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5 王都

 

 久々の王都の城下町だ。食べ物の匂い。賑やかな喧騒。並べられた色とりどりの商品。最高だ。いつ見ても最高だ。

 食べ物の値段を見れば、物価は少し安い。天気も良いし今日に来て良かった。

 やっぱり王都の城下町って凄いや。小さい頃から色々な市場を転々と回って来たけど、質も量も種類もダントツで多い。


 開けた場所に大きな像があるのも気になって台座の石の説明を読めば、


『この世界の支配者『天』の直属の部下、カラビト様。乱世だったこの大陸を、当時一部族の長でしかなかった初代王を見出し平定させた。王の直系はそのまま王族となり、王の四人の側近は四大公爵家の当主となった。

 カラビト様はおっしゃった「この王に民が従う限り、四つの家の均衡がとれている限り、民が司祭様のお言葉に従う限り、平和を約束する」と。最後にこの国の王都と神殿をお作りになるとカラビト様は天に帰っていった』


 と書いてある。


 その上を子供が「カラビトさん!」とはしゃいで乗ろうとするものだから、親御さんらしき人が「まあ、なんてことをするの!」と怒って抱き上げる。おお、流石観光地。


 匂いも屋台の食べ物のいい匂いばっかだ。汚水の匂いが全然しない。道の端に流れている水路も見えるところの水は綺麗だ。よく分からねぇけど、汚水は地中にあるパイプを流れているらしい。王都全体でそのような水道設備があるというのだから驚きだ。今自分が立っている場所の下とかに埋まっているのかと思うと、面白い。


「カイ、何ぼーっとしてんの置いてっちゃうよ?」

「ぼーっとするさ、だって城下町しかもこの国のっていったら商人の息子として観察しねぇわけにはいかないっつーの」

「そんなに凄いかな? ぼくはもう見慣れてるから分かんないな」

「何がすごいって建物や道の構造なんだよ。水道整備も半端ないし、何より不快な臭いがしない。知ってるか衛生関係ってかなり重要で――」

「はいはい、いくよ。ほら、この王都はカラビト様が建国時代に建てたらしいからね」

「そうそうそんな伝説もあって観光地だしやっぱ市場として最高なんだよここ!」


  いやぁ、基本オレはカミサマとかそういうのは信じないけど。この建築技術を見ると、カラビト様っていうのはいるんじゃねぇのかって思っちまうよ。地面の床のタイルでさえも、びしっと均一だ。


  きょろきょろとあちらこちらを見回すオレを見て、エルは質問をして来た。


「カイはどこ出身なの?」

「南の方。確か赤系列の領地だけど。オレの家は商人で動き回ってるから正確に言えば無いって言うのが正しいかも。エルは?」

「黄色のディプロマティー公爵家の直轄地だよ」

「へぇ、王都出身じゃねぇのな。なんで、こっちに来たんだ?」

  公爵家の直轄地となれば、暮らしは悪くないと思うんだが。


「父親が亡くなって、母親も大変で、仕方なく」


 そう答えるエルの声はどこか仄暗い。まずった。

 オレは親元離れているとはいえ両親揃ってて仲良くやってるけどよ、やっぱ大変な奴は世の中にたくさんいる。そいつらの気持ちはオレには分からない。慰める方法も思いつかない。だって、そいつらの気持ちはそいつらのものだから。


「エル、お前王都好きか?」

「普通かな? 嫌なこともあるけど、ここには妹と弟がいる。彼等を放って置けないし、暮らしは成り立ってるし、それにこういうところに住んでる人達は好きだよ。暖かくて人間味があって。それに故郷に残っててもぼくには何も無かったから、元から選択肢はなかったよ」


 折角の美声がしみったれたことに使われてて勿体ねぇな。だからオレは美しさなんてまるでない声で話し出す。


「そっか、オレは好きだぞ。市場は最高だし、食べ物は外れ引かなきゃうめぇし、疫病はねぇし、死んだ顔してる奴少ねぇし。まあ、学校や寮でのあれは嫌いだけど、たくさん学べるし、色々なことが経験できる。それにお前みたいな奴と友達になれたし、良いところだよな!」

「そう……カイは本当に綺麗だね」

「お前喧嘩売ってんのか? お前の方が美人だし、綺麗じゃねぇか。ってか男同士でなんでこんなキメェこと言ってんだし」

「綺麗なものを綺麗って言ってなんの問題があるの?」


 マジトーンで返してきた友人にオレは頭を掻く。


「お前、あれだな。プレイボーイの才能あるよ」

「褒めてんの貶してんの?」

「さあ?」


 天然っていうのかこういうの? 少なくともこいつはとんでもない人たらしだ。何も喋らなくたってすれ違う女の子が頬を染めるってのによ。あーイケメンと美声にたらしって半端ねぇな。


「あ、そういえば昨日のハンカチ返す。ありがとな」

「あ、うん」

「それにしてもすげぇ刺繍だよな。おまえ、ハンカチにいくらかけてるんだよ」


 一見真っ白なハンカチだが、縁には蔦植物、四角には大輪の花。使用されている糸の量や種類は多いのに、ごちゃごちゃした印象を受けさせないデザインと技術力。はっきり言って高級品だった。なんでよりによって金かけるのがハンカチなんだよこいつ。


「え? いやあれ……妹のお手製」

「なんだと」


 エルの言葉にオレは目の色を変える。あの超絶技巧の刺繍が妹のお手製。ふーん、良いこと聞いちゃったや。


「紹介しろ」

「いくら、カイでも妹は嫁に出さないからね」

「なんでそういう発想になるんだよ、このシスコン! あいにくオレは慎重派でな伴侶はじっくり付き合ってから決める気だ! つーか、話ずれた。紹介しろっていうのは金稼ぎできそうだから、その優秀な人材紹介しろってことだ。これだけの技量あれば売れるぞ!」


 そう主張すれば、エルが呆れた目で見てくる。なんだその態度。商人の子供として売れるものは見過ごせないんだよ。


「全くカイはブレないな……紹介するのは無理だけど、妹に話くらいならしとくよ」

「ケチ」

「完全に金ヅルとしか妹を見てない奴相手にぼくは、妥協してあげてるんだけどな。さ、それより早く文房具買おう。そっち門限あるんでしょう」

「そうだな! 早く行こうぜ!」


 そうやって駆け出せば、エルが慌ててついてくる。いつも穏やか、または澄ました顔でいる彼が、年相応に取り乱しているのを見て悪戯心をくすぐられる。少しでもその顔を見たくてオレは道も分からないのに走り続けた。


 そう、道も分からないのに走り続けたのだ。


 ***


「エル」

「なに、カイ」

「ここどこか教えてくんねぇ?」

「馬鹿」


 さっきまで居た道とは違って、賑やかさがない。建物の壁ばかりが並んでいて、光も差しにくい。雰囲気もどこか暗くて、言うなればそうだ。ここはあんま入っちゃいけない所だと思う。おまけに行き止まりだし。


「あんま、良い感じしない所なんだけど」

「当たり。裏通り、それも結構危ないところだよ。君の右手側の店なんて娼館だよ」


 しょ、娼館って男女がほにゃららする場所だよな。え、ここがと横目で見そうになり慌てて首を横に振る。なに考えてんだオレ! 顔が熱くなるのが分かる。


「まったくもう、うちの学校や寮って規則厳しいんじゃなかったの?」

「オレだって別に好んでこんな所に来たんじゃねぇよ!」

 そう叫べば、狭い道に声が反響する。


「そんなに顔真っ赤にさせて叫ばなくても分かってるよ。カイは結構純情さんだね」

「う、うるさい! そういうお前はなんでそんなに平静なんだよっ!」

「道は道だもの。気にしてたらキリがないよ」


 さらりと言ってのけるエルはどこか大人びていて、オレだけガキみたいだ。事実、エルはオレのことを優しげな瞳で見ていて「大丈夫、ぼくが道知ってるから外には出られるから」と安心させようとしてくるものだから腹たつ。


「べ、別に平気だ。こんなくらい」

「そう? ならいいけど。まあ、これからが大変なんだけどね」

「へ? なんでだよ」

 含みのあるエルの言葉にオレが疑問符を浮かべれば、彼はしゃがみこむ。


「君の大きい声で住民がこっちに気づいたんだよ、足音がする」


  オレには足音なんて聞こえないんですけど、冗談か? そう疑うが、ブーツの中から何やら折り畳み式のナイフを取り出すと、彼はにこやかにそれをオレに渡してくる。なんつー物騒なものをなんつー所にしまってんだこいつ。そしてこれをオレに渡してどうするつもりだ。視線で問えば、察しのいい彼は説明してくれる。


「もしもの時はそれで自衛してね。情けはかけちゃダメだよ。思いきり刺してね」


 花が周りに飛びそうな笑顔で言っていることはとんでもない。み、見た目に似合わねぇ。


「まあ、そんなことには、ぼくが守ってあげるからならないけどね」


 どこのヒーローまたは王子だてめぇ。滅茶苦茶やることがイケメンなんだけど。あ、でもそれだとオレがヒロインか姫になっちまう。それは嫌だ。


 取り敢えず再び折りたたんだままのナイフを制服の内ポケットにしまう。まず来るかも分かんねぇし、「刺してね」と言われても刺せる気がしねぇし、そのまんま出しとくと危険人物として認識されるわ。まあ、いざとなったら使うかもしれねぇけど。


「あ、お出ましみたいだね」


 エルの言葉通り、曲がり角から現れたのは男二人組。どちらも筋肉隆々ででけぇし、確実に堅気じゃない。目つきは滅茶苦茶悪いし、両腕のタトゥーは柄が悪い。国立軍学校でも稀にしか見れないようなガタイの良さにゴクリと息を飲む。ほ、ほんとに出てきやがった……。

 今にも腰が抜けそうなオレとは違ってエルは涼しい顔だった。


「おやおや、べっぴんさんとかわい子ちゃんがこんな所に来るたぁ、おじさん達びっくりしたわ」

「迷い込んでしまったもので、お騒がせしたようなら申し訳ありません」

「そう、ならおじさん達が教えてやろうかぁ?」


 エルはするりと伸ばされた手を避けるが、オレは恐怖で足がすくんでしまったせいで、手首を捕まれた。うぎゃあ! ど、どどどうすればいいんだ⁉


「なんなら天国連れて行ってあげよーか?」


 下卑た笑い声が響く。オレでも分かる最悪な下ネタだ。しかもその対象がオレら。吐きそうになるのを必死にこらえる。オレら二人とも男なんだけど⁉︎ それに、かわい子ちゃんってエルだけなら分かるけど、オレは一般男子! 


 恐怖と嫌悪で何も出来ずにいたオレに「カイ、11だよ、学校の」と冷静に声をかける。一瞬、なんだとは思ったけど、すぐに学校で習った護身術で手首を捕まれた時の対処法についた番号だと思い出す。覚えてはいたけど、実際に使う日が来るとは思わなかった。

 なんとか魔の手から離れたオレはすぐに男と距離を取る。あーあ、手首に手形が付いてりゃあ。


「その必要はないです。ぼくには道が分かるので」

 あっさり下品な話題も流して、オレを連れて男達の横を通る。オレの腕を掴む際に、手形が見えたのだろう、一瞬悲しげな顔をした。それを含めても流れるような動作だったので男達も見過ごしてしまったようだ。


「おい、お前!」

「無視していくよカイ」

「おう」


 冷静な声につられて自分もそこまで慌てないでいられる。そっか、怯えたりキレたりしたら、逆に相手興奮させちゃうもんな。相手にせず穏便かつ迅速に去るのが最善だろう。


「お前、ここの道分かるって、見た目の割に随分アバズレなんだな」

「……」

「いや兄貴むしろ逆にこんなべっぴんさんだからくるんじゃねぇか?」

「そうだなぁ、玉あるかも疑わしい顔してんもんな。まあ、もう一人もいいけどなぁ」

「………………」


  ん? 心なしか握ってくるエルの手の力が強まったような。


「べっぴんさん、なんなら女なんじゃねぇの? いやきっとそうだ。おじさん達と**しようぜ。そっちの子もな」


 その言葉が引き金だった。


 次の瞬間にはエルはオレの横から消えていて、奴らの片割れに飛び蹴りをかましてた。

 そう、それは綺麗で完璧な飛び蹴りを。


「え、エルうううう⁉︎ 何してんだテメェ!」

 穏便に済ます気じゃなかったのか⁉︎ てか、あんないかにもな奴に喧嘩売るなんてバカかあいつは⁉︎


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