5 世界
「穢れ世の民は嘆く
奪い穢し殺し
全てを壊してしまったのに
逃げたいと願った
偉大な天は問う
奪い穢し殺し
全てを壊したお前らが
なぜ逃げようとするのかと
民は答える
生きたいからです
過ちを犯しても
惨めに生を願うのが
人間なのですと
天は笑う
醜い生き物だと
過ちを犯しても
惨めに生をこう姿は
よく分からないが面白いと
ほんの気まぐれ
その気まぐれで
天はこの世に
我らが祖先を住まわした」
自分勝手なのが人間だ。過ちを繰り返すのが人間だ。そんな人間にしっぺ返しがくるのは当然で、罰を受けるのは当然で、穢れた世で滅びるのは当然だ。でも、生きたかった。生きたかったから足掻いた。馬鹿なのは分かってる、甘ったれてんのも分かってる、でも生きたい。理解されなくたっていい。お願いだから最後のチャンスをくれ、気まぐれでもいいから、この生きたいという、自分勝手で傲慢な願いを叶えてくれ。
「カーイくん」
「ふあっ⁉︎」
頬っぺたを伸ばされて我に帰る。
な、何があった? いや、何があったのかは分かるけど、それでも何があった⁉︎
ただ歌を聞いただけなのに、どうしようもなく生きたいと願ってしまった。いや、違う。生を渇望するナニカの気持ちを心にブッこまれた。でも、その必死さは苦しくて辛いものだけど、その真っ直ぐな欲は惨めだけど純粋で、どこか心地良くて、とにかくヤベェ。
「ね、歌は得意って言ったでしょう?」
「得意ってレベルじゃねぇよ‼︎ おまっ、スッゲェな! 技術力とかもあるけど、お前そう言うことに特化して生まれたのかよ! マジ、気持ち良すぎて死ぬかと思った!」
「それはどうも……あと、うるさいよ。外に絶対聞こえてるって。しかも、今のだと勘違いされそうだし……」
何かエルが言ってるが、そんなのどうでもいい。とにかく、ヤバかった。語彙がなくなるほど、ヤバかった。
いや、オレがどんな文章表現が得意でもあの歌の素晴らしさは表現できねぇな。歌詞の内容は綺麗とかそういうもんじゃねぇのに、エルが歌うと、神聖さっつーか、音が心を浄化するみたいな……うーん、やっぱ表現できねぇ。
「確かにこれは他に聞かせられねぇな」
そうベッドに倒れこむ。普段からエルの声はヤベェなとか思ってたけど、比じゃなかった。耳だけじゃなくて、体も歌の余波を受けている。なんかただ歌を聞いただけなのに、なんか頭がふわふわする。
「そんな緩みきった顔して……ほんと、カイって純粋だね」
頭を撫でられる。
手冷たいなこいつと思いながら、横向きから仰向けになれば、エルの紅茶色の瞳が見える。それがどうも綺麗で思わず手を伸ばす。
「ん? どうしたの?」
相変わらず綺麗な顔してんな。見た目は最上級、成績優秀、喧嘩も強けりゃ、剣も結構できるらしい。なんか苦手分野でもねぇのかなって思ってたのに、歌は完璧っつーか、それ以上の何かだったし。
「お前、弱点とかねぇのかよ」
「あるよ。たくさん」
「ふーん、なに?」
こいつにも弱点とか、あんのか。ほとんどのこと、ホイホイこなしちまうから、やっぱムカつくんだよな。だから、弱点でも知れば、安心できる気がする。
「教えないよ。っていうか、カイはぼくの弱み既にいくつか握ってると思うんだけど?」
「弱みぃ? オレ握った覚えがないんだけど」
体を起こす。
オレがエルの弱み握ってる? いつ握ったんだよ。全く記憶にねぇぞ。
「なんだかんだでカイは根っからの善人だからね。人を無闇に傷つけたりしない」
そう言う友人の声はとんでもなく優しかった。他に人がいなくて良かった。下手すりゃ、即、悩殺からの襲撃になってた。そんくらいいい声だった。オレの耳が癒しの過剰摂取で死ぬ。
つーか、なんでお前の弱みの話してたら、オレが善人って話になるんだよ。
「なんか分からんが、大体の人間がそうだろうが。加虐趣味じゃなけりゃ、人傷つけても嬉しくねぇよ」
「ほら、そういうとこ。君って人を良く見るよね?」
「はぁ?」
何が言いたいんだよ? そういう意味を込めて見つめてみれば、
「君が思ってる程、人間綺麗じゃないよ。大嫌いな奴とか憎い奴が苦しんでれば喜んじゃうし、人って誰かを貶めることで優越感に浸れるからね!」
笑顔で言うことじゃねぇ!
爽やかな感じで言ってけど、内容が暗いし怖いしドロドロしてる。お陰でいっきに覚醒したわ。マジでこいつってギャップの塊だ。
綺麗な顔で世間知らずで純粋そうな見た目してんのに、バイオレンスで過激で怖い。それにマイナス思考だ。バランス取らねば。
「お前ってさらっと怖いこと言うよな。確かにそうかもしれねぇが、その理屈だと大好きな人が幸せそうだと嬉しいし、誰かが頑張ってんのを見て勇気づけられることもあっから、一概に汚いとか悪いとかも言えねぇぞ」
そう言ってやればエルはその綺麗な瞳を真ん丸くした後、吹き出した。
「あっは、もうカイったらほんと良い子だね。考え方が綺麗だし明るい」
「お前の考え方が暗すぎんだよ。それにオレは別に綺麗とも汚いとも思ってねぇぞ」
「へぇ」
「なんだよ、その反応。言っとくけど、マジでそう思ってるからな。人の善悪なんて複雑過ぎてオレには分かんねぇよ」
善人だと思いきや悪人だったり、悪人だと思いきや善人だったりする。善人でも何かの弾みで悪いことしちまったり、悪人だって子供には優しかったりする。誰かにとっては良いことをしたけれど、誰かにとっては悪いことだって言うことも多々あるし。時と場合と立場によって違いすぎる。オレにとって悪い人でも、誰かにとっては良い人かもしれねぇ。
テレル様とか言葉遣いは高飛車だけど、なんだかんだでエルのこと心配してるし、不憫だし、自分より実力が上なら素直に認める。一番最初の高飛車だけ知ってたんなら、「身分が上だからな」程度にしか思わねぇけど、クラスメイトの心配するし、妬まないし、あと努力家だし、良い人なんだよな。
「その割には良く見がちだよね」
「だって、そうした方が良いだろ? 嫌なもんが多い世界より、好きなもんが多い世界の方が楽しいから、なるべく良く見た方が良い」
一度否定的に見ちまうと、なかなかその後訂正すんのは難しいからな。
「全人類がカイになれば世界が平和になりそうだー」
「おい」
「あ、でも危機感なくて絶滅しちゃうか」
「勝手にオレを増殖させて、勝手にオレを絶滅させるな!」
どっちも嫌だ。オレばっかの世界なんて金のことばっか考えてるし、財布の紐が硬いから経済回んねぇし、勇気ねぇから脅威に立ち向かえねぇし。嫌だわそんなん。
「危機感ないよね。カイって」
「はぁ? あるわ、ちゃんと」
オレの突っ込みを見事にスルーしやがった。そして危機感ねぇとか、お前には言われたかねぇよ。
「まあ、そんなカイの冗談はさておいて、さっき歌ったのが祖先が天に穢れ世からの移転を求めた話」
こいつ、どこまでも腹の立つ野郎だな。でも、そもそもオレに天学教えに来てくれたんだから、大人しく流れに乗ろう。ベッドの上でオレはあぐらをかけば、エルは部屋にある勉強用の椅子を引っ張ってきて背もたれ側に腕をかけて座る。
「なんか、全てを壊したとかあったけど、随分物騒な話から始まってねぇか?」
伝説って割に、なんか情けねぇ状況から始まってんだけど。しかも、荒れるまでの過程が分からねぇ。
「昔も今も人間は変わらないものなんだよ。穢れ世と呼ばれた世界だって、昔は綺麗な世界でそれを人間が荒らしたから住めなくなっちゃったんだよ。なのに傲慢にも人間は、無関係だったこちらの世界に逃げて来たんだよ」
「人間くらいで世界が荒れんのか?」
「古代の人類の技術は今より格段、いや想像が出来ない程優れてたらしくてね。一発の爆弾で何十万って人が死んだりしたんだって」
「単位間違えてねぇか?」
爆弾ってそりゃあ威力はあるけど、どんだけ火薬とか入れりゃあ、そんな単位の人数死ぬんだよ。
もしかして馬鹿でっかい爆弾でも作ったのか? 町一個分……いやもっと大きいやつ。でも、それなら焼き払った方が早そうだし。うーん、想像出来ねぇや。
「合ってるよ。仕組みは今あるのと全然違うらしいけど。まあ、とにかく今とは規模が違うもので好き勝手にやってたら、生き物が住めなくなっちゃったんだよ」
「世界一つ滅茶苦茶にって、過ちってレベルか? よくそこまで放置したな」
「止めようとしたり、改善しようとした人もたくさんいたんだってさ。でも、駄目で人類はその世界を捨て、新しい世界を探しに行った。これを『穢れ世の廃棄』って言うね」
「ゴミ捨てるみたいな響きで世界を捨てたな」
「歴史書でも古代人類は散々に言われてるもの」
そりゃあ言われるだろうよ。ってか、世界から世界に逃げ込むってどう言うことだ? 逃げ込むにしろ、一瞬でも通るその間の空間はなんだよ?
「で、古代人類は新天地としてこの世を選んだわけで、この世界を支配する存在に居住権を求めたんだよ」
「ちょっと待て、穢れ世とこの世、どっちにもいない間はどこにいるんだよ?」
「それはあんまり分からなくてね。狭間世とかいう空間に居たらしいよ」
また新しい用語が出てきた。古代人類が滅茶苦茶にしちゃった『穢れ世』、オレらが今いる『この世』、よく分からんけど人類引っ越し中に通った『狭間世』。すでに三つも世界がある。この大陸だけでも、よく分かんねぇのに、スケールが大きすぎるだろ。
「そこに住めばよくね?」
「そこは大地がないんだってさ。それどころか上下とか東西南北も決まってないらしい。そんな不安定な場所には住みたくなかったんだろうね」
「なんだその変な世界……確かに、そんな訳の分からん場所には住めねぇな。農業出来ねぇし、東西南北ねぇと地図も作れなそうだし」
「カイは地図あっても迷子になるけどね。あとこの内容は初日に教えたんだけど」
「………………」
方向音痴を弄られたことに怒ればいいのか、初日に教えられた内容覚えてねぇのを謝ればいいのか、分からねぇ。
「とにかく、この世界に移り住んだんだよ。で、その際に天にお願いしたら気まぐれで許して貰えたと」
「随分寛容だな。他の世界滅茶苦茶にした奴らなのに気まぐれって……」
派手にやらかして店をクビになった従業員は、大体他のところ行ったって悪行が耳に入っていれば雇われねぇってのに。人間の雇い主より、甘いカミサマだな。
「まあ天っていう存在は理解することが出来ない存在だからね。人間じゃ、あの存在のことは分からないよ」
「天って前からよく分かんねぇとか思ってたけど、なんなんだよそれ?」
「だから、よく分からない存在なんだよ。誰も見たことがない聞いたことがない、どこにいるのか分からない。何考えてんのか分からない。そもそもどんな形をしているのか分からない。だけど、この世を支配していて一番強い存在」
「分かってる部分がほとんどねぇじゃねぇか! え、なに? この国ってそんな変なもん崇めてんの?」
信仰してる人多いのにそのカミサマが謎すぎる。
「まあ確かに変かもしれないね。でも、信仰されてる理由は天の存在より、カラビト様と最高司祭様の存在が大きいかも」
なんで一番上の存在より、その下位の連中の方が影響が大きいんだよ。やっぱ、おかしい。
「カラビト様はよく聞くし、すっげぇ存在らしいのは知ってるけど、なんで最高司祭様とやらが出てくんだ?」
「君、貴族の前で絶対天学の話しないでね」
「お、おう」
真剣な顔で注意される。そんな変な発言したかな、オレ。
「最高司祭様はね、建国以前から生きてるって言われてる存在なんだよ」
「へー、それは凄い事で」
変なことを言うもんだな、それだと四百歳以上ってことになんぞ。エルって結構冗談好きだよな。
「まあ、信じられないのは当然だけど。上級貴族は彼女と頻繁に会っている。その上で信仰してるんだよ。ということは建国時代以前から生きている云々は置いといて、何かはあるんだよ。少なくとも彼女が不在なだけで国は荒れたしね」
「荒れた?」
「悪名高い第一王妃がいた辺りの時代は、司祭様が不在だったんだよ」
第一王妃って、黄系統出身の王妃か……死後も気に入らない者を殺しに来たとか、臣下を嬲り殺しにしたとか、少年趣味があったとか、王以外の男を寝所に呼んだとか、我儘で国の金で豪遊ばかりしてたとか、第二王妃を毒殺したとか、いやまあ色々黒い噂が尽きない人だ。まあ、とうに病死してんだけどな。
で、エルの言う通り、彼女が王妃になった前後は荒れたらしい。
先代黄の公爵なんてとある物資の関税跳ね上げて、リディーニーク連邦との関係を戦争を噂されるくらい悪化させたらしいし。他にも金の動きもあの時代は凄い。
「司祭様がいないとなんで荒れるんだよ?」
「司祭様は抑止力なんだよ」
「そーいや、王様と同等の権力なんだっけ?」
王様と並んじゃう宗教の長ってなかなかびっくりだよな。
「そうだね。王と同等の力を持ってる。でも、ぼくが思うに司祭様の影響は王より大きい」
そりゃあ、とんでもねぇことで。王様より影響力あるのに、よく革命とか起こらないもんだ。
「だから、この学校の春に行われる武闘大会でみんな躍起になるんだよ」
「そういや、入学して最初のイベントは大盛り上がりだったな。オレは初戦で負けて終わったけど」
「初戦負け……」
国立軍学校での武闘大会は、全員参加のトーナメント制だ。
最初のうちは授業中とか放課後とかに適当に勝負してるんだけど、上位の勝負となると競技場使って、観客までいる。
賭けとかやったら儲けそうなのにって寮長に冗談半分で言ったら、実現してしまったのは良い思い出だ。
ま、新入生なんて学校のこと分かってねぇから、先輩たちと胴元のオレと寮長が儲けた。
確か、あれオリス様の組みが優勝してたな。決勝戦は結構接戦というか、険悪で滅茶苦茶だったけど。相手の奴が随分と喧嘩腰だったんだよな。競技場がボロボロになったし。で、そんなドンチャン騒ぎの武闘大会と、司祭様に何か関係が?
「オレの初戦負けはともかく、司祭様と武闘大会になんの関係があんだよ?」
「上位の組は王都の最高神殿で、司祭様とお茶が飲めるんだよ」
「へぇー、それで?」
意外と司祭様もお茶とか日常的な面もあるのか。神殿とか綺麗なのしか見たことねぇから、この国の宗教金あって羨ましいとか思ってた。リラックスした状態でなにやんだろ?
「それだけ」
「はっ⁉︎ え、なに、それだけ?」
「貴族でも、公爵家レベルじゃないと最高神殿には簡単に入れないし、司祭様と席を共にするのはとても貴重なことなんだよ。子爵レベルなら遠目で見たことがある程度しかないのは普通だし」
ああ、やっぱ宗教ってよく分かんねぇや。人とお茶するのがなんでそんなおおごとに。
「すっげぇな、宗教って……」
「はいはい、そのすっごい天学を頭にきちんと詰め込みましょうね」
「分かってる。だけどよ……お前もそれ踏むなよ」
なんのこと? とばかりに首を傾げるエルの足は、胴体が繋がった三匹のぬいぐるみの内、ちびっ子を思い切り踏んづけていた。怖ぇよ。




