3 友人+寮=危険
学校一綺麗な見た目をしてるエルがむさ苦しい寮に来たもんだから、まだ中に入ってねぇのにガヤガヤうっせぇ。だから連れてきたくなかったんだよ。流されて来ちまったけどよ。
「べ、紅薔薇の君だ……」
「一年のツートップが揃ってる……」
ひそひそ話でも聞こえるって。こいつ紅薔薇の君って呼ばれ方嫌いみたいだし、無駄に刺激しないで欲しい。
あと、ツートップっていうのは平民のペーパーテストでってことだよな?
――って、げえっ⁉ 輝くスキンヘッドが︎近寄ってくる!
「カイくんお帰り! 今日こそおれと一つになろう!」
「お断りだあああああっ‼︎」
ふざけんなってオレの頭に血がのぼる。
突進してくるそいつに内ポケットに入れた胡椒で撃退してやろうとするが――、
その前に横にいたエルの掌底が炸裂する。
そりゃもう見事な一撃で、筋力は大してねぇのに向こうが大きく体勢を崩す。トドメとばかりに蹴り倒してから、踏みつけると一言、
「ああ、すいません。手と足が滑りました」
言い訳雑! それ変態だけど先輩! そして笑顔で言うことじゃない!
オレがそう戦慄してるっていうのに、周りの寮生の奴らはエルの笑顔に魂を奪われちまってる。まともな反応してる奴いねぇのかよ!
「カイ、大丈夫?」
「お、おうお陰で大丈夫だけどよ。踏むのやめようぜ」
「なんで?」
いや、エルがオレの為にやってくれたのは分かるし、正直助かったけどよ。対処が早すぎてオレがついていけねぇし、寮監に見られたら困るし、現在進行形で目立ちまくってる。
「カイくん、優しい! それほどオレのこと好きなんだな!」
「やっぱ踏んでいいぞ」
そう言えば、エルはグリグリと力を入れて踏み潰す。綺麗な顔なのに眉間に皺が寄ってる。
「あ、いや、嫌ならやんなくていいぞ?」
「いや別にそれはいいんだけど、一発目で倒せなかったのが悔しくてね」
もう突っ込むまい。
こいつがバイオレンスなのは今に限ったことじゃねぇ。他はドン引きするかもしんねぇけど……いや、大丈夫だ。未だにエルの美しさで陶然となってやがるから。
顔じゃなくて、足と踏まれてるもん見ろよ。冷静さを取り戻せ馬鹿ども。
「どうせ踏まれるならカイくんに踏まれたい」
「リクエストすんなぁっ!」
踏まれてる方もヤバイよ。
いや、知ってたけどよ。この先輩は真性の変態だって。でもさ、なんでオレこんな目に遭ってんだ?
つーか、変態先輩、周りを見ても分かると思うが、オレなんかより絶対踏まれるならエル派の方が世間一般的に多いぞ。なんで未だにオレにこだわってんの? オレ、あんたのこともう十二回は振ったし、撃退と撤退に至っては数えきれねぇ。
「カイ、涙目だけど大丈夫?」
「できれば指摘しないで欲しかった」
心配してくれんのは嬉しいけど、オレ涙腺ガバガバなの自分でも情けねぇって思ってんだ。
「涙目のカイくん可愛いから大丈夫だ!」
「ふざけんな!」
「怒った顔も蔑んだ顔も可愛い!」
どんな顔すりゃこの変態を悦ばせずに済むんだろう。オレ、この先輩苦手。ほんと、苦手。今のところ撃退と撤退が何故か成功してるけど、怖い。
この人どっちかと言うとモラルが無い方の人だし、前なんか部屋の鍵壊された。胡椒とか準備してるのも手段を選べないからだ。言葉で通じる奴に胡椒とはいえど卑怯な手は使わない。
「踏まれたいという割にその発言、被虐趣味なのか嗜虐趣味なのか悩むね。それに……いや気のせいか?」
エルも錯乱してんのか、踏みながら分析し始めるし。いっそそのまま骨でも折ってしまえと思うが、エルにやらせるのはおかしいし、かといってオレが骨を折る覚悟とかも無い。それにこういう感情は一過性のものだから、実際骨折ったら後悔するのが目に見える。やり過ぎは駄目だ。
「カイくんなら何でもいける」
詰んでんじゃねぇか。この変態先輩に好かれた時点でオレはどんなことをしても悦ばれちまうらしい。な、泣きたい。
「なるほど……で、ぼくは何でここに来たんだっけ? 変態退治に来た訳じゃないのは覚えてるんだけど」
もう知らん。オレはこんなカオスな状況生み出そうなんて思ってねぇもん。
***
あの後、変態を他の先輩が回収した。
ありがとうございます、助かった。オレはあんな状況一人でなんとか出来ねぇから。
んでオレとエルは寮の建物の中に入った。
またエルのことでざわついたけど、無視して階段を登ってオレの部屋に行こうとした。そう、行こうとしたのだが、いけない。
「なんだこの人だかり」
あんま広い廊下とは言えねぇけど、こんな先が見えなくなるほど人がぎゅうぎゅうになってんのは初めてだ。
まあ、今はそれより、エルを一刻も早く寮生から隔離しなければ。お互いに被害が出る。
なんとか人混みを二人で抜けたと思うと、オレの体が宙に浮く。え?
「お、カイやっと帰って来たと思ったら、有名人連れて来たな!」
「副寮長! ちょ、下ろしてください!」
オレのことをいきなり子供のように高い高いしたのは、この寮の副寮長。
寮監だけじゃやっぱうまくいかねぇから、三年の寮長と二年の副寮長がいるんだ。まあ、今や寮長だったあの先輩がいねぇから、実質寮生のトップなんだけどよ。
エルはなんか知らないが、こっちを見てニヤニヤしてる。ガキみたいとでも思ってんだろ。
副寮長は嫌がってるオレを見て喜ぶ趣味とかはねぇから、オレが抗議すれば下ろしてくれる。
「相変わらず軽いな! 筋肉つけろ、筋肉!」
ポンと肩を叩きながら副寮長はそんなことをオレに言う。灰色の瞳からは一切の邪気を感じない。
うん、悪気があるわけじゃねぇんだよ。悪気はねぇのは分かるけど、その言葉はオレの心を抉ってます。
「君はエルラフリートくんだっけか? カイと仲良しらしいな!」
「ええ、本日は寮にお邪魔させて貰ってます」
「礼儀正しいな! ワシは副寮長のディーターだ! 君もひよっこいな!」
出会ったばっかなのに地雷を見事に踏んだ。
いや、悪気はないんだろうけどさ。エルも流石にここまであっけらかんと言われたことはないのか「あ、はい……頑張ります」と答えてる。
下手したらオレより心抉られてんじゃね? 物理的には強いけど、精神的にはそこまで強くねぇからな。
いや、知ってたよ。オレもエルもそんな男らしい体型じゃねぇって。でもさ副寮長みたいにいかにもガタイが良くて、筋肉もある、強そうな男らしい人に言われるとやっぱダメージ大きい。
そんな風に二人で打ちひしがれているが、副寮長は全く気づかずオレに話を振る。
「あ、そうそうカイ、お前ぬいぐるみ買ったか?」
「はい?」
何のことかさっぱりわからない。
そんで副寮長からぬいぐるみなんて可愛い言葉出てくると思わなかった。
「え? なに、カイったらぬいぐるみ買ったの?」
「買ってねぇ! ニヤニヤすんな!」
ベシッと頭をはたく。
その際に後ろの人混みが「ああっ」と声を漏らすが、お前らエルの外見に騙されすぎだ。たぶん、ここにいるほとんどの奴らにエルは喧嘩で勝てるぞ。まあ副寮長には勝てないかもしれねぇけど。少なくとも、オレが軽く叩いただけで傷つくような奴じゃねぇ。
「ははは! 仲が良いな! で、カイはぬいぐるみ買ってないんだな!」
「買ってません、オレ十四ですよ。それにぬいぐるみ買うくらいなら別のもん買います」
「だよな! ワシもあれはカイのものじゃないと思った! じゃあ、あれはプレゼントか!」
「あれ?」
言葉の意味を掴めないので、副寮長の視線の先を見る。
「――っ」
オレの部屋の扉の前にぬいぐるみが置いてある。
猫と兎の合いの子みたいな見た目のパッチワークで出来たぬいぐるみが、大中小と三匹いる。三匹の胴体は何故か繋がってて、そのせいか不気味だ。
おまけに得体の知れない恐怖と不安を感じてオレは目を逸らす。この恐怖と不安を例えるなら。心臓を何かに握りつぶされる寸前を維持されるって感じだ。
「な、なんですか、あのぬいぐるみ」
「知らん! いつの間にか置いてあってな。なんとなく不気味でみんな近づきたくないらしい」
それで人混みになってたのか。
あのぬいぐるみすげぇな。別に形は変で不気味だけど、ただのぬいぐるみの筈だぞ? なのに人を退けるなんて。変態撃退用とかに使えとかかな?
いやでもあれに触ったら呪われそう。なんにせよ、よく分らねぇもん部屋の前に置かれた。
「どければ良かったんじゃないですか?」
「そう思ってやろうとしたんだがな、半径2メートル以内になると恐怖で足が前に動かせなくなった」
「呪いのぬいぐるみか、なんかかよっ!」
畜生! 副寮長が恐怖で動けなくなるとか、もうそりゃ不思議な効力とか働いてるとしか思えねぇよ。
え、なに? オレ、誰かに恨まれてんの? 怖い話とか得意じゃねぇから、勘弁してくれ!
ちらりとエルを窺ってみれば、奴はじーっとぬいぐるみの方を見ていた。
紅茶色の瞳が心なしか赤く見える。よく、そんなじっくり見られんな。オレ、ちょっと見ただけでも無理だったぞ。
「お前、平気なの?」
「え、あ、うん。あれ? カイったら涙目になってる?」
「うるせぇよ! だ、だってあれ、なんか怖ぇし。気持ち悪いんだよ! ドロドロっつーか、ぐちゃぐちゃっつーか、なんか心が掻き乱されて気持ち悪いんだよ!」
自分でも正直なに言ってんのか分からねぇ。
けど、実際そうなんだ。見てるだけで気分が悪くなる。いや、ただのぬいぐるみだぞ? ただのぬいぐるみの筈なんだが無理。
他の寮生や副寮長も分かるみたいで、頷いてくれたりする。ただ、エルだけは本当に分からねぇみてぇだ。また、ぬいぐるみの凝視を始める。よく出来るな。
「ああ、なるほど……カイは単純だからね」
数秒間また見つめた後、エルはそう言ってぬいぐるみに近づいていくのが分かった。不思議と足音はしねぇけど、向こうに向かっているのは分かった。
「ちょ、エル! さっき副寮長が近づけないって言ってただろ!」
「ぼくは、平気。だってただのぬいぐるみだよ」
抑揚の無い声にゾッとする。
なんか心配になって、足を踏み出そうとするが、オレはまだ5メートル以上あるっていうのに無理だ。
足がばかみてぇに重くなって、心臓が締め付けられて、息が苦しくなって、無理だ。
あのぬいぐるみに関わりたくない。
なんでエルは大丈夫なんだよ……。
寮生の奴らも驚いてんのか、なんか黙っちまったし、副寮長もなにも口出ししない。そうこうしてる内にエルはぬいぐるみの前にしゃがみ込む。
「やっぱりね」
そう言うや、大中小とあるぬいぐるみの、一番ちっこい奴の頭と胴体を引っ掴んで――もいだ。