9 ジュリー
「誰ですか?」
商隊と合流して早々、初対面の女の子にガンつけられました。
こ、このパターンは予想してなかった。ハノに会って早々蹴られるのを避けるのは準備してたけど、これは予想してなかった。
綺麗な黒の前髪はぱっつん、両サイドの髪は少し長めになっているのを左右それぞれでまとめている、後ろの髪は肩にかかるくらいと、奇抜な髪形。ワインレッドと黒のワンピースは白い肌によく映えていたが、怪我をしているのか左目や右手右腕といったように包帯が巻かれていてどうも痛々しい。右目だけとはいえ赤い瞳は燃え盛る炎のようで、エルと同じ垂れ目だというのに眼力がすごかった。
「え、えーとどちら様でしょうか?」
女の子相手っていうのと、相手の気迫に負けたので、慎重にそう聞く。
「私が先に聞いた筈なんだけど」
「か、カイ・キルマーです」
「そう……私はジュリーよ。早速だけど八つ当たりしていいかしら?」
「どういうことだよ!」
久しぶりにみんなと会えるとか思ってたのに、何この状況。初対面の女の子に名前聞かれて、次には八つ当たりしていいか聞かれるなんて、どういうことだよ。しかも、結構向こうは遠慮なくくるし。この国の女の子って大人しい子が多いはずなんだけど……。
「あ、兄貴」
と思ったらハノが来た――って、助走してね?
「うおりゃ! ……っち、避けんなよ」
「避けるわ!」
会って早々やっぱり蹴ってきた。ったく、相変わらず実の兄になんてことをしてくるんだよ。ほんと、ハノはオレのことが嫌いだな。
でも、これは予想できてた展開だ。なんか知らない女の子に声かけられたからもしかして違う商隊だったのかと思っちまったぜ。
「ハノくん、こういう時には声をかけずに不意打ちを容赦なくするのが一番よ」
「なるほど、ありがとなジュリー」
知り合いかよ。
めっちゃ不穏な内容を気軽に話してんだけど。なんか仲良さげだけど、兄ちゃんは展開についていけてません。
「あ、兄貴こいつ新人のジュリーな、親父が行き倒れてんの拾った」
猫か犬を拾ったような口ぶりで言っているが、人間だ。
まあでも、実際うちの商隊は結構人を拾ってるからな。なんなら連休に酒場でフェイスちゃんと賭け事してた連中はじいちゃん以外全員そうだ。
サドマはデシエルト皇国の国境沿いで酷い目に遭ってたのをハノとオレが探検中父ちゃんたちが夕飯作ってる間の探検中に見つけて、そのサドマを駄犬呼ばわりしている経理担当のグラフィラはずいぶん昔にじいちゃんにリディーニーク連邦で拾われ、オレに金貸せとか言ってきたふざけたあんちゃんのズーハオは海岸沿いで倒れてんのを母ちゃんが拾った。他にも結構いるんだけど、割愛する。
拾っても、自分の居場所見つけて暮らせるようになる奴もいるしな。あの三人が長い間一緒に行動してんのは、故郷に帰れなかったり、定住するには難しいとか、そういう複雑な事情があるからだしな。
とはいえ人が生きるには金が必要な訳で、一時はほんとにやばかった。でも、自分の居場所を見つけられた奴が援助してくれたり、一緒に行動している奴らも新しいアイデアを出してくれてそれが成功したりとで、なんとかなったんだけどな。
じいちゃんや父ちゃん母ちゃんはともかく、オレとハノは別に人助けをしたいとかそういうんじゃなくて、単純に見殺しにする勇気がないだけだ。
サドマの時は、砂漠で雑種のやつらが炎天下の下で晒されて死んでんの見て、死体なんか怖いものみちまったって別んとこ行こうとしたんだ。
だけど、そん中でまだ少し動いてる奴がいたんだ。そいつも放って置いたら他の奴と一緒になっちまうのかと考えて怖くなったから、二人で騒ぎ立てたんだ。たぶん、あいつがピクリとも動かなかったら「怖いもんみちまったな」で終わりにしてた。
でもさ、騒ぎに駆け付けた大人たちはオレ達とは違ってさ、動いてた奴ももちろん、死んでた奴にも全力で対処してた。オレ達が「怖いもん」と放っておこうとした、彼らをちゃんと埋葬した。それに気づいたのはサドマが他の奴らもいないかと聞いてるのを見た時だ。
オレ達が見た「怖いもん」は目の前で生きてる奴の仲間だった。そう実感した途端、自分が情けなくて恥ずかしかった。サドマが回復して、こちらの言葉に慣れてきた頃、オレとハノは罪悪感に駆られて正直にそれを話したんだ。
そうしたらサドマは「きみらは良い子だね!」と笑ったんだ。嫌味とかじゃなくて、本気で彼は言ってた。怒られたり、嫌われたりする覚悟をして告白したのにそういう反応をされて俺もハノもポカンとしてたな。オレは別に良い子じゃねぇもん。
そういや、サドマが飛びついて来ないな。いつもなら匂いに反応してくんのに。
「ハノ、サドマは?」
「分からん、散歩でもしてんじゃね。つーか兄貴、オレが今ジュリーについて説明してんのになんでいきなりそんなこと聞くんだよ。しばらく黙ってる間に頭ん中で勝手に話進めるんじゃねぇ」
「悪ぃ、よろしくなジュリー」
「ええ、よろしく。噂通りのおバカさんね」
笑顔で言う言葉じゃねぇ。なんでこの子オレに対しての当たりがこんな強いんだ?
「オレ、何か不快になるようなことした?」
「最初に言った筈よ。八つ当たりするって」
「初対面の奴に八つ当たりって……」
「初対面の人に八つ当たりをしてはいけないなんて法律はないわ」
「法律の問題か⁉︎」
普通に常識的にダメだと思うオレは間違ってんのか?
「ジュリーって意外と口が悪いんだな。まあうちのクソ兄貴だったら、容赦なく八つ当たりして構わねぇよ」
「ありがとうハノくん」
「色々ツッコミどころが多いけど、オレへの八つ当たりの許可をお前が出すな!」
どうしよう。初対面のの女の子にこういう印象を抱くのは失礼なことだけど、目の前に最凶のコンビが出来てるんだけど……。あの連休以降に何があったんだ?
混乱したまま、商隊の連中に挨拶をしながら、父ちゃんや母ちゃんのいるであろう一番大きな荷馬車に近づくと。
「カイだあああああああああっ‼︎」
サドマが飛びついてきた。
エルに体幹弱いとか言われたから踏ん張ってみたけど、勢い的に無理だ。雪原の上に倒れる。お、重い。雪が冷たい。まあ、サドマがあったかいからプラマイゼロか。
「お、おう久しぶりサドマ。なんか人増えたらしいな」
「ジュリーさんね。おいら、あの子に嫌われてるよ!」
「お、おう」
初っ端から笑顔で深刻な問題を告げられたんだけど。
ええー、あの子サドマのこと嫌いなのか……まあ、サドマは雑種だから偏見の目で見られることが多いからな。慣れれば平気になるだろ。
「まあ、そのうち慣れるんじゃねぇの?」
「勘の鋭い奴は嫌いだってさ」
「お前、鋭くないだろ」
「匂いで分析は出来るよ!」
「なるほど」
サドマの初対面時の情報収集能力は凄いからな。性別、年齢、人種、生活習慣などを匂いで判断する。エルの体のこともそれで判明したしな。あの時は大変だったけど、結果オーライだ。
「そういや、エルの性別のこと誰かに言ったりしたか?」
小声でそう聞くと、サドマは首を横に振る。良かった。ハノとかに言ってる可能性もあったからな。
「じゃあ、そのこと黙てってくれないか?」
「りょーかいっ!」
満開の笑顔で敬礼してみせると、彼はやっとオレの上から退く。
それをいいことに雪を払いながら立ち上がると、ふと気になったことをきく。
「なんで勘の鋭い子が嫌いなんだ?」
「そういうのはね、鈍感なカイは知らなくていいことだよ! めんどくさいの嫌でしょ」
オレ、鈍感じゃねぇし。めんどくさいのは嫌だけどよ。それよりモヤモヤしてんのの方が嫌だし。
「嫌だけど、気になる。こう言うのもなんだけど、大丈夫なのか?」
フェイスちゃんから借りた本で、似たようなセリフを言った登場人物が黒幕だったんだよな。いやまあ、現実とは違うだろうけどよ。
「大丈夫だよ。たぶん!」
「た、たぶん?」
「ヤバイ感じもするけど、多分大丈夫。エルくんと似たような感じだから」
どういうことだよ。さっぱり分からん。
しかもサドマの今の言い様だとエルが危険人物みてぇな……そういやあいつシスコンとブラコンが凄まじいバイオレンス野郎だった。危険人物じゃないとは言えねぇや。あいつ危険だわ。
「んで、サドマは嫌われてて平気なのか?」
デリカシーもくそもねぇような質問だが、サドマには直球で話を聞いた方が早い。
「んー、確かに残念だけど。おいらのことを好きな人もいるから大丈夫だよ! 全員に好かれようなんて無理だからね! それにあの子傷だらけだし」
「だからいいってことか?」
ジュリーの左目や右手右腕が包帯で覆われてた。うちの商隊の連中は物資を無駄に使うような真似はしないから、結構な怪我をしていたのであろう。可哀想だとは思う。
でもサドマだって、足の小指を欠損してたり、背中に無数の鞭打ち跡と切り傷、左の犬耳に火傷痕等、何年も経った今でも残る怪我をしてるのに。辛い目に遭っても、次には笑ってるのに、嫌われて可哀想だ。良い奴なのになんで嫌うんだろ。まあでも、雑種っていう理由で嫌われてないだけマシか。でも、勘が鋭いからってだけで、悲しいな。
「だってねーカイ。傷ついてるときは大変だから生きるのが優先、傷を癒すのが優先。そのあとに他はなんとかしたらいいの」
「お、おう?」
「苦手なものや嫌いなものに向き合うことは良いことかもしれないけど、死んじゃったら何も出来ないからね。生きることが最優先だよ!」
いや、なんで生き死にの話になってんだ? サドマって感情表現が大っぴらだから分かりやすいかと思いきや、たまに訳分かんないんだよな。
***
もしかしてオレも嫌われてるかも、そう思ったのは合流してから三日目のことだった。
「ちょっとナイフ貸してくんねぇ?」
「はい」
商品を固定していた縄が解けなくて、そう頼むとジュリーが持っていたナイフをオレの眼前に差し出す。刃先をこちらに向けて。
「……え?」
当然のことのようにされたので、呆然とする。
向こうは間違えたとかそういう感じじゃなくて、包帯を巻かれてない方の赤い目でしっかりとこちらを見ている。
「早く取りなさいよ」
「え、うん、悪ぃ」
刃物の扱いとか知らない子なのかなぁ?
恐る恐る刃先を指で摘んで取ろうとするも、向こうが離してくれない。
「え、あの?」
「………………っち」
舌打ちされたんだけど。女の子が舌打ちって、どうよ。いや、男でもよくねぇか。うん、舌打ちを人にすんのはよくねぇ。……オレもたまにすっけど。
まあ、離してくれたからいいかもしれねぇけど、なんか冷たくね? 他にもあんな態度なのか? いやでも、ハノとか他の奴らには普通に愛想がいいよな。
「なんか、オレやっちまった?」
恐る恐る聞くと、
「………………むしろ、なんかやらかしてくれれば早く済むのだけれど」
何が⁉︎ まったく意味が分からん。そんなふうに混乱している間に、いつのまにか胸ぐらを怪我をしていない左手で掴まれた。
かすかな薬品と血の匂い。きめ細やかな白い肌に不釣り合いな包帯。オレを睨んでくる真っ赤な垂れ目。ち、近いんだけど……。
「……特技は?」
「は?」
唐突に単語でそう質問されて当然対応できる訳がない。ただでさえ女の子とこんな至近距離で心臓バクバクだってのに。
「さっさと答えてくれないかしら?」
「か、金勘定の計算!」
苛立った調子で促されて、オレはビビりながらも返答する。胸倉掴まれてる状況は正直変えたいけど、向こうは怪我人だし、女の子だし、でも近いし! 怖いし!
「好きな競技や、得意な武術、使う武器」
「へ? え」
「さっさと答えなさい」
「な、なし! 運動も武術も無理!」
「話せる言語の数」
「一個!」
「……この商隊って他国にもよく行くのに、一言語は冗談よね?」
冗談とか言える状況じゃないんですけど。でも、向こうは怪訝そうにこちらを見てくるし……いや、だってうちの商隊、サドマとグラフィラにズーハオがいるから、両隣の国の言語は大丈夫なんだよな。
つーか、デシエルト語はほぼ暗号に近いから向こうの商人がこっちに言語合わせてくれるし。他の小国も勉強家のズーハオが習得してるし……。だけど、ここでまた母国語だけしか話せねぇっつっても納得しなそうだし。
「……笑顔と、ボディランゲージ?」
「ぶん殴っていいかしら?」
「なんでだよ!」
頑張って絞り出したのに! ってか、そもそも唐突に胸倉掴まれて、質問責めされてる時点で色々おかしいし!
「つーか、離してくれねぇ?」
「そうすれば、殴っていいかしら?」
「良い訳ねぇだろ! つーか、怪我人なんだから安静にしとけよ……」
嫌でも顔の包帯が目につく。少しだけ血が滲んでいるのも見えて痛々しいし。
「殴ったら、安静にする」
「どんだけ、オレのこと殴りたいんだよ……」
ここまでいくと執念すら感じるわ。痛いのは嫌いだから断固として抵抗するつもりだ。
「……オレのこと嫌いなのか?」
そう優しい調子で問いかければ、彼女がオレの胸倉から手を離す。
「別になんとも……ただムカつくだけよ。ただの八つ当たりよ」
プイと逸らされた顔は泣きそうな子供みたいだった。そういや、初対面の時も八つ当たりうんぬん言ってたな。
「八つ当たりって、何か嫌なことでもあったのか? もしかしてどうにか出来るかもしれねぇし、言ってみろよ」
商隊絡みのことだったら、改善は出来るだろうし、おおよそ慣れない環境で戸惑っているのかな? なんにせよ訳も分からず当たられるのは勘弁だからな。
「あら、恋敵のせいで私がとばっちりを受けて、ボコボコにされて放り出されたという私の少し前の状況を改善できるとでも?」
「む、無理ですね……」
そういや、拾われる前のこの子の身の上知らなかったわ。
いや、重いっていうか、なんつーか。複雑すぎてよく分かんねぇや。恋愛関係でいざこざとなると、分からねぇや。ストーカーとか変態への対処法は何故か知ってるけどよ。
「別に不倫とか、二股相手だったとかそういう訳じゃなくて、純粋に片想いしてただけで、なんでこんな目に遭うのか分からないわ」
「お、おう」
「恋敵……いやこの言い方は語弊を産むわね、正確に言えば私の好きな人が大層大事にしている子に友達が出来たことから、巡り巡って私が怪我負わされたけど、ほんと意味が分からないわ」
「……確かにそれはよく分からんな」
話聞いててイメージが全然思い浮かばない。
片想い相手の大事な人に友達が出来たら、巡り巡って片想いしていたジュリーが暴行されたってことか? 巡り巡っての内容がめっちゃ気になるんだけど。でも、なんか安易にそういう込み入ったこと聞くのはやめた方がいい気がする。
「……た、大変だったな」
「あんたに言われると、とっても腹たつわ」
……なんて言えばよかったんだろう、オレは。そういう恋愛事とか詳しい訳じゃねぇから、分かんねぇ。




