表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/143

8 冬休み前

 

 結局、オレは足手まといのまま予選を通過してしまった。


 副寮長は「本戦で頑張ればいい! わしも本戦出たからあたったらよろしくな!」と笑って言ってくれたけど、寮の連中にも武闘大会をかなり本気でやってた連中が居たから地味にいびられた。


 いやまあ、そりゃあヘラヘラしてる奴がペアのお陰で勝ち上がったら腹立つわな。当然のことだ。元から志が違う。


 オレの通うのは軍の学校だ。国を守ろうって言う誇り高い精神の持ち主だったり、腕っぷしに自信があったり、戦いに興味がある奴が多いのは必然だ。普段や去年には明確になってなかったその温度差が浮き彫りになって、居心地が悪い。


 かといって、エルに「負けよう」と提案することは出来なかった。だって、エルはすごい奴だ。オレの所為であいつの評価まで下げたくねぇよ。

 それにわざと負けたりとかあいつは嫌いそうだ。でも、オレが提案したらなんだかんだで承諾しちゃいそうだし……そもそもペアを組んだのが間違いだったかもしれねぇ。でも組まなかったら組まなかったでエルが狙われてた訳だし。でも、エルがオレ以外の安全圏の人間に頼んでたら……。


 ずっとそんなことを考えていたらいつの間にか学年末の終業式が終わっていた。入場はしっかりと軍隊式だったけれど、退場は各自自由だったらしい。帰省の為に乗合馬車乗り場にすっ飛んでった奴もいるし、帰省前に友達や先生とこの場で話し込んでる奴もいる。


「カーイっ!」

「うわっ」


 後ろから急に飛びつかれ、バランスを崩して倒れる。咄嗟に手は出たから顔面とかに問題はないが、屋内訓練場の割と真ん中の方でオレとエルが折り重なってうつ伏せで倒れるという珍妙な光景が出来てしまった。


「いたた……カイったら、体幹が脆弱だね」

「いきなり人に飛びついといて言う事か⁉︎」

「そういや、サドマさんに飛びつかれた時もなすがままで押し倒されてたっけ」

「話を聞け! そして誤解を招くような表現はやめろ!」


 変態が「カイくんの純潔が……」とか言ってるけど、純潔ってなんだよ! 最近、武闘大会で頭いっぱいだったけど、本来、気にするべきはあっちだ。


「つーか、いい加減離れろや」

「だって寒いんだもん。カイだったら遠慮なく人間湯たんぽに出来るしね」

 そう嬉しげにエルが言う。


 人間湯たんぽって、そりゃ無いだろう。

 まあ、あったかいのは事実だけどよ。周りの目が冷たい。主にオレへの視線が凍らせる気かってくらい冷たい。


 でもまぁ、エルが嬉しそうならいっか。こいつなんだかんだで寂しがりやだろうしな。シスコンとブラコンっぷりも半端ねぇ分、いつもお兄ちゃんやってるし。それにオレ以外には体のことや貞操のこともあるから無闇にくっつけねぇだろうし。サドマと同じくデカイ犬にのしかかられてると思っときゃあいいか。


「カイは冬休み、帰省するの?」

「ん? ああ。でも、商隊が王都近くに来るまで、休み始まってから何日か空きはあるけどな」


 オレの家族や仲間は年中移動してるから、故郷っていう故郷がない。だから、近くに来た時に合流する訳だが、エルはどうすんだろ? やっぱ、王都にいてフェイスちゃんやロキくんと休みを満喫すんのかな。


「エルは?」

「え?」

「エルはどうすんだよ? フェイスちゃん達とすごすのか?」


 エルが急にオレにくっつくのをやめて立ち上がる。なんだ急に?

 オレもいつまでも床に倒れてる訳にもいかないので立ち上がってエルと向き合う。


「ううん。今年は親戚のところにいくんだ」


 なんとも言えない顔をしていた。

 いや、デフォルトで超絶美形っつーのはあるけどさ、表情っていう意味でだ。

 無表情じゃない、だけど悲しそうでも嬉しそうでもない。よく分かんねぇけど、何か思っているのは分かるんだけど、何思ってるのかオレには全く分からんって感じだ。


 そういや、エルって両親どっちも亡くしてると思うんだよな。母親の方は明言されてねぇけど、酒場のおじさんの言葉やエルの言葉から考えるに、病死している。

 おまけに、十歳くらいのエルは結構一人で居たみたいだし……大丈夫か、その親戚?

 いやでも、エルの母ちゃんの病気の看病で大変だったのかもしれねぇしな。


 聞くに聞けねぇな……。


「フェイスと言えば、春になったらここの新入生になるから、よろしくね。合格通知来たってさ、当然だけどね」


 ケロッと今度は笑う。相変わらずのシスコンっぷりだな。まあ、大切な人がいるっていうのは良いことだしな。でもなぁ、話の内容がおかしい。


「フェイスちゃんガチで入る気なのか……お前、過保護な癖して止めなかったのかよ。学校の方も本当に女子の入学許可してたんだな……」


 国立軍学校の戦闘科に入る女子なんて前代未聞だぞ。エルはまぁ、体はそうだけど実質違うし……そういや水泳実習どうする気なんだろう? あ、でも二年からコース分けがあるからそれで水泳なし選ぶのか? エルの奴、編入で正解だったな。フェイスちゃんの方は学校の教官が考えるんだな。


「本当に許可してんだよね、ぼくも不思議に思うよ。あの子は頑固だし……それでも目の届く範囲だからなんとかしてみせるよ」


 そうエルは溜息を吐くが、口元は笑ってる。


「お前、嬉しいのか?」

「……まあね、可愛い妹がしたいことをしてるって嬉しいでしょ? あの子、少し変わってるし、苦労ばっかしてるからね。最初、軍の調査隊員になりたいって言い出した時は何事だと思ったけどね」


 すげぇなフェイスちゃん。そんな明確に目的を持ってんのか。でも調査隊員ってことはやっぱ頭脳派なんだな。


「ロキくんはそういうのはあんのか?」

「はっきりとはないみたいだね。でも、『姉さんとエル兄さんに孝行できるようにがんばります』って言っててクソ健気だった。もうね、本当にロキもフェイスも可愛くて、頭良くて、性格良くて――」


 あ、エルのシスコンブラコンスイッチが入っちまった。正直、長いからうぜぇしめんどくせぇけど、スッゲェ楽しそうに話してるエル見てるとそういうのもどうでも良くなる。


 こういうところは子供っぽいよな、いや、兄ちゃん気質だからフェイスちゃんとロキくんのことでテンション上がってんのかもしれねぇけどさ。


「なぁ、エルっていつ産まれ?」

「なに急に? まあでも、編入した次の日だよ」


  となるとオレの方がお兄ちゃんだな。うしっ! でも……エルが編入した次の日って退学になった変態がエルに声かけて来た日かよ。


「お前、誕生日に変態に絡まれたって、災難だな」

「確かにそうだね。で、そういうカイはいつ産まれなの?」


 エルの奴はあんま気にしてなさそうだな。まあ、寮長みたいに酷い目には遭ってないからか……寮長は本当なら数日前の卒業式でこの学校を去るはずだったのにな……。

 って、一人で暗くなってる場合じゃなくて、エルの質問に答えねぇと、人に質問しといて自分答えねぇとか失礼だかんな。


「……水恩祭の最終日だな」


 水恩祭は天学に出てきた祭事の一つだ。なんか、昔は洪水とか、日照りとかで苦労してたけど、天の使いカラビトが水関係のことを融通してくれるようになったから、この国が豊かになったから、その事に感謝する祭りなんだとよ。


「最近、得た知識を引けからして子供みたいだね」

 エルはそうからかうけどよ、

「子供でもいいけど、オレの方が兄ちゃんだから」

「大した差が無いのに威張るところが特に子供だよ、お兄さん」


 ノリがいいのか悪いのかよくわかんねぇ反応しやがって。でも、今のエルの悪戯っ子みたいな表情にやられてエルのことを見ていた奴が数人倒れた。

 きっかけはオレともいえるので心の中で軽く謝っとく。オレはもう、エルに謎の耐性が出来てしまった。つーか、美形を見ても、そこまで動揺しなくなってきた。


 貴族は基本美形だし、エルは貴族じゃねぇのに、ズバ抜けて見た目が良いし。なんかオレは平民で普通顔なのに、周囲の美形率が高い。そういや、寮長も美形だったしな。エルに会ってから、オリス様と話すようになって、その影響で若干クラスメイトとも話す頻度が増えた気がするし、美形と関わる頻度が上がってる。……全員男だけど。


 オレ、別にブサイクって程じゃねぇけど、イケメンって言う訳でもねぇから、オリス様、レトガー様、エル、オレで話してる時とか顔面格差凄いんだろうな……。


 まあでも、寮にはオレと同じくフツメンフェイスが沢山いるからいっか。フツメン最高。副寮長なんてめっちゃムサイし、まああの人はああだからカッコいいんだけどよ。


「あれ? お兄さんいきなり百面相し出してどうしたの?」

「いや、オレの周り美形率高いなって……つーか、お兄さんって、続くのかよ」

「カイみたいなお兄さんが居て、ハノくんは幸せだろうね」

「ははっ、あいつ出会い頭に多分飛び蹴りかますってこの前、手紙に書いてきたぞ。だからなエル……お前が持ってる謎の幻想を捨てろ」


  弟のハノはもうオレのことを本能で嫌ってんのかなっつーくらい、オレに攻撃してくる。なのにエルはハノとオレが仲良いように見えるらしいから、その綺麗な紅茶色の瞳でも節穴なんだなって思う。


「幻想じゃないってば、本当にカイは良いお兄さんだね」

「はぁ、そうですか……つーか過保護なのと攻撃的なのを除けばお前も割と良いお兄ちゃんだと思うけどな」


 じゃなきゃ、フェイスちゃんもロキくんもあんな慕わねぇだろうし。なんだかんだで、三人ともブラコンシスコン極めてるからな。


「ねぇ、それ褒めてるつもり? まあ、良いお兄さんでありたいけどね。フェイスとロキに飛び蹴りなんてされたりしたら寝込むよ」

「やっぱハノがオレにする事は仲良しなんかじゃねぇって思ってるじゃねぇか!」


 こいつハノのオレへの所業知ってる割には、仲良いねとか頭おかしい事言うから、そこら辺の感覚狂ってんのかなって思ってたけど、感覚は正常だったらしい。


「君らのスキンシップの仕方とぼくらのは違うもの」

「オレはあれをスキンシップとは呼ばん。一方的な攻撃だかんな」

「男だけの兄弟なら、そんなもんでしょ。というか、カイも反撃すれば良い話じゃないの?」

「オレは攻撃行為が苦手な平和主義者なんですぅ」


 貞操と命守る時くらいにしか暴力なんて振るわねぇよ。オレ、弱いし。まあ、そんな風に向上心がなくヘラヘラ生きてるから、オレを気にくわねぇって奴も出てくるんだろうけどさ。


「そうだね……カイはそのままでいいよ」


 エルは反対にオレのそういうところを笑顔で受け止めてくれる。肯定されるっていうのはやっぱ嬉しいもんだ。まあ、オレの場合はされすぎると調子乗るからレトガー様みたいにきっぱり言ってくれる人も必要なんだけどさ。


「ぼくは、カイのそういうところが良いと思っているから」

「おっ、おう?」


 動揺するオレをじーっと見つめてくる。な、なんだ? 急に褒めてきて怖いぞ。

 至近距離で見つめ合っている事にむず痒さを感じるが、エルから目を逸らす事は何故か出来なかった。

 紅茶色の瞳が光の加減で赤みがかって見える。揺れるそれに何故か惹きつけられる。


「カイは変わらないでいてね」

「……へ? 変わるって何が?」

「……君の身長が休み中に伸びなければいいのになーって、むしろ縮めばいいのにね」

「いい笑顔で何言いやがる。縮んでたまるかっ、抜いてやるぞこんにゃろう!」


 なんか真剣そうだなって思ってたらこれかよ。ほんと、ただの悪ガキじゃねぇか。一部のエルを神聖視してる奴らに、こいつのこういうところは知られるべきだと思うぞ。


 つーか、まじで身長伸びてくれ。別に小さい訳じゃねぇけど、エルより背が低いのはやっぱなんか悔しい。身長伸びれば、オヒメサマなんて言われなくなるかもしれねぇしな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ