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7 きんきら頭

 

 春の武闘大会といっても、人数が多いから予選は新入生以外は冬休み前に行われる。


 正直、オレは今年も初戦負けすると思っていたのだが、今のところ全勝だ。

 もう一度確認しよう、全勝だ。いや、前回初戦敗退のオレがまさかそんなことはねぇだろって自分でも思ったけどよ、現に今、勝ち残ってる。


 理由は明快、ぺアのエルが強いから。

 ほとんどの場合、オレが防御や回避を必死こいてしている間に一人を倒して加勢をしにくるのだ。実質、エル対二人って感じだ。


 大体の奴らが、オレらと戦った後、オレのことだけを睨んでくる。


 いや、分かってます。ペアが強いお陰で弱いオレが勝ち上がってんの。申し訳ねぇとは思ってる。……実技評価加点されっからラッキーとも少しは思ってるけどさ。


 練習すると少し前にエルは言っていたが防御と回避だけだった。「得意分野を伸ばした方が君の為になる」とか言ってたけどさ、攻撃しないでやられないように頑張ってるだけだからオレのオヒメサマ呼ばわりが多くなった気がする。いや、攻撃得意じゃないから仕方ねぇけどよ。


 エルの人気は多分、オレの何倍もあるから、ただでさえペアっつーことで恨まれるけど、あのエルとペアになったのに大して役に立たないってことで顰蹙を買ったんだろうな。人に絡まれたり、すれ違った時に嫌味言われたり、呼び出し食らったり散々だ。


 今日も朝になんか言われてめんどくさかったし、授業で妙に当てられるしで、気落ちするわこんなん。休み時間中のトイレの帰りの今でさえも、


「なぁ、お前、弱いの恥ずかしくねぇの?」

 そう唐突に知らん奴に言われた。


 平民か貴族かで対応を変えないといけないので、相手の左耳を見てみれば、黄緑と黄色のピアス。ついでに右を見れば紫と赤のピアス。……貴族なんだろうけど、どこの系統か全く分からねェんだけど。


 制服着崩すどころか、制服着てねぇんだけど。黒いランシャツに紫に近いピンクの上着、黄緑のダボダボズボンって、私服にしても目に痛い組み合わせだ。ってか、よくそんな色の服見つけたな……。


 結んでいるのにたてがみのような髪の毛が金髪だから黄系統っぽいし、獣じみたつり目は赤だから、赤系統っぽいし、野生っぽいその雰囲気は緑系統っぽいし……まぁ、真面目な紫系統ではなさそうだけど。


 情報収集の為に周囲の声にも耳を傾けてみれば、


「二年生がなんでここに?」

「校内で見るの初めてだ」

「二年の実技トップが見るに耐えかねて忠告をしにいらしたのか……」


 二年の実技トップ……ペーパーテストと実技テストの差が天と地の差で、サボり魔で有名な緑系統の先輩だな。


 なんでそんな人がオレなんかに話しかけて……まあ、今のところ大して何もしてないのにエルのおまけで勝ちあがってるからか。え、ヤバくね。


「えっと、はじめまして?」

「っち、挨拶は大事だけどよ。まずは質問に答えろよ。バカじゃねぇの?」


 オリス様のこと貴族らしくねぇとか思ってたけど、このきんきら頭には及ばねぇや。めっちゃ柄悪い。そしてバカって、確かこの人、二年で一番下のクラスの筈。

 でも、質問には答えないと、相手は貴族だ、貴族。あまりにイレギュラーな事態で冷静に判断出来てねぇよオレ。


「弱いのは情けないとは思ってます……」

「まあ、物理的に弱くとも精神は図太いみてぇだけどな。友達ごっこして強い奴に寄生すれば勝ち上がれるもんな?」


 精神が図太いのは認めよう。エルのお陰で勝ち上がってんのも事実だ。だけどよ、友達『ごっこ』ってなんだよ。


 貴族に反論はよくねぇし、良いことにはならねぇよ。自分のことは事実だし、事実じゃないことで貶されんのも慣れてる。


 でも、エルとオレの関係をそういう風に見られんのは気にくわねぇ。そりゃ、最初は同じ目に遭いそうな奴が来たとか思ってたけどよ、そんなんただのきっかけだ。色々悩んだり、ぶつかったりした。その上で、オレはエルの友達で居たいと思ったし、あいつも同じことを願った。部外者はなんも知らねぇから、そういう風に言うんだろうけどよ、心外だ。


「誤解されてるようですが、オレとエルは友達ごっこなんてしてません。エルはオレの友達です」

「あー、寄生する側はいつも綺麗事が得意だなぁ。そうやって使い潰すんだよなぁ。大っ嫌いだ。そういうの」

 

 皮肉じみた笑いに、苛立ちが積もる。


 なんだこいつ。使い潰すってそんなモノみたいな……。


 貴族と平民とはいえ初対面でこれって……オレとエルの何を知ってるんだよ。


 ムッとしたが、あまり貴族相手に生意気言って潰されたらたまったもんじゃねぇ。だから、ここは腹が立ってもやり過ごすしかない。


「テウタテス先輩、ここは一年の階ですが何か御用ですかー?」


 ⁉︎ この声はオリス様!


 振り向くと、相変わらず髪の毛はボサボサで制服を着崩しているオリス様が「やっほー、カイくん」と手を上げる。おお、なんか分からんけど謎の安心感。


「っち、オリスかよ」

「オリスですー、で、質問に答えてください」


 やっぱ、同じ系統の貴族だから知り合いなんだろうな。お互い名前で呼んでた。


 でも、なんかピリピリしてる。オリス様とかいつも通り間延びした口調なのに、なんか変だ。

 質問に答えてくださいと言う言葉に妙にトゲを感じる。


 でも二年の実技トップはどこと吹く風どころか、堂々と嫌そうな顔を晒してみせる。確か伯爵家だよなこの人、オリス様は侯爵家なのによくそんな態度出来んなぁ。貴族って序列大切にしてる奴多いのに。


「別に、なんとなく弱っちい奴が勝ち上がってるって聞いてムカついたから、どんなツラしてんのか確認しに来たってわぁけ」

「あのですね、テウタテス先輩、そんなことやってなんの意味があるんですかー?」


 まったくもってその通りだ。オレみてぇな平民のペーぺーに構ったところで、大して良いことある訳じゃねぇしな。


「オレ様の気が晴れる。そんなん言うならお前だって、こいつ庇ってなんか意味あんのかよ?」

「弱者を守るのはおれらの本能ですよー?」


 間髪入れずにそう答えたオリス様にきんきら頭は「おんえっ」とわざとらしく舌を出して見せる。


 一人で敵意向けてくる貴族の相手をする状況から抜け出せてオレはホッとするが、それと共にオリス様の言葉に得体の知れない違和感を感じた。

 目の前にいるこのキンキラ頭の言う通り、オリス様がなんで庇ってくれたのかオレ、正直よく分からねぇんだ。だけど、オリス様は即答した。本能だからって……いや、別にいいかもしれねぇけど。なんか、違うんだ。なにがって聞かれたら分からねぇけど。


「相変わらずばっかじゃねぇの? いつまで良い子ちゃんやってんだよ」

「最低限のルールも守れないバカが何を言ってるんですかー? 聞きましたよ。赤のデアーグ卿とペアを組んだってー」


 うへぇ、なんかバチバチしてきた。オレからは話題ずれてったけどよ。怖ぇ。


 きんきら頭は俺より背が高くて、オリス様が俺より背が低くて、そんな二人で睨み合うと丁度中間点にオレがいるんだよな。さりげなく廊下の端っこに寄ると、二人の距離が縮まる。


「それが何だよ? 別に禁止事項には入ってねぇけど。あ、もしかして緑同士が禁則事項だから八つ当たりかぁ? 残念だったな、今年はテレルと試合しねぇといけねぇよ?」

「……八つ当たりじゃないですよー。確かに武闘大会の規定では赤と緑が組んじゃいけないというルールはありませんよ。だけど、貴族の常識考えて下さいよー」


 仲悪っ! オリス様が出てきた時はこれでおさまるとか思ったけど、むしろ悪化してる。


 いや、庇ってくれたことは嬉しいし助かったけど、なんかこう事が大きくなるくらいなら、オレが堪えて終了の方が良かったかも。


「あー無理だわー、良い子ちゃんってこれだからイヤなんだよ。なぁ、そのツラ殴らせろや」

「そう言われて殴られるバカいますかねー? あ、目の前にいるのかなー?」


 一触即発って感じ。

 いつの間にかオレらの周りにはぽかんと空間が空いてる。特に、貴族は遠巻きで、中には全速力で退避してる奴までいる。貴族の坊ちゃんが廊下走るなんて滅多に見ねぇんだけど……。え、なに、そんなヤベェ状況なの? これ、オレも逃げるべきか? いやでももとはと言えばオレが発端。


 睨み合う目の前の二頭の獣にオレは息を飲む。


 どうにかならないかと周囲を伺っていると、とある人物が群衆の中からひょっこり顔を出す。その人物はこちらの状況を認識し、空色の瞳を吊り上げる。これは更に悪化の予感。


「兄上! テウタテス先輩! 廊下の真ん中で立ち話をしないで下さい。通行の邪魔です!」


 レトガー様、なんか違う気もするけど真面目に注意してるな。でも、ヒートアップしてる二人にそれが通じるとは思えないんだけど――、


「テレル様お久しぶりです。通行の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」


 ええっ⁉︎ まさかのあの柄の悪いきんきら頭が大人しく従った。

 オリス様には今にも飛びかかりそうだったってのに、レトガー様には来た途端、かっちり綺麗な礼してるわっ。


 オリス様も「あ、ごめんねみんなー。ご主人様もありがとう教えてくれて」と廊下の端に寄って「兄上、その呼び方やめて下さい」と返されてた。


「テウタテス先輩、お久しぶりです。授業を休んでいるそうですが、サボりだったらやめて下さい」

「テレル様が言うんなら今日は出ます」

「毎日出て下さい」

「それは流石に勘弁を……」


 態度の差ぁっ! え、なに、別人? オリス様相手の時と態度が天地の差だぞ。


「あと、赤のデアーグと組んだそうですね」

「武闘大会の規定には組んじゃいけないと言うルールはありませんから」

「パワーバランスを気にして今年は緑同士は禁止になったくらいなのに、赤のデアーグ卿とテウタテス先輩が組んでもパワーバランスが悪いと思います」

「あー、それは申し訳ありません。でも、そこの奴倒すにはそんくらいしないと」


 そうきんきら頭がオリス様の方に視線を寄こす。同じ赤と組んだって話をしてもこの穏やかさ。


 これで、レトガー様がオリス様より段違いに格上とかなら態度の差も分かるんだけど、身分はほぼ同じだし、緑の判断基準によく使われる強さではオリス様が圧倒的に上だそうだ。


「成る程。けれど、ボクも今のところ勝ち上がっているので忘れないで下さい」

「忘れる訳ありませんよ。当たったら全力で戦わせて頂きます」

「それならいい……で、そこのお前も当たったら叩き潰される覚悟しとけ」


 ギロリと空色の目で下から睨まれる。き、気づいてたのか……。いきなりこっちに話しかけてきたので、反応できずにいるとレトガー様は更に続ける。


「この前、お前らの試合を一瞬見たが、お前、酷かったぞ。何故、戦おうとしない」

「それは……オレは攻撃が苦手だからです。下手に手を出しても悪いだろうし、エルもあれでいいって言うし……」

「確かにエルラフリートはそう言いそうだが、戦わない理由にはならんな。足手まといでいるのはお前がそう望むからだ」


 はっきりとしたその言葉が、オレの胸に突き刺さる。


 レトガー様の言う通り、オレには戦う気は無い。

 だって、今回も初戦で負けるだろとか思ってた奴にそんな気がある訳ない。この学校に入ったのもみんなと違って軍に入って戦う為じゃねぇ。小心者で、安全を好む、どこにでもいるような臆病者で、戦うとか言われてもピンとこねぇし、自分に戦う能力はねぇと思ってる。


 だけどさ、こうはっきりと自分の駄目なところ指摘されるとなんか……情けねぇな。


「さっすが、テレル様ははっきりとおっしゃりますね」

 満面の笑みできんきら頭がそう言う。


 レトガー様はそいつを一瞥した後、またオレに視線を向けると、

「戦う気の無い奴が勝ち上がっているのは気にくわないからな。だが、勝ち上がってきたのも事実。それならボクが試合で当たった時に存分に潰すまでだ」

「ご主人様ー、弱いものいじめは――」

「兄上、弱者を甘やかすのはいい加減にして下さい。兄上のそれは、弱い者を弱いままにする」

「だからって、敵意を向けて叩き潰すのはおかしいよー。強者が弱者を守る、当然のことでしょー?」


 レトガー様のきつい語調の言葉に対して、オリス様はいつもの調子で返す。すると、


「にゃはっ」

 随分と個性的な笑い声がした。


「テウタテス先輩、なんですかー?」

「相変わらずオリスはバッカだなーって思ったんだよ。強者が弱者を守るのは当然って……ほんと、相変わらずばっかじゃねぇの?」

「バカはどっちなんでしょうねー?」


 オリス様はそう言うが、きんきら頭はどこと吹く風だ。「お前だろ」と簡潔に返答した後、オレの目の前に来た。真っ赤なその目を見るのが怖くて俯く。


「オレ様は強者にすがる弱者が大っ嫌いだ。害にしかなんねぇからな」

「………………」


 多分、オレのことを言ってるんだろう。さっきの特徴的な笑い方に比べてかなり低い声がオレの鼓膜と心臓を揺らす。

 正直、言い返すことがねぇ。だって、現にオレはエルの足手まといになってるから。


「だからなぁ、カイ・キルマー、オレ様はお前のことが大っ嫌いな、あいつに協力するわ」

「………………へ? あいつ?」


 顔を上げた時には、もうきんきら頭は数メートル先を歩いていて、聞けなかった。


 呆然としていたら、レトガー様に「そろそろ授業だぞ。せいぜい、ボクに当たるまでになんとかするんだな」と肩を叩かれた。オリス様にはその更に後「ごめんねー、カイくん気にしなくていいよー」と励まされたけど……なんだったんだ? んでオレ、どうすればいいんだ。


 


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