6 提案
「エルっ! 天学のテスト満点とった!」
エルが寮に来て少し立った日のこと、オレは終業の鐘が鳴るなり、エルのもとへすっ飛んで、目の前にテスト用紙を突きつけた。
「マジ、ありがとな! エル先生のお陰だわ!」
「うん、良かったね。でもね、周りを一旦見ようか?」
エルに促され、周りを見る。レ、レトガー様を含むAクラスの生徒の視線がオレに突き刺さっている。誰も音を立てやしない。
や、やっちまった。
そういや、エルのクラスって貴族の坊ちゃん達しかいねぇんだった。
そりゃ、Cクラスもそんなんだけどよ。やっぱAクラスは貴族の中でも格が上のとこだし、いつもはこんなヘマしねぇのに、舞い上がっちまった。今は、盛り下がりに下がって、急降下。血の気まで足元に全部逝っちまいそうだ。
みんな揃って美形なのもあって居づれぇし。それでもエルは飛び抜けて美形だから本当になんなんだろうな。だからこそ、馴染んでるんだろうけど。いや、見た目以外にもなんかあんだけどさ、雰囲気っつーか、存在感? なんにせよ、エルは上級貴族ばかりのクラスでも違和感ねぇんだよ。
「し、失礼しました……」
何事も無かったように立ち去ろうとするが、誰かに肩を掴まれた。
「おい、キルマー、お前今、天学で満点とったって言ったな?」
振り向いたその先で下からギロリと見上げてくるのはテレル様だった。
「は、はい……」
「お前は平民だから知らないのかもしれないが、それ縁起悪いぞ」
「はい?」
天学で満点取ったら縁起が悪いってどういうこと? 気になってエルの方を見ると、目を逸らされた。おい、どういうことだよ。
「天というのは人間には理解しえない完璧な存在だからな、それを意味して天に関するものを表す時は、不完全にしとくのがいいんだ。天を形作るほど人間は天を理解出来ないからな。天に関するものを完全にすると、天に近づいている状態、つまり天に還されること、死を意味するんだ」
な、なんだそれ。
「エルラフリート、教えなかったのか?」
「まさか、満点取るとは思ってなくてですね」
教えてくれた人になんだが、失礼な奴だな。
「なるほど、確かにそうだな。平民に伝わってないのも、天に関するもので完璧なものを作れると思わなかったからだろうな」
レトガー様って平民のこと悪気なく見下すよな。ここまでいくと清々しい。
「で、今回お前とエルラフリートが頑張った結果、満点を取った。それは素晴らしいことだ。だが、テストとはいえ、天に関することは気をつけておけ。今更かもしれないが、あとで、テスト用紙の端でもちぎっておけ。実際に、天やカラビトの絵で有名な正体不明な巨匠は完璧な作品群のせいで早逝したと言われているからな。なんならその作品を見ただけでもって話だ」
お、おお、正体不明だけど巨匠なのと早逝っていうのが分かるっつー意味わからん人の説明してくれたけど、怖っ。この国の宗教のカミサマ怖っ。
「あ、ありがとうございます」
「努力した奴が早死にしたらバカバカしいと思っただけだ」
そう言って、自分の席に戻っていったけど。やっぱ根は良い人なんだろうな。
あと、聞くに努力家で実力主義だから、結果を出したから少し親切にしてくれたのか。なんにせよ、良いこと? を教えてもらった。
早速、テスト用紙の端っこをちぎると、いつのまにか立ち去って廊下を音もなく歩いている友人に早歩きで追いつく。
「おい、エルくんよぉ、なんで教えてくんなかった。あんな重大なこと」
「あはは、いや、本当にカイが満点取るとは思わなくて……」
「取るか取らないは、置いといてあの手の話は伝えろ!」
「そんなに怒らないでよ。もしかして、ああいう話嫌い?」
興奮するオレにエルがそうなだめる。
だって、あの冗談をいかにも言わなそうなレトガー様が真剣な顔で忠告してくるんだぞ。それだけで、割と怖い。
「オレ、早死にしたくねぇもん……」
なんなら今から降りる階段でさえも、怖い。
足滑らせたりしねぇか注意しながら降りてる。つーか、エルの奴、どこ行く気だ?
「ごめんって、でもきっと大丈夫だよ。対処法もやったし。それにカイは信仰してないでしょう?」
そう言われるとそうなんだけどさ。やっぱ、身の安全に関係する話は縁起や迷信でも知っておきたい。まあ、でもエルだってうっかりすることはあるだろうし、教えてもらった身ではあるわけだからとは思うのだが……やっぱ、教えて欲しかった。
「その割には逃げてた癖に……、つーか、マジでなんで教えてくれなかった」
「ぼくとしては、なんでカイが満点取れたか不思議なんだけど。ぼくだって、毎回98点だよ」
「それこそ、なんでお前が2点逃してんのか分からねぇよ」
「だって『天は貴方を救ってくれますか? はい いいえ』って言うのあるから空白にして出すしかないじゃん。カイもそうすると思ったんだよ」
あー、テストの最後にいつもあるやつだな。
テストなのにテストらしくねぇっていうか、宗教全開で最初に天学のテスト受けた時はドン引いたけど。
でも、そんなん適当に『はい』に丸つけときゃあいいだろ。なんで空白にしとくんだよ。
「オレは、お前に天学教わる前からそこは、『はい』にして点貰ってたぞ」
「え? 救われたことあるの?」
エルが小声で聞く。
流石に廊下という公共の場では話しづらい内容だしな。オレも小声で返す。
「ねぇと思う。だけど、ああいうのは望まれた答えを書いときゃあいいだろ」
オレの言葉にエルは数秒間、黙ると、
「……プライドないの?」
「ねぇな。オレは別にプライド持って天を信仰してねぇ訳じゃねぇから。周りの奴らが信仰してなかったからなんとなく信仰してねぇだけだな。逆にエルは信仰しねぇことにプライド持ってんのか?」
エルは天学に詳しい。だけど、信仰してない。その時点で変だなとは思ってたんだ。それに最初、エルはオレが天を信仰してないって言ったら嬉しそうだったし。
「そうだね。ぼくは天をプライドを持って信仰してないよ。だから、さっきの問いも本当はいいえに丸したい。だけど、流石にそれはヤバイから見落としてましたって体で出すんだよ」
「要するに、エルは天が嫌いなのか?」
「さあね? でもね、救いなんて待ってもどうにもならないのは知ってる。現状を変えるには自分が動くのが一番だって知ったんだよね」
救いなんて待ってもどうにもならないか……やっぱなんかエルはこういう暗い発言をするよな。何があったのか知らねぇけどさ。
「しかも完璧な存在って……何をもってそれを言うのか分からないよ。信仰したって、しなくたって、何も変わらない。結局はただの運なんだよ」
完璧な存在か、たしかに何をもってしてそういうのか分からねぇな。あと、今のエルの口ぶり的に、こいつ昔は天を信じてたんじゃねぇのか? まあ、でもオレにはそういう宗教についてのことは分からねぇからよ。そこは触れないでおくか。オレだってカミサマとかは信じてねぇし。
「なら、オレは運が良かったな。天才エルくんのお陰でこの通り点数上がったからな」
「……さっきは早死にうんぬんでとやかく言ってた癖に、切り替えが早いねカイは。急にお世辞言って気持ち悪いよ」
「褒められたらなんでお前は貶すんだよ。性格ねじ曲がってんじゃねぇの?」
「こんくらい普通だよ。逆にカイが馬鹿正直なんだよ。で、そんなカイくんにぼくはお願いがあるんです」
なんか最後丁寧口調で怖いんですけど。ニコニコ笑顔は眼福だけど、今の流れだと怖ぇ。しかもお願いってなんだ? 一応、今エルには天学を教えてもらったっつー借りがあるから、断りづれぇんだけど。
いつの間にか校舎裏の訓練場に来てるし。ちらほら人もいるけど、練習熱心な奴らだな。多分、春の武闘大会に向けて練習してるんだろうけど真面目だな。ま、そんな真面目くん達もエルが気になんのかチラチラ見てくるけど。
「お、お願いって?」
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。ただ、武闘大会のペアを組んでくれないかなって思って」
そういや、武闘大会ってペア制だったな。どうせ、初戦負けするだろうから、全く考えてなかった。
「そんくらいなら全然いいけど。なんで、オレ?」
クラスも違うし、剣のレベルも違う。はっきり言って、エルがオレと組んでもなんもいいことなさそうだ。戦いにおいてのオレの選択肢は回避か防御だ。足手まといだ。
「既に何人かぼくを誘ってくる人がいるんだけど……身の危険を感じるんだよ」
「よし、組もう!」
どうせ、そいつら練習しようとか言ってエルになんかしようとするぞ。偏見かもしれねぇが、それくらい厳しい目で見ないと本当の危機を避けられねぇんだよ。エルの場合ちょっと剥かれただけでも、大騒動になるし。他にもオレだって似たような目に遭う可能性がある。見た目が最上級のエルと同じ被害に遭うとか自意識過剰だけど、それでいい。安全第一だ!
「ありがとう。じゃあ、練習しようか」
「え?」