、強気でいかないとこの争いは終わらねぇ。


「キルマー先輩が優しくてよかったっすね」

「お前の我儘で、僕と先輩が妥協する羽目になりましたね」

「バカと煙は高いところに登るを実践できて良かったっすね」

「お前、自分で意味説明してたくせに忘れたんですか?」


 訂正、強気で言っても終わらなかった。胃が痛い。水と油なんてレベルじゃねぇぞ。先が思いやられる。


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