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鍵7 経験者の心情

 商隊の一員、ズーハオの視点です。


 権力争いに負けて、敗者として少しの食料と水を積んだ単純な作りの船で海に流された。事実上死刑だった。だけど、生命力と精神力と運もあって死ななかった。

 俺様はプライドが高かったから、敗者のままでいるのが悔しくて、また、一から成り上がってやろうと思ったんだ。たとえ、たどり着いた場所が聞いたことの無いような場所でも、どんな手を使おうと、誰を陥れようと、成り上がってやろうと思ったんだ。


 だけどよ、今思うとな俺様が本当に求めていたのは権力なんかじゃなかったんだよ。

 

 それを自覚してなかったから、迷走して、暴走して、大切なものを見落として、ますます自分を追い詰めた結果、流された。


 なのにまた似たようなことをしようとしていた。


 馬鹿な奴はさ、本当に求めてるもんを見失っちまうんだ。


***


 ピクピクと動いていた灰色の犬耳の動きが止まる。お、なんかあったのか?


「嘘がほんの少しってとこかな」

 大きな灰色の瞳をぱちぱちとすると、奴は呑気にあくびをする。


 黒い肌をしたその体は小さく、顔も童顔寄りで、一見子供に見えるが、これでも十九あたりらしい。あたりっていうのは、誕生日とかが曖昧だからだ。


「なんのことだ?」

 放って置くと自己完結して誰にも話さないだろうから、丁度横で商隊のルートを検討していた俺様は聞く。


「ジュリーとカイの会話!」

 相変わらず耳が良いな。流石、犬っころだ。

 俺様なんてあの二人がどこにいるかもわからねぇのに。


「あー、あの足音がしない子な」

「ズーハオもそれ気づいてたんだ。おいらと一緒だ!」


 サドマはパァと弾けるような笑顔をするが、俺様とシンクロしたことで喜べる内容じゃねぇ。


「そりゃあな。警戒するだろ。グラフィラがお陰で不機嫌だ。で、どう?」


 足音がしない行き倒れ。厄介な予感しかしない。


 キルマー一家は揃ってお人よしだから、行き倒れを放って置けなかったんだろうが、世の中には恩をあだで返す奴もいるからな。それに今回の行き倒れには不審な点がある。


「むりっていう訳じゃないけど、難しいし時間がかかりそうかなー? あと、カイが普通に苛立たれてる」


 俺様は危険人物かそうじゃないかっていう意味で聞いたつもりなのに、サドマの奴は完全に黒認定で更生出来るか出来ないかを話してくる。

 こいつが黒認定したらそいつは黒決定だ。サドマのこの手の奴は外れない。


 毎回、思うけどどうやって判断してんだか。俺様も「今考えてること、実行しちゃダメだよ!」とか直接言われた時には心臓止まるかと思ったしな。


 でも、ちったぁ更生余地がある奴で良かった。そうじゃない場合色々厄介だからな。

 俺様との牽制のしあいに疲れて向こうが去るまで頑張らにゃいかん。キルマー一家はお人よしだからな、ほっといちまう。更生できるなら、その手間もないし、面倒な性格もしてないだろ。だけど、そういう奴がカイみたいな奴を嫌うのは珍しいがな。


「そりゃあ珍しいこったぁ。デリカシーの無さが原因かぁ?」

「色々ありすぎて分かんない。でも一つには肩透かし食らってチクショーって感じ」

「なんだそりゃ」

「カイのこと探ってたけど、ほらカイってあれじゃん」

「探ってもなんも面白みもないしな、危険人物でもないな」


 なんならなさ過ぎて、探ってるこっちが馬鹿みたいに思えてくる。まあ、その内その馬鹿らしくなってくる程の分かりやすさにはまってくんだけどな。


「まだハノを探った方が面白いと思うよ! 全く探られてないけど」

「ハノも分かりやすいけどな。年近い姉ちゃん出来た感覚で喜んでる。向こうもあんな慕われると絆されるみてぇだしな」


 恐るべし、キルマー一家。今まで何人が絆されてきたことか……かくいう俺様も絆された一人だけどな。

 カイが駄目でも、ハノが効く。いや別にあいつらは何も気づいてないだろうけどよ。


 なんつーか、心地がいいんだよな、ここの奴ら。

 真っ直ぐ見てくるし、懐広いし。最初は疑ったりするんだけど、次には疑うのが馬鹿らしくなって、その内逆にこっちが向こうの心配するハメになる。で、関わっていくうちに、気に入っちまうんだよな。たとえ、危害を与えようと思っていても、その無防備さに手を出すことをやめてしまう。

 

 それが嫌で、カイとかに危機感を持たせようと頑張った訳だが、どうしてだろうな、カイのお金に関する関心を高めただけになった。しかも、根っからの金の亡者とかになればいっそいいものに、人とかとかけると流石に人をとるし。

 直接的に危機感を教えるとなると計画が頓挫するから、婉曲的にと思って、詐欺とか、借金とかの怖い話をしたのが間違いだった。お金関係の危機には気づくのにそれ以外はからっきしだ。


 なんならお金関係のことでさえ当時は俺様のことを信用しきって疑いもしなかったからな。「ズーハオはすっげぇな! 親切だな!」と目をキラキラ輝かせてくるから、僅かな良心が痛みに痛みまくった。


 他にも色々とキルマー一家や商隊の連中に関わっていると、無防備さの心配と、良心の痛みの連続で、自分の計画とかそういうのがどうでも良くなった。

 もう、計画とか捨てて、成り上がりとか止めて、一緒に呑気に暮らして、危機感ねぇ連中の面倒みてやっかってなった。


「グラフィラが寂しがってた」

 ああ、あいつはキルマー一家大好きだから。


 グラフィラは俺様より年上だっていうのに、一番寂しがり屋だからな。

 まあ、サドマのことも気に入ってんのか、駄犬呼ばわりはしているものの、冬とかに抱き枕にしてるらしい。大人の男女なのに子供のように二人して眠ってる姿は、なんとも言えない。一度サドマに「お前らなぁ……」と言ったところ、「ズーハオも混ざる? 真ん中とかどう?」と満面の笑みで返された。誰が混ざるか。そんなアホみたいなことするなら、綺麗なねぇちゃん引っ掛けてくるわ。


「あいつは姉ちゃんじゃなくておばあちゃんだろ言動的に……ん? サドマ、どうした?」

「誰がおばあちゃんだと言うのじゃ?」

「うげっ……」


 地べたに座って地図を広げていた俺様の背後にグラフィラ・シゾヴァがいた。


 北のリディーニーク連邦出身を示すかのような白い肌、冷ややかさにぴったりの薄水色のつり目、サドマの髪よりもう少し白に近い灰色の髪。そして低身長に童顔、この見た目で俺様より年上なんだぜ。

 まあ、口調で中和されてるけどよ。あー、サドマといいこいつといい、見た目年齢、精神年齢、実質年齢がぐちゃぐちゃだ。


「お主も行動がおっさんじゃろうに」

「俺様はピチピチの青年ですぅ」

俺様は見た目も精神も実際も全部同じ筈だ。お前らと一緒になってたまるか。


「おいらは?」

気になるのか、尻尾を小刻みに振りながらきくので、俺様は答える。


「老人」

「子供」


 ん? グラフィラと声が被った。

 正反対の意見だが、どちらも間違ってねぇな。


「間をとって中年って事だね!」

 それは違う。


「で、どうすんだあのジュリーって子?」

「どうしようもないじゃろう」

グラフィラが寒いのか手をさすりながら言う。


 こいつ、北国出身で、服装も一番着込んでるし、毛皮でモコモコなのにすぐ寒がるんだよな。おかしいだろ。

 あと、サドマがいるのに毛皮製品はどうよって最初は思ったけど「生き物が生き物を殺して生きていくのは当たり前だよ! その上で殺した生き物に敬意を持って食べたり、使っているのは大丈夫! おいらが駄目なのは殺しを遊びでやったり、殺した相手に敬意を払わないクソ野郎だから!」とのことでOKらしい。


 一応、サドマの過去はざっくり知ってるけど、闇が深いよな。あのサドマの口からクソ野郎だなんて出るとは思わなかった。指摘とか注意はするけど、罵倒や悪口は言わないタイプなのに。


「キルマー一家は揃ってアホらしいほどのお人好しじゃからな。なんせ、ズーハオも取り込んだ実績もあるのじゃから」


おい。


「おいらもズーハオ、連れてくって聞いた時には反対したなー」


 へへぇと笑いながらサドマも同調するが、知っている内容とはいえ俺様には一ミリも笑えねぇ内容なんだが。黒歴史だぞ。


「お前ら、本人の目の前だかんな」

「今は別に置いてけば良いのにとか思ってないから安心して!」


 今でもサドマがそんなこと思ってたら、流石に傷つくわ。


 でもまぁ、サドマがいなけりゃ、俺は何してたか分からないからな。

 絆される前の最初期の俺様のことを置いてきたいと思ったサドマは間違っちゃいない。大して関わってなかったら、あの無防備さに目がいかないからな。危機感のねぇ連中の中で、危機感を持ってたのがグラフィラとサドマだった。


「まあ……キルマー一家はもちろん、サドマの存在がやばかったからな。どこまで知ってんのか怖かったわ」

「どこまでだろうね!」

「これだよ、これ。すっとぼけてるから老人だよ」

「わらわが考えるに、こやつは適当に思わせぶりなこと言ってるだけじゃと思うぞ。悪戯っ子じゃ」


 グラフィラのそういうところは随分と豪胆だと思う。悪戯っ子って、自分の何が見透かされてるのかも分からない状況で言えるとか。


「どっちでもいいの!」

「あー、どちらにせよ怖っ」

「えへへ」


 策略とか考えるのが上手い奴の方がよっぽど怖くない。

 だって、そいつらは理論で動くから。昔の俺様と同じタイプだから。

 感情論だけで動く奴よりも怖い。感情で動く奴は扇動されやすいから。操ろうと思えば操れる。


 サドマはそのどちらとも言えない。論理で攻めようとも、感情で攻めようとも、動じない。


 ただ、人のことを見透かす。見透かそうとしている様子がある訳じゃない。なんというか、知っているのだ。そんで、ふとした時に口にする。


 腹黒とか、猫かぶってるとか、そういうのじゃない。むしろ、無邪気で裏表がない。だけど、読めない。まったくもって不思議で、敵に回したくない奴だ。


「そういやあの子、お前を避けてるな」

「つい口に出しちゃったの! 傷つけちゃ駄目だよ! って」

「行き倒れの怪我人に言う言葉としては不適切だな」

「スパイかなんかだったらドキリとするじゃろうな」


 正にそれ。過去に似たような経験をしたことがあるから、ちょっとあの子に同情しちゃうわ。でも、なんかしようってんなら容赦なく潰すけど。


「まあ、あの子スパイに向いてないけどね」

「向いてないのか」

 それは良かった。


 なんだかんだいって、一部の例外を除けばバカの方が楽だ。


「うん、向いてない。めっちゃ感情的だし、じょうちょ? 不安定! だからこそ危険だけどね! ズーハオみたいな計算タイプより動き読めないよ」

「いちいち引き合いに出すなよ」


 そんでお前よりはそいつは読みやすい筈だ。

 感情論で動くタイプなら相手なら俺様でもなんとか出来るかもな。なんか、サドマの言い方だと俺様の方が雑魚って感じで気に食わない。


「痛いのも、悲しいのも、辛いのも、寂しいのも、嫌だね! 恋も愛もこじれると怖いね!」

まーた訳の分からないことを言い出した。その言葉に意味があるのか、ないのか、俺様には分からない。


「だけど、大好きな人が大切な人がいるのって幸せだとおいらは思うんだ! 独りぼっちは嫌だもの! みんなに会えて良かった!」


曇り空の下でサドマは太陽のように笑ってから「あー! 荷物運び忘れてた!」と荷馬車の方にかけていった。ああ、意味のわからないまま終わった。


「独りぼっちは嫌か……俺様はそんなことないけどな」

「お主、なんだかんだここに居ついておいて何を言っているのじゃ? 冗談にしても下手すぎじゃ」

「黙れグラフィラ」


俺様は主にキルマー一家に絆されてここにいる訳だが、サドマもかなりの功労者なんだろうなと最近は思ってる。グラフィラはよく分からん。


 あいつが俺様の計画をどれだけ知っていたのかは分からんが、俺様がなんか危害を与えなようとしない限り、最初に置いてくだの言ってたのを除けば何もしなかった。俺様が計画について忘れたり、馬鹿らしくなってる時には一緒になって笑ってた。


 俺様が「もういっか、ここで楽しくやっていけば」って決心がついた時に、サドマは飛びついてきた。なんなら興奮しすぎて夜中にはしゃいで叱られてた。後から訳を聞いた話じゃ「人間の可能性を感じた」そうだが、疑うことなく最初から俺様を受け止めた奴らと、俺様のことを知った上で受け止めることにしたサドマ、どちらもいたから、ここにいるんだと思う。


 俺様のことを知っていたサドマが認めてくれる程、変われたと自信を持てるからここにいる。


 悔しいから言わないでいるけど、それすらも見透かされてたら恥ずかしいことこの上ない。だから、俺様はサドマが今でも苦手だよ。


 見上げた空は曇りで、灰色ってのはあの犬っころの色で、お前は本当にどこまで見透かす気なんだろうなって笑った。


***


 独りぼっちが嫌だった。居場所が欲しかった。誰かに認められるような奴になりたかった。


 中途半端な地位の家に生まれて、庶民の子のように泥だらけになって遊べなければ、上の方のように輝かしい場所での交流も出来なかった。父は仕事人間で、母はいなかった。唯一、巻物だけは手に入ったから、必死に勉強して、成り上がった。でも、何か足らなくて更に上を目指した。渇望して渇望して、なのに何に渇望しているのか気づかずにいた。渇望している対象を誤解した。


 でも、今はここにいる。認められている。だからもう飢えない。


 ジュリーちゃんとやらが何が目的でここに来たのか、何に飢えてんのか知らんが、これから先どうなることやら……サドマに牽制されている内にキルマー一家に絆されるのならよし、だけど牙を剥こうってんなら俺様は容赦しねぇよ。

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