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2 ポンコツ

 

 一週間経った放課後、


「なんでなんだろう……カイの頭には天学を排除する仕組みでもあるのかな?」


 他の教科より、圧倒的に頭に残留率が低いオレの天学の知識に、エルは食堂の机に伏せてから、恨めしげに視線をよこした。


 歴史は戦争や宗教も強制的に、お金に関する背景と思ってぶち込んだらマシになったが、天学のみとなるとお金があまり関わらないので頭に入らない。いや、宗教にあんま金が関わってねぇのは良いことだろうけどよ。

 戦術戦略や戦闘などは後回しにした。だって防御と回避である程度は取れてるから。


「なんか、ごめんな」


 流石にこんな時間と労力使って、オレに教えてくれたのにも関わらず、未だに成果が出てないのは罪悪感がわく。


「きっと、ぼくの教え方が悪いんだよ」

 そう口にするエルの声に元気はない。


 顔色もいつもより青白い。髪の毛が赤茶で濃い色だから余計に白さが目立つ。


「つっても、分かりやすいと思うけどな」

「だったらなんで全部抜けていくの……いっそ、歌でも聞かせるか」

「歌ぁ?」


 妙なことを言い出したエルにオレは聞き返す。彼は起き上がって続ける。


「そう、歌。建国伝説、穢れ世伝説、抹消伝説、他にも色々な伝説がこの国では歌で残ってるからね。小さい頃にみんな聞いてるから」

「へー、穢れ世伝説ってなんだっけ?」

「三日前に説明してるんだけどっ……まあ、ともかく単純な知識の詰め込みでは無理だから、いっそみんなの小さい頃の経験を真似してみようかなって思ったの」


 なるほど、完全にやけくそで言ってんな。

 まあ、やけくそになるのも当然か。この一週間、だんだんエルの笑顔が減っていくのが分かったし、相当オレは出来が悪かったのだろう。天学はな、それこそエルの言う通り頭から排除されるんだよな。


「で、歌ってお前が歌うのか?」

「まあ、そうだけど。なんでそんなこと気にするの?」

「完璧超人なエルくんが音痴だったら面白いなって」


 見た目も声も最上級、頭脳は秀才、筋力はねぇけど喧嘩に強い。そんなエルにも弱点があるべきだと思うのだ。

 だから、そろそろ苦手なことでもと思っているのだが、


「残念なことに、ぼくは自分の一番優れたところは歌だと思ってるよ」

「くそ、ふざけんなこのハイスペック」


 今のところ弱点という弱点がほぼねぇ!

 世の中ほんと不公平だ。オレだって別に悪い方だとは思っちゃねぇが、エルみたいにスペック高いの見ると、やっぱ不公平だって思う。


 不満気なオレを見て、エルは頬杖をつきながら棒読みで、


「怒っちゃってカイくんは可愛いなー」

「誰が可愛いだ!」

「君だよ可愛いオヒメサマ。未熟なぼくでは姫が満足するような教え方が出来ませんでしたので、苦肉な策を出しましたが、姫はお怒りのようなので、残念ですよ」

「……お前、地味に怒ってるだろ。仕返しが陰険だぞ、悪かったけどさ」


 どこぞの貴族の皮肉かよ。

 今の直訳すると「このぼくが付き合って天学教えてやってんのに、なんで覚えられないどころか、こっちが新たな案を出してやったのに訳のわからない理由で勝手に文句言うの」となるに違いない。「可愛い」とか茶化したりオレの苦手な呼び名を使うところからも、棒読みでわざと言うところからも、かなりの苛立ちがたまっていることが分かった。


「君が頑張って覚えようとしているのは分かるけどね。別にぼくはふざけて歌を提案した訳でもないからね」

  ふんと視線を逸らされる。


 あーあ、拗ねてる。オレが原因だけどよ。今日のエルくんご機嫌斜めですわ。鞄から出した黒いマフラーまでつけて、帰る気なのか?


「悪かったってば。歌って冗談じゃなかったのかよ?」

 そう引き止めるように言えば、


「違うよ。まあ、一度聞けば分かるよ。ということで今からカイの寮の部屋に行くよ」

「え?」


 反論する間もなく、手を引っ張られ連行されていく。


 帰るのかと思いきや、寮に行くのかよ。


 ちなみにこの一週間勉強していたのは学校の食堂の隅の席だ。放課後には人が少ねぇし、静かでいいんだよな。とは言っても始めてから三日でエル目当てのギャラリーがいたりしたけどな。

 男だけじゃなくて、看護科の女の子までいるから、本当にエルは老若男女問わずモテる。ああ、羨ましい。


 オレも女の子に告白とかされてみてぇよ、まあ無理だけどな。なんせエルとオレが近いと「きゃあ」とか声あげられるし……悪かったなオレみたいな奴が一緒で。


つーか、このままエルに流されてちゃダメじゃん。オレ、エルをあんま寮に近づけたくねぇんだけど。


「おい、エル! いきなり寮ってどういうことだよ!」

「寮生と一緒なら入れるし、ここだと人目につくからね。寮の君の部屋なら鍵もあるし」


 そう答えながらオレの手を掴んでない方の手で、いつの間にか持っていたオレの荷物を渡してくる。


「歌、歌うだけなのになんで人目につかないようにしなきゃいけないんだよ」


 我ながら至極真っ当な意見だと思うが、エルは足を止めない。


 腕を振り払おうと思ったが、握ってくる手の力が弱々しくて、なんとなくやめた。

 無理にやったら、エルの骨が折れたりしそうで怖い。最近、細かったのがさらに痩せたな。昼飯は愛妹弁当やら食べてるが、朝や夜に食べてるか心配だ。以前ぶっ倒れた時も全然食ってなかったって話だったしな。


 うへぇ、外出ると風が寒ぃ。


「ぼくって狙われやすいでしょう?」

「そうだな。なら尚更寮には来んな、オレにすら盛る奴がいるんだぞ? お前が行ったらどうなるか……」


 黒いマフラーに顔を埋めてる姿はやっぱ華奢で、綺麗だ。赤に近い色の髪に、真っ白で穢れのない肌、黒のマフラーってコントラストもあんのに、儚く見える。


「カイは心配性だね。大丈夫だよ、それはぼくが返り討ちにするから」

 当たり前のように返り討ちとか言うな。このバイオレンスめ。


 オレ、お前のこと心配してるけど、今の言葉で寮生のことも心配になってきた。


 オレも殴ったりするけど、あれは反射的にだし、パニックになってる分、威力はそこまで無い。エルの場合は襲われたりしても冷静だから、狙うところがえげつない、力の入れ方が容赦ない。いつかのチンピラに至っては去勢されそうになってたし。


「問題なのは盛りついたのじゃなくて、歌で釣られる方だから」


 歌で釣れる奴……なるほど、劇場関係者とかか。もうその面してりゃあとっくに手遅れだけど、そこに歌も上手いとなりゃ、勧誘が酷くなるとかか?


「そんなに、上手いのか?」

「聞いたことのある人が『むやみやたらに歌うなよ』って忠告するくらいには」

「おう、そっか」


 おおよそフェイスちゃん辺りに言われたのか?

 エルもブラコンシスコン重度だけど、フェイスちゃんも大概ブラコンだからな。


 最近はよく本貸して貰ったり、売り捌く用のハンカチに刺繍して貰ったり、と結構関わってるんだけど、会う度にエルが学校で何か危ない目に遭ってないか聞くくらいだし。


 あ、ちなみにフェイスちゃんの刺繍入りハンカチだけど、オリス様が気まぐれで買い取ってくれてから、どっかの御令嬢が目につけたみたいでかなり売れてる。高貴な人の手に渡るもんだから段々と材料費も上がってるけど。利益の方がデカイからいい。

 もちろん利益はフェイスちゃんの方が多めにしてるぞ、まあ仲介料にしては多めだけど、向こうもそれでいいって言ってるしな。

 そんな風に二人で稼いだ利益にガッツポーズしてると、だいたいエルが苦笑いで「君たちは変なところで通じ合うよね」って言うんだ。お金は大事だぞ?


「あれ? オレの天学のために歌うのもむやみやたらじゃないのか?」

「カイならいいかなって」

「意外とお前、大雑把にものを決めるよな」

「そこでまず信用されてるとか思わないのが流石というか、残念だよね」


 そうやってエルが笑って手を離して先を行くから、オレは「どういうことだよ?」って追いかける。今日笑ってんの初めて見たかも。


 いや、逆に普段ニコニコしすぎなのか?


「君は他人からの評価や自分の良いところを理解してないよね」

「そうか? オレ、案外自分のこと分かってるぞ。金にがめつくて、勉強はちょい出来るけど、運動は微妙、天学は壊滅的、ある程度常識的で平穏を願う何処にでもいる平民ってとこだ」


我ながら自己分析が上手いと思う。だけど、エルは苦笑いする。


「それもだいたい間違ってないんだけどさ。ほら、カイって自分がモテる理由とかは分かってないでしょう?」

「ああ、さっぱりな。ブサイクとまではいかねぇけど、イケメンでも童顔でもマッチョでもねぇしな。周りに聞いたら『単純』だからとか言われるし、意味分かんねぇよ」


 振っても振っても、諦めない奴とかいるけど、どうしてオレにそこまで拘ってんのか全く分からん。だって、オレ結構ひどい対応してる自信あるぞ。

 先輩の件がトラウマになってて、そういう感情向けられるのは苦手だけどよ、諦めない奴で酷いことしてこない奴はすげぇなとも思う。オレだったら拳つきや逃げられて振られたら諦める。


 無理やりモノにしてこようとする奴は大っ嫌いだけど、他の良い奴らはさ、オレじゃなくて他の奴にすれば良いのにって思っちまう。

 だって、オレはそんな良い奴じゃねぇからよ、どう言われても怖くて受け入れられる気がしねぇんだ。そんなオレに時間使わず、他に時間を使った方がいいだろ。


「周りの言う通りだと思うよ。カイの外見とかも別に悪くないと思うけど、ぼくが思うに君の一番の魅力は、その性格かな?」

「そりゃ、どーも」


 あんましっくり来ないけどそう返す。

 別にエルが嘘を吐いてる感じはしねぇし、折角褒められてるんだから素直に受け止めとこう。


「反対にぼくは外見だけだけどね」


 おい、ちょっと待て。

 こっちは受け止めねぇぞ。


 ったく、相変わらず自己評価が馬鹿みたいに低い奴だな。

 いや、外見に関しては本人も自覚してるみたいだけどよ。今のはほぼ自分の他の部分を全否定してらぁ。


 しかもこいつ当たり前のことのようにこういう暗いこと言うから、怖い。

 怖いっていうのは、エルじゃなくて、エルをこうさせてる得体の知れないものが怖い。


 とりあえず、自己評価低すぎって直接的に言っても効果ねぇだろうから、別の方面から文句言っとくか。


「お前、ほんとポンコツだな」

「ポンコツって」

「たしかにお前の外見は印象を跳ねあげてるけどな、フェイスちゃんとか、鶯屋のおじさん、レトガー兄弟も、他にもいろんな奴が外見だけで人を好きになる訳ねぇだろ。アホ」


 ベシッと頭を軽く叩く。

 その一瞬でも髪がサラサラなのが分かる。ふわふわなのにサラサラってすっげぇ髪質だな。


 こいつに自分を卑下すんなって言っても、意味ねぇだろうから。せめてフェイスちゃん達が見た目だけで判断しねぇだろって言っとく。

 別に外見が良いやつが大体の奴らに良い印象を与えるのは事実だ。でも、見た目だけで中身がクソ野郎だったら、あんなに慕われたり、心配されたりしねぇっつーの。


 エルは叩かれた頭を両手で押さえて突っ立っている。


「そう……かな……」

「おう。あと第一印象良い分、見た目に合わない行動すれば一気に評価落ちるしな……いや、それもそれでギャップ効果か……?」


 あんま強く叩いてねぇんだけど、加減間違えたりしたかな?


「……やっぱカイは残念だよ」

「今の話でなんでそうなっ……お前、なんで笑ってんだ?」


 しょっちゅう見るような余裕そうな笑顔でも、綺麗な笑顔でもない。ただこいつにしてはだらしない、ふにゃっと緩みきった顔をしてた。

 そんな顔すらも美しいのは流石だけど。


 あー、オレ別にブサイクって程じゃねぇけど、やっぱこいつといると見た目の差を感じるわ。別にいいけどさ……いや、女の子にも告白されてんの見ると羨ましいとは思うな。


 でもさ、それでもこんな緩みきった顔はあんま見せてくれねぇから、理由は分かんねぇけど気を許されてんだなって感じられるから嬉しい。


 自然とこっちも頰が緩んじまう。


「……うん、でもカイはそれだからいいんだ。ほんと、君って、バカみたいに人が良いよね」

「はあ? せいぜい一般的なレベルだわ。オレより良い奴なんて星の数ほどいるしな。例えばオリス様とか」

「ほら、全然自覚ない。やっぱ残念だ」


 そうエルがデコピンをしてからオレのことを追い抜かした。痛くはないけど、笑顔が余裕綽々でふてぶてしい。


「早くしないと置いてっちゃうよ。道案内してあげるからついて来てね」

「流石に学校から寮に行くまでは迷わねぇっつーの!」


 そこで迷ってたらオレは毎朝、毎放課後、迷子になってるわ!

 そこまでオレの方向音痴は酷くねぇよ。

 そんでなんで寮生であるオレが、寮生じゃないエルに、寮までの道を案内されるんだよ。普通、逆だろ逆。


 心外だとばかりに非難の声を上げると「はいはい」と雑な返事が返ってきた。この野郎。

 

 そうこうしてる内に寮の入り口についた。



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